黄昏クロニクル

 

 みなこさんが優しい顔で私に、言う。
「なーんでそんなクッサイタバコ吸うの?」
 あたしは、そのクッサイタバコを吸いながら、「ほっといて、チョーダイ〜ッ」と甲高い声を出す。昭和のギャグだ。
 ふざけながら、部屋のタバコのニオイを消すのは手間だなと考える。
「はー、クサクサ。おっさんクサ」
 みなこさんは鼻をつまんで、手を鼻の前で左右に振る。
「アジなニオイのおねーさんだもん」
 私は、目の前の皿のアジを箸でほぐしながら、言う。
「ダジャレ……」
 みなこさんはため息をつきながら、それでも笑顔で首を振る。よかった。ムリヤリだけど、笑顔になった。
 窓の外はすっかり暗くなっていて、カーテンを引くと、部屋が少し明るくなった。
 みなこさんは、私をじっと見つめて、少し恥ずかしそうにおへそについてる可愛いピアスをいじった。私はタバコを消して、みなこさんの綺麗な髪に、ゆっくりと指をすべらせた。

 10分ほど前まで。
 1本のタバコをみなこさんに合わせてゆっくりゆっくり吸っていた。
 みなこさんは赤い目をこすりながら、ほとんど吸わない一本のタバコを灰にして、また火をつけた。
 バカ女二人、無言でも、きっとどこまでもバカだ。

 20分ほど前。
 みなこさんの泣き声だけが、部屋の音の全てだった。隣の部屋に絶対聴こえるなと思いながらも、好きにさせておいた。仕方ない。泣かなければいけない人は、ちゃんと泣くべきなんだ。大人も子供も、おねーさんも。
 みなこさんは、泣き声を出すことに飽きると。じっと私を見つめた。
 ああ、来るな。私が思った瞬間。みなこさんは私に飛びついてきた。
 二人だけの秘密は、しょっぱい唇の感触。
「ねえ、こんなことすんの、アンタだけなんだからね」
 みなこさんは、震える声で私に言う。
「何人の男にそう言ったか、私知ってるんだけどなあ」
 やれやれと思いながらも、私は黙ってみなこさんを抱きしめ、頭をゆっくり撫でる。バカだ。ほんとに。受け入れる私もきっと、バカ。でも、バカにしかわからない、しょーもない悪ふざけが、私たちには大事なんだ。

 30分ほど前。
 みなこさんは、ポケベルをじっと見ていた。
 みなこさんは、タバコに火をつけて、黙って画面を私に向けた。
「ゴメンスキナヒトデキタ。ゴメン。バイバイ」
 ああ、また始まるんだなと思った。

 40分ほど前。
 やってきたみなこさんは不自然に元気だった。
 いつものみなこさんじゃない日は、きっと寂しい日だ。
 作りかけの晩御飯を二人分に増やした。アジが安くて、ちょっと多く買っていたし。ちょうどいいかと思った。

 50分ほど前。
 「今から行くね」とだけみなこさんからのお決まりのメール。
 私は、ため息をつきながら、「ま、いっか」と独り言。



 いつも下らない話が出来る。オトコには聞かせられないこともいえる。
 下品な冗談を言い合ってゲラゲラ笑える。
 オトコ達の中には幻滅する奴もいるけど、私らだって生きてるんだって。
 私たちがタバコを吸うことすら知らないヤツがたくさんいる。

 そして今。みなこさんはぼんやりテレビを眺めている。人気のない芸人が大掛かりな仕掛けに騙されて、合成されたスタッフのいやらしい笑い声が部屋に流れる。みなこさんは退屈そうにそれを眺めている。
 面倒くさいから放っておこう。なんだか眠いし。
 しばらくうとうとしていたら、みなこさんは私の服の袖をひっぱって言った。何度も私を呼んでたみたいだ。
「ねえって。ほっとかれたら、寂しいじゃん。ま、それ、嬉しいからいいけどさ」
 つれない私にみなこさんは泣きそうな顔でそう言った。

 そんなもんだよね。

 

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mixiブログに書いたものをちょこっと修正。(21.06.28.もちょっと修正)
ちなみに、作中にポケベルが出てますけど、最近書いた話です。なんかすいません。
「大人も子供もおねーさんも」はマザー2ってスーパーファミコンのゲームのCMの文句。糸井重里さんのコピーのはず。
暗い話が続きますねえ……。


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