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 21時きっかりに現れた山本は、わざとらしいほど爽やかな笑顔を浮かべていた。車から大荷物を運び込んだ彼は、用意周到にも卓上ガスコンロまで用意していたのである。明らかに昨日今日に思いついたことではない。
 だがそんなことは雲雀の知ったことではなかった。彼にとって大事なのは、以前にこの男が作った料理が、なかなかに美味であったという事実だけだ。雲雀が裏の商売の隠れ蓑、というより最早ほとんど趣味で経営している食料品店にも、最近よく顔を出すらしい。売り上げに貢献しているなら、それはそれでよいことだ。
 雲雀の家に上がるのはまだ二度目であるはずなのに、キッチンに立った山本の動きに迷いはなかった。これまた持参した土鍋に昆布とミネラルウォーターを注ぎながら、

「先に風呂でも入ってこいよ。上がるころにゃあ出来上がってるからよ」

 微妙に江戸弁を思わせるアクセントで言った山本は何か裏のありそうな笑顔だったが、まさか薬を盛られる心配も無いだろう。言われたとおりにバスルームへ向かう雲雀の背中を、含みのある笑顔で山本は見送った。
 西洋の風呂は浅くて物足りない。次に海外へ長期で出かけるときは、バスルームのリフォームをすることを決めながら雲雀がダイニングへ戻ると、山本の言葉通りすでにコンロの上で鍋が温かな湯気を上げて待っていた。

「おう、上がったのか」

 大根を摩り下ろしていた山本がキッチンから声をかける。その声に一々返事はせずに雲雀は席に着き、ぐつぐつと食欲を刺激する音を立てる鍋を覗き込んだ。

「流石に海鮮は無理だから、鶏系の寄せ鍋な」

 驚くべきことに薬味まで万端用意していた男は、いそいそとテーブルにやってきた。その彼が何やら大根おろしとオレンジのような丸い果物を持っている。何かと思って見ていると、

「ああ、これはダイダイな。これを絞って、ちょっと醤油たらすと美味いんだ」

 ……山本の言葉は本当だった。母親のように、というより気のいい飲み屋の大将のように世話を焼く山本は、野球のセンスだけではなく、豊かな味蕾も有している。そしてそれを再現する能力もまた、親から受け継いでいるようだった。
 今回雲雀が無言でいたのは、相手が何を企んでいるのかわかったものではないからではなく、口をきいている暇があったら食べることに熱中していたからだ。何気に食べ物には釣られる男、雲雀恭弥。他人との馴れ合いを未だ極端に厭う彼だが、この男には料理人という待遇で親しくしてやってもいいかもしれないと密かに思った。
 実は未だに雲雀が自分の名前をろくに覚えてもいないということを、当の山本は知らない。雲雀にとって山本の基本データは何故か『寿司屋のせがれ』というものだ。だが、それも今夜までの話。今の山本にとって、軟骨入りの肉団子をはふはふ言いながら食べる目の前の男は、罠にかかった獲物に等しい。まぁ前回の事情から鑑みて、雲雀が山本を家に上げたということは、少しはその辺のことも考えてはいるということではないだろうか。もし仮に考えていなかったとしても、強引に持っていくのが山本の使命だ。名誉挽回のチャンスを逃してはならない!
 温めの燗を添えた夕食が終わると、寛いだ空気が流れた。やはり表情の変化はあまり見られないが、雲雀も心なしか満足げであるように見える。
 これまた持参した湯飲みで食後のお茶をしばらく楽しんでいた山本は、胃がすっかり落ち着くと、土鍋を持って立ち上がった。洗い物のためだろう。無意識に雲雀が背中を目で追っていると、

「ヒバリー、うどんあるから、明日の朝食ってけよ」

 振り返りもせずに山本は言い、土鍋をコンロの上に置いた。暗に泊まっていくつもりは無いと言っているつもりらしい。もちろん端から山本を泊めるつもりなど雲雀には無いのだが。

「作り方わかるよなー?」

 肩越しに振り返った山本を雲雀は一瞥する。作り方も何も、土鍋に放り込んで煮ればいいだけではないか。
 しばらく山本を無視して久々の熱燗を楽しんでいた雲雀だが、ついに最後の一本も無くなった。今度はビールかシャンパンが飲みたい。冷たい炭酸の気泡を嚥下する誘惑に駆られて、雲雀は席を立った。キッチンへ向かうと、洗い物を食器洗浄機に入れ終えたらしい山本が振り返った。

