Care And Tail
久々の休日。
ここんとこずっとの寝不足を解消するために、おれは今日一日寝て過ごすつもりだった。
死んだようにベッドに沈み込む・・・・・・・・・。
「ゾロ!!」
・・・・・ぐ・・・・・・・・・!
突然の衝撃。
かなり手荒な起こし方をするのは・・・・・
「・・・・ルフィ・・・・・いきなり腹の上に飛び乗るのはヤメロって、いつも・・・」
「ゾロ!!大変だ!!」
人の上にのっかったまま、ルフィはひどく慌てた様子で。
こんなときはおれの言うことに耳をかさないので、仕方なくおれは『どうした?』と聞いた。
「ユキがいねェぞ!!」
・・・・・・ユキがいない?
まだほとんど頭は寝てるので、いまいちピンこない。
ユキってのは、うちで飼ってる白い仔猫で。
「ああ・・・・」
やっと思い当たる。
おれはルフィの首に腕を回し、引き寄せた。
そして間近でコイビトの顔を覗き込む。
「・・・・昨日からいねェよ。朝、仕事行くときに、外に出たがったから出してやったんだ」
あっさりとしたおれの答えに、ルフィは目を見開く。
「なんだよそれ!?ユキ、外に出しっぱなしかよ?!」
「あ?・・・ああ、まぁそうなるな」
おれは苦笑した。
仔猫といっても、もうよちよち歩きではないのだ。
猫としての世界もあるだろう。
一日帰ってこないのはそんなに不思議なことではないはずだ。
それが、こいつにはよくわからないらしかった。
「そんなの危ねェだろ?!ゾロのばかっ!!
おれ、捜してくる!!」
ルフィはおれの腕を強引にふりほどき、ばたばたと玄関に向かう。
が、途中で思い出したようにドアから顔をのぞかせて、
「ゾロなんか、ご主人失格だ!!」
そういい残し、玄関から出て行った。
「・・・・・・・・・・あのな・・・・・・・・・」
おれは呆然と、嵐の去った玄関の方を眺めてしまった・・・。
あの後、すっかり寝る気も失せてしまい、おれはどうせ今日も泊まっていくであろうルフィのために夕食の用意をしておいた。
濃い目のコーヒーをいれて、たまっていた新聞に目を通しながら時間を潰す。
・・・やれやれ・・・
ほんとにうちの猫二匹はどこまでいったんだか・・・
おれは盛大にため息をつく。
『主人失格』といったルフィの顔・・・・。
「・・・・あー・・・くそ・・・・・」
読みかけの新聞をテーブルの上に投げだし、オーディオのスイッチを入れる。
適当に選んだCDが再生される。
それは映画のサントラだった。
馬鹿な男が移り気な娼婦に恋をする。
娼婦は一途な男の気持ちを受け入れるが、だんだんと彼女を独占しようとする男に嫌気がさし、新しい恋を見つけてしまう。
嫉妬に狂った男は彼女の命を奪って自害しようとする話。
そんなできそこないの悲劇めいたストーリーの映画。
・・・・なぜか結末が思い出せない。
この男のように、『猫』をこの家に縛りつけて独占してしまったら。
そんなことが不可能なのは分かりきっている。
あの気まぐれなヤツがあれほど可愛らしいのは、自由を手にしているからだ。
かごのなかでぬくぬくと慈しんだとしても、その魅力はみるまに色あせてしまう。
だから、たとえどれほどおれが『猫』に心配をかけられようとも、常に俺という『枷』をはめるわけにはいかない。
ただおれがしてやれることは、『猫』の望むときに『かご』となり慈しみ、危険から守ってやることだけ。
損な役だとは思わない。
それで『猫』はおれに幸せを与えてくれるから。
「・・・・・・・・・・・」
おれはなんだかひどく照れくさくなって曲を止めた。
手持ち無沙汰に頭を掻き、読み忘れていたハードカバーの本を思い出し、それを取りに寝室に行く。
夕方、難しい顔をしたままルフィが戻ってきた。
おれは手にした本をテーブルの上に置く。
乱暴な仕草で上着を脱ぎ捨てたルフィが、ソファに座るおれの目の前に仁王立ちした。
なにか言おうか、とも思ったが、やっぱりやめる。
きっとなにをいっても無駄だろうから。
「ゾロのばか・・・・」
ルフィは小さくそう吐き捨てた。
ずっと猫を捜し回っていたのだろう。
見ただけで寒さで赤くなっているとわかる顔。
それは怒っているというよりも、辛そうな心を映していて。
・・・まいったな・・・
こんなことになるならユキを外に出すんじゃなかった、と思い始めてしまう。
それに、実は前にも何度か一日くらい帰ってこないことがあったので、今回もたいして心配はしてなかったのだが、ルフィにここまで心配されるともしかして事故にでもあったのでは、と不安になってくる。
「・・・ルフィ、あのな・・・」
とりあえずこいつの心配を和らげてやりたくておれが口を開いたとき、玄関のチャイムが拍子抜けするほど軽やかに鳴った。
「・・・・・・・・・・・・・」
おれは言葉のかわりに一息漏らし、とりあえず玄関に向かった。
「はい」
適当にドアを開く。
そこには、・・・誰もいなかった。
「?」
たちの悪いいたずらかと思い、ドアを閉めようとしたとき、
にぃ
聞きなれた少し甘えた声が足元から・・・。
「・・・ユキ!」
慌てて下に目線をずらすと、少し汚れてはいるものの元気なユキの姿があった。
リビングからばたばたとルフィが走ってくる。
「ユキっ?!」
そして心底安心した表情でユキを抱き上げた。
「どこいってたんだよ、お前ー!心配したじゃねェかーー!」
ユキは目を細めて、素直にルフィに撫でさせていた。
そんな様子をみておれもほっとする。
・・・あれ、そういえばさっきのチャイムを鳴らしたのはユキなのだろうか。
ふとそんなことを考え、開いたままのドアから外をのぞいた。
「・・・あ?」
するとドアの後ろに隠れるように一匹の白い犬がいた。
まさかこいつがチャイムを
鳴らしたのか・・・・?
