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 どのくらいそうしていたのか、お互いの首筋に顔を埋め合って、二人は快楽の余韻に浸っていた。体内に海があるかのように、心地よい波が寄せては返してゆくのを感じる。これが血潮か、と山本は埒も開かないことをぼんやりと考えた。
 潮騒に似た音がいつしか遠のき、呼吸が整うと、雲雀が顔を上げた。いつだって先に理性を取り戻すのは雲雀なのだ。それに少しだけ寂寥感を感じながら、山本は意識的に笑顔を作った。雲雀が汚れた右手を無造作に着物で拭い、視界を覆っていた目隠しに手をかけたからだ。目が見えるようになった雲雀が真っ先に見るのが自分の顔であるならば、笑っているべきだと山本は思う。彼は陽気で鷹揚な男であるが、同時に負けず嫌いで頑固な面も持ち合わせている。そして山本はたとえ強がりであっても、恋人の前では粋を気取っていたかった。
 ネクタイを取り払い、閉じていた目を雲雀はゆっくりと開いた。まるで久しぶりに目の当たりにしたかのような雲雀の黒い目は、山本を魅了してやまない。底知れぬ闇を思わせる双瞳に、山本は見蕩れた。
 山本が陶然と見つめるなかで、雲雀は再び目を閉じた。水晶玉よりもなめらかな瞳が閉ざされるのが山本には何故か惜しく思えたが、意外にも雲雀は身を乗り出すと、山本の頬に右手を添えてくちびるを重ねた。いくどとなく交わされたくちづけのせいで、熟れ過ぎた果実のように赤く色付いたくちびるは、重ね合わせるだけでも痺れるような官能を生む。吐息で濡らし、柔らかな弾力で愛を与えるようなくちづけに、山本は目を見張った。
 驚いて呆然としている山本からくちびるを離すと、雲雀は上目遣いに彼を見た。その目に宿るのは、挑発的で悠然としたいつもの笑みだ。

「よかったよ」

 子供を褒める口ぶりで賞賛する雲雀の声に、ようやく山本は我に返った。事が済めば即座に叩き出されることも珍しくない雲雀のとの関係だが、どうやら今日の彼はとても機嫌がいいようだ。

「そりゃよかった」

 再び匂わせた雲雀の色香にこのあとのことを思い浮かべ、今度こそ山本は快活に笑う。それから背後で拘束されたままの腕を上げ、

「じゃあよ、コレ、外してくんね?」

 そしたらもっと気持ちよくしてやれるから、と。
 陽気で屈託のない笑顔の山本は、挑戦的な光をたたえた薄茶色の目を雲雀に向ける。その言葉に嘘はなく、彼は今以上に雲雀を楽しませることができるのだ。
 だが実際はそれだけのことではない。プロの野球選手になることを諦めたとはいえ、今も野球を愛する心に変わりはなく、山本にとって肩や腕はほかの部位以上に重要なのである。無理な体勢を続ければ痛めてしまう可能性が高く、それだけは避けたい。だがそれ以上に、いい加減腹筋と背筋が限界だった。腕や肩を組み敷いて痛めてしまわぬために、ずっと身体を起こしていたためである。そのうえ雲雀の体重も受け止めていたのだ。いくら鍛えぬいた山本の筋肉でも限界がある。明日は筋肉痛を覚悟せねばならない。
 ……などという事情はおくびにも出さず、強がって笑いかける山本に、雲雀は見透かすような品定めするような視線を注いでいる。冷めた目つきが落ち着き始めていた山本の欲望を再び刺激した。この目を蕩けさせ、恍惚のままに自分だけを映させたいと思う。それこそが何にも勝る最大の褒美だと。
 腹底で燻っていた欲情の熾き火が再び燃え上がり始めた山本の雰囲気が変わるのを察したのか、雲雀はふっと口元に微笑を浮かべた。

「いいよ」

 楽しげでありながらどこか揶揄を含んだ声で言い、雲雀は山本の首を抱いてその耳元にくちびるを寄せた。

「そういうことにしておいてあげる」

 言って耳朶を食んだ雲雀の言葉に山本は声を上げて笑った。何もかも全てお見通しである恋人への、愛情をたっぷり含んだ声で。





〔おしまい〕







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