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 夏が来る前に、二人は急速に親しくなっていった。もともとシリウスにはリーマスに対して興味があり、できれば仲良くしておきたかったので、向こうにその意思があれば初めからこうなれたはずなのである。
 一方リーマスも無意味な敵愾心を捨ててしまえば、シリウスは今まで出会った中で一番寛容で一番妙な主人だった。いや、むしろ主人と言うより友人に近いものがある。シリウスはリーマスに対して、主従の関係を要求しない。いまだかつて彼は飼主に、暇ならカードをしないかなどと誘われたことは無かったし、ゆで卵のゆで加減について討論をしたことも無かった。それは年が近い所為かとも思ったが、考えてみればシリウスの友人との関係はこうではなかった。ではやはりシリウスが変わっているのだろう。ある夜リーマスは、シリウスが図書室の片隅から発掘してくれた絵本を彼に読んでもらいながらそう言うと、

「じゃあ、あいつはどんなだったんだ?」

 幼い頃よく悪戯をしてはこれで尻をぶたれたという本を捲りながら、シリウスは何気無く訊いた。彼には自分が変わっているという自覚は無い。いや、一般的な貴族の子弟としては変わっている自覚はあるが、人狼の主人として他と何が違うのかなど皆目見当もつかなかった。
 するとリーマスは暫し何かを考えるような表情になり、

「……ちょっと、しつこかったかな。まぁ、若いから」

 何が、とはシリウスは訊かなかった。ただ少し口角を引き結んで、不機嫌な表情を作ったのだった。








 蒼く透明な初夏の夜、ほんの一欠け円に足りない月が、天空に煌々と照っていた。暗い地上からそれを見上げて、シリウスは満月が近いことを悟っていた。そろそろ寝ようかと思っていた深夜のことである。リーマスが屋敷に来て以来、彼はすっかり月齢を数えるのが日課になってしまった。次の満月は3日後。そろそろリーマスの具合が悪くなるころである。
 具合が悪くなるといっても、日中眠いのを我慢してずっと太陽を浴びていた場合だ。部屋で大人しく眠っていれば、何の問題も無い。これは彼が闇の生物である証拠でもあるのだろう。折角の良い天気に、部屋で寝ていなければならないのは、五体満足で健康そのもののシリウスには少しかわいそうに思えた。
 だが待てよ、とシリウスは窓辺で腕を組んだ。リーマスは満月の日は、夜行性になる。それは今に始まったことではない。にもかかわらず、あの友人の茶会の日、彼は何故庭先になどいたのだろうか。屋敷の中ならばともかく、わざわざ外に出て具合を悪くし、ソファに座り込むはめになるのは、当人が一番わかっていたことだろうに。
 ふと思い浮かんだ疑問にシリウスが一人首を傾げたとき、廊下の方から扉を閉める微かな音が聞こえてきた。ここはシリウスの自室なので、召使が気軽に出入りするような部屋は近くに無い。そもそもこの時間に起きているとしたら執事くらいなものだ。しかし彼にはもう先に休んでいるように言い渡してあったので、まず違うだろう。となればそれはすぐ側に部屋を与えたリーマス以外にはいない。
 そう考えてシリウスが廊下を覗くと、案の定幽鬼めいた白いシャツの背中が、足音も立てずに遠ざかって行こうとしているところだった。

「リーマス?」

 わかりきったことだが、シリウスは彼の名を呼んだ。するとやはりリーマスは足音も無く振り返る。それもそのはず、彼は何故か裸足で、辺りをキョロキョロと見回してから引き返してきた。

「何やってるんだ、こんな時間に?」

 シリウスはすぐ側までリーマスがやってくるのを待って小声で問い掛ける。彼は月の満ち欠けの影響か、いつもより幾分潤んだ眸でシリウスを見上げて散歩だと言った。だがシリウスが生まれたときに祖父が特注で作らせた愛用の黄金の懐中時計を確かめる必要もなく、明らかに屋敷を歩き回る時間ではない。

「散歩? 今からか?」

 とうに深夜を回った時刻である。夢遊病者でもない限り、こんな時間に散歩をしようなどとは思わないだろう。だがリーマスは子供じみた仕草でうん、と頷き、

「……昼間の散歩は、あまり歓迎されないから」

 彼は人狼であり、そんな生き物が家の中を徘徊することを大抵の召使は快く思わない。だからリーマスは人々が寝静まった夜中に、家の中を散策することにしていた。ただそれは他所の屋敷での話であり、シリウスの好意もあって、この家では特にリーマスを嫌う家人はいない。それでも昼間動けないならば仕方が無いか、とシリウスは頭を掻いた。

