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 その日から獄寺のツナ激ラブ状態が始まった。何かあるごとに十代目、十代目。何もなくとも十代目、十代目。おはよーございます十代目、今日はいい天気ですね十代目、お昼一緒に食べませんか十代目、ゼミが終わるまでお待ちしてます十代目……。
 初めはどうにかして獄寺の異常なまでの敬愛をやめさせようと試みたツナであったが、

「いいえそうはいきません」

 と、真顔で詰め寄られては最早言い返すことはできなかった。そのうち飽きるだろうと期待してもみたけれど、日に日に獄寺の尊崇の念は高まるばかりのようだ。そしていつしかツナも獄寺を諦めさせることを諦めた。ちょっと思い込みが激しいが、獄寺は勉強もできるし何かと頼りになる。それに友人としてみれば、案外いいやつだということもわかったから。
 ほとんど信仰に近いまでの獄寺の敬愛っぷりにもすっかり慣れたころ、いつも通り一緒に昼食を取っていたツナに、改まった様子で獄寺が言った。

「十代目、実はその……折り入ってお話があるんですが」

 いつだって殺る気満々の獄寺にしては歯切れの悪い物言いであったが、次の講義の提出物を探すのに気を取られていたツナは深く考えずに話を促した。

「つ、付き合ってくれませんか十代目!?」

 テーブルに手を着いて頭を下げる獄寺の額は、ともすればテーブルを真っ二つにへし折りそうな勢いで下げられた。その激しい音にも慣れっことなったツナは、

「ん? いいよ。いつ?」
 バッグの中を探るほうに夢中になっていたツナは、獄寺がとんでもない驚喜の表情を浮かべたことに全く気づいていない。周囲の人間が怯えるほどの喜びを全身で表現していた獄寺は我に返ると、わざとらしく咳払いしてツナに向き直った。

「えっと、じゃあ、今度の日曜でどーっすかね?」

「いいよ。あとで場所とかメール頼むね」

 獄寺の奇行に慣れきっていたツナは、周囲がドン引きしているのもいつもの変な態度のせいだとばかり思い込み、その場の異様な雰囲気に気付くこともなく次の授業のために席を立った。そしてその夜、獄寺から来たメールで指定された場所というのが、千葉県内の東京都、浦安ネズミ園だったのだ。






 ど、どどどどど、どうしよう!?
 家族連れやカップルや観光客で賑わう遊園地で、ただ一人蒼白となったツナは必死に考えていた。
 正確には指定された場所で落ち合い、連れて行かれたのが浦安ネズミ園だったわけだが、このさいそんなことはどうでもいい。大喜びで、むしろキャラに似合わずはしゃいだ様子の獄寺を見るまでもなく、自分がとんでもない誤解をしたという事実をツナは悟った。
 先日獄寺の言った『付き合って』という言葉を、ツナは買い物にでも付き合って欲しいのだと受け取った。それはそうだろう、普通男同士で付き合って欲しいと言われたら、ラブラブカップルの楽しいおデートを連想するわけがない。それでうっかり二つ返事でOKしてしまったのだが、今現在ツナの置かれている状況は間違いなくデート。どんなに現実から眼を逸らそうとも、確実にデート。間違いない、獄寺の言った『付き合って』は、『恋人になってください!』だったのだ。
 うわあああああ、どうしよう!?
 隣にMAX上機嫌の獄寺がいる状況で叫ぶわけにもいかず、ツナは心の中で絶叫した。どうにかして一秒でも早く誤解を解かねばなるまい。しかしそれはそれは幸せそうにネズミ園を堪能する獄寺に向かって、彼の夢をぶち壊すような発言はできかねた。大喜びでソフトクリームを二つ買って来る獄寺。超笑顔で着ぐるみネズミにパンチを叩き込む獄寺。浮かれてネズミ耳のカチューシャを購入する獄寺……。もしここでツナが真相を話して誤解を解こうものなら、衝撃の余り獄寺は、千葉の海に身を沈めるのではないだろうか。そうでなければ、ノイシュヴァンシュタイン城から身投げするのではなかろうか。あるいはありったけのダイナマイトに点火して、周囲を巻き添えに爆死を遂げるかもしれない。どれにせよ、この浮かれっぷりでは、獄寺は生きてはいられないだろう。残念ながらツナには、彼を死地に追いやる告白はできなかった。
 こうして真実を口に出せぬまま、ツナはズルズルと日数を重ねていった。つまりそれはデートの回数も増えるということであり、獄寺の誤解は益々深まったということでもある。
 毎日のように大学で顔を合わせ、授業でなければ獄寺はピッタリとツナにくっついて離れない。前々からそうではあったが、それがどんどんエスカレートしていった。
 そして週末はおデートである。毎日大学で顔を合わせているというのに、よくまぁ飽きないものだとツナなどは感心してしまうが、獄寺は心底嬉しそうにツナをデートに誘うのだ。映画に行ったりショッピングに行ったりサッカーの観戦に行ったり食事に行ったり水族館に行ったりプラネタリウムに行ったり動物園に行ったり博物館に行ったり海に行ったり……。
 結局ツナが言い出せないまま、付き合いは長くに及んだ。プラネタリウムでは自然と手をつながれた。海ではちゅーまで済ませた。ツナの内心はぎゃーという悲鳴だらけだったが、ムード満点の夕暮れの海辺で、

