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 快楽の甘い痺れの抜け切らない肢体を、二人はベッドに横たえていた。服を完全に脱ぎ捨てて、汗ばんだ身体を冷やさないように抱き合いながら。
 清潔なシーツの中で、雲雀は無防備にうとうとと浅い眠りに落ちかかっていた。それを間近で見つめるのは了平だ。彼は急に幼さを増したような雲雀の表情に見蕩れて、眠気を忘れている。長めの黒髪が枕を添えぬベッドの上に散って、すごくきれいだった。ブラインドから差し込む夏の日差しが雲雀の肌を輝かせている。頬はまだ赤味がさしていて、飽きずにキスを繰り返したくちびるも赤い。雲雀のくちびるは上くちびるがやや薄く、下くちびるのほうがぽってりとしている。つんと上向いたくちびるが愛らしく、了平は緩んだ表情で彼を見つめていた。
 雲雀は何も言わないし、いつも物憂げで何事にも興味が無いような様子をしている。彼は器用で頭がいい。だから何でもそつ無くこなしてしまう。了平にはそれがまるで魔法のように思えてならず、彼をいつも憧憬の眼差しで見つめていた。このあいだの初めての行為だって、雲雀はいつもどおり大した感慨も無さそうな、起伏に乏しい表情のまま済ませてしまった。
 でもそれは虚勢だったのかもしれない。そんなことを今日になって了平は思った。いや、虚勢というのは言い過ぎかもしれないが、彼なりに緊張も不安も感じていたのではないだろうか。何しろ前回はひたすらにテンパっていたので、了平はそれに気付くことができなかった。それでも雲雀は了平と抱き合うことを『悪くなかった』と評した。二度目の約束を取り付けて、未だ戸惑う了平を促してくれた。接触も、キスも、何もかも。
 我ながら情け無いと感じつつも、了平は相好を崩して雲雀を見つめていた。ベッドに肘杖をついて、隣で眠りかける雲雀を見つめる。今までこんな感想を抱くのは失礼ではないかと思い悩んできたが、自分に嘘をつくのはよろしくない。だから了平は素直に雲雀をきれいだと思った。もっと触れたいと思った。雲雀をもっともっと知って、自分の中を雲雀で一杯にしたい。そして雲雀の中も、了平で一杯になればいい。
 だらしなく笑いながら了平は手を伸ばし、雲雀の髪に触れた。眠ってはいなかったのか雲雀は目を開き、了平を見つめる。

「…………りょうへい」

 少し掠れた甘い声は無意識と意識的な媚態によるものだろう。蕩けた視線で見つめる雲雀の目にいつもの鋭さは無く、そのかわり渦巻くようなあけすけな欲望が見て取れた。ほんのわずか口端を笑ませるだけで雲雀は了平を欲情させ、了平はどうあがいても彼には敵わないことを悟った。悟りながらも了平は、それをちっとも嫌がってはいなかった。






 了平が手を伸ばして髪をなでても、雲雀は抵抗しなかった。目を閉じて心地よさそうに微笑を浮かべる。指先で髪を梳く感触を楽しみながら、了平は顔を寄せた。
 瞼と頬と、そしてくちびるにキスを落とした。雲雀の笑みはより一層深まり、彼は横にしていた身体を仰向けた。つられて雲雀に覆いかぶさるように了平も身を乗り出す。幾度繰り返しても飽きないキスは、不思議と甘い味がした。
 ほんの少し舌を触れ合わせるだけでも、じんと身体が痺れるようだった。先ほどよりもわずかな余裕を持って繰り返されるキスは、まだ慣れぬ息継ぎで中断された。

「………………」

 示し合わせたように深いため息をつき、二人は笑い合った。いつものような邪気や、何かしら思惑のありそうな笑顔ではなく、素直に笑う雲雀などそうそう見られるものではない。初めて見る雲雀の様子に、了平は心臓が不規則に鳴るのを自覚した。こんなふうに無防備な様子を見せてくれるのは、自分に対する好意の証であるように思うのは自惚れだろうか。
 ともかく了平は満面に笑みを浮かべ、雲雀を抱きしめ、そして雲雀は苦笑しながらも了平の抱擁を受け入れた。おそらく了平のわかりやすすぎる思考がおかしかったのだろう。
 了平はもう一度だけ雲雀とキスを交わすと、くちびるで彼の肌を辿り始めた。身体のラインを確かめるように掌で撫で下ろしながら、首筋や胸に触れるか触れないかのキスを繰り返してゆく。まだ未開発の身体は胸のとがりを口に含んでもほとんど反応を見せなかったが、思いのほか舌触りのよいそれを了平は気に入った。
 快楽を刻むことはまだできなくとも、了平は口に含んだしこりを丹念に愛撫した。くちびるでついばみ、柔らかく歯を立てる。そのあいだも掌はしっとりとした肌を辿り、細い腰を抱いた。
 おそらく意識的に膝を開いて雲雀は了平を受け入れた。まだまだ少年期の発達段階にある身体は細く、了平は開かれた脚を撫でた。掌に感じるのは若くしなやかな筋肉の躍動。他の誰も知らないであろう内腿の柔肉は、しっとりと汗ばんで了平を魅了した。