「……俺も一緒に行っていいか?」

 シリウスの言葉にリーマスはちょっと驚いたようだが、別に構わないと承諾した。彼にしてみれば、普通の人間と夜の散歩をするなど、初めての経験だ。面白いかもしれない、とそう思ったのである。
 暫くシリウスは廊下にリーマスを待たせ、戸締まりを確認してランプを消すと、ナイトガウンを羽織りつつやって来た。初夏とは言え、夜は冷える。リーマスは普段着のままだが、ガウンは要らないと言った。それから明りも必要無い、と。
 二人は長い廊下をひっそりと歩く。足音を立てないために裸足のリーマスは、慣れた様子でシリウスを案内した。ここは彼の屋敷であるのに、これではまるでリーマスの家のようではないか。そう思うとおかしくて、シリウスは口元をほころばせた。
 リーマスは時折窓のあるところで立ち止まっては、雲の掛かった月を見上げた。そうしてゆっくり二人は屋内散歩を楽しむ。リーマスは家の主廊下だけではなく、入り組んだ召使用の廊下も案内してくれた。普段そちら側に干渉することの無いシリウスは、すっかり感心してしまった。そう言えばまだ学校にも行っていなかった幼い頃、よくここを通って遊んだものだ。小さな子供にはこの広大な屋敷の長い廊下は格好の遊び場で、召使用の入り組んだ廊下は彼のお気に入りだった。そこに近付かないようになってしまったのはいつ頃からだろう。あの頃は自分を取り囲む全て物が、輝いて見えたものだ。
 珍しく感傷的なシリウスを、リーマスはあちこち案内してくれた。シリウスは懐かしいものを見つけては小声で話し掛け、リーマスは相槌を打つ。それからシリウスは兼ねてより気になっていたリーマスのことを話してくれないかと頼んだ。リーマスは余り乗り気ではなさそうだったが、そのうち彼は時々ぽつりぽつりと自分のことを話し始めた。
 ほんの小さい頃に人狼に襲われ、生命は助かったものの、人ではなくなってしまったこと。裕福でなかった両親は、そのうち息子を疎んじるようになり、あるときついに見世物小屋に売られてしまったこと。そこで沢山のことを仕込まれ、さる貴族の好事家に買い取られたこと。魔術的な魅惑のある人狼は、一部の人々に大変人気があり、それを所有することは一種のステータスとなっているらしい。そしてリーマスは飼主にある悪名高いクラブに連れて行かれ、そこで数年間に300人以上の人間と関係を持ったのだそうだ。
 さんびゃく!? とシリウスは裏返った声を上げ、慌てて口許を押さえた。幸いここは主廊下である。それでも誰も起きて来ないことを確認し、シリウスは図書室にリーマスを引っ張り込んだ。歩きながら落ち着いて聞けるような話ではないと思ったのだ。
 図書室のカーテンを開け放つと、月光が差し込んできた。すっかり暗闇に慣れた目には、これだけでも充分明るい。
 二人は距離を置いてソファに腰を下ろし、何気無く夜空を眺めた。円に近い月は、先ほどより南に動いている。それを眩しそうに見つめるリーマスの眸に銀の光彩を見て取って、シリウスは思わず溜息をついた。あの光が数日後には黄金に変わるのだ。何と美しいことか。
 思わずじっと見つめるシリウスの視線に、リーマスは白い顔を向ける。美貌とはいえないが、どこか魅惑的な顔立ち。多分それは人狼化による影響なのだろう。何気無く脚を組むその動作にさえ、妖艶なものを感じてしまう。普段はそんなこと思いもしないのに。
 シリウスは彼を見つめることを自分に正当化するために、話の続きを促した。リーマスはシリウスの視線などまるで気付かないのか、組んだ指を弄ぶ。それを見つめながら、ほとんど他人事のような口調でリーマスは話し始めた。
 そのクラブは、ただひたすら退廃を極めるために創設されたのだそうだ。入会には厳しい審査があり、会員は必ず一人以上の従者を伴わなければならない。それは自分と他の会員のための玩具で、リーマスもその一人だった。
 玩具には年齢も性別も関係が無い。提供された玩具は、主人と同じ仮面をつけ、許しがあれば殺されることもままあった。だから彼らは生きるためにどんなことでもする。中には主人に跪かれ、数人の崇拝者を持つ者もいた。また人種は様々であり、乳房が三つある女や、半陰陽なども珍しくはなかった。その中でもリーマスは人狼という特殊な立場であり、初めてそこへ連れられていったその日から、彼を弄びたがる人間は絶えることが無かった。