「なぁ、ヒバリ」

 流し台の淵に後ろ手をついて山本が口を開く。彼の前を通り過ぎた雲雀は無言で冷蔵庫のドアを開けた。

「何でオレだったんだ?」

 シャンパンのハーフボトルを取り出してドアを閉める。振り返ると、こちらを見つめている山本と眼が合った。口元は笑んでいるが、目は笑っていない。若い雄らしい精悍なその顔が、雲雀は嫌いではなかった。
 黙ってボトルの栓を開け、雲雀は焦らすようにシャンパンを煽った。

「……別に。たまには日本人の男もいいかと思って」

 薄い肩を竦めて言い放った雲雀に、大げさに山本は嘆いて見せた。

「うわっ、あんた最低!」

 しかし台詞のわりに山本はショックを受けた様子も無く、口元に手をやって咽喉の奥で笑っている。予想していた事態だったのだろう。ボンゴレファミリーとしての利用価値を除けば、雲雀が山本を相手に選ぶ理由など、考えるまでもない。それでもやはり面と向かって言われると、思わず笑ってしまう程度にはショックだった。
 ひとしきり笑い終えた山本は、冷蔵庫に寄りかかった雲雀に苦笑を浮かべながら近付いた。ボトルからじかにシャンパンを飲んでいた彼は、特徴的な眼差しを真っ直ぐ山本に向けている。間合いを計るようにゆっくりと近付いてきた山本は、宥めるように雲雀の手からシャンパンを取り上げ、長身を屈めて顔を近づけてきた。
 雲雀にしてみれば山本は、彼の作る料理ほど価値は無い。わざわざ自分から誘いをかけてきたのだから何か思うところがあるのだろうが、この場で殴り倒してもかまわないのだ。さて、どうしてくれようか。
 眼前に迫った山本は目を瞑り、くちびるが重なった。そういえばこの男とキスをするのは初めてだ。相変わらず目も閉じず無表情のまま思う雲雀のくちびるを、軽くついばんで山本は顔を離す。けれどすぐにキスは再開され、いつの間にか雲雀は背中に力強い腕を感じていた。
 重なったくちびるが強く押し付けられる。熱い舌がくちびるを割って進入し、すぐに引っ込んでしまう。雲雀のくちびるを軽く舐めた舌は今度こそ歯列を割り、挑発するように雲雀の舌をつついた。
 眉を顰めた雲雀が応えるように舌を浮かせると、大胆な舌がさらに滑り込んできて口内を蹂躙した。抗議するように舌を絡めると、待ち構えていたように引き出される。逆に山本のくちびるを割った雲雀の舌は強く吸い上げられ、思わず鼻にかかった声が漏れていた。
 目を瞑っていた山本は気付かなかったが、キスを交わしながら雲雀がひょいと眉を上げた。気が変わったのだ。彼は山本の腕を振りほどいて身体を押し返すと、顎でついてくるよう指図した。傲慢な雲雀は山本の反応を見るでもなく歩き出す。取り上げたシャンパンを一口飲むと、山本は悪戯が成功したような微笑を浮かべてあとに従った。
 雲雀が案内したのは寝室だった。間接照明のともる寝室には、一人で寝るには大きすぎるベッドが一つ。
 先に部屋に入った雲雀は、腕時計を外してサイドボードに置くと、セーターの裾に手をかけた。それを見た山本は、部屋の入り口から慌てて駆け寄った。

「待て待て、服はオレが脱がせるから、そのまんまで、な?」

 な、とか言われても、そんなのは雲雀の知ったことではない。が、無邪気な愛嬌たっぷりに笑いかけられて、抗議する気も起きなかった。雲雀が素直に手を放すと、山本はボトルをサイドボードに置いて座るようベッドを指差した。
 上品な蔦模様の入った羽毛の上掛けをまくり、清潔なシーツの上に腰を下ろした雲雀の前で、山本が両手を合わせて呟いた。

「じゃ、いただきます」

 雲雀が山本を本物の莫迦だと確信した瞬間である。手を離した山本は嬉々として雲雀の肩に手をかけたが、彼はその手を無慈悲に振り払った。いぶかしむ山本に雲雀は無言で右足を上げる。まずは靴から脱がせ、ということらしい。さすがは傍若無人の代名詞、不遜にも程がある。
 さっきはセーターから脱ごうとしていたくせに。そうは思っても、すでに余裕を取り戻した山本は苦笑しただけで素直にカーペットに膝をついた。差し出された雲雀の足を膝に乗せ、恭しい動作で靴を脱がせる。靴下を剥ぎ取って晒した素足は指が長く、彼がトンファーを中心とした立ち技を得意とする理由の一端を垣間見た気がした。

