『レッド・アップル・シガレット』
ジェームズとシリウスが隠れてコソコソと何かやっていることにリーマスは気がついていた。初めの内はまた何か悪戯の用意でもしているのかと思っていたが、ある日ピーターに耳打ちされて彼等がどうやら何かの薬を精製しているらしいと知ったのだった。
「うわ〜、バレちまったか!」
そう言って大口を開けて笑ったのはジェームズである。雨の降る休日、自室でピーターと一緒に二人に詰め寄ったところ、隠すわけでも慌てるわけでもなく、ジムはあっさり白状した。
「で、何を作っているのさ?」
今まで仲間外れにされていたことに憮然とした表情でピーターが問う。ジムとシリウスは絨毯の上にあぐらをかいて座っていたが、詰め寄った二人にニッと人の悪い笑顔を見せ合った。
「ふっふっふ、聞いて驚け見て驚けよ!」
もったいぶった言い方のシリウスをはいはいと促すと、彼は絨毯に置いてあった鞄の中から、煙草のソフトケースを引っ張り出した。
「じゃじゃ〜ん! これこそが我等悪戯仕掛け人の新発明、『レッド・アップル・シガレット』だ!」
ジムと二人して胸をふんぞり返らせたシリウスは鼻息も荒く印籠のように煙草のケースを二人に突きつける。だが頭が高いといわれたところでへへぇ〜となるリーマスではない。彼はサッとシリウスの手からケースを引っ手繰ると、包装の空いた部分から中身をのぞきこんだ。
「……何だ、お菓子じゃないか」
呟いたリーマスにえっとピーターが振り返る。貸してくれと手を伸ばした彼にケースを渡しつつ、
「ハッカのお菓子? 今更何でこんなもの……」
それは白い筒状の砂糖菓子の一種で、煙草の形をしているから『シガレット』と呼ばれている。しかしもちろんニコチンもタールも入っておらず、中心にはココアなどが入った駄菓子である。そんなもの隣村のホグズミードに行けば幾らでも手に入ると言うのに、今更彼等が作ったところで何になるというのだろうか。
「あ、ほんとだ」
小さな鼻をひくひくさせて中身の匂いをかいでいたピーターが不審そうに親友たちを見つめた。しかしこの事態にもジムとシリウスの二人はニヤニヤとした笑いをやめはしない。気味が悪いことこの上ないが、彼等がまだ何か隠していることは確かだった。
「まだまだ甘いな、お前等は」
もったいぶった言い方でいかにも残念そうに肩を竦めたのはジムである。その隣ではシリウスが天を仰いでいる。何かにつけて腹の立つ男だとリーマスは内心でシリウスを睨みつけた。
「こいつはな、ただのお菓子じゃないんだ」
「おうよ、『どんな陰気なパーティーでもたちまちハイに!』ってのがコンセプトだからな」
他にも『お安く簡単、何より手軽に楽しい気分』だとか、『分量加減も自由自在』とか、『持続時間が自慢の一品』とか言う文句に、リーマスは薄々彼等が何を作り出していたのか悟り始めた。
「……要するに、ドラッグなわけね」
呆れたと言わんばかりに呟いたリーマスに、ジェームズとシリウスは揃ってビンゴ! と叫ぶ。
「ど、ドラッグだなんてそんな……!」
一人だけ思考の追いついていなかったピーターは吃驚した様子であらぬ方向を見やったが、その肩をがっちりとジェームズが抱きこんだ。
「はっはっは、大丈夫だってピーター。こいつはな、ほんっとーにお菓子みたいなもんだからさ」
すると今度は逆方向からシリウスが肩を組んでピーターの耳に囁きかける。
「そうそう、ワインと同じ程度の酩酊感しかないし、習慣性が極薄だから大丈夫だって」
「で、でも……」
「平気平気、分量はかるためにもう何度も試してるけど、禁断症状とか全然無いしな」