「……そこでも、仲間はいなかったのか?」

「ああ。今まで一度も会ったことが無い」

 短いが濃厚な人生の中で、リーマスは他の人狼に会ったことは一度も無かった。そのクラブの会員は特殊なネットワークを有していたが、実際に人狼を目の当たりにしたのは初めてだと口々に言ったのだ。その代わり、自分も人狼にして欲しいなどと言い出す頭のおかしな人物はいた。そしてリーマスの主人がある日突然心不全で亡くなるまで、他の人狼のことは噂すら聞くことも無かった。
 そんなに年というわけでもないのに老人めいた容貌で、若い頃から放蕩三昧の人生を過ごし、美食を追及する余り肥満していたリーマスの飼主は、寝台の上で亡くなった。その日はリーマスの他に二人の少年を相手に楽しんでいる最中で、いきなり飼主が寝台から転げ落ちたとき、リーマスは何が起こったのか皆目わからなかったという。

「おいおい、腹上死かよ……」

 嫌そうにシリウスが呟くと、リーマスは肩を竦めて見せた。とにかく、そういうわけでリーマスは別の飼主に引き取られることとなった。相手はクラブの会員の一人であり、嗜虐的な性質の残忍な男で、金に物を言わせてリーマスを手に入れたのである。
 そのクラブでは、会員が連れてきた玩具は、名簿に登録された時点でクラブの付属品となることが義務付けられていた。もちろん主人は玩具を連れて帰れるし、所有権もある。だが、玩具は本人の意思によらず連れてこられ、秘密を共有することとなるので、もし主人が何かしらの事情で知的活動ができなくなったり、寄付金を払えなくなった場合、彼等はクラブのものとなった。そしてリーマスはクラブの所有物となり、会員の競売にかけられることとなったのだ。
 通常クラブの所有物となった玩具は、加虐的な性癖のある人々の生贄になるか、会員をつなぎとめるための手段として使われる。特に人気の高い玩具は、多くの会員を呼び、多額の寄付を集めることができる。寄付の多い人物ほど、優遇されるのが当然だ。もちろん初めはリーマスもそうなる予定だったのだろう。だが会員のほとんどが彼を買い取ることを望み、それを押さえきれなくなったクラブ側が、仕方なく競売にかけることを決定した。そして競り落とした貴族は、最悪の相手だったのだ。
 人狼は異常に生命力が強く、人間であるときもその回復力は凄まじいものがある。だからリーマスは通常ならば死んでしまうような拷問にあっても、かろうじて生命を取り留め、恐るべき速さで回復してしまう。それをいいことに、新しい主人はリーマスを迫害しつづけた。彼はリーマスを独り占めしたいがために、クラブへ連れて行くことを拒否した。それは複数の人間に提供されることがなくなる一方で、慢性的な暴力に晒されることを意味する。あの時期は本当に辛かった、とリーマスはため息混じりに呟いた。なるほど、人間不信に陥るわけである。
 2年後その主人は、すでに法で禁じられていた決闘沙汰を起こした結果、爵位を奪われることとなった。その上大怪我を負い、自暴自棄になって財産のほとんどを使い果たし、リーマスを別の人間に売り飛ばした。買い取ったのは陸軍の中将で、壮年の逞しい男だった。
 その男は大層気分屋で、喜怒哀楽が激しかった。ひょっとしたら情緒不安定であったのかもしれない。とにかく彼はある種の異常な愛情をリーマスに押し付けた。
 新たな主人はやはり軍人にありがちな加虐的な嗜好の持ち主だった。彼は興奮すると手加減というものが一切出来なくなり、また阿片を多用する傾向があった。そしてリーマスを殺しかけると、必ず跪いて謝罪するのである。済まない、何て酷いことを、君を愛しているんだ、と彼は泣きながらリーマスに縋りつくのである。こうなるとリーマスは許すしかなく、その後数日はとても優しく接してくれる。だが結局は同じことを繰り返し、あるとき植民地への移住を機に、リーマスは再び新しい主人に引き取られたのだった。
 とにかく、そうしてリーマスは人々の手から手へと売買され、最終的にあの友人に引き取られたのである。そしてどうやらその飼主たちは全員男であったらしい。だからといって女性を知らないわけではなく、少ないが経験はあると言った。今までの話にすっかり頭痛を起こしていたシリウスは、話を変えようと殊更軽い口調で何人くらいかと訊いたのだが、リーマスは無表情のまま、

