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 エマがふと目を覚ましたとき、無機質な白い天井には床から反射した午後の日差しが波紋のような光を投げかけていた。
 エマはゆっくりと瞬く。ここはどこだろうか。見覚えの無い部屋。目の端では大きく開かれた窓から吹き込む風に、涼しげにカーテンが揺れている。どこだろう、見たことの無い部屋だ。
 身体は動かない。特に左腕が痺れているように感覚が無く、呼吸をするのにも疲労を感じる。
 もしかしたら病院ではないかとエマが思い至ったとき、彼女の疑問を肯定するように若い医師が現れて彼女に話しかけた。

「気が付かれましたか?」

 若い青年医師はエマの瞳孔やベッドの傍にある計器を確かめて何事かをクリップボードに書き付けた。

「大規模な事故があったんです。まだ詳細は調査中ですが、研究所はほぼ壊滅です」

 大規模な事故?
 エマは胡乱な目で医師の顔を見つめた。
 だからこんなに頭が重いのか。
 だからこんなに身体が動かないのか。
 エマはぼんやりと天井を見上げながら記憶を探るが、抜け落ちたように何も思い出すことは出来なかった。事故の後遺症で記憶が混濁しているのだろう。だが事故という言葉には何故か引っ掛かりを覚えた。
 医師はエマの脈拍を測り、耳腔で体温を計る。

「貴方は奇跡的に助かったんです。唯一の生き残りかもしれません」

 唯一の生き残り。
 鈍く痛む頭を動かしてエマは考える。本当に事故だろうか。あれほど危機管理を徹底させた研究所で、それほど大規模な事故などが起こるだろうか。まさか敵襲ではないだろうか。本土においての戦争はまだ開かれていないが、いつ敵襲があっても不思議は無い。極秘で開発されていた生体兵器を破壊するために、敵国が爆撃を仕掛けたのではないだろうか。
 エマの脳裏を誰かの影が過ぎった。そうだ、ナノはどうしただろうか?
 エマがくちびるを動かすと、酸素マスクに白い曇りが広がった。医師は彼女の口からマスクを外すと、くちびるに耳を寄せた。

「…………ナノ、は……?」

 掠れた声に医師は困惑の表情を浮かべる。そうか、ナノと言われてわかるはずがない。それはエマとナノだけの特別な名前なのだから。エマは息を吸い込むともう一度口を開いた。

「……プルミエは、無事、か…………?」

 しかし今度も医師は困ったような表情を浮かべるだけで返答をしなかった。もしかしたら彼はエマたちの研究施設が一体何をしていたのか全く知らされていないのかもしれない。
 医師は酸素マスクをもとに戻すと戸惑った様子のまま立ち上がり、他の人間を呼んでくると言い置いて足早に部屋を出て行った。再び一人取り残されたエマは日の翳り始めた天井を見上げた。
 考えてみれば大事故にもかかわらずエマがこうして生きているということは、ナノが無事であるということの証明でもあるだろう。思いがけない敵襲にしろ、彼が致命的な怪我を負ったり敵に捕まることなどあるわけが無い。ナノは最強の生体兵器なのだから。
 それでもエマは彼の身を案じた。
 ナノは無事だろうか。
 怪我をしていないだろうか。
 反撃のためにすぐに戦地へ送り込まれはしなかっただろうか。
 彼は本当は戦争などしたくないのだ。
 人を殺したくなどはないのだ。
 ナノは本当は、とても優しい人間なのだから。
 とろとろと眠りに引き込まれながらもどうか彼が無事でいるようにとエマは祈った。自分のために彼が傷つくのは本意では無い。エマがここにいるということは、ナノが彼女を助け出してくれたのだろう。エマはそれについて全く疑いを抱いていなかった。
 出来るだけ早く彼に会いたいと思う。ナノの無事を確かめて、彼に礼を言わなければ。何故なら今度もまた、ナノがエマを守ってくれたのだろうから…………。




〔Fin〕







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