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 学生時代のシリウスと友人は『不機嫌な黒犬』と『陽気な白犬』に例えられた。シリウスは黙って立っているだけで敵を作り、友人は黙って立っているだけで信奉者を作った。二人とも描いたように眉目秀麗で、優美な容姿をしていたが、受ける印象は全く違っていた。
 二人は絵画か彫刻のように整った容姿の持ち主であり、稀有な美貌を有していたが、方向性は真逆であった。シリウスは黒髪に灰色の目という、見るからに酷薄そうで気位の高い貴族の容姿であり、加えて常に不機嫌そうな表情をしていたために、訳もなく畏怖の対象とされた。一方友人は、華やかなストロベリーブロンドに地中海のような青い目をし、眦の下がった優しげな顔立ちと柔らかな物腰で誰からも愛される青年だった。
 友人は別段釣りも造園も趣味ではなかったが、シリウスとは大層気が合った。理由はよくわからない。だが、一目会ったそのときに、お互い『何か面白そうなやつがいる』と思ったのは事実だ。そして二人はよく寄宿舎を抜け出しては、数々の悪さをしたものである。
 そんな悪ガキ時代はとうの昔に終わり、友人は今では社交界の華である。あの因習と悪癖と誹謗中傷渦巻く社交界で、尚も明るく心豊かにいられる友人をシリウスは尊敬している。また友人のほうでも、王家に近い血筋を持ちながら、社交界に背を向けて平然としているシリウスに、尊敬の念を抱いているようだ。結局のところ似たもの同士の二人は、今でも学生時代と変わらぬ友誼を保っていたのであった。
 友人はシリウスの求めに応じてやってきた。シリウスの打ち明けた話を面白がり、かといって他人に漏らすようなことはせず、快く引き受けてくれたのである。快活でシリウスの言うことならば何でも疑わない。友人はシリウスを完全に信頼している。それがシリウスにはありがたい。
 リーマスについて友人が知っていたのは、シリウスと同程度の知識だった。美人かと訊かれたので普通だと答え、シリウスの抱いた印象を伝えたが、底抜けに明るい友人は、

「へぇ、内気なんだな」

 と笑って済ませた。内気と言うには何かが違うと思ったが、シリウスはあえて訂正もしなかった。どうせ会えばわかることなのだから。かくして友人はシリウスの紹介で伯爵家へ招かれ、リーマスと出合った。リーマスはシリウスと初めて会ったときと同じようにあまり表情も変えなかったが、別れ際に握手を求めた。
 それは初めてのことで、シリウスは内心で小首を傾げたが、友人をリーマスが気に入ってくれたのだと考えてかえって喜んだ。これで伯爵が席をはずしても、重い沈黙に苛立つ心配もないわけだ。
 帰りの道すがら、友人はリーマスのことを褒め称えた。よほどお気に召したらしい。初対面でそれほど多く口をきいたわけではないが、今までにいなかったタイプだと嬉しそうに語った。自分の算段が上手くいってシリウスも嬉しかった。だが重大すぎる誤算があった。友人はリーマスと恋に落ちてしまったのである。






 思えばリーマスが握手を求めたことからしておかしかったのだ。
 初対面以来、友人はシリウスが伯爵の元を訪れるときには必ず一緒に連れて行ってくれるように頼み込んできた。もとよりそのつもりのシリウスはあまり深く考えずに友人を同行し、いつの間にかシリウスと伯爵、リーマスと友人という組み分けが自然となされるようになっていた。
 初めのうちシリウスはそれを都合がいいと思っていたが、友人がどうやら一人でもリーマスを訪ねているらしいことを知って危ぶんだ。友人はシリウスの親友で、彼が恋をしているというならシリウスは幾らでも協力してやるだろう。だが相手が相手だ。ましてや伯爵はリーマスに知人がいないことを哀れんで、わざわざシリウスを紹介したのに、その信頼を裏切るわけにはいかない。
 シリウスは悩んだが、二人がお互いをどう思っているのか、まだ確証もない段階である。下手につついて蛇を出しては困ると、シリウスは彼らしかぬ現状維持のグレイゾーンを保つことを選んだのである。下手な考え休むに似たり。そう自分に言い訳したシリウスであったが、彼の悩みはまだまだ深くなっていくのだった。
 それはある冬の午後のことだった。珍しく日の射した陽気のよい日に、シリウスは伯爵の屋敷にいた。いつもと同じように友人と連れ立って屋敷を訪れ、先日クラブの知人から聞いた外国の大物について話に花を咲かせていたところだ。もちろん釣りの話である。
 午後のお茶の用意が整ったとき、部屋にリーマスと友人の姿は無かった。二人とも釣りにはあまり興味がないので、庭に散歩に出かけたのだ。

