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Autumn Night (ver. L)

〜reunion〜

「お怪我はありませんか?」
声をかけると、姫はゆっくり首を巡らせて僕を見た。
転んだことに驚き、泣くことを忘れている子供のような表情、そして素振りだった。
「立てますか?」
もうひとつ、声をかける。
放心状態から抜け出たのだろう。姫は急いで両手を床につき、立ちあがろうとする。だが足先がわずかに動くだけだった。怪我というより、腰が抜けているらしい。
動揺の声を漏らしながら、姫はさらに藻掻く。下肢を射られた哀れな獣を見ているようでいたたまれない。彼女をこんなふうにしたジーンは……あとで、相応の目にあわせる。
「……ごっ……ごめんなさいっ」
姫は、両手をつく位置を何度も変え、いっそう激しく藻掻きながら、悲鳴混じりに詫びる。
声は出るようだ、と安堵する。同時に肩を落とす。
謝る必要などないのに。
立てないのなら助けを求めてほしい。それとも僕に身を任せるのは怖いのだろうか――当然か。
だがこのまま床に座らせておくわけにもいかない。
深い呼吸で身体の緊張を解く。できるかぎり静かな動作で腰を落とし、姫の前に片膝をついた。
「よろしければ……お手を」
姫がびくりと顔を上げる。
焦りきった表情――泣きだしそうにすら見えた。
揺れる瞳が、差し出した僕の手のひらに向けられる。
どうしても怖いなら、拒めばいい……――そのあとのことを考えようとした矢先、かくかくとぎこちなく、姫は頷いた。
右手が、次いで左手が、ゆっくりと僕の腕にかかった。

横になって休むべきだと思ったが、姫は長椅子に行くことを望んだ。
抱きあげて運んだ方が早いのは確実だったが、自分の足で進もうとする姫の意志を尊重する。
遅く不安定な足運びをはらはらしながら見守り、倒れそうになったときだけ支える。
垣間見える横顔が、次第に王女らしさを取り戻していく。自力ではないものの、前を真っ直ぐ見据えて歩いていく姿に、威厳さえ漂いはじめる。
敵わない。おそらく、中途半端な説明や誤魔化しは通用しない。
彼女がジーンになにを吹きこまれたかも定かではない。僕が知るだけでも、やつは十分ややこしいことを言ってくれた。今さら取引だ脅迫だなどと、強く出られるのだろうか、僕は……。
つい、溜息をこぼしてしまう。びくりと肩を揺らした姫に、胸中で詫びた。
……できるかできないかではない、やらなくてはならない。これっきりにしなくてはならない。今度は中途半端な状態で立ち去るわけにはいかない。姫を危険な目に遭わせないため、必要なことだ。
姫に自重を求める。僕達のことは見なかったことにしてもらう。いろいろ聞かれるかもしれないが、最小限の事情説明でどうにか納得してもらう。そのあとはもう、彼女を一族には関わらせない。
それとジーン――二度と姫に手出しすることがないよう、やつもどうにかしなくては……。
姫が長椅子に腰をおろし、寝間着の裾を整えはじめる。
僕はそこから数歩下がり、窓の外を確認する。
陽は完全に落ちた。黒い闇が浸透しきるのは時間の問題だ。
遠くで鳥の鳴き声と、風に揺れる木々の葉音。それらを除けば、あたりは静まりかえっている。
第三者の気配はない。やつが盗み聞きしている可能性は否めないが、近辺に潜んでいるなら見張り代わりにはなるだろう。笑いたければ笑わせておくし――どのみちただでは済まさない。
……まずは姫の出方を見よう。話の道筋を決めなくては。
「申し訳ありませんでした」
手始めに、ジーンの所業を詫びて挨拶に代える。もっとも、僕が姫に詫びてしかるべきことは山ほどあるから、この謝罪が彼女になにを思い起こさせるのかは、想像がつかない。
「私こそ、ごめんなさいね。みっともないところを見せてしまったわ」
答える声は、苦笑混じり。まだほんの少し、震えている。
「いえ……さぞ怖い思いをされたのでしょう。ジーンのやつ……」
口にしてから、はっとした。ジーンの名前を出すべきだっただろうか、と。
それ以前に、あいつばかりを責められもしないだろうに、と。
「……こんなこと、僕などが言えた義理ではありませんね」
取り繕おうにも、そらぞらしい発言の上塗りにしかならない。醜悪さに眉根を寄せた。
「でもあなたは、すぐに止めにきてくれたわ。……快気祝い、なのでしょう?」
「姫……」
僕を見上げながら小首を傾げる仕草は、場の空気を和らげるため。
同時に彼女が見せた表情は、ぎこちないながらも、紛う方ない微笑みで――耐えきれず、顔を背けていた。まさか姫が……僕に笑いかけてくれるなんて。
暗い室内で、そこだけ明かりが灯ったかのようだった。強く惹かれるけれど、酷く居心地が悪い。
「よく覚えていないのだけど……」
そう前置いて、姫は何事かを語りかけてくる。言葉の多くを逃してしまったが、高熱で倒れた彼女を助けたことに対して、礼を言われたようだ。あのときの姫が、わずかにでも状況を認識できていたとは思わなかった。ますます……居心地が悪い。
姫が口を閉ざすと、途端に室内に沈黙が落ちる。僕が決めかねているからだ――話の道筋と、進む覚悟を。
世間話をするために、ここに留まったわけではないぞ――今一度、自分に言い聞かせる。姫が友好的に話を進めたいのなら、それでいい。最小限の事情説明をして立ち去ることに、変わりはないはずだ。この対面、長引かせてはならない。でも――。
姫の穏やかな口調は、暗殺者ではなく宮廷楽士を相手にしているかのようだ。応じてしまいたくなる。楽士然として姫にいい顔をしていたい僕が、引きずり出される。調子が掴めないまま、時間ばかりが流れていく。
「……ごめんなさいね。皮肉を言ったつもりなんて、なかったの。取引って……」
唐突に出てきた言葉に息を呑み、次いで失笑も呑みこんだ。
姫から切りだしてくれたか――安堵と落胆が、ひとかたまりになって腹の底へ落ちていった。
『取引』――ちょうど二週間前、姫がこの場所で僕に投げかけた言葉。あのときの僕は、姫と再会できたことに舞い上がっていて、うまくこの言葉を受け止められなかった。
姫が僕の身を気にかけ、匿おうとしてくれたあとだったから、なおさら堪えた。
取引なしに姫が僕を信じるはずがない、取引でもなければ姫は僕との接触を望んだりはしない、そんな当たり前のことばかりが頭を過ぎって……吟味もせずに突っぱねてしまった。皮肉のつもりか、などと聞き返して。
あんな醜態、二度も晒してなるものか。姫にとっても迷惑な話だ。取引――それでいい。
「ああ言えばあなたを引き留められるのではないかって思ってしまった……」
思考を遮ろうとする、消え入りそうな声――振り払う。
問題は、見返りになにを求めるかだ……まさか病み上がりの姫に身体を求めるわけにも――そこまで考えて、違和感に気づいた。
盗み見れば、姫は伏し目がち……まるで恥じ入るように。
衝撃は、遅れてやってきた。


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捏造の旋律

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