Deep Or Gentle
秋の帰り道はすきだ。
赤や黄色に色づいた並木の間をおれは進む。
でも、キレイな、自然の秋の装いよりも、おれが一番見たいのはダイスキな人の姿。
この道はあいつの家までの近道だ。
だからいつも通るこの道のりが好きだ。
それに最近は楽しみがひとつ増えたし。
小さな仔猫の姿が目に浮かぶ。
ちょっと前まではあんましおれになついてくれなかったけど、今はけっこう遊ばせてくれる。
「へへへ・・・」
猫と、ダイスキなアイツに少しでも早く会いたくて、おれは走り出した。
ピンポーン
何度か呼び鈴を鳴らしても、ゾロは出てこない。
?
いねェのか?
とりあえずゾロの携帯に電話をかけてみる。
・・・・・・・。
でない。
仕事かな?今日は遅くなるのか?
いろいろ考えて、おれはかばんの中をあさった。
取り出したのは、カギ。
前に、こうやって学校帰りによったらゾロは仕事が遅くて帰ってなくて、おれはそれでも玄関のまえでずっと待ってた時。
ゾロが帰ったのはもう日付が変わるちょっと前で、そのあとすっかり冷えたおれを温めてくれたあとに、呆れながら『これ』をくれたんだ。
なんだか少し緊張して、おれは初めてこの合鍵を使った。
「おじゃましまーす」
いつもよりそーっとドアを開くと、鈴の音がして猫がおれを出迎えてくれた。
「元気か、猫?」
ひょいっとおれはそいつを抱き上げる。
猫は目を細めておれに顔をすり寄せた。
「・・・お前の名前、なににしようなー?」
実はまだ決まってない。
もうこいつがここに住むようになって一週間はたつのに、
あれでもないこれでもない、と悩んでるうちに決まらずじまいだった。
おれは自分用のスリッパをはいて、パタパタとリビングに入る。
もうすぐ七時。
ゾロ、まだかな。
いつもはあったかいこの家も、ゾロがいないとなんだか寂しくて、おれはラジオをつけてソファに寝そべる。
今日はいっぱい話したいことがあったのに、いっぱいききたいことがあったのに、なんでいねェんだよ。
猫と一緒にごろごろ。
ラジオからは少し前にはやったバラード。
キレイなピアノの旋律が、よけいに『一人』を感じさせる。
ちがう。
話したいこととか、聞きたいこととか、そんなのはどうでもいいんだ。
「会いたかったのに」
おれと猫しかいない部屋は、自分の声がよく聞こえていやだ。
「早く・・・かえってこねェかな・・・」
寂しいけど、首筋にもたれかかる猫の暖かさが、少しだけおれを安心させてくれた。
「ルフィ」
ダイスキな声が聞こえる。
夢か?
「おい、ルフィ」
違うな。
おれは飛び起きた。
そしたら目の前にはスーツをきたままのゾロがいた。
いきなり体をおこしたから、ちょっとびっくりしたみてェだったけど、小さく笑顔を浮かべたゾロはおれの顔に手をあてて、
「起きたか?」
あったかい声で聞いてくる。
寝起きのだるさとかも吹っ飛んで、おれはゾロを抱きしめた。
「おかえり、ゾロ」
ゾロはおれを軽く受け止めて、『ただいま』と優しく言った。
会いたかった。
会えてよかった。
おれがゾロにしがみついたように、猫もゾロの肩に飛び乗った。
「お前にも、ただいま」
ふわふわと頭をなでられている猫。
「まだ子供だから、甘えてくるよな」
そんなゾロの言葉に、おれは猫がうらやましくて、
「なあ、ゾロ。おれには?」
ねだってみたら、こいつは呆れた顔をして、
「・・・ここにも甘え盛りが一匹」
そういいながらも猫と同じようになでてくれた。
「ししし」
「・・・なんだよ」
「猫扱いされんのも悪くねェな」
「・・・・あほ」
いじわるな言葉と一緒に軽いキス。
「もっかい」
小さくねだると、さらにもう一回。
「・・・帰んの、遅くなって、またせて悪かったな」
耳に、瞼に、首筋に、唇を触れながらあやまるゾロ。
「いいよ、カギあったから外で待ってたわけじゃねェし」
「ふーん?」
「猫もいたし。・・・ちょっと、寂しかったけどな」
最後に唇に深いキス。
「・・・・ん・・・」
ゾロ、ダイスキ
「・・・ルフィ、なにして欲しい?」
「・・・ん、にゃ・・・?」
「なんでもいえよ」
ダイスキな低い声。
切れ長の、でも優しい目。
ぜんぶスキ。
ぜんぶおれの。
「・・ん・・・・・とな、あっためて?・・・前みたいに」
おれのほうから唇をよせて、そう言ったら、ゾロはそのままおれを抱き上げた。
「了解」
耳の後ろで響く声。
そのときふと猫が目に付いて、
「な、ゾロ。こいつの名前・・・どうしよ?」
「あー・・・・だよな・・・いつまでも『猫』ってのはな・・・」
「んーー・・・」
抱き上げられたまま考え込むおれ。
「・・・はじめはな、お前の名前を付けようとおもった。」
ゾロが少し照れた声でそういった。
「・・・ぅにゃ?」
「お前ら似てるんだよ。丸い黒い目とか、ちょっとした仕草とか、甘え上手なとことか」
「やだ」
「あ?」
「ゾロが『ルフィ』って呼ぶ猫は、おれだけでいい」
広い背中に少し爪をたてておれはいった。
「・・・ったく・・・」
なに、呆れたのか?