「味も食べやすいように爽やかなリンゴ味に仕立ててあって、むしろそれだけでもけっこういけるぜ?」
だから大丈夫、と二人は有無を言わせぬ勢いでピーターに物凄い笑顔を向けたのだった。
「で、結局こういうことになるわけね……」
ぼくあんまり食欲無いんだけど、と呟いてリーマスは白いお菓子を口に咥えた。リンゴの爽やかな香りと甘さが口腔に広がり、確かに結構美味しいかもしれない。
すっかりジムとシリウスに丸め込まれたピーターと、初めからどうでも良かったリーマスは、友人二人に頼まれてシガレットの試食をすることとなったのだ。
何せジェームズとシリウスの二人は飲兵衛の上、もう何度もシガレットを試しているので、是非他の人間の意見を聞きたかったのである。もちろん下級生に売るつもりは無いが、最上級生とは言え酒にまださほど慣れていない人間にあわせて作るべきだろうと考えたのである。アルコールに強い人間ほど、一本分の酩酊感は弱い。ドラッグと言うより、固形のアルコールに近いかもしれないとジムは言っていた。
そこでリーマスとピーターの出番と相成った。リーマスはあまりアルコールには興味が無いので肝臓は綺麗だし、ピーターは酒に弱いわけではないが、ドラッグ初体験の人間の調査にはもってこいだからだ。
もちろんまずは一本からだ。その程度の量ではジムやシリウスには本当にただのお菓子であるらしいが、二人にはどうだろうか。精製に成功したばかりのころ、分量がわからず結構な量を服用してしまい、ぶっ倒れたこともあったそうだ。その後、自分たちの酔っ払うアルコールの量を目安に段々と分量を減らし、どうにか試作品にこぎつけたということだ。
「酸味があって美味しいや、これ」
むしろお菓子として気に入ったらしいピーターはニコニコと笑う。その点に関してはリーマスも同感だが、ドラッグとしては美味しすぎるのは問題だろう。幾らでも食べてしまうから。
「結構平気みたいだな」
少しだけ赤味の差したリーマスの顔を覗き込んで隣に座ったシリウスが言う。彼は先ほどからポケットウィスキーを片手にシガレットを何本もバリバリと食べているが、普段と変わった様子は無い。それがちょっと羨ましくて、リーマスは二本目に手をかけた。
「この分ならいけそうだな」
ふがふがとシガレットを食べるピーターを見ながらジムが笑う。このドラッグの元となる薬は、実は魔法界なら何処ででも手に入るのだそうだ。精製方法が特殊であり、もちろん秘密。彼等はそのドラッグを『D−6』と名付け、近く本格的に販売するつもりであるらしい。
『6』ってことは、五回は失敗しているのだな、とリーマスは嫌にぽかぽかしてきた頭で考えた。ドラッグの精製、ましてや販売などということがばれたら、最終学年にいたってとうとう退学、放校処分は免れない。よくまあやるよとリーマスは内心であきれ返った。
「販売ルートはどうする?」
シリウスがニヤニヤ笑っているジムに問い掛けたときだった。今までニコニコと笑っていたピーターが、突然立ち上がったのは。
「ピーター?」
隣に座っていたジェームズが不審げに彼を見上げる。ピーターはゆらりと顔を上げると、
「神の世界を作るのだぁっ!」
「なっ、何ぃっ!?」
突然の叫びに思わず同時に口走ったジェームズとシリウスを尻目に、ピーターは脱兎の如く駆け出した。その速さたるや普段の鈍足の見る影も無い。明らかに脳みそのどっかの部分がいかれている。
「うわああっ、ヤバイ、ヤバイぞ!?」
部屋を飛び出したピーターの後を追おうとジェームズとシリウスは慌てて立ち上がる。今の様子のピーターがどこかで教授にでも捕まったら、二人の命運は尽きる。今すぐ連れ戻し、ドラッグが抜けるまでどこかに監禁せねば!