「ほらよ。これでいいんだろ」

 広い肩を竦めた山本は、脱がせた靴を几帳面にベッドの足元に置くと立ち上がった。雲雀と並んでベッドに腰を下ろすと、今度は鼻歌交じりに自分の靴を脱ぐ。彼の手元を覗き込んだ雲雀が大きな足だと思っていると、裸足になった山本が振り返った。ニヤッと笑った山本は匂いをかぐように鼻をひくひくさせながら雲雀の首筋に顔を近づけた。そんなことをしたところで、鍋の匂いしかしないだろうに、変な男だ。

「んー…………」

 呆れた雲雀が明後日の方向を見ていると、首筋に顔を埋めたまま楽しげに鼻を鳴らした山本に押し倒された。首筋に熱い息がかかり、間髪入れずに服の下に手が滑り込んでくる。洗い物をしていたせいか、それともシャンパンのボトルのせいか、山本の手は冷たかった。

「ヒバリ、ほら、万歳して」

 セーターの裾を掴んだ山本は、子供を諭すように呼びかける。何だか莫迦莫迦しい気もするが、黙って雲雀は両腕を上げた。上体を軽く起こしてやると、一気に山本がセーターを引っ張り上げる。パチパチという静電気の音がして、雲雀は目を瞑った。完全に脱がされたセーターは軽く丸められ、ベッドの外に放り出された。目を開けた雲雀の髪を山本がなで、

「あんた、静電気で髪がはねまくってるぞ」

 笑って頭をなでる山本の手を払うように、雲雀が自分の頭をなでる。髪がシーツにへばりつき、コメディのようになっていることだろう。それを見た山本が笑い、雲雀も笑った。嘲笑以外で雲雀が笑うのを、山本は初めて見た。表情のある雲雀は歳相応に若く、心なしか幼くすら見える。滅多に拝めぬその表情は山本の心臓をかなりの勢いで直撃し、衝動に駆られるままに彼は雲雀のくちびるを奪っていた。

「んっ…………」

 いきなりの深いくちづけに雲雀が鼻を鳴らす。山本が顔を離したときすでに雲雀は笑っていなかったが、山本は楽しそうにライトなキスを繰り返した。

「ちょっと」

 音を立てて繰り返されるキスに抗議しつつも、雲雀は実力行使には出なかった。山本は瞼やこめかみ、髪にもキスをする。首筋に歯を立てながらシャツのボタンを外し、咽喉もとを指先で辿った。雲雀は身体を捩ったが、嫌がる素振りではない。その証拠に彼のくちびるからはふふふっという楽しげな笑いが漏れ、山本は心の中で勝ち誇って拳を握り締めた。

「へぇ……」

 山本がそう呟いたのは、何も復讐のために雲雀の言動をトレースしたわけではない。シャツを開いてさらけ出された胸元は思ったよりも白く、絞り込まれた筋肉が薄く浮いて見るからに只者ではなかった。前回目の当たりにした脚だって、何も色香に惑わされてばかりいたわけではない。無駄のないすっきりとした筋肉は躍動的で、俊敏な獣を思わせた。
 山本は舐めるように雲雀の胸を眺めながら、両掌で腹部から素肌をなで上げた。山本の乾いた手は興奮に温められ、先ほどの冷たさは最早無い。肌の感触を楽しむように滑る厚い手は、大きくてタコが目立っていた。

「ここ、美味そう」

 言って山本が指をあてがったのは、雲雀の浮き出た鎖骨だった。見事なラインを描くそれに、山本はくちづける。軽く歯を立てると、雲雀が息を呑んだ。皮膚のすぐ下にある骨は、敏感に刺激を伝えるのだろう。雲雀の反応に気を良くした山本は、鎖骨のラインをくちびるで辿った。掌で胸をなでながら薄い皮膚を吸う。胸の突起をさりげなく掠めると、身じろいだ雲雀が頭を起こした。逃げるように身体を上にずらすので、山本もそれを追う。両の鎖骨のラインが交わるくぼみを強く吸うと、雲雀のくちびるからは溜息が漏れ、山本は楽しげに口元を笑ませた。