「さぁ。40人くらいかな」

「よんじゅうにんっ!?」

 多分、と応えるリーマスに唖然とした表情をシリウスは向けた。ちっとも少なくなどないではないか。だが考えてみれば、300人以上と関係があるならば、そのくらいいても不思議は無い。それでも納得はしがたく、シリウスは脱力してソファに凭れかかった。ああ、何て胸の悪くなる話を聞いてしまったのだろう……。
 どうやらシリウスはすっかり疲労してしまったらしい。話が聞きたいというから聞かせてやったのだが、やはり彼には少し重かったようだ。シリウスは憔悴した様子で自分の顔を撫でる。ため息をつくその表情は男性的な色気を感じさせるが、本人は気付いていないだろう。満月が近くなり、本能的な衝動の強くなったリーマスは今かなりこの男と抱き合ってみたい気がしたが、口には出さずにただ相手を眺めていた。
 暫くの沈黙の後、話を切り替える調子で漸くシリウスが口を開いた。

「そうだ、お前あのとき、どうして庭になんかいたんだ?」

 それはあの友人の茶会のときのことである。この気まずい雰囲気を打開するために、どうせだからと思いつくままに訊いてみたのだ。それは単なる思い付きであったが、リーマスは少々困惑したように見えた。

「いや、ただ……楽しそうだったから」

 あの日うたた寝をしていたリーマスは、庭で何やら楽しげな茶会が開かれているのを見て、自分も混ざりたくなったのだという。普段なら知らない人々に囲まれるのは嫌なのだが、満月が近くなるとリーマスは積極的になる。やりたいと思ったらもう我慢できず、欲望の赴くまま、感情の赴くままに行動することがあるのだ。そう言えば、初めて喧嘩をしたときもそんな感じだったな、とシリウスは納得した。
 とにかくそう思い立ったリーマスは家人の目を盗んで庭へ下りたが、案の定具合を悪くして、座り込んでしまったのだ。
 その説明にシリウスは納得したようであるが、それは必ずしも真実ではなかった。リーマスは故意にシリウスが誤解するように話したのである。あの日本当はリーマスは、彼に与えられていた屋根裏部屋の窓から、かねてから気になっていた人物を庭先に見つけ、ふらふらと庭に下りていった。あの楽しげな人々に混ざってみたいと思ったのは本当である。そうしてあのひとと、友人のように口を利いてみたい、と。しかし彼はそれを達する前に具合を悪くし、シリウスに発見されてしまったのである。失敗はしたものの、だがそれは僥倖であった。
 なるほど考えてみれば、満月が近くなると本能的になるというのは本当だろう。感情的で、そして攻撃的になるということを、シリウスはすでに身をもって体感している。しかしその割にはあまり食べないし、動き回ったりしないように思える。動けないのは、昼には具合が悪くなるからだろうが、食欲はどうなのだろうか。

「食欲は、それほどでもない。酷く眠くなるよ」

 人間の四大欲望は、睡眠欲、食欲、排泄欲、性欲の順である。食欲が無ければ排泄欲も無くなるわけで、これはわかる。しかしそうなると性欲はどうなのだろうか。具合が悪くなるのだからもちろん減退するのだろうなと都合のいいことをシリウスは考えたのだが、リーマスはあっさりと否定してくれた。

「いや、凄くしたくなる」

 しかも彼の場合相手は問わない。男でも女でも、子供でも老人でも経験がある上に、別に特に好みがあるわけではないらしい。それに性欲は満足させるためにかなりの体力を消耗するため、人狼になったときに万全でいられないのが好ましい。リーマスは自分を人でないものへ変えた人狼を憎んでおり、またその間記憶が無いこともそれに拍車をかけていた。彼はそれが例え自分であっても、人狼を困らせることが出来れば、溜飲が下がるのだった。