どことなくシャープな印象のこいつのサイズなら、立ち上がれば届くだろうが・・・。
思わずじっくりと見ていると、犬は静かに腰をあげ立ち去ろうとした。
「あ!犬だ!」
ルフィの声と一緒にユキがおれの横を駆け抜ける。
そして一鳴きして犬の足元に頭を摺り寄せた。
犬は首を下げると、鼻をユキの首元に当てる。
そしてぺろりとユキの顔を舐め、またゆっくりと歩いていった。
ユキは少しだけそっちのほうを見送ると、すぐにおれに飛びつきいつものようにふわふわの頭をこすりつけた。
「おかえり」
おれがそう言うと、ルフィが満足そうに笑った。
ミルクと猫缶を出してやると、ユキは『にぃ』と鳴き、食べ始めた。
・・・『いただきます』のつもりなのだろうか。
そんなことを考えてると、いきなり後ろから抱きつかれた。
「・・・ルフィ?」
これでは顔が見えない。
「・・・なんだ?」
おれは意地悪く、そう聞く。
そしてルフィの言葉を待った。
「・・・・・『ご主人失格』なんて言ってごめん・・・・・」
ぎゅ・・・としがみつく腕に力がこもる。
とても小さな、消え入りそうな声だった。
おれはにやりと笑って、
「『ばか』ともいわれたな」
しれっとそんなことを言ってみる。
「・・・・ごめん」
顔が見えなくても、いまコイツがどんな表情をしてるかなんて簡単に想像ついて。
おれは向こうからも顔が見えないのをいいことに、声を出さずに笑ってしまった。
そしてそれを抑えて、少し怒ったような声をつくる。
「ま、別にいいけどな」
「・・・ごめん・・・ユキが心配だったんだ」
「ああ、わかってるよ。おれよりユキのが大事なんだろ?」
「・・・!!違ェよ!そういうことじゃねェよ!!」
一生懸命な言葉。
そろそろ勘弁してやるか、とおれはルフィの腕に手を重ねた。
「・・・冗談だ。怒ってねェよ」
かみ殺した笑いを含ませながら言ってやった。
「・・・・・なんだよーーー!!ゾロのばかーーーー!!」
ルフィは怒って腕をばたつかせる。
おれはそれを上手になだめすかし、正面からその体を抱え込んだ。
「うーーー・・・・・」
そして拗ねたように睨み付けるルフィの前髪を優しくかきあげる。
「怒っちゃいねェが、おれの安眠妨害したツケは払ってもらうぞ?」
「ツケぇ!?」
「ゆっくり寝てすごそうと思ってたのに、邪魔されたからな。おれは寝不足だ。つーわけでお前に『枕』になってもらう」
「まくらぁ!?」
ここでおれは声のトーンを落として、片方の眉をはねあげる。
「・・・なんだよ。だめか?」
「・・・・いや・・・別にいいけどさ・・・・」
ルフィはおれから目線をそらして、しぶしぶと、照れながらそう呟いた。
枕を楽しんだあとの会話。
「あの犬、ユキの友達かな?」
「ああ、だろうな」
「しししし」
「・・・なんだ?」
「なんか、あの犬、ゾロに似てたな」
「はぁ?」
「薄い緑のキレイな目で、なんか体つきとか雰囲気の印象とかかっこよくて強そうで・・・うん、似てたなー!!」
「・・・そうかよ・・・」
「それから面倒見もよさそうだしな」
「ははは・・・そりゃいえるかもな」
「また来るかな?」
「そのうち会えるだろ」
「うん、そうだな」
「・・・・・・・・・・・・あ、思い出した」
「ん、なにを?」
「・・・ああ、いやたいしたことじゃねェよ。それより、お前熱いなー」
「そうか?」
「あー・・・子供は体温高いからか」
「シツレイだぞ!!!そうやってこども扱いしてっ!!」
「・・・怒んなよ。・・・・・・そんなお前がいいんだから」
「・・・ん・・・」
「ルフィ、おやすみ・・・」
「おやすみ、ゾロ・・・」
なんとなく思い出したのだが、
男は彼女に銃口を向けるが、結局愛しい人の命を奪うことなどできず銃を取り落とす。
ひざまずき嗚咽をもらす男に、美しい娼婦は手を差し伸べ、優しいキスを降らせた。
悲劇ではなく、結末の分からないできそこないのハッピーエンド。
そこであの映画は終わっていた。
決して最高のものではないが、悪くない、と思った。
そんなことを考えているうちに、おれは最高の『枕』を抱えていつのまにか眠りについていた。
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