「ふ…………」

 再びキスを交わすと雲雀のくちびるから甘い声が漏れた。これならあんあん言わせるのも全くの夢ではないだろう。おかげでご機嫌な山本は、細いが決して華奢ではない雲雀の骨格を確かめるように掌で慈しむ。熟れた果実のような色合いの胸の突起は敏感で、親指の腹で丁寧になでると雲雀の眉根が微かに寄った。通常男のそこは女のように敏感ではない。だが雲雀のそれはすでに誰かによって慣らされ、山本の行為を愛撫として受け止めていた。
 雲雀はキスに応えながら山本と腕を交差させるようにして服のボタンを外してゆく。しかしその手つきは余裕を感じさせ、雲雀がまだまだ確固たる理性を有していることを示していた。
 おそらく踏んでいる場数が違うのだろう。最後のボタンまで外し終えた雲雀の手に、抗うことなく抱き寄せられながら山本は思う。背中に回された手、触れ合う素肌の胸が熱い。雲雀は楽しげにくつくつと笑い、山本のキスを受け入れている。負けるわけにはいかない。
 情事の行為に勝ちも負けもあるのかわからないが、前回確実に敗北を喫した山本は雲雀の脚を割って身体を滑り込ませた。何らかの抵抗があるかと思ったが、キスを続ける雲雀は無造作に脚を開く。腰を押し付けるとお互いの硬くなったものが当たり、雲雀は楽しげに咽喉を鳴らした。まぁ、寝ている山本を取って食った男であるから、今更恥らいも抵抗もあるわけがないか。
 頭の隅でややガッカリしながら、山本は雲雀のベルトをくつろげた。腹部を辿る手つきのまま服の中に手を滑り込ませる。すでに熱くなったそれに触れると、ピクリと雲雀の身体が反応した。キスをやめて顔を覗き込むと、指の動きに合わせて眉が顰められるのが見て取れた。大きな切れ長の目がわざとらしく山本から外される。紅潮した頬だとか、キスに濡れて赤くなったくちびるだとかに、山本は無意識に咽喉を鳴らしていた。
 刹那、今までだらんとただ背中に乗せられていた雲雀の手が、山本の襟を掴んで引っ張った。片手で雲雀の身体を弄っていた山本はひとたまりも無い。バランスを崩した山本はまんまと雲雀にくちづけられていて、思わず上げたわっという声も飲み込まれてしまっていた。
 雲雀の更なる積極性に驚いたものの、山本はすぐに状態を立て直した。仕返しとばかりに掌の中のものをいじくると、雲雀のくちびるからは鼻にかかった甘い声が漏れた。感じていることを隠そうともしない。そもそも恥じらいなどがある人間ならば、男に対してはピュアな身体だった山本に、強姦同然で乗っかったりはしないだろう。つくづく恐ろしい男だ。
頃合を見計らって山本は雲雀の腕を解いて身を起こす。つられて雲雀はキスを解くのを厭うように上半身を軽く起こし、離れた二人のくちびるの間にはどちらのものかわからぬ唾液が伝って消えた。
 顔を離した山本が見た雲雀の表情は挑発的な微笑で、先ほどの無邪気な笑顔とはまるで違っていた。前回一度もキスをしなかったのは、技術に自信が無いか、それとも必要性を感じなかったかのどちらかだと思っていたが、この分では後者である可能性が高い。むしろ雲雀は、口付けを好むタイプのように思える。彼の巧みなキスに腰砕けにされぬよう気を引き締めねば。
 わずか数瞬でそんな決意を固めた山本は、ベッドを降りるとシャツを脱いで雲雀を振り返った。

「ヒバリ、ローションは?」

 気だるげな雲雀の視線が動き、ベッドからはみ出た手がサイドボードの引き出しを指し示した。骨の目立つ長い指が示した黒い引き出しを開けると、確かにローションの壜が入っていたが、それ以外にも何と大振りのサバイバルナイフが入っているではないか。

「………………」

 思わず無言になる山本。ローションを取り出すと、何故か静かに引き出しを閉じる。この分では、雲雀が頭を乗せているあの大きな枕の下あたりには、トンファーや拳銃などが隠されているのかもしれない。もし今回失敗したら、まさか殺されることは無いだろうが、何か恐ろしい目に合わせられるのではないだろうか。思わずいらぬ想像で血の気が引きつつも、立ち直りの早い山本は頭を振って気を取り直した。

