セラス編:Lv1「幼なじみの秘密」
セラスは僕の幼なじみだ。家が近所だったという、すごくありがちなパターンだけど
とにかく僕らは一緒に遊んで大きくなった。
セラスは昔から明るい子で、弱い者イジメは大嫌いで、「強くなりたい」が口癖だった。
それはたぶん、彼女が孤児だったという生い立ちにも関係しているんだと思う。
僕がそれを知ったのはずいぶん後になってからのことだったけど
明るいセラスにそんな背景があったなんてとショックを受けると同時に
いつも無理にでも明るく陽気に振る舞って、
強く強くあろうとする彼女の理由がわかったような気がしたものだった。
それ以来、僕はそんな彼女を支えたいと密かに決意した。
セラスはヘルシング学園では空手部と柔道部のかけもちをしている。
どっちもかなりの腕らしい。
でも喧嘩ごとが日常茶飯事のこの学園で、
セラスが人に暴力を振るったところを見たことはない。
虐められている女子生徒を助けに入ったことは何度もあるらしいけど
セラスの腕を知っている普通のワルはそれだけで逃げるし、
アーカードや愉駄みたいな相手なら、まともに戦わずにとにかく逃げるらしい。
その見事な逃げっぷりに彼らは追ってこないとか。
「三十なんとか逃げるにしかず!よ」と彼女は笑って言っていた。
本当は三十六計だろうと思ったけど、口には出さないでおいた。
セラスは成績はあまりよくない。頭は悪くないと思うんだけど、
たぶん運動部に力を入れすぎているからだろう。彼女はきっと強くなりたいんだ。
どこまでも強く。僕にはそれが少し痛々しく思える。
けれど彼女の生い立ちを考えると、それは僕なんかには軽々しく口に出せる事じゃなく思えて、
僕はいつも黙ってしまう。ただ彼女のそばにいることくらいしかできない。
でもずっとそばに居たい。
そんな風に思っていた。
*
ある日の放課後、僕は自転車置き場へと歩いていた。
この学校は私立のくせに怖い人が一杯居るので、校舎裏は気をつけなくてはならないゾーンだ。
だから僕もあたりを気にしつつ、裏手にある自転車置き場へと向かっていた。
しかし、校舎の隙間でなにやら話し込んでいる人影を見てしまった。
しまったなあと思いながら見ないふりをして通り過ぎようとする。
「…それを私にしろっていうんですかぁ」
泣きそうな声が聞こえてきた。それも聞き覚えのある声。セラスだ!
反射的に僕は校舎の角に身を隠しながら様子をうかがった。
嫌そうな顔でうつむいているセラスの前で、腕組みしながら不敵に笑っているのはアーカード!
あいつ、よりによってセラスに….。
僕は反射的に飛び出そうと思ったが、アーカードは強い。そりゃもう強い。
もう少し様子をうかがうことにした。ああ僕って駄目なやつ。
「お前がしないならと他の生徒どもに被害が行くだけのことだ」
アーカードは相変わらず笑いながら言葉を続ける。
「いい加減あきらめろ、セラス」
そういってセラスの顔の後ろにある壁に手をつき、顔を近づけた。
おいおい何する気だよ。
「お前は俺を選んだんだからな」
…!!
思わずショックで腰が抜けそうになった。ど、ど、ど、ど、どういう意味だよ。
僕が動転している間にアーカードはくるりときびすを返し反対側に向かって去っていった。
残されたセラスはうつむいたまま、寂しそうにしている。
人差し指で目を拭った。…泣いているんだ。
「セラス!」
僕は思わず声をかけていた。
「あ、○○くん…」
セラスは困ったような顔で僕を見る。気まずい。
「なんか、通りすがったら、君がアーカードなんかと話してるから、さ」
動揺しながら一生懸命台詞を考える。
「どうしたの? 何か困ったことになっているなら、僕が力になるよ」
なんて陳腐な台詞なんだろう。
それでもセラスはその言葉を聞いて嬉しそうな顔をしてくれた。
まだ涙の残る顔で、それでも嬉しそうに笑顔を浮かべながら僕に抱きついてきた。
「ありがとう、○○くん。私、しなきゃならないってわかっているんだけど、
どうしても踏ん切りがつかなくて。そんなことしたら、何かが終わってしまう気がして」
なにか凄くシリアスなことらしい。
それはよくわかるんだけど体にあたるセラスのやわらかい胸の感触が….。
僕はドキドキしていた。セラスのやわらかさがたまらなく愛おしくて切なかった。
「○○くん、もし私が…でもずっと友達で居てくれる?」
肝心な部分はよく聞こえなかったけど、僕はうなずいた。
幼なじみが泣きながら、それでも僕に向かって笑ってくれているのに
どうして拒絶するなんてことができるだろうか。
セラスはそんな僕を見て涙のあとの残る顔で嬉しそうに微笑んでくれた。
「ありがとう、○○くん、○○くんのお陰で何か吹っ切れた」
そういってぱっと体を離す。僕としてはもっと長くふれ合っていたかったんだけど
その思い切りのよさもセラスらしくて、だから僕は引き留めなかった。
セラスはその短いスカートから見える長いカモシカのような足で
俊敏に駆け去りながら、こちらを振り返っていつものように手を振った。
いつもなんども別れ際に繰り返してきたこと。
いつまで僕らは幼なじみでいられるんだろうか。
その後、セラスが何を言いたかったのか、僕は知ることになる。
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このSSは以下のSSとリンクしています(読まなくてもLv2に進むにあたっての支障はありません)
裏ときヘル:セラスとアーカードの関係
ときヘルindex
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