■□■ ミラクル4デイズ □■□






 移動中の車のなかで、いつも通り山本は一人で話し続けていた。
 二人の特別な関係を差し引いても、気難しいだけでなく凶暴で有名な雲雀と組ませられる人間は、山本を除いてそうはいない。ゆえに風紀財団に用がある場合は、それがどんな些細な用件であれ、必ず山本が出向くこととなっていた。
 そしてこの日、重要な案件を終えた山本は、ちゃっかり雲雀の車に同乗し、その車中で一人さかんに話し続けていたのだ。

「やっぱさ、プロ野球があるって大事だよな。あと甲子園も重要なのな」

 長いイタリア住まいですっかり野球に飢えた山本は、日本に出向くたびに同じことをしみじみと語る。しかし語られた相手もこれまたいつも通り彼を完全に無視して書類に目を落とし続けていた。

「あ、そう言えば柳橋にいい料亭があるんだよ。若いのに凄腕の板前が入ったとかで、業界ではそこの噂で持ち切りなんだって。このあと行ってみねぇ?」

 問いかけながら山本は早くも運転手に行き先変更を告げようと、インターフォンに手を伸ばしている。後部座席は会話の秘密保持のため、運転席との間には黒いガラスの仕切りが設けられているのだ。

「行かない」

 今まさに山本が運転手に行き先変更を告げようとしたそのとき、冷酷な声で雲雀が呟いた。その声は大きくはなかったが、万人を恐れさせるに充分な威厳と酷薄さを兼ね備えていたが、残念ながら山本には通じなかった。

「んー? そっか」

 小首を傾げた山本は受話器を元に戻すと、気を取り直したように再び口を開いた。

「じゃあさ、うち行こうぜ! 親父の寿司食って、オレの部屋でのんびりしてさ。親父もアンタは本物の味がわかる客だって、すげぇ誉めてたぜ」

「何で君の部屋まで行かなきゃいけないの」

 間髪入れない雲雀の拒否発言も、山本のご機嫌を崩すことはできない。何故なら竹寿司へ行くことは断られていないから。

「まーまー。そんじゃ、オレのホテルかアンタのうちで一杯やろうぜ。晩酌は日本ならではのだいご味だよな。んで、そのあとは」

 明るく言った山本は、急に腰を浮かせて雲雀の間近に座り直すと、馴れ馴れしくもその肩に腕を回し、耳元にくちびるを寄せた。

「抱きたい」

 誘惑するときにだけ使う低く甘ったれた声で囁くと、ようやく雲雀が視線を寄こした。睨み上げるような流し眼をくれた雲雀は、さも当然のように笑いかける山本の顔を見たことだろう。そしてその眼に渦巻く抑えきれない欲情の焔と、期待と劣情で織り上げた熱っぽい眼差しに気付かなかったはずはない。

「………………」

 雲雀は何も言わず、再び書類に視線を落した。しかしそのくちびるに鮮やかな微笑がひらめくのを、山本は見逃さなかった。





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