Act.3 モンブランには紅茶を添えて






 予告どおり正午過ぎにやって来たリーマスは、手土産に紙の箱を持ってきた。シリウスが何かと尋ねるまでも無く、

「アンジェリーナのモンブラン。これなら食べられるだろ?」

 そう言ってへらへらと笑う。今日はもう寝癖も無いシリウスは、まぁな、と答えてキッチンへ向かった。お茶の用意をしてくれるらしい。結構乗り気だ。
 リーマスも自分の家かのように勝手に食器棚から皿とフォークを取り出す。シリウスの家はリーマスの家よりもずっと広く、庭にはテラスがある。何しろリーマスの家は雪深い地方にあるので、そういった洒落たものは無い。夏はあまり好きではないが、家の陰になっているテラスでお茶をするのはリーマスもお気に入りだった。

「ダージリンでいいよな」

 アールグレイは朝、生クリーム類にはダージリンと決めているシリウスは勝手に選んだ紅茶を運ぶ。よほどおかしなハーブティーでない限りリーマスも文句は言わない。栗がふんだんに使われたモンブランには、丁度いい選択だろう。杖で一指し、テーブルの上を拭いていたリーマスは、

「クリームじゃなくてミルクね」

 あいよっと背後から聞こえた妙な掛け声にリーマスは笑う。皿を並べ、フォークを置くと、

「いい色だな、それ」

 ミルクピッチャーを持ってきたシリウスがリーマスのベージュのサマーセーターを指して言う。ざっくりとした襟元のセーターは、シリウスの黒いポロシャツに比べて涼しげで彼に良く似合っている。

「そう? 結構安かったんだ」

 服の裾を掴んで嬉しそうなリーマスの首をシリウスは撫でる。体温が低いので冷やりとして触り心地がいい。そのシリウスを振り返り、リーマスはにやりと笑う。

「セクシー?」

「おう、セクシー」

 こうして平和なお茶会は始まった。






「メレンゲ、サクサク〜」

 鼻歌でも歌いだしそうなリーマスは、言葉どおりモンブランの底にあるメレンゲをフォークで刺した。シリウスも他所とは違う上品な味の生クリームにご満悦の様子だ。ただし、シリウスとリーマスのケーキは微妙に違う。何が違うかと言うと、リーマスのケーキは特大サイズなのだ。材料も姿かたちも全く同じだが、大きさは倍以上。あれだけ食ってよく胃がもたれないものだとシリウスはいつも感心してしまうのだった。
 しかしリーマスは知っていた。シリウスが自分で思っているほど甘いものが嫌いなわけではないことを。それはひょっとしたら世の成人男性のほとんどに言えることかも知れない。彼らは『女性ほど甘いものが好きではない』だけであって、目の前にあれば結構普通にケーキでも何でも食べるものである。もちろん好き嫌いはあるだろうが、モンブランやシュークリームなどは大抵の男も食べる。白ワインのつまみに甘さ控えめのホワイトチョコをシリウスが食べているのを見て、リーマスはそのことに気がついた。そして試しにあるときシリウスをマグルの中華料理店に誘い、飲茶を試みた。するとどうだろう、ジャスミンティーは薄いのに限るとか何とか言いながら、ゴマ団子も桃饅頭も杏仁豆腐も普通に平らげやがった。この嘘吐きめ、とリーマスは心底思ったものだ。
 それはさておき、リーマスはシリウスが椅子の脇に置いた本に目をやると、

