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Autumn Night (ver. P)

〜4〜

「申し訳ありませんでした」
長椅子に身を落ち着けた私にそう言って、リオウは俯いてしまった。
見上げた横顔は険しくて、どんな言葉なら届くのか、見当もつかない。
でもこの沈黙は、きっとなにも生み出しはしない。話のきっかけがつかめないのなら、自分が話したいことから話すしかない。
「私こそ、ごめんなさいね。みっともないところを見せてしまったわ」
一人では立ちあがれなくなって、リオウにここまでつれてきてもらった。ずいぶんと手間をかけてしまったから、呆れられていてもおかしくはない。実際、すでに何度も、彼の溜息を耳にしている。
そしてまた、新しい溜息。リオウは苛立たしげに首を振った。
「さぞ怖い思いをされたのでしょう。ジーンのヤツ……」
怖かった――それは否定できない。でも、立てなくなるほどではなかったはず。多分、病みあがりだったことが一番の原因――そう弁解しようとしたら、小さな呟きが聞こえた。
「こんなこと、僕などが言えた義理ではありませんね」
僕などがって、どういう意味だろう。取引をもちかけておきながら? それともカインを殺そうとしておきながら?
――だめだわ。まずはなんとかして、雰囲気を変えないといけない。
歩きまわれるなら真っ先に、この薄暗い部屋に明かりを灯すのだけど。
今にも行ってしまいそうなリオウを見据えて、急いで考えを巡らせて。
リオウがジーンと呼ぶあの男が、去り際に口にしたことを思い出した。
「でもあなたは、すぐに止めにきてくれたわ」
重苦しいばかりの空気が、少しでも和らいでくれることを願って。ちらりとこちらに目を向けた彼に、精一杯の笑顔を見せて。
「快気祝い、なのでしょう?」
「姫……」
リオウの表情が、わずかに揺らいだ。
卑怯な言い方をしてしまったけれど、それに気分を害した風ではない。ただ困っている、そんな顔。
「……よく覚えていないのだけど、私を部屋まで運んでくれたの、リオウよね?」
石の床、私を呼ぶ声。ひとりでに倒れたという、薪の入った重い籠。
「人を呼んでくれたでしょう? おかげで早く診てもらえて、この程度ですんだのよ。ありがとう」
どちらも私の推測でしかないから、否定も肯定もしてもらえないと、少し気まずい。
手を伸ばしても届かない位置で、無言のまま佇むリオウは、さっきとはうってかわって頼りなげな空気を漂わせていた。
闇が深まっていく。ある程度なら慣れることもできるけれど、そろそろ限界。このままでは、闇に彼を連れ去られてしまう。やはり無理なのかしら……。
以前のように笑って言葉を交わすには、いろいろなことがありすぎて、いろいろなことがわからなさすぎて。それらひとつひとつを解きほぐすには、長い時間がかかりそう。
その時間を手に入れるためには、リオウの協力が不可欠だけど、彼は押し黙ったままで、ほとんど口をきいてくれない。これっきりに、なってほしくないのに。
もう二度と訪ねてもらえないという最悪の事態を考える。――言わなければいけないことが、まだあった。
「ごめんなさいね。皮肉を言ったつもりなんて、なかったの。取引って……」
「姫……」
リオウが軽く目を見開いた。
「ああ言えばあなたを引き留められるのではないかって思ってしまった。……本当に愚かだったわ。ごめんなさい」
「姫、違う、あれは……」
取り乱したリオウなんて、再会してから初めて見たかもしれない。慌てた声が懐かしくて、つい聞き入ってしまった。
あれは、と繰りかえす声が萎んでいく。やがて、
「あれはもともとは僕が言い出したこと。自業自得だったんです。姫に謝って頂くことではありません」
そう言って、リオウは目を伏せた。まるでなにかを堪えるように。
もしかして、建国祭前夜のことを悔やんでいるのかしら。……だとすれば、それは私も一緒。悔やみ方はまるで違うけれど。
「私ね、ずっと後悔していたの。あなたが捕らえられたと聞いてからは、特に」
黒髪の下、再び瞳が露わになる。その光は弱々しい。それを見つめる私も、きっと同じような目をしているのだろう。
「あなたとの取引……受け入れていれば良かったって」
「姫」
また馬鹿なことを言おうとしている――そうは思ったけれど、もう二度と会えないかもしれない――ならば言ってしまった方がいい。
「取引を拒まなければ、あなたはここにいてくれたのかしらって、何度も思った。……どうしてもあなたを探してしまうの、音楽が聞こえてきたり、楽士さん達が歩いていたりすると……そこにあなたがいるんじゃないかって……。あなたがいなくなって、本当に悲しかったのよ。だから……」
だからもう一度、取引を望んでほしい――本能に近い部分が、そう言えと強く命じてくる。言ってはいけない――制止の声を張りあげるのは理性。
「だから取引を……」
リオウから目をそらして、深い呼吸で気持ちを静めて。
「……願わずにはいられなかったの、あのとき」
「……姫……」
リオウの声には、さっきまでとは明らかに違う種類の、困惑の響き。もう後戻りはできない。
顔を上げて、声と同じくらい困惑の色をたたえる瞳を見つめて。
「あなたの事情を聞かせてほしいの。今すぐすべてを、なんて言わない。……あなたがそばにいてくれるなら……そのためなら、できることはなんだってしたいのよ」
「姫、僕は……」
リオウがなにかを言いかけて口をつぐむ。
思いつめた顔をしているかもしれない。視線を彷徨わせて、何度も何度も溜息をついて。
そして。
「僕は……君を巻きこみたくない」
拒絶としか受け止められない言葉が続いた。
……違う、拒絶ではない。彼は私の身を案じてくれているのだから――空になっていく心を支えるために、必死で自分に言い聞かせる。それでも突き放されたことに変わりはない。すべての感覚が遠のいていく。
「……そう思っていました」
不意に続いた言葉は過去形だった。脳裏を疑問符がよぎったけれど、鈍った思考は答えに辿りつけない。
「いつかすべてが終わるまで、君にはなるべく近づくまいと。そのほうが君は安全で、事も運びやすいだろうと……そう思っていました」
でも、と自嘲気味な呟き。
「ジーンは……あいつはおもしろいことが好きでね。いつも自分から好んで、揉め事を起こすんです」
ジーン――リオウをここに、誘い出してくれた人。急に出てきた名前に戸惑う。
「どうもあいつは、君に目をつけたらしい。放っておいたら、また同じようなことをやらかすでしょう。僕の反応を楽しむためだけにね」
つまり……リオウが私から距離をおこうとしても、あの人がそれを邪魔する……?
「どんな手を打とうか、悩みましたが……君にまでそう言われてしまっては、僕も覚悟を決めるしかありません」
……覚悟?
言葉の意味を量りかねているうちに、リオウはふっと微笑んで――気付けば私のすぐ前で、膝をついていた。


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捏造の旋律

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