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「へぇ……。濡れてんな」

 故意に低めた声で山本は言った。見えない雲雀の目の代わりに、彼を楽しませてやろうと。

「まだ何もしてねーのに、もう後ろまで濡れてんじゃね?」

 勃ち上がった雲雀自身はすでに先走りに濡れており、表面をなめらかに見せている。それを見ての山本の言葉に雲雀は反論することなく、左の手を太腿のあいだに差し入れた。どこかを探っていたその手を戻し、指先を擦り合わせたところを見ると、図星のようだ。先走りは皮膚を伝い、後庭を潤した。それほど彼は山本の愛撫に感じていたのだ。腕を縛られたせいで、せいぜいくちづけしかできなかったというのに。
 開かれ、慣らされ、男の欲望に飢えた雲雀の反応に気をよくし、山本はくちびるを舐める。舌なめずりに近い仕草だが、男の色香をふんだんに含んでいるだけに野蛮な印象はない。だが残念なことにそれを観賞する目を雲雀は持っておらず、ただ山本の普段より強引な雰囲気に何かを感じ取ったようだ。

「ヒバリ、なぁ、いいだろ?」

 アンタのなかに入れて、と有無を言わせぬ、しかしあくまで懇願の態を崩さず山本は囁く。すぐ間近で耳を傾ける雲雀は逡巡しているようで、その半面では事の成り行きを楽しんでいるのだろう。この状況下でできることなどたかが知れている。問題は、それをどう楽しむかだ。

「……いいよ」

 まるで渋々承諾したかのように言って、雲雀は腰を浮かせた。左手を山本の肩に、右手を山本自身に添えて、深く息を吸う。そして自らの秘所に滾る熱塊を宛がうと、ゆっくりと腰を落としていった。

「ぅ、……くっ」

 息を吐き出しながら腰を落とした雲雀は、切れ切れに呻いた。よく慣らしもしないで咥え込もうとしているのだ、無理もない。しかし雲雀の身体は男と楽しむことに慣れていて、その苦しさも快楽の一つの形態である。逆に山本は、普段よりも狭い箇所に迎え入れられて、快感に思考の全てを押しやられそうだ。窮屈な空洞は山本の肉に埋められて、さらに圧迫を増した。本当に初めての身体を調教しているようで、相好が崩れずにはおれない。これで腕を拘束されていなければ、事実を失念してしまったとしても不思議はなかった。

「きっつ…………」

 つい零した言葉に、腰を落としきって背を丸めたまま山本に縋っていた雲雀は、まだ馴染みきらぬ身体を庇いながら顔を上げた。目隠しのせいで表情は伺えないが、内側から火を灯したかのように頬が色付いており、彼が欲情していることがよくわかる。汗を帯びた肌は透明感が増し、かぶりついてしまいたくなるほど扇情的だ。
 むろんそういうわけにはいかず、山本は首を伸ばして雲雀のくちびるを吸った。雲雀も山本の首に手を回し、くちづけを交わす。うなじから指を差し入れて髪をいじる手つきは、山本がよくやる仕草に似ている。同じようにしてやりたいところだが、そうもいかないのが残念だ。

「……ヒバリ、自分でしろよ?」

 くちづけの合間に囁いて、山本は促した。彼の腕を縛ったのは雲雀であり、山本は愛撫してやることができない。ならば雲雀が自分で快楽を追求するしかないのだ。それはつまり自慰である。山本はその道具に過ぎず、そのことを精一杯楽しむつもりだった。

「………………」

 雲雀は返事をしなかったが、わかりきってもいたのだろう。くちづけに濡れ、赤く染まったくちびるを引き結び、上体を離した。
 肩でしていた呼吸が落ち着くのを待って、雲雀は両手で自らを慰撫し始めた。勃ち上がった幹に手を添えて、忙しなく擦り上げる。覚え始めの快楽に試行錯誤している子供の手つきで、山本は今度は遠慮なく笑った。拙い仕草を嘲弄されることを雲雀は密かに望んでいるだろうから。

「そんなきつく握んなって。片手で擦って……そうそう。もう片手は、掌で先っぽを撫でてやってさ」

 幼子に教えてやるように、さも優しげに山本は言う。耳に染みる声に操られたように、雲雀は黙って従った。右手で自らを擦りながら左の掌で先端を愛撫する。そこは一番皮膚の薄い敏感な箇所で、わずかな刺激でも雲雀の背を凝らせるに充分な快楽を生んだ。

「な? 気持ちいいだろ?」

 次第に前屈みになってゆく雲雀を受け止めながら、言い聞かせるように山本は囁く。雲雀は昔からそこをいじられるのが大好きなのだ。いや、山本も好きだ。男なら誰でも好きだろう。そこを指で撫でられて、掌に包まれて、あるいは舌に愛撫されて、柔らかな口腔の粘膜に押し包まれて、思う存分欲望を吐き出したいと願うのだ。

「っ……ふ、ぁ……」

 呼吸が乱れる度に密やかな声を漏らす雲雀の髪に鼻先を埋め、山本は自然と笑みを浮かべながら口を開いた。

「アンタ、本当にそこいじくられるの好きだよな。そこ舐めながら指で犯してやると、すぐ出しちゃうもんな。挿れたままそこだけずっと触られてるのも好きだし、いつも思ってたけど、そのあと辛くね?」