まさか二人ともピーターの効きがこれほどとは思っていなかった。ピーターは決して酒に弱い方ではない。だが彼等は物事を自分たちのレベルで計りすぎた。ましてやピーターはドラッグは初めてであるのに。
今まさにピーターを追いかけて走り出そうとしたシリウスのズボンを、いきなり誰かが掴んだ。
「うわっ!」
前のめりになって膝を付き、驚いて振り返ったシリウスのズボンをしっかり掴んでいるのは、もちろんリーマスだ。先ほどから黙っていた彼は真っ白な顔で、シリウス脚の上に身を乗り出す。
「り、リーマス?」
何やってるんだという切羽詰ったジムの声が頭上でするが、シリウスは嫌な予感に振り返ることが出来なかった。しかも嬉しくないことにどうやらその予感は的中したようで、リーマスは自分の口許を手で押さえると、
「……吐く…………」
「わああああ、ま、待て、トイレまで我慢しろ!」
自分の脚の上に吐かれてはたまったものではない。慌てるシリウスにジェームズが、
「お前はリーマスを頼む。おれはピーターを追う!」
言うが早いか駆け出そうとするジェームズに待てとシリウスが声をかけた。
「これで誤魔化せ!」
そう言ってとっさにジムに投げて寄越したのは、ポケットウィスキーだ。もしすでに教授にピーターが捕まっていても、隙を見てウィスキーを飲ませ、酔っ払ったせいなんですぅ〜と言えば、ドラッグの使用よりははるかに処罰が軽い。悪くても精々停学で済む。
一瞬でそれらを悟ったジェームズはニッと笑うと、
「オーケーブラザー! そっちは頼んだぜ」
「任せろ!」
若い牡鹿の俊敏さで駆け出していった親友の後ろ姿を見送ったシリウスは、背後で聞こえたうっという呻き声に全身の血の気が引いた。
「わわわ、もう少しだけ我慢な!」
「う〜…………」
真っ青な顔で口許を抑えるリーマスを、ほとんど担ぐようにしてシリウスはトイレに連れ込んだのだった。
やっかいなことになっちまったなぁ、とシリウスがため息をついたのは、具合の回復しないリーマスをベッドに寝かしつけてからだった。
何も出なくなるまで吐いたリーマスにうがいをさせ、水を飲ませ、どういうわけかぐずる彼をベッドに運び込むだけでとんでもなく疲労してしまった。どうやらリーマスはピーターとは違った方向にドラッグがキまってしまったようだ。そう言えば彼は昨日の夕食もスープしか食べていなかったし、今朝もチェリーを幾つか食べただけだった。空腹で服用のドラッグを使用すると、普段より効果が大きい。しかも最近あまり胃をきちんと活動させていなかったので、こんな事態になったのだろう。
この分では服用に際して注意事項を増やさなければならない。いやいや、それ以前に一本あたりのD−6の分量も減らした方が懸命であろう。
そんなことを考えながら証拠隠滅と言うか、部屋の後片付けをしていたシリウスであったが、ふと気付くとゴミ箱の中身を取り出しては再び捨てると言う行為を繰り返しており、どうやら彼も大分ドラッグが回ってきてしまったようだ。
いかん、このままでは、もし誰かやってきたら不味いことになる。頭を振って冷静さを取り戻したシリウスは、ちゃっちゃっと部屋を片付けると、冷水で顔を洗いに洗面所へ向かった。
どうもすでに時間の感覚が曖昧である。ジムはまだ戻ってこない。自分がこの調子だとすると、ジェームズも似たり寄ったりであろう。だた、あいつ自身が教授に捕まってしまうようなことは無いだろうが、この状態で広大な城内からピーターを探し出すのは至難の業だ。
濡れた顔をタオルで拭きながら鏡を見ると、向こうではシリウスがこちらを指差してゲラゲラと笑っていた。ホグワーツの鏡は時々こうして役に立たなくて困る。憮然としたまま洗面所を出たシリウスは、思いついてジムの机の引出しを開けた。そこには普段忍びの地図がしまわれているのだが、今はサイコロが一つ入っているきりだ。どうやら持って出たらしい。
