リップ編:Lv1「好奇心は涙を呼ぶ」


あの人はいつも弓をひいていた。
僕はそれをこっそり見ているのが好きだった。

ヘルシング学園は広大な土地に建物がいろいろある。
まるで大学みたいだと誰かが言ってたな。
なんでも、まだこのあたりの土地が安かった頃、とにかく大量に買い叩いて
とにかく適当に建物を配置したらしい。創立者にして初代理事長はそういう人だったとかで。
そして今でも場合に応じて建物は何気なく増え続けている。
まったく、謎の学園だね。

それはともかく。
僕はある日、校庭の隅にテントで囲われた一画があることに気が付いた。
他のみんなが気にもとめないのは不思議だったんだけど、
さっき言ったみたいにこの学園、行事に応じていろんなものができたり消えたりしていくもので。
だからそのテントも、何かの行事に使うんだろうとみんな思っていて
そのうちテントがあるっていう光景にも慣れて、なんとも思わなくなっていったんだと思う。
けど僕は違う!

僕はもともとそういう変な建物を探検するという趣味があるのだ。
「好奇心は猫をも殺す」なんて友達には言われるくらい、あちこちに首をつっこみたがる性格。
で、ある日、こっそりその中を覗いてみたわけ。

そこに居たのは長いストレートの黒髪が美しい、眼鏡をかけた細身の女の子で、
彼女は一心不乱に弓、アーチェリーの弓を引いていた。
そして、100mくらいあるんじゃないかっていうほど向こうの的をを正確に射抜いていた。
僕はただただ感心してその姿を見つめるしかなかったね。
三分の一はその技量に感心していたんだけど、残りは弓を撃つ彼女の美しさに驚いていたさ。

まっすぐに伸びた弓を支える左手、それに添えられる矢を持った右手。
そして右手に添えるように、眼鏡の奥からするどい目つきで的を見つめる黒い瞳。
矢が放たれた瞬間、彼女の髪は少し揺れた。
最初は癖のないストレートだと思っていたけど、よく見たら毛先がくるくるはねている。
前髪はなくて、いくらかの後れ毛があるだけなんだけど、それがすっと前になびくんだ。
そしてあの人は鋭い目つきをちょっとやわらげて、自分の矢の結果を見る。
綺麗に命中しているとすごく嬉しそうに、にっこり微笑むこともあった。
僕はもう、その笑顔に一撃でノックアウトされたもんだ。
でもほんのわずかでも中心を離れていると、すごく不機嫌な顔になったりもする。
それはそれで魅力的で、僕はどっちにしても楽しんでいた。
部外者って気楽なもんだね。

ところがある日突然、彼女がテントからいなくなった。
それまでは毎日のように放課後テントに通っていて、たまに居ない時は
生徒会の役員会とか学校行事とかそんな時だけだったのに。

あ、もちろん僕はそのころには彼女の名前もきちんと調べていたのだよ。
リップヴァーン・ウィンクル。かのインテグラ先生のクラスの学級委員長だ。
よりによって、あのアーカードとかアンデルセンとかもいることで有名な、あそことは。
彼女の苦労がしのばれる。
弓を撃つことでそのストレスを解消していたのかなーなんて僕は思っていた。
しかしそれにしては彼女の腕は本格的だった。
もちろん僕はアーチェリーについても調べたわけさ。
そして彼女がアーチェリーの世界ではとっても有名な女子高生ってことも知ってしまった。
いやあまったくこの学園は奥が深いね。

また話が脱線している。僕の癖なんだ。

彼女の姿が休日も挟んで三日続けて見えなかった時点で、僕は本格的調査に着手した。
まずは、彼女のクラスの生徒に探りをいれる。幸い僕は顔が広い。
「ねーねー、リップヴァーンさんってどーしたの?」
「あー、彼女なら交通事故で入院してるって」
なぬ。
「じゅ、重傷なのかい?」
僕はめずらしく動揺して尋ねた。
「わからない。インテグラ先生が「リップは交通事故でしばらく休む。
 精神的ショックもあると思うから、いつ帰ってくるかはわからん。そっとしておけ」って
 宣言したら、このクラスに逆らえる人はいません」
相手はそのインテグラ先生が乗り移ったようにきっぱりと宣言した。
まーね。問題児満載のクラスだからね。下手に好奇心で首突っ込むと危険なのはわかるよ。
でもリップさんは違うだろ。