「ヒバリー、脱がすぞ」

 ズボンに手をかけると、雲雀は素直に腰を上げた。なかなか協力的である。女に比べれば男の服は非常に脱がしやすくて良い。そんなことを考えつつ下着まで一気に脱がせた山本は、ローションを手にベッドの端に腰を下ろした。
 すっかり全裸にされた雲雀だが、恥ずかしげも無くベッドに寝そべっている。男の目に晒されるのも慣れているのだろう。どのくらいの経験があるのか山本は知らないが、少なくとも見られて恥ずかしい身体はしていないと思う。どこもかしこも細長い身体は、機能的な筋肉で引き締まっているし、細い首に乗った顔立ちは整っていて、やや癖はあるものの美貌と言えなくもないだろう。見るからに『青少年』っぽい山本に比べれば、イタリア人からするとエキゾチックな顔立ちと呼べるかもしれない。
 ……そんなんだから男にも不自由しないのか。掌にローションを落としながら何気なく考えてしまう山本。この男を初めて抱いたのは誰なのだろうか。いや、そもそもそれは日本人なのか、それともイタリア人なのか。別にそんなことを考えたところで山本には無関係であるのに、何故か自分が面白くないと感じていることを彼は悟っていた。

「……なに?」

 突然発せられた声に驚いて山本は身を竦めた。気付くと手首を握られている。いつの間にか身を起こした雲雀が、間近で山本を見つめていた。手首に感じる指先は、トンファーを握るせいか山本と同じようにタコが目だって硬かった。

    あ。いや、このままじゃ冷たいかと思って」

 掌に落としたローションを緩く握り、取り繕うように微笑する山本を、ふうんと鼻を鳴らしながらも雲雀は疑うような目つきで睨んでいた。いや、別に睨んだわけではないのだろうが、この男に流し目を向けられるとつい引きの姿勢に入ってしまう。過去にあったさまざまな事情を鑑みれば当然であるが、卑屈なようで山本は自分自身に苦笑した。

「ほら、落とすぞ」

 気を取り直した山本が掌を寝そべった雲雀の下腹部で返す。無色透明な液体は脚の付け根を伝って零れ落ち、間接照明を受けててらてらと鈍く光った。

「ヒバリ」

 呼ばれて雲雀が顔を上げると、額にキスをされた。続いて鼻の頭と、くちびると、顎にも。この一つ年下の男が更に顔を近づけるので首を傾ける。首筋と、鎖骨と、胸にもキスが落ちた。その間に大きくて熱い手に自身を握りこまれる。つい息を呑むと、気を良くしたような山本の吐息を間近に感じた。
 雲雀の脚の間に身体を移動させ、胸から腹部へとキスを落としながら、山本は掌の愛撫をやめなかった。くちびるは硬い腹部を辿り、下肢に及んだ。皮膚の薄い臍の周りを舌でなぞり、更に下へと潜ってゆく。立てた雲雀の脚の間に顔を埋めた山本は、けれど薄い下生えにくちびるを埋めながらも核心を外し、脚の付け根から弾力のあるまろみへ、内股へとキスをスライドさせていく。期待した場所に快感を得られなかった雲雀はむっとしたように表情を硬くしたが、かえって山本は愉快そうににやりと笑って見せた。してやったり、と言ったところか。
 嫌味と焦らしのギリギリの境で山本は愛撫を刻む。内股もさして柔らかくはないのが男の身体だ。そこへ夢中でキスを落としていると、無意識に鬱血の痕をつけていた。思わずそおっと上目に伺うが、雲雀は気にした様子も無い。どうやら、キスマークも有りらしい。

「ぁ…………」

 頭上で微かに雲雀の声が聞こえたのは、ようやく山本のくちびるが自身に触れたからだ。ローションを塗りこむ意外に器用な手もなかなか良かったが、口と手ではまるで話が違う。その点山本も前回雲雀にされたことを反芻しながらしてやればいいのだから楽ではある。と言っても本物の男のそれを口にするのは初めてなので、色々躊躇いはあると思っていた。思っていたのだが、雲雀の声を聞いたらもう楽しくなって仕方が無かった。あまりにも現金な自分に呆れつつも、山本は現在の状況を楽しんでいた。
 雲雀のそれは硬く熱く、山本の手の中で面白いように質量を増していった。裏筋を辿って舐め上げ、くびれを舌先で刺激する。雲雀の身体は震え、堪えるつもりも無いらしい掠れた声が耳を打った。その声に興奮し、夢中で愛撫を施す自分を、やはりプロのお姉さんがたに言われたとおり、男の方面の才能があったのだなと山本は心の隅で納得した。どころか、あとで雲雀にお願いして自分もやってもらおうなどと考えているのは、男の悲しい性である。何故なら、雲雀はプロのお姉さんがたよりも、口淫が上手だったのだから。
 やはり舐めるのならば男の方がうまいというのは本当だ、などと考えながら山本はくちびるで再び根元までを辿った。熱塊の付け根の皮膚を強く吸い、指先で身体の最奥をなでる。男に慣れた窪みは山本の指を拒まず、それにかえって戸惑いを感じながら指先を差し入れた。