 雲雀の脳に直接語りかけるような山本の卑猥な言葉は、全て事実である。雲雀が今も熱心に自慰に耽る箇所を、山本はよく執拗なほど愛撫してやった。そうすると雲雀は快感に陶酔し、いくらでも欲望を吐き出した。その精は次第に透明感を増し、最後には何も出なくなったほどである。そのころには雲雀ももう何も考えることが出来ない状態で、浅い息を繰り返し、涙で頬を汚し、唾液さえ零した。普段の冷徹で理性の勝る彼の姿はなく、動物のように快楽に溺れる姿があった。本来は男を咥え込むためにはできていない箇所に山本を呑み込み、精液でぐちゃぐちゃになった箇所をなおも慰めてとねだる彼は、あまりに淫らで、けれどどこまでも美しかった。ただ欲望の充足のみを追い求める雲雀は純粋であり、無垢であるようにさえ思える。だからこそ山本の愛撫も執拗になるのだ。
 まともに立つこともできなくなるほどの淫ら事に耽ったあとは、精神的にも肉体的にも回復するのに時間がかかる。少しでも情事を連想させることを見るなり聞くなりすると、欲情が止まらず大変な目にあった。山本でさえそうなのだから、求めるままに与えられていた雲雀はなおさらだろう。苦痛と快楽の境がわからなくなるまで弄ばれた性器は、彼を苦しめなかっただろうか。身体を包む衣服にさえ辱められなかっただろうか。それとも、それさえも、雲雀は楽しんでいたのだろうか。
 意地の悪い山本の問いかけに雲雀は答えず、代わりに緩やかに頭を振った。いやいやをするような仕草が愛らしく、山本は髪に音を立ててくちづけた。

「な、ヒバリ。キスしようぜ。ソレはオレの腹に押し付けながら擦ってさ。キスしながら、腰振んの」

 今も快楽の波が走るたびにきつく締め付けてくる箇所を、それとなく山本は示唆する。なかも同時に刺激すれば、快楽は倍増するだろう。雲雀が山本を使って自慰にふけるなら、彼も躊躇うことなく雲雀のなかに欲望をぶちまけられる。二人で楽しむ一人遊びも、悪いものではない。
 な、と優しげに呼びかける声に導かれ、雲雀が顔を上げた。見えぬ視線は山本のこめかみの辺りを捉えていたが、無防備に見えるその様子がかえって扇情的だった。
 左の腕を上げ、雲雀は山本の首を抱く。そして頬を寄せるようにして山本のくちびるを探り当て、くちづけを交わした。山本も約束どおり愛情を込めてそのくちびるを吸う。少し荒れたくちびるに愛されて、雲雀は背筋を震わせた。
 浅く、深く、愛らしく、濃厚にくちづけを交わしながら、雲雀は腰を蠢かせた。緩やかに腰を振ると、先ほどとは比べ物にならないほど滑らかに抽挿が繰り返された。断続的に締め上げられて、山本が零した体液で内部が濡らされていたのだ。肉壁は喜んで山本の精を受け止め、押し開かれた箇所を潤す。そこは空気を含んで耳を塞ぎたくなるような淫猥な音を立て、深く山本を咥え込んで放さなかった。

「あっ……いい、すごく、……」

 くちづけの合間に無意識に零しながら、雲雀はよがって腰を振り続けた。その腰つきは次第に滑らかに、激しくなってゆく。また、自らの下腹部をいじる手つきもそれに連動し、右手が体液にまみれて汚れるほどに、雲雀は官能にのめり込んでいった。
 舌を絡め、くちびるをついばみ、歯を立て、唾液を飲み下し、山本は快楽を貪る雲雀に溺れた。押し付けられた性器の先端が腹を汚し、熱を帯びてゆく。もしも腕が自由なら、雲雀の身体を抱き寄せて、嫌というほど犯してやるのに。未だまとわりついた着物を引き剥がし、肌を暴いて齧り付きたい。愛欲に染まる肌は目にも鮮やかに色付き、山本を誘うだろう。しなる背中は汗を帯びで、触れれば掌に吸い付くように瑞々しいことだろう。その背を抱いて、肌と肌を触れ合わせて、気が違うほどに交わりたい。嫌がっても抗っても許さず、最果てまで貪ってしまいたい。しかしそれらはただの願望に過ぎず、自由にならない腕がもどかしかった。
 ほとんど動物のように腰を振り、雲雀は麻薬にも似た放埓の快感を追い求めた。その浅ましくも純粋な姿は山本を興奮させ、愛欲を煽る。最早お互いに息も絶え絶えになったころ、雲雀が声のない悲鳴を放って背筋を仰け反らせた。それに一瞬遅れて、山本の腹部を熱い飛沫が汚す。飛び散ったのは雲雀の欲望で、あられもなく吐き出され、腹部を打ったわずかな刺激が山本の堰を切った。彼もまた雲雀のなかに狂熱を吐き出し、快楽に打ち震える身体に精を注ぎ込んだ。吐精の歓びに一層きつく締め付けていた秘所は熱くうねり、山本の欲望を最後の一滴まで余さず飲み下そうとするかのようだった。







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