それならば安心だ、とシリウスは胸を撫で下ろした。
「……シリウス…………」
弱々しい声に呼ばれてシリウスは振り返った。一瞬眩暈に似て部屋がぐにゃりと歪んだが、頭を振って気を取り直す。
「どうした、また具合悪いのか?」
ベッドの中で子供のように丸まっているリーマスに声をかけると、彼は潜っていた毛布の中から顔を出した。
「げっ」
思わずシリウスがうめいてしまったのは、何でかリーマスが目に涙を一杯に溜めていたからだ。彼は今にもぼろぼろ涙を零しそうな顔をシリウスに向け、
「寒い!」
そんなことを大声で主張されても……とシリウスは頬を引き攣らせる。しかしどういうわけか幼児退行してしまったらしいリーマスは寒い寒いと喚いてじたばたと暴れるのだ。
「わ、わかった、今、湯たんぽか何かもらってきてやるから、大人しくしてろ!」
そう言って部屋を出て行こうとすれば今度は、
「嫌だ、シリウスがいなくなったらもっと寒くなるじゃないか!」
ほら、雪が降ってきた、と相当ドラッグのキまってしまったらしいリーマスは天井を見上げている。これは一人にさせておくのは危険かもしれない。シリウスのいないうちに寒いと喚きながら部屋を飛び出していく可能性も否定は出来ない。それではピーターの二の舞だ。
「わかった、じゃあどうすればいいんだ?」
ほとんどやけくそに言ったシリウスに、突然起き上がってリーマスはベッドの開いているスペースをバフバフと叩いた。
「寒い、さーむーいー!」
どうやらここに入れと言うことであるらしい。ああ、もう、とふわふわする思考をどうにか押さえてシリウスはリーマスの元に向かった。靴を脱ぎ、どうにでもなれと心の中で叫びながらベッドにもぐりこむ。するとリーマスがいきなり抱きつき、シリウスはおもむろに彼の頭に顎をぶつけてぐわっとうめいた。
「シリウスのにおいがする〜……」
猫のように頬をシリウスの胸に擦り付けながら舌っ足らずにリーマスが言う。頭をぶつけておいて痛くないのかと訝りながらシリウスははいはいと背中を撫でた。
「俺はリーマスのにおいがするよ」
当たり前じゃないかとぶつぶつ呟くシリウスの言葉などまるで聞こえていないのか、リーマスは気持ち良さそうに彼に抱かっていたが、そのうち白熊がどうしたとか、ペンギンが四足で走っているとか謎のうわごとを残して寝入ってしまったようだった。
胸の上で繰り返される規則的な寝息を聞きながら、ふとシリウスは思いついた。そうだ、このまま寝かしつけてしまえばいいではないか。そうすれば眠っているうちにリーマスが摂取した分のD−6は抜けてしまうだろうし、妙なことを言い出して暴れられることも無い。おあつらえ向きにベッドはぽかぽかして気持ちいいし、雨音が耳に心地良い。明るいのに何故か青味がかった視界をぼんやりと見つめながら、シリウスはリーマスの薄い背中を優しく撫でる。小動物ではないが、こうしているとこちらまでが激しく眠くなってくる。
早くジェームズ帰ってこないかなと思いながら、シリウスはうとうとと眠り込んでしまったのだった。
シリウスが目覚めたのは、腕に抱いていたリーマスがもぞもぞと動いたからだ。すっかり痺れてしまった腕を放して、シリウスはうめいた。見上げると蕩けた目のリーマスが、ベッドから降りようとしているところだった。
「……何やってんだ、リーマス?」
寝起きとドラッグが抜けきれていないせいか靄のかかる頭でシリウスは問い掛ける。リーマスはおぼつかない足取りでベッドを離れると、
「風呂入る」