「で、どうだった?」

 フォークを口に運んでいたシリウスは一瞬何のことかと目をぱちくりさせたが、すぐに本のことだと気がつくと、

「うん、ちゅーしたくなった」

「そーだろう?」

 大の男が二人してちゅーとか言ってるのはどうかと思うが、ギャラリーがいるわけでもないので彼らはケラケラと笑う。
 シリウスは本をパラパラと捲りながら、

「でも、内容は平凡だな」

「主旨がよくわかんないよね」

「世界観、変じゃねぇ?」

「他に誰もいないのかな?」

「コバルトブルーの海って、地中海辺りか?」

「家は誰が建てたんだろう?」

「変な話だよな」

「うん。でもちゅーしたくなったろ?」

「まあね」

 二人はにやりと笑う。大して長い本ではないので、思うところは同じようだ。言葉は通じるのかとか、そもそも一人きりで喋る必要が無い人間がどうして口がきけるのかとか。野次り出したら切りが無い。
 モンブランの最後の一口を大事そうに口に運んでから、シリウスは伸びをした。リーマスは何しろ特大サイズであるから、まだケーキを食べている。その姿を眺めながら紅茶を啜っていたシリウスは、幸せそうな奴だとしみじみ思った。普段は何でもどこか他人事のような、良く言えばクールだが、悪く言えば無関心な様子は、今は無い。意志の強そうなくちびるも、今はケーキを頬張るのに夢中なようだ。その様子を眺めていたシリウスは急に身を乗り出すと、

「リーマス、ここ、クリームついてるぞ」

「え、どこ?」

 ここ、とシリウスが自分のくちびるの端を指差すと、リーマスはぺロリと舌でクリームを舐め取った。色気より可愛らしさのある仕草に、シリウスは笑う。初めて会った頃に比べ、リーマスは驚くほど感情表現が豊かになった。仲良キコトハ美シキコトカナ。

「何一人でニヤニヤしてるんだよ」

 気持ち悪いと言いたげにリーマスは低くなったモンブラン越しにシリウスを睨む。美しい山容はあと少しで消え去るだろう。
 別に、と答えたシリウスは、目線を境界のわからない庭に向ける。午後を大分過ぎて日差しも穏やかになってきた。緑陰を選んで歩けば、いい腹ごなしになるだろう。

「それ食い終わったら、散歩でもしよう」

「えー、暑いのは嫌だ」

「うるせぇな、カルシウムは日光と適度な運動が無いと吸収できないんだぞ」

 尚も文句を垂れるリーマスに、シリウスは問答無用で散歩に付き合うよう命じた。不健康そのもののリーマスはこう言った点では何故かシリウスに敵わない。多分、自分で言うほど嫌がってはいないからだろう。それにある程度自覚もあるからか。何にせよ、リーマスは暫くの間ぶつぶつと何か文句を呟いていたのだった。






 ケーキを食べ終えてもう一杯の紅茶を飲み干すと、シリウスは無言で嫌がるリーマスの腕を掴んで散歩に出かけた。思ったとおり緑陰は心地良く、少し離れたところにある林の中を歩くのは良い森林浴になった。ここはすでに庭ではないのだが、どうせ誰の土地でもないのだから、好きなだけ歩いて構わないだろう。いい加減諦めたのかリーマスももう文句は言わなかった。

「そう言えばさ、あの魔法使いの持ってた人形。君に似てるよね」

 性格以外は、とリーマスは付け加える。人形は魔術師にそっくりであるらしいので、容姿だけは似ていると言いたいのだ。負けじとシリウスも、

「魔術師の人形はお前に似てるかもな」

 性格以外は、と。ケケケケと笑い合う二人の目の表情は微妙である。

「君はあんなにクールでも聡明でもないからね」

「お前はあんなに可愛気は無いからな」

「ほんっと、容姿だけ?」

「マジで見た目だけな!」

 今にも頬をつねり合いそうな雰囲気に、鳥たちもさえずりにくそうだ。あははは、という乾いた笑いの後は、暫しの無言。それは折り返し地点まで続いたが、

「……そう言えば、あの魔法使いって女だよな?」

 もうどうでもよくなったのか何気無く呟いたシリウスの発言に、リーマスはえ"っ!? と妙な声を上げて、思わず立ち止まった。

「女なの?」

 そんなこと何処かに書いてあっただろうか。腕を組んで考え込むリーマスを数歩向こうで立ち止まったシリウスが振り返る。

「だって、『彼』って書いてあったのは、魔術師と魔法使いの人形だけだったじゃねーか」

「え、そうだったっけ?」

 言われてみればそのような気もするが、リーマスは首を傾げた。向こうではシリウスが呆れたような表情で、

「両方とも男だと思ってたのか?」

「いや、あんまり性別は気にしてなかったから……」

 定年層向けの本のつもりで読んでいたので、リーマスはすっかりそのことを失念していたのである。性別とかそういったものを超越した世界だと思い込んでいた。道が一本しかないような世界なら、そういったことも有り得るだろう。

