セラス編:Lv2「バレンタイン兄弟事件」


「授業が予定よりも進んでいる、そこで今日は視聴覚教室で映画鑑賞だ」
教室に入ってきたインテグラ先生は教壇に立ってそう宣言した。
途端にクラス中から歓声が沸き起こる。僕も当然うれしかった。授業が一回休みってことだもんね。

この学校で視聴覚教室と呼ばれている部屋は、何故か校舎の裏手のプレハブの建物だ。
僕らはインテグラ先生についてぞろぞろと教室に向かった。
「座る席は自由でいいぞ」
先生はさらに嬉しいことを言ってくれる。僕は当然のようにセラスの横に座ろうとした。
「あ、○○くん」
セラスはちょっと複雑そうな顔で、それでも僕のために椅子を引いてくれた。
先日のことがあるからかな? 僕はその時はそれくらいしか考えられなかった。愚かなことに。

先生はてきぱきとビデオテープをデッキにセットした。正面の大型スクリーンに明かりがともる。
「作品は「天使にラブソングを」だ。原題は「SISTER ACT」。コメディーで、歌の場面も多い。
 当然字幕版だが、別に台詞のヒアリングをしてみせろとは言わん。英語に慣れればいい」
それから先生はふっと笑った。
「劇中歌がおもしろいからな。それに興味を持ってくれたら嬉しいというのが私の希望だ。
 私も君らと同じ年齢の頃、洋楽が好きでそれを歌うことでずいぶん英語の発音を覚えた。
 ま、それが英語として正確な発音とは限らないのが問題なんだけどな」
最後の言葉でみんなはどっと笑う。でもうまいやり方だなと僕は感心した。
実は「天使にラブソングを」はもう見たことがある。
たしかに劇中で歌われるゴスペルは魅力的で、CDをレンタルしてMDに落として何度も聞いた。

横のセラスを見ると、彼女もわくわくした顔で画面を見つめている。
たぶんセラスはこの映画を見たことはないんだろう。
彼女もきっと気に入るに違いない。そう思うと僕もわくわくした。
それで教室が暗くなると同時に、ちょっと座る位置をさりげなーく近づけてみたりして。

上映が始まった。セラスは嬉しそうに画面に見入っている。
僕は映画を観るの半分、映画と連動してくるくる変わるセラスの表情を観るの半分で、
インテグラ先生に感謝しながらこの幸せな時間を楽しんでいた。

映画は何事もなく進んでいき、ウーピー・ゴールドバーグ扮するデロリスが
修道院のシスターたちにゴスペルを教え始める、いよいよという場面になった。
僕は期待に胸をはずませた。
ところがそこで、ガラッといきなり教室後ろの扉が開いた。
暗い教室に明かりが射して、せっかくの映画も見えなくなってしまう。
誰だよ、無神経な。そう思いながら僕は振り向いた。

「アローアロー見えますかー、ヘルシング学園のミナサマ、コンニチワー」
逆光を背に立っていたのは、たぶん黒服の男だった。
パッとすばやく教室に明かりがともる。
振り返るとインテグラ先生が操作盤の前で彼を睨みつけていた。
それを見てまた入り口の方に目を戻すと、
例の男は耳にも鼻にも唇にも、目元にまでピアスをしている。
黒いジャージ姿で頭にはニットキャップをかぶり、ストリート系ってやつだろうか。
とにかく目は完全にいっちゃってる。奴はゆっくりと教室の中に入ってきた。
その後ろから、目と口の部分だけが開いたニットのマスクをかぶった奴らがゾロゾロ入ってくる。
なんなんだよ、一体!

クラスのみんなも当初の驚きから恐慌状態に変わりつつあった。そんな中で先生の一喝が響く。
「みんな、こっちに集まれっ!」
弾かれるようにクラスのみんなは先生の居る教室前方の操作盤付近に駆けだした。
僕もセラスの手を引いてそっちに向かおうとした。しかしセラスは動かない。
「セラス!」
僕の声を聞いてセラスはようやく僕と一緒に前に向かった。
でもその動きはぎこちない。何か迷っているみたいだ。

セラスのことだから、クラスのみんなを守らないとって思っているのかもしれない。
でも無理だよ、セラス。相手の人数が多すぎる。
きっとアーカードやアンデルセンがなんとかしてくれるさ。
どうせこいつらも彼らが招き込んだ厄介ごとなんだろうし。
僕はそう考えながら必死で彼女の手を引いて、操作盤の前に走った。