そこで僕はリップさんの様子を探る第二手段に着手した。
取り出したのは生徒名簿。んでウィンクルさんちにかけましたよ、電話を。
ところがこれが学生寮だ。実家には住んでいないらしい。
なんかますます好奇心をそそられるよね。
で、僕は寮母さんに電話した。
「あのー、夜分遅く大変申し訳ありません。僕はウィンクルさんに
 部活でお世話になっている者なのですが、彼女、交通事故にあわれたとかで」
ところが声だけで分かる厳しい鬼寮母さんはにべもなかった。
「おあずかりしている生徒のプライバシーには応えられません。
 部活の人なら学校を通じて聞いてください」
僕が男ってのも悪かったのかもしれない。でもそればっかりは仕方ないじゃん。

じゃあ第三手段だ。インテグラ先生。
いや、僕だって怖いよ。でもそれしか方法がないんだから仕方ないでしょ。
僕は思いきって声をかけましたよ、放課後廊下を歩いている先生をね。
なんか珍しくパンツスーツの。あの魅惑的なおみ足はどーしたんだろと思いつつ。
「あのー、先生。ウィンクルさんのことでお聞きしたいんですけど」
インテグラ先生は眼鏡の奥の厳しい目つきでじろりと僕を睨んだ。こわー。
「なんだ、リップに興味があるのか? 理由は?」
こりゃ、クラスの一般人は逆らわないのよく分かるわ。
しかしこの場合は引き下がれない。僕は半分意地になっていた。
それから、もう半分は本当にリップさんのことが心配になり始めていた。

「僕、ずっと彼女のアーチェリーの練習を見ていたんで。
 急に居なくなってしまって心配で心配で。
 弓を引くための腕とか怪我したんじゃないかと思って」
こう言う時は正直が一番だ。それが僕の情報引き出し方法の経験則ってやつだ。
インテグラ先生は少し驚いたようだった。
「お前、リップと面識があったのか?」
「はい!」
まあ時と場合によっては嘘も必要なんだよ。うん。その時は迷いなくまっすぐにね。うん。

案の定、インテグラ先生は少し考え込んだようだった。
「残念だが症状や病院などは教えられない。ただ、もう少ししたら彼女は帰ってくると思う。
 アーチェリーに復帰できるかは」
インテグラ先生は溜息をついた。最悪の結末が頭をよぎる。
「彼女次第だな」
ん?それってリハビリ次第ってことだろうか。
インテグラ先生はぽんと僕の肩に手を置いた。どこか薄笑いを浮かべた顔を近づけてくる。
「お前、本当は盗み見していたんだろ。アーチェリー部には彼女以外の部員は居ないぞ」
な、な、なんでばれたんですかー? やっぱりインテグラ先生だから?
「でもいい。お前は本気で心配しているようだから。今の彼女にはそういう奴が必要だ。
 お前みたいな何もわかっていない、ただ彼女が好きな脳天気男が」
先生、無茶苦茶言ってくれますね。外れていないところが悲しいです。
「まあ、ちょっと待ってろ。来週には帰ってくるらしい」
それだけ言って先生は去っていった。
僕は呆然としてその後を見送りましたとさ。完敗です。はい。

そして、先生の言ったとおり、次の週にはリップさんは帰ってきた。
クラスにも普通に出席して、いつものように静かに普通に授業を受けていたらしい。
さすがにクラスのみんなは腫れ物に触るみたいに接してしまったらしいけど、
むしろリップさんはそれを歓迎するかのように、
一人黙々と休み時間も遅れてしまった分の自習をしていたとか。
しっかり聞き出した僕を誉めてくれ。
あ、それから目立った外傷ってのはほとんどなかったらしい。
ただ頬にちょっとだけうすーくあざが残っていただけで、骨折とかはないそうだ。
僕はそれを聞いてとても安心した。