「……………………」

 シリウスは絶句していた。リーマスは尚も実は満月の前の時期に衝動を押さえるのは酷く疲れる上に、ストレスが溜まって更に気が立つのだと淡々と話している。ということは、今までのシリウスの行動はほとんどリーマスのためになっていないということか。リーマスがこの家に来て2ヶ月間、どうしてあんなに関係が破綻しかけたのか。どうやらそれは全てシリウスの勘違いの所為であるらしことが、漸く判明した。では、まさか今現在も……?
 内心冷や汗をかきまくるシリウスの質問に、リーマスは眉根を寄せて首を傾げる。別に自分で処理できるから、と。それから彼は、磊落なシリウスが思わず止めてくれと喚きたくなるようなことを口にした。

「ただ、一人ぼくに凄く興味があるらしいひとがいるんだ」

 人狼化のせいだろうが、彼は老若男女を問わず人々を惹きつける。その最も顕著な例はシリウスなのだが、実はこの屋敷の若い馬丁が一人、ここのところ大層熱い視線をリーマスに向けていることに彼は気付いていた。多分まだ十代のその馬丁は、ときたまリーマスを見つけると、それは熱心にアプローチをかけてくる。もちろん立場はわきまえているので、敬愛する主人の客人に、莫迦なまねはしない。第一リーマスからして前途有望な若者に道を違わせるようなことはしたくないので、できるだけ興味の無い振りをしてきた。

「だけど、3ヶ月前だったら拒めなかっただろうね」

 あの険悪な時期、もし誘われていたら、シリウスへのあてつけも兼ねて、リーマスはその馬丁と関係を持ったことだろう。本当にそうならなくて良かった、とシリウスは神に感謝した。この国では男同士の恋愛が露見すれば、犯罪者以上に厳しい状況が待っている。若く真面目な好青年が堕落の道を辿るのを見たくは無いし、それ以上にリーマスが今更誰か他の人間に寝取られるのは嫌だった。暴力の一環とは言え、一度は抱いた相手であるし、楽しむ余裕は無かったが、いつまでも繋がっていたいと思わせるほど彼の身体は官能的であった。それが人狼の魅力の一つなのかもしれない。
 シリウスは再び自分の顔を撫でた。さて、では家人との修羅場などという恐ろしくも滑稽な事態を回避するためにはどうすればいいか。一応リーマスもそれはしたくないと言ってくれてはいるが、ときと場合によってはまた考えが変わることもあるだろう。ならばいっそ、その欲望を満たしてやればいいのだが、どうやって、そもそも誰が……?
 そんなもの答えはわかりきっている。シリウスが相手をすればいいのだ。告白してしまえば、シリウスはリーマスを憎からず思っている。時々本を読んでやりながら、それを一生懸命訊いているリーマスを、抱き締めてキスしてやりたいと思ったこともしばしば。しかしそうなると問題はリーマスの方で、彼が嫌がるなら、できればしたくない。が、他の人間をあてがうのは嫌で、非常に困った事態になる。そんなことを散々逡巡した挙句、シリウスは漸く決心したのか引き攣った顔を上げた。

「……俺でよければ、相手になるが」

 彼には珍しい弱腰の小さな声に、リーマスは思わず笑いそうになったが、どうにか堪えて考える振りをした。リーマスはもうずっと前からこの男と寝てみたいと思っていた。シリウスも人狼に惹かれているのだから、まず間違いなくリーマスに欲望を感じているはず。それなのに一向に手を出さず、善人ぶっているのが腹立たしかった。それに今までの経験上、そういった相手が碌な人間であったためしが無かったから、余計に嫌悪してしまったのだ。しかし誤解が解ければ、やはりシリウスは魅力的で、けれど即答することは相手にイニシアチブを完全に取られる事態となり、好ましくない。なので、リーマスは一先ず逡巡する振りをしてから、シリウスに頷いて見せた。彼はそれを見るとほっとしたように微笑し、

「そうか、それじゃあ……」

 正規の順番通り始めよう、と呟いて、シリウスはリーマスを抱き寄せるとキスをした。考えてみれば、初めてのことである。リーマスは驚いたのか身を竦めていたが、すぐに気を取り直すと目を瞑って身体の力を抜いた。そして二人は素晴らしい夜を共有したのである。










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