乱入者たちはゆっくりと教室に入ってきて、横一列に並んでみせた。
数は多分15人くらいだろう。そして中央の黒服を先頭にゆっくりとこちらに近づいてくる。
「キレーな先生コンニチワー。僕様チャンたちの名前はバレンタイン兄弟ーッ。
 弟のヤンでーす。初めましてー。よーろーしーくーねー」
そう言いながら、黒服はジットリとした視線でずっと先生の方を見ていた。え? 先生が目的なのか?
「他はともかく、あんただけは簡単に殴って終わりだけじゃダメだなー。犯してマワして…」
「黙れ!」
先生はいつものようにバンッと操作盤兼教壇を叩く。
「私の生徒たちに危害を加えてみろ、ただではすまさんぞッ!」
その眼光はいつも僕らが見ている姿より遙かに鋭く怖かった。
先生に怒られた時、いつもその目が怖いと思っていたけど比較にならない。
「センセー、部屋のスミでガタガタふるえて命ごいをする心の準備はOK?」
黒服の男は余裕綽々でその眼光を受けとめている。ふざけた奴だ。でもそれが怖い。

そして、僕の横では二人のやりとりを聞いて、セラスがピクリと動いた。
どこか一点を見つめながら、顔が引きつって汗が流れている。すごく悩んでいる時の顔だ。
僕は思わずセラスを抱き留めた。こんな時だから誰も気が付かないだろう。
行っちゃダメだセラス。君は確かに強いけど、こんな奴らに勝てるはずないよ。
きっとアーカードやアンデルセンがなんとかするし、警備員だって来るはずだ。

そう、その肝心のアーカードはどうしたんだろうかと思って探すと、姿が見えない。
たしかに教室に入った時には居たのに。同様にアンデルセンの姿もなかった。
…おいおいおい。

必死にあたりを見回していて気が付いた。
視聴覚教室にはもう一つドアがある。教室の前方、教壇側すぐ横にある非常口だ。
ああ、そっちから逃げればいいんじゃないかと思って僕はその扉を見た。
しかしそれは閉ざされたままで、いや、外から何か別の音が聞こえてくる。
やっぱりドカッバキッといった殴り合いの音だった。
そう言えば黒服は自分たちのことを兄弟だって言っていたな。
ということは、こっち側には「兄」のほうがいるってことなのか?
そしてアーカードは兄の方の相手をしに行っているんだろうか。

…ってことは、逃げられないのか。

僕は本当に絶望的な気分になって、ただセラスを抱きしめていた。
どんなことがあっても彼女だけは守ろう。
悲壮な決意を固めながら、僕らの恐怖を楽しむかのようにゆっくりと近づいてくる乱入者達を見ていた。
でも震えが止まらない。

「○○くん」
セラスが僕の腕の中でつぶやいた。
「私はみんなを守りたい」
僕はあわてて止めた。
「無理だよセラス。相手が多すぎるよ、それに君は人を殴ったりできる人間じゃ…」
「できる」
セラスはぽつりとつぶやいた。とても苦しそうに。
「私は勝てる。方法を教えてもらったから。ただ…」
「ダメだ、やめてくれセラス!」
僕は泣きそうになりながら必死で言葉をつむいでいる彼女の事が、心配でたまらなかった。
「○○くん、ずっと友達で居てくれるよね?」
セラスは最後の確認をするかのように僕の顔を見て聞いてきた。

ああ。僕は思い出した。先日校舎裏で聞いた言葉だ。こういうことだったんだ。
僕はまだ、すべてを理解したわけではなかったけど、あの時うなずいたことだけは覚えていた。
それがどんなに重要なことだったのかも、今更ながらに思い知らされた。
思わず力の抜けた僕の腕の中から、セラスは立ち上がる。

ゆっくりと黒服の男の前に進んでいった。僕にはそれを見ていることしかできなかった。
「なんだぁ、ネーチャン?」
黒服はゆがんだ笑みを浮かべてセラスを見る。
セラスは黙って立っている。全身の力を抜いて、戦いに備えている。
ニヤニヤ笑いながら近づいてくる黒服が、彼女の間合いに入った。
ヒュッ。鋭い蹴りが黒服の鼻先をかすめた。
「なん…なんだ、コラァー!!!」
とても強そうには見えないセラスに挑発されて、黒服は激高した。
「やれ、お前ら!」
自分は後ろに飛びさがりながら、手下どもに命令を出す。
ニットマスクで顔を隠した乱入者どもは一斉にセラスに飛びかかった。

