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Autumn Night (ver. L)

〜client〜

姫は倒れた翌々日には意識を取り戻していた。
王子や典医の表情から察するに、回復は順調。
最初は薬を飲むにも抱き起こされ、身体を支えられていたが、今日は起きあがったまま食事を摂った。
乱れきった髪、弱々しい笑顔――数日ぶりに目にした姫は、別人かと思うほど変わっていた。それまでは、天蓋から垂れる厚布や、忙しく動きまわる使用人達に遮られ、顔をじっくり見ることはできなかったのだ。
形容しがたい感情が胸の内を暴れまわって、思わず目を伏せた。
自分の口元が笑みを形作っていることに気づいたのは、胸中の嵐がおさまり、その場を去ろうとしてからだった。

月の出が夜毎、遅くなっていく。動きやすくてありがたい。眼下に衛兵の姿を認めながら、屋根伝いに隣の建物へと移る。
肋の痛みはかなり治まってきている。薬の効果は絶大だった。ジーンに渡されたものだから不安はあったが、さすがに毒殺は考えすぎだったらしい。あいつにとって、僕は大事な駒だ。
これで曲者や依頼人を突きとめることができれば良いのだが――どちらも難航している。
曲者のほうは、若頭経由の情報と対処に関する伝言を、ジーンがすぐに知らせてきた。
わかったのは、曲者の名前とおおよその年齢、いくつかの身体的特徴。もっとも名前は昔のもので、今はなんと名乗っているか定かではない。身体的特徴に至っては、『左の脛に、切り傷の跡があるらしいぜ。でっかく縦にがーっと』――普通、そんなところを見せて歩くやつはいない。『お前は僕になにをさせたいんだ?』――聞きかえせば、ジーンはけたけたと笑うだけだった。
とはいっても現段階では、傷跡がもっとも有力な手がかりになるだろう。あとの情報はどれも古すぎる。
曲者は、十年程前まで若頭が面倒を見ていたらしい。十歳になった頃、爺さんに引き抜かれていったが、その後、病死したと伝えられていた。
十年前に十歳――僕と同じくらいの年齢だ。『病死』の前、一度くらい顔をあわせていてもおかしくはないが……痩せ型の少年、濃茶の髪、灰色の瞳――ありがちすぎて、思い出せない。ジーンも、『そーいえばそんなやついたような……』という程度だ。愚図坊の陰にでも隠れていたのだろうか。
十の頃は、僕もジーンも大人達と行動をともにすることが多かった。もう少し歳が離れていれば、面倒を見た記憶が残っているかもしれないが、同世代で、しかもそんな昔に表向き死亡しているとなると、さっぱりだ。
肝心の、曲者を見つけた場合の対処については、『始末もやむなし』。
これはありがたい。なにしろまともな手がかりがほとんどないのだ。見つかるときは、そいつがただならぬ行動を起こしたときだろう。対処の手段など、おそらく選んではいられない。
ほかに気になることといえば、爺さんの言動だ。
なぜ曲者の話を明かしたのだろう。勝手に間者を放つなど、他の長老達に対する挑発行為だ。わざわざ話したのには、それなりの理由があるはず。
愚図坊の死について語るため、情報源を説明しなくてはならなかったのか。あるいは単に、向かうところ敵なし、ということなのか。
なんであれ、曲者を正当化する方法を考えてあるはずだ。爺さんは、いたずらに反撥を招いて自滅するような愚物ではない。
愚図坊の死に様を知りながら、騒ぎ立てていないことも気になる。爺さんはなぜ僕を裏切り者と断じないのだろう。
あの夜、僕か愚図坊のどちらかが裏切り、愚図坊はただならぬ死に方をした――なのに爺さんは自分の駒を擁護する気がないのだろうか。
内密に間者を動かしていた上に、愚図坊が裏切っていた、などと言われれば、爺さんの立場は苦しくなるはず。なのになぜ、自らそういう方向に事態を運ぶのだろう。嫌な感じがする。長老達の話し合いに顔を出しているジーンが、そのあたりを的確に読み取っていることを願うしかない。
それにしてもジーン――考えなしなやつだとばかり思っていたのに。
野心に燃える爺さん。
不満を抱える若頭。
姫に想いを寄せる僕。
一族内外の様々な要素をうまく撚りあわせて、今の状況を作りだしている。世代交代の計画は、ジーンと若頭のどちらが言いだして、どちらが主導しているのやら。
どちらでもいいか……姫が無事なら。
塔の壁に背中を預け、衛兵が歩きまわる庭に視線を落とした。今夜もおかしな動きはない。
曲者は、いったいどこに潜んでいるのだろう。
一介の平民が王宮内に居場所を確保するためには、貴族の推薦が必要だ。あるいは、身元が確かな者の署名を数人分――この場合だと、下っ端の兵士か使用人になるのが関の山で、王族に近づくのは難しい。
伯爵の紹介という好条件で王宮入りした僕も、うまくやっていたという自負こそあるものの、二人にあれほど近づけたのは運が良かったとしか――二人を大変な不運が襲ったからだとしか言いようがない。
曲者は、どのような肩書きで入りこんでいるのだろう。二人に近づく術を持ちあわせているのだろうか。それとも、いずれ一族の手練れを手引きするために、準備を進めているのだろうか。
早く始末してしまいたい。曲者も、爺さんの一派も。
身体がもう少し良くなったら、ジーン達と合流するというのも選択肢のひとつだ。もちろん、快復した姫が無茶を再開しないよう、必要な手を打ってからになるが。
僕がジーンを警戒しているのと同様、あいつも僕を警戒している。若頭との顔合わせが済むまでは、世代交代に関する踏みこんだ説明は絶対にしないだろう。曲者の名前や特徴などについても、信頼できる情報だとしか言わず、話の出所を詳しく語ることは避けていた。
……言われなくても察しはつく。爺さんの側に、若頭に通じている者がいるのだ。
若頭は長老になる前から、子供の面倒を良くみていた。
長老達は子供達が彼に懐きすぎないうちに、使えそうな分から次々と引き抜いていたが、それが裏目に出た。引き抜かれたあとも若頭に傾倒し続けている――修正のきかなかった者達がいるのだろう。傾倒――僕は若頭の世話にならなかったから、わからない感覚だが……ジーンも彼のことは単なる飲み仲間と認識しているようだが……。とにかく、過去に手懐けた者達を引き戻すことで若頭は対抗勢力を知り、操り、切り崩すことができる。
こんな話を僕が爺さんの側にもたらせば、ジーン達は苦戦を強いられる。警戒されるのも当然だ。
ジーン達との距離の取り方を、僕はそろそろはっきりさせなくてはならない。あくまで外にいるか、若頭の陣営に入りこんでしまうか。
爺さんの一派を潰すことが本当に姫の安全につながるのなら、若頭のもとで刃を振るうのも悪くない。どうせ僕は血生臭い生き方しかできない。
『新しい依頼人』――いったい何者だろう。こいつを見定めることさえできれば、僕の身の振り方も決まってくるだろうに……。
視界の隅、林でなにかが揺れたような気がして顔を上げた。
ほんの一瞬だった。今はなんの名残もない。
だがあれは間違いなく人影――ジーンだったような……あいつ、今日も来ていたのか?
脳裏の残像を頼りに、人影が移動していった方へと視線を走らせる。双子の部屋とは関係なさそうだが……。
確かめるべきだ――即座の判断。衛兵の目線を確認して、人影のあとを追う。