「あっ…………!」

 目星をつけた部分を刺激すると、雲雀の身体がビクンと跳ねた。思わず閉じかける脚を、肩をねじ込んで開かせ、山本はくちびるを舐める。今更戸惑っている場合ではない。ここで一気に攻勢をかけて、名誉挽回といこうではないか!
 埋め込んだ指を増やしながら、山本はすでに固くしこって濡れそぼる雲雀自身をそっと口に含んだ。無色透明のローションと、体液の入り混じった青臭いような苦味がさっと口内に広がった。
 熱く柔らかい山本の頬肉と舌に弄られて、先端からこぼれる体液の量が増した。それを吸い上げると、もう身体を支えているのが億劫なのか、雲雀が腕を折ってベッドに横たわった。荒い息遣いが聞こえる。喘鳴に近い吐息が繰り返され、夢中で腰を抱く山本の髪に雲雀の指が埋め込まれる。豊かな黒髪を掴んでは放し、それは山本の行為を褒め称えるような仕草だった。

    あ、あぁっ…………!」

 感極まった声と共に髪を強く掴まれ、それよりも反射的に力の入った脚に顔を挟まれて山本は慌てた。それでも口を離しはせず、口内に注がれたものを辛うじて受け止める。いくら山本が修行を積んだとは言え実践は初めての経験で、余さず飲み込むには無理があった。
 それでも精一杯零さぬように口に含んだ山本は、きゅうきゅう締め付けるそこから指を抜き去るのと同時に、ようやく身を起こした。思ったよりも大変だったが、余裕ぶって咽喉を鳴らす。口元を手の甲で拭うと、無理矢理にやっと笑って雲雀を見下ろした。

「………………」

 雲雀は山本を見上げていた。ぼんやりと、無防備で蕩けるような表情で。興奮に頬を染め、薄くくちびるを開いて歯を覗かせる様が、赤い果肉に食い込んだ白い種を思わせ、視線のぼやけた瞳が息を呑むほどにあだっぽい。荒い呼吸に弾む胸だの、その上に放り出された手の指先にまで強烈な色香を見て取って、逆に山本のほうがノックアウトされかけた。まずい、これは非常にまずい!
 あたふたと背中を向けた山本は、しきりに口元を拭いながらベッドから降りた。咽喉に絡むこの感じとかやっぱ苦手だなーとか思っていたが、何だか物凄く得した気分になってきた。しまった、やはり前回は舌を食いちぎってでも我慢しておくのだった。そうすればこの顔が見れたのに、オレの莫迦!
 心から後悔しながら山本は、気を落ち着かせるためにサイドボードに乗せたままだったシャンパンのボトルを手に取った。すっかりぬるくなっているが、口の中を洗い流すには丁度良い。まだ本番はこれからだというのに、これでは先が思いやられてしまう。というよりも、実は先ほどから楽しくて楽しくて仕方が無いのだ。
 どうせあんあん言わせるのも成功したようなものだし、あとは楽しんでもいいよな。とりあえず最後に『用が済んだから帰る』という捨て台詞を残して、取りすがる雲雀を振り払い、振り返りもせずに立ち去ることさえ忘れなければ、楽しんだっていいじゃないか。
 そんな妄想にニヤニヤする山本は、卓上コンロを抱えて格好つけて帰っても、ちっとも様にはならないということを完全に失念している。それ以前に、雲雀が異常に眠りが浅く、未だかつてどんな相手でもすげなく追い返した事実を彼が知る由も無かった。
 一人でいやらしい笑いを浮かべる山本のズボンを誰かが引っ張った。もちろん雲雀しかいない。いつの間にか身を起こしていた雲雀は、山本の尻のポケットに指をかけて彼を見上げている。胡坐をかいて少し背を丸めた姿を、山本は猫のようだと思った。
 何気なくシャンパンのボトルを雲雀に向かって差し出す。ボトルの口を顔に近づけると、雲雀は背を伸ばしてボトルにくちびるをつけた。
 ボトルを軽く傾ける。雲雀の目が眇められ、咽喉仏が上下した。更に少し傾けると、くちびるの端からシャンパンが零れ、顎を伝って雲雀の胸を濡らした。自分が手にしたボトルの口を含んだ雲雀の姿が、ある行為を髣髴とさせて山本を欲情させた。つい今しがた自分がされていた行為を、雲雀は再現しているのだろうか。少なくとも無意識にそうしているのではあるまい。
 にやける口元を隠すように鼻を擦った山本は、そっとボトルを取り上げる。雲雀は口を離すとその大きな目で山本を見上げ、挑発するように口角を引き上げた。山本がボトルを再びサイドボードに乗せる間も、彼の射抜くような視線は注がれたまま。そして山本は、苦笑を浮かべつつその挑発に乗ることに決めた。
 山本は身を屈めると、雲雀とキスを交わす。舌でくちびるをぬぐうような仕草は、零れたシャンパンを舐め取るためだ。雲雀の横顔に大きな手を添えた山本は、シャンパンの零れた跡を伝ってくちびるを這わせた。
 薄っすら笑んだ雲雀のくちびる。口角から顎へ、咽喉から胸へ。皮膚を辿って小さくなった雫を舐め取った山本は、立ち上がって雲雀の頭をなでた。雲雀は目を瞑り、髪を乱す手の感触を楽しんでいる。その姿は本当に猫のようで、思わず山本は彼の咽喉を指の背でなで上げていた。
 流石に気に障ったのか、雲雀は目を開けて山本を睨んだ。咽喉から顎を上下する手を無下に払うと、ごろりとベッドに横になる。しかし枕を抱き込んで背中を向けるその姿は、決して山本を拒絶してはいなかった。
 確実にメロメロになりつつある自分に苦笑しながら、山本は残った衣服を脱ぎ去った。ベッドに手をついて向こうを向いた雲雀の顔を覗き込む。目を瞑った秀麗な横顔。睫毛に縁取られた瞼が、目の大きさを示していた。
 紅潮の治まりつつある頬にくちづける。雲雀は首を竦め、嫌がるような素振りを見せた。それを無視して瞼と、小鼻にも口付ける。嫌がるように首を竦めた雲雀はすぐに目を開けて肩越しに振り返り、