そう言い残してシャワールームに消えた。何で突然、と思ったものの、すぐさま聞こえてきた水音にシリウスは一先ず安心してベッドに大の字になって暗い天蓋を見上げた。外は相変わらず雨で、時間がどのくらい経過したのかわからない。部屋を見渡してもジムとピーターの姿は無く、シリウスは盛大にため息をついた。
咽喉の渇きを覚えてシリウスは洗面所に向かった。休日なので普段着であるのに、つい癖でタイを緩めようと指をやってしまう。苦笑しつつ冷たい水を飲むと、少しだけ頭がはっきりした。
気を抜くとまだ地面がグラグラしそうなところをみると、ドラッグは抜けきれていないらしい。だがこの程度ならば大したことではない。気を引き締めていればそれですむ。しかし問題はリーマスだろう。風呂には入れるくらいならばもう大分いいのでは……。
そこまで考えてシリウスはふと不安になってシャワールームへ向かった。先ほどから水音がしているが、やけに大きくは無いだろうか。それに人の動く気配がしない。まさか、と慌ててシャワールームのドアを開けたシリウスは、目の前の光景に思わず声を上げた。
湯気の満ちたシャワールームの中では、壁面に取り付けられた四つのシャワーが全開になっていた。一人で入るのに何で全部使うんだよ、と突っ込みたいのを我慢してむせ返る湯気に目を凝らすシリウスの視界にリーマスの姿は無い。
「リーマス!」
思わず叫んだシリウスの視界の隅で、何かが動いた。慌ててシャワールームに踏み込むと、お湯が流れを作るタイルの上に裸のリーマスが寝そべっていたのだった。
「おいおい、何やってんだよ!」
とりあえず溺れることは無いのでシャワーを一つずつ止めながら声をかけると、リーマスは何やらむにゃむにゃ呟いてますます丸くなってしまった。いつからそうしていたのか、触れるとリーマスの肌はさほど温かくない。仕方がないのでバスタオルで彼を包み、シリウスはリーマスを引きずり出す。
「ほら、頭ちゃんと拭けよ!」
ぼーっとしたままのリーマスをベッドに座らせ、シリウスはびしょびしょになってしまった服を脱ぎ始めた。今日はまさしく厄日だ。やはりピーターを探す方が良かった。早くジェームズは帰ってこないものだろうか。
ぶつぶつと悪態をつきつつ濡れて肌に張り付く服を脱ぎ捨てようとするシリウスを、何故か指差しながらリーマスが笑い始めた。
「いや〜ん、シリウスセクシー!」
「うるせえ! 黙って寝てろ」
思わず怒鳴ったシリウスだったが、一瞬後には後悔の嵐。大声に吃驚したのかリーマスは見る見るうちに目に涙を溜め、
「……怒鳴らなくったっていいじゃないか」
そう呟いてからわんわん泣き始めたのである。ギョッとしたのはシリウスである。脱ぎかけのズボンを慌てて直し、凄い声で泣きじゃくるリーマスを宥めようと謝り倒す。
「わ、悪かったよ、怒鳴ってごめん。だからそう叫ぶなよ、な? な?」
ほとんど幼児を持て余す父親の気分でおろおろと頭を撫でるシリウスを、ピタリと泣き止んでリーマスが上目遣いに見やった。
「もう怒らない?」
「怒らない、怒らない」
「怒鳴ったりしない?」
「しないしない」
引き攣った笑いを浮かべるシリウスに、パアッと明るい笑顔を浮かべたリーマスは、
「じゃあ裸で温めあおうじゃないか!」
「何でじゃい!?」
体質的に思わずビシリと突っ込むシリウス。が、一瞬後には再び泣き喚き始めたリーマスにこの日何度目かの大後悔。うわー、君はもうぼくなんか愛していないんだ、そーさどうせぼくはちちも尻もない鶏がらスープのような身体さ、色気もそっけもない太腿なんて食べたって美味しくないですよーだ、あの日の優しい言葉は嘘だったのね、いいもんどうせはじめからわかってたもん、君はぼくの身体だけが目当てだったんだー!