「……ねぇ」

「む?」

 飽きずに胸のとがりを味わっていた了平に、焦れたような声で雲雀は呼びかけた。

「くすぐったいんだけど」

 と言っても、雲雀が示したのは了平の髪だった。胸をいじられることよりも、肌に触れる髪が気になるようだ。それだけ感度が増しているのだということを、まだ二人はわかっていない。了平は頭をかいて気を取り直し、やや名残惜しそうに愛撫の矛先をずらしたのだった。
 薄く筋肉の翳る腹部を辿り、くちびると舌で了平は雲雀の身体を味わった。形の良い臍のまわりを舌でなぞり、更に下へと降りてゆく。両手でやんわりと押し広げた腿に、微かな緊張が走った。それに気付かぬ振りをして、了平は雲雀の下腹部に口付けた。脚の付け根の薄い皮膚を吸い、まだ淡い下生えに指を忍ばせる。再び硬くなり始めていた幹に手を添えて、了平はそっと口付けた。

「っ…………」

 さすがの雲雀も余裕を装うことができなかったのか、今度は明確に身体が揺れた。それとなく上目遣いに伺うと、雲雀は頬を真っ赤に染めて了平を見つめていた。
 験しに了平は舌先で手の中の幹を舐めた。すると雲雀は何ともいえぬ表情を浮かべ、苦しげに呼吸を弾ませた。目の潤みは一層増し、もの言いたげなくちびるがわななく。普段は不遜なまでの彼の態度からは想像もできない艶姿である。
 おかげで了平の血圧は未だかつてない急激な上昇を見せ、彼は喜び勇んで雲雀の幹を口に含んだ。
 どうすればいいのか、了平はよくは知らない。けれど同じ男の身体である。自分がされて気持ちいいだろうことをしてやればいい。
 そう結論した了平は、口に含んだ熱の塊をそっと吸い上げた。流石に咽喉元まで咥え込むにはまだまだ経験が足りず、口に含みきれなかった部分を指先で刺激した。雲雀はそのつど苦しげな、それでいて甘さの滲む表情を浮かべた。

「はぁ…………」

 息苦しさに口を離しても、了平は愛撫をやめなかった。幹の根元から先端へとじっくり舐め上げ、まだなだらかな括れをいたずらする。雲雀は声こそ漏らさないが、幹の先端からはとろとろと先走りが溢れ出た。
 雲雀が声を出さないのは単にその方法を知らないからである。どんな声を出していいものか、それは経験からしか学べない。もし了平が同じことをされても、同じように息を詰めていただろう。彼の声が聞こえないことを未来の了平は惜しんだかもしれないが、さしあたり現時点の了平はそれに気付くことができるほど余裕を持たなかった。
 初めて抱き合ったとき、雲雀は快楽よりも苦痛が勝った。そのことを知って了平は自分だけが快楽を貪ったようで多分に申し訳なく思っていた。雲雀に負担ばかり強いるのは本意ではない。了平は雲雀と抱き合えて嬉しかった。せめて雲雀にも楽しんでもらえるようにしたい。
 ただひたすらに雲雀を喜ばせたい一心で、了平は舌と指を使った。先端から零れた先走りが皮膚を伝い、雲雀の下腹部を濡らしていく。了平にとっては甘露の味がする密やかな体液を指先に絡め取り、そっと脚の付け根の肌を辿った。
 了平の指が雲雀の身体の奥に潜む慎ましやかな部分に触れると、細い身体に緊張が走った。硬く濡れそぼった幹にキスを落としながら了平が見上げると、微かな戸惑いを滲ませた黒い双瞳と目が合った。
 雲雀は何も言わなかった。彼は辛いのならば止めようと了平が口にする前についと視線を逸らし、覚悟を決めたようにため息をついた。あえて了平の手管を目にしないようにということか、ベッドに仰向けに横たわって腕を目の上にあてがった。
 苦痛にしろ快楽にしろ雲雀の表情が伺えないのは残念だが、彼の覚悟を無下にはできない。了平は無意識に舌先でくちびるを舐めると、滑らかとは言いがたい愛撫を再会させた。
 もともと男を受け入れるようにできてはいない器官は頑なだった。それでもすでに一度は了平を受け入れたことを忘れてはおらず、淡い蕾は徐々に彼の慰撫を受け入れ始めた。
 身体の内側に指がもぐりこむ感覚を雲雀がどう受け取っているのか了平にはわからない。それでも雲雀は拒絶を示さず、荒い息をついて耐えている。
 本当に辛いなら了平はすぐにでも行為を中止するつもりだ。けれど舌先に感じる幹の脈動は強く、先端からは絶えず蜜が溢れている。零れた蜜は幹を伝い、内側に挿入された指の動きを助けた。
 時間をかけてゆっくりと慣らす行為を、了平は丹念に続けた。その間も硬く勃ち上がった幹への愛撫を怠らない。できるだけ快楽に紛れるように気遣って、了平は雲雀を高めていった。
 ふと、雲雀が掠れる声で呼びかけた。夢中で彼の身体を愛しんでいた了平が顔を上げると、もういいと雲雀はささやいた。語尾が震える声で、早くしてほしい、と。
 その言葉は前回に聞いたのとほぼ同じ内容であったが、意味合いがまるで違っていた。初めてのときは苦痛を早く終わらせるための言葉であったが、今の雲雀は押し寄せる快楽に抗っているように見えた。彼は早く了平を欲したのだ。
 雲雀の様子の違いに津波のような感動に襲われ、了平は夢中で頷いた。彼は身体を起こし、それでも気遣わしげに指を引き抜いた。雲雀は身を竦め、反射的に脚を閉じかけたが、気丈にもベッドに踵を突っ張るようにしてそれを堪えた。

