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Golden Ears of Barley

〜3〜

どれほどそうしていたのだろう。
後ろでカサリと草を踏む音がして、振り返ると同時に声をかけられた。
「姉上……こんな時間に、どうしてここに?」
「カイン……」
お互い、おやすみの挨拶を交わして別れたときと同じ服装だった。
「カインこそ、どうしたの?」
返答に窮して、思わず聞きかえしてしまった。両親の墓を訪ねること自体はおかしくないとしても、深夜、一人で部屋を抜けだしてとなると、後ろ暗さは拭えなかった。
「僕は……」
隣にやってくるカインのために、場所を空ける。
カインはお父様の、私はお母様の足元に跪く。
「……もうすぐ、追悼式だから……」
少し間をおいて、カインは言った。
追悼式――もうそんなに経つのだと、時の流れを噛みしめる。
「姉上は、なにを話していたの?」
「……お父様達と?」
「うん」
即答できなかった。
押しやったはずの、思い出してはいけない面影が夜の闇にちらついて、言葉を探しだすのに手間取ってしまった。
「……カインが……頑張っていますって……」
ようやく口にしたそれは、文字のお手本をなぞったかのようにそらぞらしく聞こえた。真実、私はここに来て一番に、お父様にそう報告していたのに。
カインはすっと立ちあがると、棺に手を滑らせながら墓標へと歩きだす。その危うい後ろ姿に、自分が大事なことを見落としていたと気づいた。
カインこそ、こんな時間に一人で、どうしたというのだろう。『もうすぐ、追悼式だから』――だから?
「頑張っても……」
私に背を向けたまま、石棺から手を離してカインが呟く。虫の音にかき消されそうなほど暗く低い声で。
「思い出せないままだ……父上のことも、母上のことも……自分が何者なのかも……」
それは、ジークにつくりだされたカインが、これまでも何度か口にしてきた悩み。私はそのたびに、いつか思い出せるなどと空言で励ましてきた。
だってほかになにを言ってあげられるというのだろう――わからないまま立ちあがり……お父様の棺に目を落とした。
「追悼式……亡き父上と母上を偲ぶ……なにも思い出せないままなのに……」
「カイン……」
「ごめん、姉上。……ちゃんと役割は果たすよ」
顔を上げれば、カインは涼しい笑顔で私を見ていた。そして墓標へと向きなおる――寂しそうに。
なにかがずれはじめている――そんな気がした。
「父上と母上は、今の僕をどう思っているんだろう」
また、即答できなかった。
カインの虚ろな声音が気になる一方で。
よりによってこの場所で――返す言葉を考えることにさえひっかかりを覚えていた。でも躊躇っていてはカインが不安を募らせてしまう。
「……元気でいてほしいと、願っていると思うわ」
実の子供のことなら、どんな親もきっとそう思う――私の返答は、おかしくない。
「そして立派な国王に……」
カインに王位を継がせることは、お父様の願いだった――おかしく、ない。
でもお母様は……――ジークの秘密の部屋を思い出す。
お母様は、あの部屋のことを知らなかった。少なくともジークは、お父様以外、誰も知らないと言っていた。ならばもう一人のカインのことも、お母様はきっと聞かされていなかった。今のこの状況、お母様はどう思っているのかしら?
つくりだされた存在が国を継ぐことの是非を、ここに来ると、考えずにはいられない。
虫の大合唱が、断罪を求める叫び声のように聞こえる。
代々この国を守ってきた先祖達の、怒りの声。
耳を覆いたくなる。逃げだしたくなる。……だけど。
お父様はこの国を守りたいと願い、同じように、お母様を守りたいと願った。その答えが、今ここにいるもう一人のカイン。
お父様の決断が間違っていたとは思いたくない。女の身で王位を継ぐことが許されないなら、せめてお父様の遺志を継ぎたい。
ジークの提案を受け入れ、カインを目覚めさせたことを、私は後悔しない。
なにより、今ここにいるカインは私の大切な、もう一人の弟。こんな迷いに捕らわれるなんて、それ自体がどうかしている。
「……最後に一緒にいたのに……」
虫の音を遮る呻き声に、はっと顔を上げた。
「……僕は父上と母上を、守れなかった……守ろうとさえしなかったのかもしれない」
独白めいた言葉だった。でも、捨て置けるものでもなかった。
だからといって……本当に、なにを言ってあげられるのだろう――唇を噛みしめた。
今、私の目の前にいるカインは、事故が起きたとき、まだ眠っていた。
実際に事故にあったカインは、もうこの世にいない。最期になにを考え、なにをしようとしたか、私には想像することしかできない。目の前のカインが思い出すことも、一生、ない。
ならばやはり……私が想像したままを伝えるしかない。
「あなたは、守ろうとしたと思うわ。お父様とお母様を」
「なぜ、そう思うの?」
カインが放った問いは静かなものだった。けれど間髪を容れない振り向きざまのそれは、場の空気を確かに凍らせた。
「……昔の僕なら、そうしたから?」
硬い表情、重苦しい口調、苛立ちの現れ。
私の言動に問題があったのだとしか思えない。でもなにが問題だったのかわからない。戸惑っているうちに、返答の機を逸していた。
沈黙は肯定。カインは吐き捨てるように溜息をつく。
「姉上もか……」
「え……?」
「姉上、本当は父上達と、僕には言いたくないことを話していたんじゃないの? ……僕が、昔の僕じゃなくなってしまった、とか」
「なぜ……どういう意味……?」
「どういうって、そのままの意味だよ。……姉上も思ってるんだろう? 僕が変わってしまったって。変わり果てた僕を見てがっかりして、昔の僕を懐かしんでるんだろうっ?」
「待って……そんなことない。……どうしたの、急に……」
「急なんかじゃないよ、ずっと思ってた。……姉上はこのところいつもうわのそらで、僕のことなんかぜんぜん見てくれていないって」
「ちが……」
「そうだ……姉上も、昔の僕を見ていたんだ」
「違う……違うわ」
「違わないよっ!」
激しい剣幕。
四肢の感覚が泡のように消え失せた。「違う」と繰りかえしているはずの自分の声が聞こえない。
「じゃあ、なぜ僕を見てくれないんだ」
嗚咽混じりの、絞り出すような声で問われて、目の前が黒く染まった。
荒々しい足音が真横をすり抜けていく。
振り返ることすらできず、ただ立ちつくしていた。


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捏造の旋律

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