■□■ 大人の事情 □■□






 若葉の緑が色を増し、近付く夏の存在を思わせるよく晴れた日だった。
 自宅の門柱に凭れ、腕を組んだままそわそわと辺りを見回していた山本は、落ち着かない様子で通りへと出て行った。それなりの広さはあるがあくまで庶民の住宅が並んだ街並みに、いつもと変わった様子はない。少し埃っぽい道、道路わきの大きな街路樹、青々広がる空。
 しかし山本はそれらには目もくれず、伸び上がるようにして通りの向こうを眺めていた。それから腕時計を確認し、再びそわそわと門柱のところに戻る。幾度かそれを繰り返し、時計の長針が半周したころ、ふいに山本は動きを止めた。あわてて通りへと出てくると、手庇を作って遠くを眺める。ただでさえ異常にいい視力の山本が目を眇めて見やった先には、一台の黒塗りの車がやってくるところだった。
 絵に描いたような黒塗りの高級車は、心臓を高鳴らせる山本の目の前で停止した。運転手らしき黒服の男が降り、車の前を迂回してやってくると、後部座席の扉を開いた。うやうやしい態度の運転手には目もくれず、降り立ったのは一人の男。山本とそう変わらぬ年の青年は、物憂げな様子で周囲を一瞥した。
 これまた黒服の青年が降り立つのを見届けると、山本は自然と蕩けるような笑顔を浮かべ、親しげに呼びかけた。

     ヒバリ!」





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