キャッチボール
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ひさびさにはめたグローブの革のにおいに、懐かしさは覚えなかった。ソフトボール部にいたけれど、本気ではやっていなかったし、私はピッチャーとしてはかなり出来が悪かった。
彼は無言で私のボールを受ける。 彼も無言で私にボールを投げる。 小さな男の子が、羨ましそうに私たちを見ている。 「お父さん、あれ、やりたい」 言われた父親は、顔を綻ばせてにっこり頷く。 「じゃあ、後でジョイプラに買いに行くか」 「あ、だったら、マルイチの方がいいよ。あっちのがきっと安いから」 母親も走り出そうとする男の子の手をしっかり握って答えている。 ちょっと意地悪心を出して、下手投げで思いっきりボールを投げてみた。彼はほんの少し驚いた表情を見せたけど、きっちり受け止めてみせる。 彼は口元に少し意地悪な笑みを浮かべて……カーブを投げてきた。少しあぶなっかしかったけど、私はボールを受ける。 雲一つない空が、晴れた日の穏やかな公園が、遠くの鳥の鳴き声が、優しい顔をした家族連れが、みんなみんな皮肉に見える。 ……ずっと彼と会えない日が続いた。付き合って3年。ちょっとしたことでケンカもした。もう、終わるんだってわかっていた。彼は忙しいと言って何も連絡もしてこないで、私はそのままにされていた。友達に相談したら笑われたけど、もう、私には終わりなんだってわかっていた。だって、いつもと違っていたから。変に何かを隠しているし、よそよそしい。 急に電話が来た時、カクゴを決めた。 きっと、好きな人ができたんだ。 きっと、私に飽きたんだ。 きっと、私が何か悪いことを言ったんだ。 きっと……。 「ちょっとトイレな」 彼はにっこり笑って、グローブをしたまま行ってしまう。 ……置いてけばいいのに。 水を買ってきて、一気に半分くらい飲むと、汗が噴出してきた。そうか、今日は暑いのか、と気づく。 しばらくして戻ってきた彼は、黙って私の水をぐいっと飲み、グローブとボールを持って離れていく。私も黙ってグローブをはめて立つ。水、二つ買っておけばよかったかと思い、ああ、こんなでも気持ちはなれてるのかなと思う。 「思いっきり直球投げる」 彼は唐突に言い、速球を投げてきた。私は真正面から受け止めた。ボールを受けるとパンッと気持ちのいい音が鳴り、手が少ししびれた。 「ちょっと、痛いよ」 私は文句を言いながら、思いっきり投げ返してやろうとボールをぐっと持つ。 「ん?」 ボールがさっきより黒ずんでる。 ボールにはペンで「ごめん」と書いてあった。 私たちは、「ごめん」の字が消えるまで、キャッチボールを繰り返した。 ……とてもいい天気で、気持ちのいい一日だった。 |
mixiブログに書いたものを修正。
展開的にベタだなーって思いつつも、入れてみました。
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