「……何か用?」

 いぶかるような視線だが、根底には愛欲に似た感情が揺らめいている。……と思うのは、山本の希望的観測のためだろうか。

「そりゃあもう、目一杯」

 這うようにして雲雀の隣に潜り込んだ山本は、夕食の礼がまだだと耳元で囁いた。一方囁かれた雲雀は一瞬宙を睨み、身体を返して山本のほうを向く。同じ枕を共有してにじり寄った山本は、さりげなく雲雀の腰に手をかけた。

「美味かった、ありがとう、って言ったら、君はこのまま大人しく帰ってくれるのかな」

 雲雀は枕に頭を乗せなおし、山本の手を振り払おうとはしなかった。

「いやいや、感謝の気持ちはもっと貴重なものでお願いしたいな」

「へぇ、それはまた図々しい」

 鼻で笑うような雲雀の言に山本は苦笑した。彼は雲雀を抱き寄せてその耳元にくちびるを寄せ、とっておきの声で囁いた。

「なぁ、ヒバリ。やらしいことしようぜ?」

 耳朶をくすぐる吐息に雲雀はくすくすと笑い、

「気持ちいいことなら、考えてもいいよ」

 雲雀の返答に山本も笑う。雲雀も笑う。間近に顔を寄せ合っていた二人はくちびるを重ね、雲雀が長い脚を山本の腰に絡めた。その積極的なお誘いを拒む山本ではない。硬く締まった雲雀の胴を抱き寄せて、腰を押し付ける。すっかり硬くなっていたものを押し付けられた雲雀はくちびるを離すと、わざわざ下を向いてワオと小さく呟いた。






 雲雀の腕が山本の背中に掛かっている。爪を立てて、緩やかに律動を刻む男を責めるかのように。

    ふっ、……あぁ…………」

 雲雀のくちびるから漏れる声。それが山本の矜持を微妙にくすぐる。無意識に微笑を浮かべた山本が顔を寄せると、吸い寄せられるように雲雀がくちびるを重ねた。背中に回された腕がきつく山本を抱き寄せ、身体の境界線はより曖昧になってゆく。何度かに一度強く揺すりあげると、雲雀は嬉しそうに高い声を上げた。

「ん……、ヒバリ、気持ちいいか?」

 確認するまでもないのに、わざと口に出して山本は問う。ふふっと笑った雲雀は彼を見上げ、

「まあね」

 先ほどの鼻にかかった声とはうって変わってしっかりとした口調だ。余裕をうかがわせる表情だが、赤く染まった目元と額に滲む汗で、必ずしも見た目どおりではないことがわかる。その証拠に彼の弱点を擦り上げれば、掠れた悲鳴を上げて視線を逸らしてしまうのだ。
 そんな強気の姿勢が今の山本にはひどくかわいいように思える。男相手で、しかも雲雀に対してはかなり不適切な単語だが、真実なのだから仕方が無い。そして世間ではそれを、末期症状と呼ぶ。