歩を進めながら、妙な胸騒ぎを覚えていた。この方角、何度か来たことがある。この先にある区域を、僕はよく知っている。
警備が厳しくなっていく。それはつまり、頻繁に足を止めて隙を窺わなくてはならないということで――おかげで追いついた。やはりジーンだ。こんな時分にこんなところへ、いったいなんのために……。
ふっと湧いた思いつきに、あとをつけるのを止めた。引き返し、まわりこんで、つきあたった塔の壁をよじ登る。積み石の隙間に足をねじこみながら移動する。ジーンが目指すであろう場所一帯が見えてきた。
読みが外れたら滑稽だな――そう思ったのもつかのま、白布頭が現れた。野生動物のような身軽さで、影から影へと移っていく。
こういうとき、あの白い頭は便利だ。ジーンの動きは絶妙だが、あれのおかげで見失わずに済む。
もっとも、僕はやつの行動様式を知っており、またあそこにやつがいるとわかっているから、どうにか追跡できるのだ。衛兵がさっと見渡したくらいでは、見つけられないだろう。僕が張りついているこの塔にも見張りが立っているが、ジーンに気づいた様子はない。
やつが動きまわっている建物は、ジペルディ家の人間で占められている。面白い現場を押さえられそうだ――決定的な瞬間を目前にして、胸中で拳を握りしめた。だが――。
ちょっと待て。部屋を間違えていないか? ――ジーンが選んだ窓辺は意外なところにあった。
弱い光を漏らす窓。ジーンは首をめぐらせて室内を窺い、硝子を叩く。
すぐに部屋の主が姿を現し、窓を開けた。ジーンはさっさと中に入りこみ、後ろ手に窓を閉じる。二人の動きには、まったく淀みがなかった。
ジペルディ家が誇る我が儘娘と、一族切っての不作法者。これはいったいなんの冗談だ?
続いて繰り広げられた光景はさらに衝撃的で、このままここから落ちてしまおうか、などと僕を投げやりな気にさせた。


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