「オレのこと嫌いですか?」

 なんて雨に濡れた仔犬のような目で上目遣いに見つめられながら訊かれて、嫌いと言えるやつがいるものか。

「そ、そんなことないよ!」

 と、慌てて否定してしまった自分をツナは責めることができない。

「じゃあ!」

 と言って表情を輝かせた獄寺はツナへの愛情を身体中に詰め込んでいて、そのままなし崩しにちゅーされてしまったのだ。男のくちびるもやっぱ柔らかいんだなー、なんて知りたくもないことを知らされて脱力したツナを、よほど愛しいのかぎゅうぎゅうと獄寺は抱き締めた。おかげでもうどうにでもなれとやけっぱちな精神状態に追い込まれたツナは、獄寺の求めるままにお付き合いを続けたのである。






 ある日のことだった。やる気など当然ゼロのミステリーサークルに無理矢理出席していたツナに、こっそりと獄寺が耳打ちしてきた。

「ビールの懸賞で松坂牛が当たったんスよ。うちですき焼きしましょう!」

 松ざ、と言いかけて慌てて口を塞いだツナに、獄寺はニッと笑いかける。ここでうっかり松坂牛などと口走っては、万年貧乏と戦う大学生という名のハイエナたちに餌を投げ与えるようなものだ。
 両手で口を塞いだまま、ツナは何度も獄寺に頷いて見せた。そして頃合を見て二人は部室を抜け出し、獄寺の家に向かったのである。






 二人でつつくすき焼きは最高の味だった。初めて口にする松坂牛に感動し、最後に作ったうどんまで格別のお味だった。獄寺が特別に選んだというシャンパンの味はよくわからなかったけれど、おそらく高いものなのだろう。程よくアルコールが回ってご満悦のツナは、後ろに両手をついて、寛いだ様子でため息をついた。
 広さの割に物の少ない獄寺の部屋は、初めて訪れたときより格段に居心地よくなっていた。床に置いたローテーブルの上には鍋とコンロが乗り、スタイリッシュな部屋に奇妙な生活感をかもし出している。フローリングの床の冷たさが火照った掌に心地よく、ツナはつけっぱなしにしてあるテレビをぼんやりと眺めた。
 満腹になってご満悦のツナの隣に、氷水の入ったグラスを手にした獄寺が腰を下ろした。どこかそわそわした様子の獄寺は、忙しない様子でさかんにグラスを傾ける。その肩がさりげなくツナの肩に触れ、体重を預けるように促しているようだった。
 無言でグラスを手に取ったツナは、冷たい水をちびちびと口に運びながら尚もぼんやりと考えた。獄寺の肩にもたれかかると少し楽で、何だかとてもいい雰囲気。この長い長い誤解の付き合いのうちで、手もつないでハグもして、何度もちゅーもした。そうとなったら、あとすることは一つである。
 ツナは別段男など好きではない。多分、獄寺もそうだろう。誤解を解くとしたら今しかない。これが最後のチャンスだと、酔った頭でもちゃんとわかる。
 けれどツナは知っている。獄寺がツナのためにどれだけ心を砕いてきてくれたかを。控えめに表現したとしても美男と称されるであろう獄寺は、どこへ行っても女の子の視線の的だった。だけどそれには目もくれず、ツナの姿を認めれば、即刻愛情大全開で、

「十代目!」

 となる。頭の悪いツナのため、ため息一つ零さずに根気強く勉強を教えてくれる。どんなときでもツナ第一。ヘビースモーカーの獄寺が、ツナの前ではあまり煙草を吸わないことにも気づいていた。初めて手をつないだプラネタリウムや、海辺でのちゅーだって、ムードを盛り上げて喜んでもらおうと懸命に考えたのだろう。今日だって、ビールの懸賞で松坂牛を当てたなんてウソ。ツナに食べさせようと買ってきたに違いない。
 まだ二人が付き合っていないころ、初めて上がった獄寺の部屋は殺風景で、台所にはヤカン以外の調理器具は皆無だった。幼いころのトラウマが原因で、料理は当の昔に放棄したのだと話していた。
 それがどうだろう、今日はちゃんと鍋や卓上コンロが用意されていて、獄寺は甲斐甲斐しくすき焼きを作ってくれた。慣れない手つきで材料を切り分け、すき焼きを作り、自らツナに取り分けてくれた。全てはツナのため。ツナを喜ばせたい一心で。
 ……それならもういいじゃないか。ツナは口元に微苦笑を浮かべる。本当はもう、当の昔にほだされていたのだけど、男としてやはりなかなか認められなかっただけ。けれどそれももう過去の話だ。獄寺の愛情は充分ツナに伝わった。もういいじゃないか。
 落ち着かない様子でチラチラとこちらを窺う獄寺の肩に、ツナは首を傾げるようにして頭をもたせかけた。思いがけないツナの行動に、ドギマギしている獄寺の手を握ると、ハッと息を飲む音がした。寄りかかったまま見上げれば、緊張と期待にきらめく緑の眼がじっとこちらを見下ろしている。ツナが照れくさそうに笑うと、真剣な表情で獄寺はツナに向き直り、その肩をそっと抱き寄せた。ツナが黙って眼を瞑ると、もう幾度も確かめたくちびるのやわらかな感触が、じんわりと胸をあたためた。






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