「シリウスの莫迦―!!」
かなりわけのわからないことを口走りながらベッドに突っ伏すリーマスを口を開けたまま呆然とシリウスは見下ろしている。鶏がらスープのような身体ってどんなんだ、とか、自ら美味しくないとか言ってるくせに身体だけが目当てだったんだってどうしてそうなるんだよとか、頭の隅っこの方では結構冷静なことを考えつつ、シリウスは頭を抱えてしまった。
「ああっ、もうっ、じゃあどうすればいいんだよ!?」
半分切れかけて叫んだシリウスの言葉に、再びピタリと泣き止んだリーマスが、
「だから裸で温めあおうって言ってるだろうが!」
ほとんど凄んでリーマスはベッドの空いてる場所をボフボフと叩く。どうでもいいから早くしろと命令口調のリーマスに、思わずシリウスはガックリと項垂れた。ああ、もう二度とこいつにドラッグは与えねぇと心に誓いながら。
「……身体が目当てなのはお前の方じゃねーか」
愚痴りながら渋々ベッドに入ったシリウスに、ピンポーンと陽気に言いながらリーマスが抱きついた。勢い押し倒されるシリウスは何やら文句を言っているが、ハイなリーマスには全く聞こえていない。彼はシリウスに過剰なスキンシップをかましながら、
「さぁ、ぼくらの愛を確かめ合おうじゃないか!」
正気ではない証拠に焦点の定かではない目をシリウスに向ける。そのリーマスをやけくそに押し倒し返しながら、
「うるせぇ、ギャーギャー言ってると犯すぞ!」
「きゃー、シリウスの変態、すてき〜」
子供みたいにきゃっきゃっと笑うリーマスに、少し黙れと言ってシリウスはキスをした。口を手などで塞いだら、噛み付かれる恐れがある。珍しく頬の紅潮したリーマスは喜んでキスを受け入れ、シリウスを抱き止めた。
今ジェームズが帰ってきたらどーするんだとか、ドラッグのせいで二人ともおかしいのだと思わないではなかったが、シリウスはただ一言、
「ま、いっか」
それだけで思考を放棄した。一方未だ全然ドラッグの抜けきれていないリーマスは、ケラケラ笑ってシリウスを受け入れている。酒に酔ってもこんな風にはならない彼には珍しい光景だ。広げた脚をシリウスの身体に巻きつけ、煩いくらいに喘いではギャーギャーと喚いた。
「ああっ、シリウス、そこ、凄い、大好き、愛してる、猫が食べたーい!」
興奮と行き過ぎた快楽のためかボロボロ泣きながらお腹が減ったと喚くリーマスに、こいつは駄目だ、とシリウスは顔を引き攣らせた。
一体何回そうしたのかリーマスは全く覚えていないのだけれど、すっかり疲れ果てて眠くなり、ベッドでうつらうつらしていると、シリウスがやってきて何度も頭をなでなでしてくれたことだけはぼんやりと覚えている。
次にリーマスが目覚めたとき、部屋はすっかり暗くなっており、見ると隣ではシリウスが大の字になって眠っていた。二人とも服を着ているところを見ると、シリウスが着せてくれたものであるらしい。ぼーっとそんなことを考えながら部屋を見渡すと、ジェームズが自分のベッドで死んだように眠りこけていた。頬や腕に無数の引っ掻き傷が見て取れる。猫とでも格闘したのだろうか。
首をかしげつつ更に辺りを見ると、ピーターがロープでぐるぐる巻きになった簀巻きの姿で絨毯の上に転がっていた。彼は白目をむいて気絶しているようであったが、口許には何故か満ち足りた笑顔を浮かべており、リーマスは薄ら寒くなって慌ててベッドにもぐりこんだのだった。
あの日以来、どうやらジェームズとシリウスはレッド・アップル・シガレットの製造販売を中止することにしたらしい。ジェームズの語ったピーターの話とか、シリウスが語ったリーマスの話とか、そう言ったものを総合した結果、ちょっと危険すぎると言う判断が下されたようである。もちろんシリウスは二人であーんなことやそーんなことをしてしまった部分はカットして話したのだが、酩酊感以上にハイになりすぎるのが問題であったらしい。もしこれがもっと大勢であったならと考えると、恐ろしくて堪らない。
「仕方ないな」
「もったいないけどな」
そんな言葉を口にしながら、惜しむように二人はD−6とシガレットを焼き捨ててしまった。
実はあんまりよく覚えていないリーマスとピーターは何も言わずにそれらを無かったことにした。自分たちの失態など、覚えていたくもないし、もう二度と同じ轍を踏みたくはない。
それでも後日リーマスは、ドラッグの分量を調節中のシリウスが大分好戦的になったのだとジェームズに聞き、ふとあることを思い出した。以前、やたら強引なシリウスに押されてついつい許してしまったことがあったが、あれはそのせいだったのではないだろうか。
そのときリーマスがシリウスに身体を許したのは、強引さに流されたというより、普段よりやけに格好いいシリウスの様子が、最終的にどうなるのか是非見てみたかったからなのだが。
「……なるほどねぇ…………」
ニタリと人の悪い笑みを浮かべたまま呟いたリーマスの言葉にシリウスは一瞬寒気を覚えたが、口に出しては何も言うことはなかった。
こうして、悪戯仕掛け人の新ブランドは、日の目を見ることは無かったのである。
〔おしまい?〕
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