♪ばばーばばば〜
♪ばばーばばばば〜
♪ばばーは今日も くたばらねえ
♪ばばーばばばー
♪ばばーはビールで 極楽浄土さ〜 「なあ、ばーちゃんさあ」
「あんだよ」
「ハイライトってきつくねーか?」
「うっせ。あたしゃ昔からこれなんだよ」
♪ばばーばばば〜
♪昔はばばーもいい女
♪今もばばーはいい女
♪ジョンもあたしの虜なのさ
「なあ、ばーちゃんよお」
「あんだよ、うっせーな」
「ジョンって誰だよ?」
「ジョンレノンに決まってんだろが」
「あん?」
「若い男の方が合うんだよ」
「もうジョンはくたばってんだろが」
「そうだよねえ。いい思い出だよ」
「なんだそりゃ」
「ちなみに、この歌は『ババーソウル』っつうんだ」
「わけわかんねえな」
「センスねーな、お前。『ラバーソウル』のオマージュじゃねえか」
「駄洒落をオマージュ言うか……」
♪ばばーばばば〜
♪ば〜ばばばばばば〜
♪あばばばば〜
♪ばばーばばばー
「歌詞浮かばないんだな」
「ほんとうにうるさいガキだね。魂を歌ってんじゃねーか」
「ガキて。俺43だぜ」
「息子なんていつまでもガキなんだよ」
午後十時、病院の待合室。母親がタバコを何本も吸いながら適当な歌を歌っている。父親は手術室。「絶望的」と医者が言う単語を聞いて、母親はただ、ふんっと鼻を鳴らした。
「なあ、吸いすぎじゃねーか。タバコ」
「うるせーっつってんだろ」
♪ばばーばばば〜
♪ばばーばばばば〜
♪くたばりぞこないが
♪今日もばば〜
ビートルズが不良の音楽だった頃。30代も終わりかけの俺の両親は、若い連中を家に集めて、家のレコードをフルボリュームにして騒いでいたらしい。
その頃に生まれたのが俺だ。
手術中のランプが消えた。
頭を下げる医者に向かって、母親はかるく鼻をならした後。
「お疲れさん。ありがとな」
それだけ言うと、ハイライトに火をつけた。
葬式の後、母親は孫を集めてカラオケに繰り出した。
「B’zは聞き飽きたから、ダパンプでも歌ってくれ」
母親は孫の一人にそう言って歌わせ、自分も一緒に歌った。
最後に母親は、ビートルズを歌った。
♪I'm looking through you
♪Where did you go
♪I thought I knew you
♪What did I know...
綺麗な英語だった。
病院で、「なあ、親父の側にいなくていいの?」と聞いたら、母親は。
「もう、あの体にはいねーしな」と言って、ふんと鼻を鳴らしていた。
多分、母親の中では。父親はハイライトの煙や音楽や賑わいの中にいるんだろう。
それと。
今でもフルボリュームで鳴らせる、手入れの行き届いたレコードプレイヤーに。
♪ばば〜ばばば〜
♪ばば〜ばばばばばー
♪ばばーばばー
♪ばば〜は今日もくたばらねえ
本当は知っている。この歌は父親が入院する前に作った、母親をからかう歌。 |