罰ゲーム
夕闇の包むホグワーツのグリフィンドール寮で、四人の少年達がテーブルを囲んでいる。彼等が何やら楽しそうな笑い声を上げながら興じているのは、ポーカーである。少々絵柄は異なるが、絵札の人物が文句を言いさえしなければマグルのトランプとあまり変わりは無い。
もちろんいくら魔法族と言えどゲームのルールや内容が変わるわけはなく、どうやらすでに勝敗は決してしまったようである。
「ぐわ〜、また俺かよ!」
カードを放り出して艶やかな黒髪を無造作にかき回したのはシリウスである。今夜の成績は近年まれに見るほどの悪さで、とうとうテーブルに突っ伏してしまった。普段ならばそう運の悪い方ではない。何故だと諦め悪く唸るシリウスに、隣の席でフルハウスで一番上がりのリーマスが笑いかけた。
「あははは、君だれかに呪われてるんじゃないの?」
顔立ちが整っているだけにうるせえよと吐き捨てるシリウスの表情には凄みがあったが、その程度で恐れをなす相手ではない。どころか向かいに座ったピーターまでもがくすくすと笑ってシリウスに睨みつけられた。普段は一番運が悪いと言うか技術が無いと言うかのピーターは、今夜は珍しくついていて、二番目で上がった。そのせいか昂揚のために頬を赤らめたピーターは、睨みつけられても尚、シリウスから顔を背けて口許を緩めていた。
「シリウスは心当たりがあり過ぎてわかんねーんだよな〜」
わざと気に触る甲高い声で揶揄したのは、ブービー賞のジェームズだ。今夜シリウスとドベを賭けて熱く大人気ない戦いを繰り広げた学年首席は、へらへら笑って親友を大上段から眺め下ろした。
おかげで不機嫌極まるシリウスであったが、負けは負け、ドベはドベ、へたれはへたれである。ブスくれてテーブルに頬をつけたままため息をつく彼は、いつもよりずっと子供らしい。
「どーせ俺が負けたよ。え〜え、負けましたよ!」
駄々をこねる子供のようにテーブルの下で足を踏み鳴らし始めたシリウスに、リーマスとピーターは声を上げて笑う。だがジェームズだけはニヤリと人の悪い微笑を口許に浮かべると、
「さぁてシリウスくん。本日の君の任務だが……」
低く地を這うようなステキな声音にギクリとシリウスの身体が強張る。不機嫌を装って忘れたふりをかまそうと思っていたのに、どうやらその算段は甘かったようだ。流石は学年首席。狸のように執念深い。
ジェームズがゆらりと立ち上がると、顔を見合わせていたリーマスとピーターも同じように不敵に笑って立ち上がる。彼等は一人でダラダラと冷や汗を掻くシリウスをゆっくりと取り囲むと、サラウンドで、
「罰ゲーム、ば〜つ〜げぇ〜む〜!!」
顔面蒼白のシリウスは、悪魔がいると本気で思ったのだった。
月の綺麗な晩だった。
英国で唯一の魔法族だけの村であるホグズミードには、ハニーデュークスというお菓子屋がある。その店は世界中の不思議なお菓子を取り揃えていることで有名だが、販売物はそれだけに限らない。通常の焼き菓子を売っている店がパン屋であるように、この店でも焼きたてのパンを販売している。そのため、遅くまで働いていた社会人のために、だいたい夜の9時ごろまでは営業しているのである。
この日もそんないつもと変わらない一日の終わりのはずだった。そろそろ余りのパンを袋に詰めながら、幾つか欲しいものをみつくろってしまおうと、終業の準備にとりかかっていたのはアルバイターのエリック・プラクトン(21歳/霊長類/人間科/オス)である。時給は安いが余れば好きなだけパンを持って帰ってもいいところがこの仕事の魅力で、貧乏芸術家のプラクトンは毎日この時間になると鼻歌を歌いだす。
今日は好物のアップルパイが残っているし、サンドウィッチも紅茶ゼリーもある。バゲットも一本貰って、明日の朝食にしようか。それともフランスパンの方がいいだろうか。
力仕事は絵筆を持てなくなるのでできればしたくないプラクトンは、この仕事が気に入っている。雇い主とも気が合うし、お客も楽しい人が多い。と言っても流石にこの時間になるとお客ももうほとんど来ることは無いのだが。
そろそろ店のシャッターを半分下ろそうかと考えていたプラクトンは、耳慣れたカウベルの音に反射的に振り返った。
「いらっしゃ……」
営業スマイルを浮かべつつ明るい声を投げかけたプラクトンは、一瞬後には思わず白い手袋を嵌めた手で自分の口を押さえつけていた。何かを耐えるように口を塞ぐプラクトンは、慌てて客に背を向けると、レジ台の後ろに駆け込んでしゃがみ込んでしまう。何故なら彼は、爆笑しかけていたのである。
「おい、レジ!」
高圧的な物言いをしているが、それが羞恥心を隠すためであることを本能的に理解していたプラクトンは、大きく深呼吸をすると思い切って立ち上がった。美しい光沢のある飴色のレジ台を挟んで、向こう側には苛立たしげに男が立っている。それだけならば何の変哲も無い光景なのだが、何しろ男はハゲヅラを被っていた。それどころか、パーティーグッズによくある鼻つき眼鏡をかけ、あまつさえ何故か上半身裸。そのうえネクタイかよ! と絶叫したいのをどうにか抑えつつ、プラクトンはレジ台に載せられた焼き菓子を紙の袋に詰め始めた。
なるたけ相手を見ないように手元を見つめていたのだが、プラクトンの限界は近いのか、小刻みに肩が震えている。それを見咎めた男は代金を台に置くや否や、バンと勢いよく両手を台にたたきつけ、眼光鋭くプラクトンを睨みつけた。
「ああ〜ん? 何だよ、何がそんなに可笑しいんだよ!?」
ガラの悪い声でいちゃもんをつける男にいえ、とか何も、とか呟きつつプラクトンは必死で笑い声を堪えた。男が喋るたびに鼻眼鏡の鼻のところについた鼻毛がひらひらと揺れる。勘弁してくれよと叫びたいプラクトン。
「どーせ俺は可笑しいさ。なぁ? 可笑しいなら笑えよ、ほら、笑いやがれ!」
ちょっと目がマジになってきた男は、それでもプラクトンが一世一代の努力で有難う御座いましたと呟くと、尚も悪態をつきながらのっしのっしとガニ股で出て行った。
その夜のことを、プラクトンは孫にまで語り継いでは大声で笑ったのだった。
[復讐]
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