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早朝のバールは開店したばかりであるからか、それとも単に流行っていないのか、雲雀以外に客の姿は無かった。
テーブルの上のカプチーノとパニーノが冷めるのも構わず、雲雀は窓の外を眺めている。曇天の市街は不機嫌な沈黙を保ったまま、ただ眼前に広がるばかり。気に食わぬことがあれば文句を言えばいいのに、石造りの家並みは沈黙だけが唯一残された反逆と信じ込んでいるかのようだった。
「どした、元気ないな」
突如声をかけられても雲雀は窓から視線を逸らさなかった。声の主はよく見知った男で、雲雀が毎朝ここへ朝食を取りに来ていることを知っていてやってきたのだろう。呼びもせぬのにしつこいもので、暇がある限り雲雀を探しにやってくるこの男を、雲雀は犬のようだと思っていた。
「朝からお疲れなのか」
問答無用で雲雀の向かいの席に陣取った男は、人好きのする愛嬌のある笑顔を浮かべた。それでも雲雀は振り向かない。窓の外のどこか遠いところにあるものを見つめたまま。
「……悪夢のせいで寝覚めが悪くてね」
独り言にも近い雲雀の声には重い倦怠感が渦巻いていた。力を抜いた肩の辺りに軽い疲労とにおいたつような色香の残滓が感じられる。男は目を眇めて、雲雀の無防備なせいでより婀娜っぽい横顔を見つめた。
「へぇ、どんな夢?」
ようやく雲雀は窓の外から視線を引き剥がし、男を見て嘲笑うかのような微笑を浮かべた。
「別に。ただの夢だよ」
挑むような、誘うような雲雀の言葉に、男もまたふっと微笑を浮かべた。端が切れて血の滲むくちびるを愉快そうに笑ませて。
〔おわり〕
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