「んっ、あ…………」

 雲雀が上げる声の間隔が大分短くなってきた。山本はくちびるを舐め、ここぞとばかりに突き上げる。雲雀の耳朶を舌で辿り、軟骨部分に歯を立てたら、肩甲骨の下の当たりに思い切り爪を立てられた。容赦ない雲雀の爪も、感じているからこそと思えばかわいいものではないか。今夜から風呂がちょっと大変だが、あとで責任を取って舐めてもらうのもまた一興。
 懲りない山本は雲雀と口付けを交わし、彼の中心で息づく熱塊をなで擦った。二人の腹の間で擦れたそれは、すでにはち切れんばかりになっている。先端から蜜を零して震えるそれを、山本は愛しげに掌で愛撫した。

「はぁ……    ウ、ん……ぁ、あぁっ!」

 引き攣れるような悲鳴。雲雀は更に強く山本の背中に爪を立て、背をのけぞらせて目を閉じた。解放の瞬間。眉間に強く力を入れて、悲鳴を迸らせるままに開かれたくちびる。本来白皙のはずの頬は赤く、強すぎる快楽に切れ長の眦から涙が一筋零れ落ちた。
 間近で見たその表情は壮絶だった。もし山本がまだ女も男も知らない純朴な青年であったら、その表情だけで昇天してしまっただろう。実際、今この瞬間も他のものが色を失って全て吹っ飛ぶほどに見蕩れてしまっている。
 普段はひとを小莫迦にしたように嘲笑うくらいしか表情という表情の希薄な雲雀が、山本の腕の中でこんな艶やかな表情を晒すだなんて、それこそ天地がひっくり返っても想像がつかなかった。いや、正確にはそんな表情をさせることが目的であったのだが、これは本当に想像以上だ。
弾ける快楽に苦悶する表情は、緩やかに解けて甘く切ないものに変わっていった。いつまでも見て いたいその表情に、山本は自分の心臓が痛いほどに稼動しているのを無視することは出来なかった。

    っ……!」

 山本が呻いて雲雀の頭の脇に腕をつく。癖で放出の瞬間に相手の身体を抱きしめると、耳元で息を呑む音が聞こえた。雲雀の汗ばんだ背中は滑らかで、強く抱きしめる腕を拒もうとはしない。緊張から弛緩へと移行する山本の背を、緩やかになでる掌を感じた。

「ん…………」

 熱すぎる雲雀の体内に吐精した山本は、逞しい身体を震わせてため息をついた。女ほどではないにせよ、細い身体がいとおしい。山本の半分ほどしかないのではないかと錯覚するほど細く薄い身体。触れ合わせた胸が段々と落ち着きを戻してゆくのが感じられる。これが今まさに、自分の抱いた身体なのだと思うと、沸き起こる愛着に自然と笑みがこぼれた。
 目を閉じたまま満足げに微笑んで、山本は精悍な横顔を摺り寄せる。鼻と鼻がぶつかって、くちびるの位置が知れた。余韻を惜しんで同じように目を閉じたままの雲雀に口付けし、やっとのことで顔を上げた。
 山本が目を開けたとき、雲雀は陶酔したようにまだ目を閉じたままだった。山本のキスにか、それとも情交の余韻にか。彼には珍しい穏やかな表情で、酔いしれるように笑んでいる。思わず見蕩れる山本は、再び心臓が暴走し出すのを感じていた。
 ついと雲雀の長い睫毛が上がった。視線のぼやけた黒い瞳はどこか遠くを見ているようで頼りない。彼の瞳は山本を捕らえ、急速に焦点が結ばれる。雲雀は無意識にか微笑を浮かべる。自分を満足させたことを賞賛するような、優位者の笑み。けれど、無意識にとろけるような媚態と官能を織り交ぜて。
 その濡れた黒曜の表面に映りこんだ自分の姿を確認した瞬間、山本は自分が完全に陥落したことを悟った。
 それは山本が雲雀に、本気でコイニオチタ瞬間だった。





〔おしまい〕







3







〔comment〕






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アモーレ エ シェッリェレ バーチャレ エ ラ スィーリャ デッラ シェルタ
「amare e scegliere, baciare e la sigla della scelta」

「愛とは選ぶことであり、接吻は選ぶことへのイニシャルである」



















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