でもやだからやだっていったんだ。
「・・・前言撤回。お前のほうが甘え上手でわがまま」
「なんだよそれ」
さらに強く爪をたててやる。
「いてェよ。・・・だからその名前はつけてねェだろうが」
「ああ」
「お前だけの名前だって」
「ああ」
しししし・・・だからゾロ、ダイスキ
「それで、こいつはいつまでも名前がつかねェんだよ」
そのあとの、それ以外浮かばねェ・・・って言葉に、ゾロがどんだけ困ってるかがうかがえた。
「うーん・・・」
あ!
「ゆき」
「あ?」
「こいつの名前、『ゆき』にしよう!」
いきなりのおれの言葉に、ゾロは抱え方をかえて、おれの顔を覗き込む。
「ゾロ、ほら見てみろよ!外!ゆき!」
おれが窓を指差すと、ゾロもそっちのほうをみて、
「ああ、ほんとだ・・・」
夕方までは秋だったはずなのに、今はもう冬に足を踏み入れたように、外では雪が降っていた。
音もない世界で、ゆっくりと舞い降りている白い雪が、いきなりおれたちのところに舞い込んできた白い仔猫に似てる気がして。
「な?ゆき」
「ああ。いいんじゃねェか?」
いいかな?ってきいてみたら、おれのすきな控えめな笑顔で、いいっていってくれた。
「うん、『ゆき』。いいよな、おれ雪好きだし」
「じゃあ、コイツは『ゆき』な?」
・・・・・・・・・・
ゾロに抱えられたまま、おれはちょっと黙る。
「どうした?」
「・・・雪・・・降ってるな」
おれはポツリともらした。
「?・・・ああ、どうりで寒いと思った・・・」
「・・・初雪だな」
「?・・・ああ、そうだな」
不思議そうに相槌をうつゾロ。
「去年も、初雪を見たのはゾロの腕のなかだったんだぞ?」
自慢げにいってやると、おれを抱えるコイビトはちょっとびっくりした顔をみせて、そのあとすぐに目線をそらして、
「・・・・・よく、覚えてたな・・・・」
小さくそうもらした。
「ゾロも、覚えてた?」
なんとなくそんな気がして、きいてみる。
「・・・・・・・忘れるかよ」
ため息にまじってその言葉がきこえて、おれはすげェ嬉しくて。
ぎゅ・・・ってしがみついてゾロの耳元で、
「な、ゾロ。さみぃんだけど?」
「ああ、雪が降るくらいだからな」
さらっとかわされる。
そういうことじゃねェって・・・!
軽く睨みつけたら、ニヤリと笑われて。
「・・・悪かった。・・・あっためてやるよ」
「・・・ぞろのばか」
「はいはい」
ゾロはソファの上の『ゆき』をひとなでして、おれをだいてリビングをあとにした。
『あ、ゾロ!雪降ってるぞ!』
『ああ、ほんとだな』
『ゾロ、知ってるか?その年の一番初めに降る雪を『ハツユキ』っていうんだぞ』
『・・・知ってるって』
『あー、雪はいいよなぁ。おれ、雪好きだなー』
『そうか』
『あ、でも雪よりゾロのほうが好きだぞ』
『・・・そうかよ』
『来年も一緒に見ような』
『ああ、そうだな』