セラスの動きは機敏だった。それに彼女は教室をよく把握していた。
椅子や机を駆け上がり、飛び降り、的確に相手に打撃を加えていく。
「げはっ」 セラスに顔面を殴られた男が黒いニットマスクに赤いものをにじませて倒れた。
顔面は禁じ手のはずじゃないのかっ?!
セラスの攻撃は容赦なかった。普段人を殴ったことのない、手加減している人間が
本気を出すとこういうことになるのか…? 僕は戦慄しながらそれを見ていた。
…ただ呆然と、見ていることしかできなかった。

下っ端どもは横一列に散開していた。そしてセラスは教室にある障害物を上手く使って
彼らを一人ずつ、確実に、手加減なく、一撃必殺で、叩きのめしていった。
黒服の男以外はあっという間に地面に這いつくばった。本当に、わずかな時間の出来事だった。

「オイ、コラ、テメェーッ。女ァァァァァッ!!」
残り一人となった黒服は怒りの叫びを上げる。でもその底に恐怖があることも僕には分かった。
僕だって怖かったからだ。セラスのことが。大切な幼なじみのセラスのことがっ!

セラスはゆっくりと彼に近づいていく。まるで彼の恐怖を楽しむかのようにゆっくりと。

黒服はやけくそのようにセラスに向かって飛びかかった。
セラスはその腕をやすやすと跳ね上げ、つかむ。くるっと体を回し入れて腕の関節を固めた。
ゴキッ。鈍い音がした。…折れたんだ。
さらに彼女は悲鳴を上げる黒服を突き飛ばし、その腹の中心に回し蹴りをたたき込んだ。
黒服は派手に後ろに吹っ飛んだ。
もう、僕は悪夢を見ているような気分だった。

「セラスッ、もういい、もう充分だ」
後ろからインテグラ先生の動揺した声が聞こえてくる。
僕は先生のそんな声を聞くのも始めてだった。まるで泣きそうな声だった。
でもセラスはその声でやっと動きを止めた。

その間に黒服の男、ヤンは後ずさりし、入ってきた扉から逃げ出していった。

あとに残されたのは叩きのめされ苦痛にのたうっている乱入者たちと、
その中でこちらに背中を見せたまま呆然と立ちつくしているセラスと、
その彼女を驚きと、そして恐怖の目で見ている同級生たちだった。
僕も、その中の一人だった。

「みんな、教室に戻れ。後始末は私がつける。私が戻るまで自習をしていろ」
インテグラ先生がいつもの反論を許さない厳しい声で指示を与える。
散々ショックを受けた後の同級生たちは、その指示を受けて
あやつり人形のように言葉もなくぞろぞろと視聴覚教室を出て行った。

けれど僕は残った。
呆然とした頭の中で、彼女の声を何度も思い出していた。
「「私、しなきゃならないってわかっているんだけど、
 どうしても踏ん切りがつかなくて。そんなことしたら、何かが終わってしまう気がして」」
僕は今や完全に、あの時彼女が言いたかった事のすべてを理解していた。

つまりセラスは知っていたんだ。この襲撃があることを。
そして僕たちを守るために戦わなくてはならないことも知っていた。
けれどそれは、彼女にとっては越えてはいけない一線を越えることでもあったんだ。
だから彼女は迷っていた。泣いていた。僕はあの日、それに気が付いてあげられなかった。
ただ一方的に彼女を抱きしめて、幸せだなんて一方的に感じていただけだったんだ。

僕はなんて愚かで弱い男なんだろう。今回のことで本当に思い知らされた。
でも。でも。彼女が言ったように終わらせてたまるものか。心の底からそう思った。
だからセラスにゆっくりと近づいた。

「セラス」
その言葉に彼女の背中がピクリと揺れる。小さな背中だった。
いつも僕が声をかけると振り向いて笑ってくれた。
でも今の彼女は振り向いてくれない。
だから、僕はセラスを抱きしめた。
「僕は君がどんな人間でも好きだよ。ずっと僕らは友達だ、そう約束したじゃないか」
セラスの肩は震えている。泣いているんだろう。

僕は弱くて卑怯者だけど、セラスのことが好きだ。
そう、初めて気が付いた。
僕にとってセラスはただの幼なじみじゃない。僕はセラスのことが男として好きだ。
「泣かないでよ、セラス。君は僕たちを守ってくれた。ありがとう」
その言葉にセラスはしゃくりあげて泣き出した。
結果として僕の言葉は反対の効果をもたらしたんだけど、それでいいと思った。

僕は泣いているセラスの前にまわりこんで、そっと彼女の唇にキスをした。
こんな時に卑怯かなって思いながら。

セラス編Lv3へ


このSSは以下のSSとリンクしています(読まなくてもLv3に進むにあたっての支障はありません)
裏ときヘル:バレンタイン兄弟事件の後始末


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