赤い天使 4

 小屋の裏手には、土で塗り固めた質素な造りの窯があった。木炭には、昼頃から火を入れておいた。小麦を水で練った、堅い生地を両手で伸ばすと、 蓋をずらして窯の中へ入れた。エスメラルダは昨晩出会った、あの男のことを思い出していた。

 深い瞳にさしこむ一条の希望に、いつしか自分のそれを重ねるようになった。私はきっと、あの人に出会った日から……いいえ、自分の居場所をそこに見付けてしまった時から確実に、生かされることだけを、望んでしまっていた。
 決して栄養がゆきとどいているとはいえない、少女の青白い頬は、窯の熱気をうけて、微かに上気していた。
 エスメラルダは窯の中の炭に閉じ込められている、赤い炎をじっと見つめていた。
 
「イッキ。」

 エスメラルダは、篭からパンと、麻を縫ったパンツを取り出しながら、ヒタリと素足を冷たい岩の上に一歩進めた。薄暗くひんやりとした洞窟の中、一輝は独り、倒れるように眠っていた。

「パンを。内緒で余分に焼いたのよ。」

 乱れて頬にかかった、黒髪を梳るようにして撫でると一輝は薄く開いた瞳をこちらに向け、そして呻くような声で低く、呼んだ。
「…メラルダ」
 少女は顔を綻ばせる。
「パンをここに置くわね。私はこれから、イッキの先生の所にも、パンとミルクを持って行かなくてはならないの。」
 エスメラルダは一輝の手が届く場所にパンツを置くと、そこにパンをのせた。薄いパンは既に冷え、堅くなりかけていた。立ち上がろうとして地べたに手をつくと、一輝の手が伸びてきて、自分の手の甲に重ねられたので、いちど、動きを止めた。
「いいのよ。」
 伝わった温もりとそして重さに、エスメラルダはそう応えた。

 一輝が食べ物を口にする時、決まってある仕草をするのを、エスメラルダは知っていた。自分たちが食事の前にお祈りをするのと、よく似ている。それから、エスメラルダが時々パンをもってゆくと、 一輝はひどく苦しそうに、パンを口に運んだ。それが、たったひと欠片のパンであったとしても。

 だがエスメラルダは、パンを食べる一輝を見るのが、とても好きだった。麦は地に落ちて初めて多くの実りをもたらすのだと教えてくれたのは、彼女の母親だった。一粒の落ちた麦に感謝なさい、と。

 自分は名もない島に根をおろした、たった一本の麦の穂だった。
 ならば、とエスメラルダは思った。
 私はこの地に種を、落としたい。

 エスメラルダはそっと一輝の手を外すと、洞窟を後にした。


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