「そっかー、言われてみればそうかもね〜」

 一人で納得のリーマスはうんうんと頷いている。相変わらず変な奴だと思いながらこちらを見ているシリウスを、なるほどねぇとリーマスは見つめた。じゃあ自分は女みたいだとでも言うのか。行くぞ、と声をかけてくるシリウスの黒いポロシャツに包まれた姿態に比べれば、確かに貧弱かもしれないが、昔に比べ随分と背も伸びたのに。
 追いついて並んだシリウスの横顔は、適度に日焼けして青年らしい精悍さに満ちている。絵に描いたような横顔の線を面白く無さそうにリーマスは睨んだ。今にも不平を漏らしそうなくちびるという表現は、まさしくこれのことを指すだろう。
 やや斜め下方から注がれる不機嫌な視線にシリウスは立ち止まってリーマスを振り返る。

「何だよ、うるせぇな」

「誰も何も言ってないだろうが」

「だったら睨むな!」

「嫌なこった!」

 ぷいとそっぽを向いたリーマスをこの野郎、とシリウスは睨む。緑陰の注ぐ白い首を見下ろし、噛み付いてやろうかと本気で考えた。両手でぐぐっと絞めれば、ものの数瞬でポキッといっちゃいそうな首だ、と危険思想丸出しの想像をめぐらすシリウスの思考に気付いたかのように、突然リーマスが振り返った。彼はギョッとしてフリーズしたシリウスの耳を掴むと、力任せにグイッと引き寄せ、キスをした。
 ほとんど噛み付くようなそれにシリウスは目を白黒させるばかり。パニックに息をするのも忘れたシリウスは、リーマスが放してくれるまで、生まれて初めてチアノーゼの恐怖を味わっていたのだった。

「うーん、ダージリンの味がする」

「言うに事欠いてそれか!」

 ゲホゲホと涙目で咳き込むシリウスの背中をリーマスはバンバンと叩く。

「いいじゃないか、減るもんじゃなし」

「ふざけんな、せめて耳は引っ張るな!」

「男ぶりが増したよ?」

「……お前、いつかぜってーぶっ殺す」

「きゃあっ、それってプロポーズ?」

 妙なしなを作るリーマスの首を捕まえると、シリウスは乱暴にその頭をぐしゃぐしゃとかき回した。がっちりと首を押さえ込まれたリーマスは笑ってギブアップと繰り返している。だがシリウスは駄目だと宣言して言い加えてやった。

「罰ゲームで、散歩あと2時間追加」

「え〜! 勘弁してくれよ」

 頼むよと情けない声を出してリーマスはシリウスに抱きつくが、鬼教官は相手にしてくれない。もうすぐ家という辺りで首を捕んだまま再び踵を返そうとするシリウスの服を、そうだとリーマスは引っ張った。

「なぁ、どうせするなら、家でできる運動にしよう!」

 腕の中で必死に訴えるリーマスを疑い深そうな目でシリウスは見下ろす。その今だけはやたら酷薄そうに見える灰色の目を必死の笑顔で見上げ、リーマスはそろそろと彼の腰に腕を回した。

「寝室でできる運動。な?」

 にこーっと笑うリーマスを暫しの間シリウスは胡散臭そうに見ていたが、ついにそうだな、と呟いた。やった、これでもう涼しい家に帰れる、と内心喜ぶリーマス。その彼にシリウスが顔を近づけたので、リーマスは素直に上向いて目を瞑ったのだが、くちびるが下りてきたのは鼻だった。

「痛っ!」

 鼻の頭を齧られてリーマスはシリウスを睨んだが、空々しい口笛でかわされてしまった。

「よし、じゃあ覚悟しろよ」

「うえ〜、やっぱ嫌だぁ〜!」

 駄目だ、勘弁してくれよ、お前が言ったんだろうが、頼むから、などと言い合いつつ歩く二人は、それなりに楽しそうである。テラスのところで立ち止まった二人は少し長めのキスをすると、やはり笑い合いながら家の中に消えていった。






〔END〕





〔再読〕 〔おまけ〕







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お題がちゃんと消化できたか不安でござる(汗)。
『仲良し度』を上げるために、時間的には卒業後ぐらい。
副題は『餌付け』かしら??
おまけの801付きです。












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