「ヒバリ」

 身体の脇に両手をついて呼びかけ、了平は雲雀にキスをした。やはり雲雀は何も言わず、了平の背中に腕を回した。それを合図に、了平は開かせた細い脚の間に身体を沈めた。無理強いをせぬように、ゆっくりと。

「……っ…………」

 息を詰めるように雲雀は顔をしかめ、了平の背中に爪を立てた。彼らしく容赦の無い力だったが、雲雀の感じている苦痛に比べれば微々たるものだろう。了平は深呼吸をし、ゆっくりと雲雀の中に分け入っていった。
 大丈夫かと問いかけても、雲雀は視線を寄越すだけで何も言わなかった。けれど力の無い脚を了平の腰に巻きつけることで意思表示して見せた。強がりかもしれないが、それが了平には愛しい。弱音を吐かず、何にも屈せぬ雲雀は、おそらく自分自身にさえ打ち勝つだろう。我儘で傲慢で、けれど克己的であるその在り方が、了平には眩しかった。

「ふ…………」

 ゆるやかに身体を動かしながら了平は嘆息した。分け入った雲雀の体内は熱く、行為に慣れていないせいか締め付けが激しい。気の遠くなるような快感が彼を襲う。
 一方雲雀は、突き上げられることよりも引き抜かれることに感じるようで、背を仰け反らせては表情を歪めた。その苦痛は甘さを伴い、きつく寄せた眉根にさえ悩ましさを漂わせていた。
 深く、浅く、律動を繰り返しながら、二人の腹部に擦れる雲雀の幹にも了平は愛撫を施した。先ほどよりもずっと強く擦り上げ、官能を引き出させる。雲雀はいやいやをするように力なく首を左右に振ったが、かえって了平を煽るだけで逆効果だ。

「ん……ヒバリ」

 逃げを打つくちびるを追って幾度もキスを繰り返し、その合間に了平は優しげに囁いた。雲雀の身体によって与えられる快楽に耐える彼の表情は男の色香を漂わせ、雲雀は恨めしげに彼を見つめた。内側をかき混ぜられ、彼は必ずしも苦痛だけを感じてはいない。わずか一度の交歓で驚くべきほど雲雀の多くを知った了平は、それを見逃さなかった。
 ゆるやかに、そして強引に身体を穿ち、了平は雲雀を追い詰めてゆく。手の中の欲芯は淫らに濡れそぼり、今一息で限界に達するだろう。雲雀の表情は更に甘さを増し、了平は我知らず舌なめずりをしていた。声こそないものの、雲雀の限界が近いのは間違いなく、同じように了平の限界も近かった。
 無意識に縋りつく雲雀の身体を強く抱き寄せ、彼の最奥を了平は突き上げた。衝撃に雲雀は顎を仰け反らせ、了平にしがみつく。一気に引き抜かれながら、敏感な部分を攻め立てられ、雲雀は声の無い悲鳴を放った。
 身を竦めるようにして了平に縋り、雲雀は快楽の極みに達っした。ビクビクと震える痩躯を抱いて、気の遠くなるような雲雀の媚態に了平は酔った。苦しげで、けれど至上の喜びに濡れた甘やかな表情。その表情だけでも了平には危険な媚薬だ。放出の余韻かきゅうきゅうと締め付ける粘膜に彼もまた陥落し、身体の中心から押し寄せる熱い本流に涙が滲んだ。
 強く強く雲雀を抱き寄せた了平は、たまらずに幾度もキスを贈った。雲雀は蕩ける瞳をゆるやかに向け、愛しむようにそれを受けた。官能よりもただ喜びと愛情を伝えたくての行為を、雲雀は正しく理解したのか。
 もしそうでなくても了平はかまわなかった。雲雀が受け入れてくれているという事実が何より嬉しかったからだ。
 了平は喜色満面で雲雀を抱きしめていたが、彼が身じろぐとようやく腕に込めすぎていた力に気付いた。

「おお、済まん」

 慌てた了平は腕を離し、それでも雲雀の負担にならないように気遣いながらゆっくりと身体を離した。粘膜をこすって引き抜かれる了平自身に、雲雀のくちびるがわななく。
 微かに漏れた声は甘く、初めて聞いた雲雀の声を了平は確かに聞き取った。耳に残る残響はあえかで、了平はその声を一生忘れないだろう。同じように、目を閉じて夏の日差しを受ける雲雀の神々しいまでの姿も。





〔おわり〕







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