■□■ ミラクル3デイズ □■□






「そういえば今日、君の噂を聞いたよ」

 美味い食事と取って置きの大吟醸のおかげで、どうやらすっかり機嫌のよくなったらしい雲雀がそんなことを言い出したのは、あとは服を脱いでベッドで楽しむだけという段になってからだった。

「へー、どんな?」

 ベッドに腰を下ろし、靴を脱ぎながら山本は話を促す。ご機嫌の雲雀は意外と能弁で、こんなときは聞き役に徹するのが吉である。
 雲雀はナイトテーブルの前に立ち、カフスボタンを外しながら口を開いた。
 今日の取引相手はコルシカ島のマフィアであり、ボンゴレとは長いあいだ、同盟を結んだり、敵対したりを繰り返してきたファミリーである。風紀財団とは別のルートで接触を持ち、その長である雲雀がイタリアへ滞在することを嗅ぎ付けて、挨拶という名の偵察にやってきたのだ。
 よく日に焼けて肌の浅黒いコルシカのボスは、朗々たる美声でボンゴレの話をし始めた。今度のボスがイタリア人ではないことを大仰に嘆き、説教を垂れ、しかし一目置いていた先代の神の采配は認めると一人勝手に頷いた。その上で、ボンゴレ十代目の信頼厚い幹部たちについて、滔々と能書きを垂れ始めた。
 右腕と呼ばれる男は若いくせに頭が異様に切れて可愛げがないとか、門外顧問は出来すぎていてボンゴレが独占するのは惜しいとか、ボヴィーノの若いのはあれで本当に幹部か、等々。身振りの激しいコルシカのボスは、雲雀が涼しい顔で無視しているのも気にせず、勝手に話を進めていった。
 そのうち話はボンゴレ十代目の左腕と称される人物に及んだ。一度見たことがあるが、とても刃物を振るうようには見えない子供みたいな顔をした男で、その実周辺の住民の評価ではほとんどマフィアという雰囲気ではないと言う。揉め事があれば進んで調停にやってきて、困ったことがあれば嫌な顔一つせずに相談に乗ってくれ、祝い事があれば共に喜び、部下とは家族ぐるみで仲が良く、人前では誰をも一人前に扱ってくれ、金払いがよく、陽気で楽しい男だともっぱらの評判である。
 そんな聖人みたいな評判ばかり聞くところが、コルシカのボスには恐ろしいのだと言う。人間は恐怖によって支配されても、いつか必ず反逆を招く。しかし恩と敬意による束縛は、相手を一生服従させる。その上、当代随一のヒットマンである門外顧問をして、生まれながらの殺し屋と言わしめた。一度ボスの命令が下れば、顔色一つ変えずにどんな相手でもその手にかけ、決して疑わず、考えず、感情など消し去り、恐るべき鋭さの剣となって先陣を切る。ああいう男が一番始末が悪い、とコルシカのボスは愚痴とも感嘆とも畏敬ともつかないことを言ったのである。

「……ふーん、それでアンタは何て返したんだ?」

 随分買いかぶられたもんだな、と思いつつも山本は面白がって話を続けた。靴下を脱ぎ、裸足になって絨毯に足を下ろすと、腕時計を外した手首を擦っていた雲雀が、山本の待つベッドへとやってきた。

「その男なら今、うちで釜飯を作ってる」

 って教えたよ、と言いながら雲雀がベッドに腰を下ろすと、スプリングが軋んで山本の身体がわずかに跳ねた。何でもないことのように話す雲雀だが、山本とのことを他人に話すなど、とても珍しいことだ。コルシカのボスとやらは絶句したことだろう。まさかボンゴレの剣豪と、目の前の男がただならぬ関係にあるだなどとは、思いもよらなかったことだろう。そしてきっと草壁さんは、一人でハラハラしっぱなしだったに違いない。
 苦笑を零す山本をいつもの気だるい眼差しで見つめ、

「釜飯がわからないみたいだった」

 そんなことを言う雲雀を山本は抱き寄せると、ベッドへと押し倒す。

「まぁ、そりゃそーだ」

 言って笑う山本の態度が気に入らなかったのか、雲雀は頬を膨らませこそしなかったものの、くちびるを尖らせて不満を示して見せる。それからいきなり両手で山本の頭部を掴んで力任せに引寄せると、噛み付くようにくちづけた。





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