「呼んできます」

 シリウスは伯爵に会釈すると、客間のテラスから庭へ出た。冬枯れの庭はその広さもあって物悲しい風情があり、シリウスは妙に心がざわめくのを感じた。まさか伯爵家の庭の真ん中で追いはぎに会うわけも無いが、胸騒ぎがしてたまらない。恐らくリーマスと友人を長いあいだ二人きりにしてしまったことに対する危惧なのだろう。微妙な距離感の二人を放置するのは危険なことではなかっただろうか。
 広大な庭をあてもなく横切りながら、シリウスはそわそわと落ち着かなかった。友人がリーマスにご執心なのは間違いない。このあいだから空を見上げてはため息ばかりついているし、何かと言えばリーマスリーマスとうるさかった。幸いリーマスのほうでは友人を伯爵の客人とわきまえているようだが、だからといって憎からず思っているであろうことはシリウスにもわかる。伯爵の前では二人とも普通にしているが、友人の方はそろそろ我慢の限界に近いようだった。
 困った事態になった。シリウスは風の冷たさのせいではなく首を竦めた。伯爵はリーマスを心から愛している。彼を愛人ではなく恋人と呼ぶことからもわかるように、伯爵のリーマスへの執着は並々ならぬものがあった。
 一方リーマスのほうでも、間違いなく伯爵を愛してはいるだろう。彼はいつでも伯爵に寄り添い、彼を気遣っていた。その様子は仲睦まじい夫婦というよりも親子のようで、シリウスの目には愛情は見て取れても、リーマスが伯爵に『恋』しているかどうかについてはいささか疑問の余地があった。二人の関係は尊敬と親愛に満ちている素晴らしいものではあるが、必ずしもお互いに抱いているのが同じ感情ではないように思えたのだ。
 そのリーマスに友人が横恋慕してしまった。今すぐどうこうということはないだろうが、いつか必ず明るみに出る。そのときどうすればいいか。シリウスは実際に腕を組んで考え込んだ。
 伯爵と親友を天秤にかけることなどできるわけがない。どちらも彼の大事な友人だ。不義理は出来ず、かといって肩入れも出来ない。どちらにしたところで不幸な結果を招くとしか思えないし、そもそもシリウスが介入してよいことなのだろうか。
 まずはリーマスと友人の気持ちをちゃんと確認すべきか。いや待て、そもそもリーマスは友人をどう思っているのだろう。友人はさかんにシリウスに激情を吐露しているから確かめるまでもないが、そういえばリーマスの考えを聞いたことは一度もない。
 友人はリーマスがあまり感情を表に出してくれないと嘆いていた。ならばもしかしたら友人が一方的に熱を上げているだけのこともありうる。友人のことを好いてはいるが、やはり伯爵を想っている可能性は高くはないだろうか。
 友人には悪いが、そのほうがシリウスには都合がいい。伯爵とリーマスはもとのままで、シリウスは振られた友人を慰めれば済むだけなのだから。できればそうであってくれればいいのだが……。
 自分の薄情さに呆れながらも、広大な庭を軍人のように高速で歩き回っていたら、いつの間にか池の近くにさしかかっていた。今はもう使われていない厩の傍にある池は、美しい睡蓮の咲く水辺だ。そういえばリーマスは水辺が好きだと伯爵が言っていたことを思い出し、シリウスは足を向けた。
 綺麗に土の盛られた小道を抜けて、池の傍にやってきたシリウスは、あるものに目を留めて思わず足を止めていた。池の傍の木立の影。睡蓮が眠たげに蕾を開きかけているその傍で、二人の影が重なっていた。細い身体を抱きとめて、くちびるを重ねているのは友人だ。彼の腕の中でリーマスは夢見るように目を閉じて、くちづけを受け入れていた。
 最早恋人同士となった二人の姿を見つけた瞬間、シリウスは愕然とした。危惧していた事態が現実になったからでも、これから起こるであろう事態に慄いたからでもない。愛し合う二人を見つけた瞬間、シリウスの脳裏には憤慨に近い疑問が浮かび上がったからだ。

      先に出会ったのは俺なのに、何で俺じゃないんだ?

シリウスの受けた衝撃は二人の行為によってではなく、予期しなかった自分の本心によってだった。こうしてシリウスは、ようやく自分がリーマスを好きだということを悟ったのである。








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