で、放課後。僕は校庭の隅のテントに向かった。
いや、いくらなんでも復帰第一日目に居ないとは思ったけどさ。
でもクラスの違う僕には彼女に会える場所ってあそこしかないんだよ。
もっと早く、事故なんかが起こる前に声をかけていたらって、何度後悔したことか。
あのね、僕は脳天気男だけど、彼女が好きなの。先生に言われて気が付きました。
あ、やっぱりなんか間抜け? 僕もそう思う。まあいいじゃん、気づかないよりはさ。

また脱線している。
で、テントをいつもの覗き窓から(ちゃんと作っている僕を褒めてくれ)覗いたら
なんといたんですね、リップさんが。僕は思わず神に感謝しました。
その姿は以前と変わらず、目立った外傷もなく、ただやっぱり少し痩せたかな?
ただでも細身なんでそこのところは気になった。
けどやっぱり安心のほうが大きかったのも確かだ。

でも。リップさんはいつものように弓を手にはしなかった。
正確には収納してあるロッカーの前まで行ったんだけど、扉をあけることができなかった。
できなかったって表現を使ったのはね、彼女、扉に触っただけで泣き出したからなんだよ。
「う、うぅ、、、、、ひぐぅ」
ってまるで号泣するみたいに。そしてそのまま地面に崩れ落ちた。

その姿を見て黙っていられる男がいるかい?
僕は二度と後悔もしたくなかったし、そりゃもうためらわずテントの中に入りました。
「え、、、?」
リップさんはびくっとしたように、何かに怯えるようにこちらを振り返ったけど
そこに立っていたのがまったく知らない、人畜無害そうな普通の生徒ってことで
余計に戸惑ってしまったらしい。慌てて眼鏡を外して白いハンカチで涙を拭う。
その姿はたまらなくいじらしかった。

「あのー」
これで声をかけないわけにはいかないよね。ん?
「僕、実はずっとあなたを見ていた者なんですけど」
すいません、怪しくて。
「あの、いや、あなたの弓を撃つ姿があまりに綺麗だったから。
 それに邪魔しちゃいけないと思って。でも急にいなくなっちゃって。
 すごく心配したんです! ずっと心配して探していました!!」 
後半、僕は戦術もなにもかも忘れてぶちまけていた。
だって彼女は泣いていたから。本当に、心の底から泣いているように見えたから。

リップさんはちょっと呆然としていたみたいだった。
「あの、私を、ずっと、見ていたんですか?」
地面にへたり込んでハンカチを胸の高さで持ったまま、僕を見上げる。
僕はその前に正座した。変? だって真面目なときは正座でしょ。日本人なら。
「はい。弓を撃っているあなたはとても綺麗で声がかけられませんでした。
 正直、好きでした。覗き見していてごめんなさい」
がばっと頭を下げる。
…あのね、正直なところを言うと、僕もどうしていいかわからなくなっていたの。
そういう時ってさ、真実を打ち明けるしかないと思わない?

「弓を撃つ私、、、?」
リップさんはまた呆然と空を見つめて、それからまたぼろぼろ泣き出した。
「弓を撃つ私が好き、、、?」
なにか僕の言葉は彼女のツボをついてしまったらしい。
リップさんはいきなり僕に抱きついてきた。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい!」
僕も呆然としてしまったけど、それでも彼女を抱き止めるくらいはしましたよ。
そりゃもう、男の義務ってやつですから。それにリップさんのこと、本当に好きだし。

リップさんが愛おしくて可哀相でなんとかしてあげたくてたまらない気分半分、
なんか、とんでもないことに首を突っ込んでしまったんじゃないかという気分半分で。

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このSSシリーズは時系列的に以下のSSの後になります。ただし内容は超鬼畜を含むので安易に読むのはおすすめできません。
むしろ、あえて読まずにこちらを読み進めてもらった方が「僕」の気持ちに感情移入できて面白いかと思います。

裏ときヘル:「魔弾の射手」序編


ときヘルindex

 

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