ときと寝てから一週間。

愛莉あいりは今―鴇と住んでいる。

 

と、言うか、東京に住んでいる鴇の部屋に無断で転がり込んできたのだ。

 

「おばさんたちにどー説明したンだよ?」

「ん〜、どっちみち大学東京だし」

「それじゃねェ、オレと住む事」

「家賃浮くって言ったら、即オーケーだったよォー」

「信じらンねぇー……」

「いーじゃん、鴇。こぉんな広いマンション、鴇一人じゃ寂しいよ、私、前から思ってたんだ」

「そーゆー問題じゃなくてだな………」

「大丈夫、ダーリンが出来たらそっちに移るから〜vそれまで、ね☆」

 

地元から持ってきた荷物のダンボールを開けながら愛莉がそう言う。

マンションの一室はすでに、愛莉の部屋と命名されている。

鴇自身、自宅は東京で、愛莉と別れた後自由気ままにやっていたら、突然愛莉が来たわけだ。

明らかに迷惑がっている顔をしているが、本気では絶対に追い出さないはずだ。

 

(見かけによらず、やさしんだよねー。だから、つけこむんだけど、ね)

 

観念したのかダンボールのアンパックを一緒に手伝っている。

 

「そーぃえばさぁー、鴇って仕事なに?大学いってないもんね」

「ホスト」

「へー……って、マジで!?」

「マジマジ」

「枕営業はしないってたじゃん!嘘つき〜〜!」

「寝てねェよ!」

「じゃあ何、鴇もあの時ドーテーだったの?」

「処女を捨てる前に、恥じらいを持つ事を考えるべきだったんだ、お前は」

「話変えないでよ、ね、何時ヤッたの?」

「……中学くらいかなー」

「誰とー誰とー?」

「お前の知らねェヤツ」

「ふーん」

「何、ヤキモチ?」

「不公平だと思っただけ、あーあ、私の始めての相手がこんなに使い古されたヤツなんてさ〜」

「お前は人を怒らせたいのか?」

 

そんな風に鴇が言っても、本当に怒らない事はわかっている。

本音を言うと、少しばかり『やきもち』なのかもしれない。

余裕のない、鴇を見てみたかったのに。

愛莉の知らない誰かは、鴇のそんな所を見たのかもしれない。

 

でもそれは、もしもの話であって、今、一緒にいるのは愛莉なのだ。

 

「うっそうっそ、追い出さないでね」

「ったく……店は決まったのか?」

「面接はちょちょいと済ませてきたの。一応、今日から」

「お前、出会いを求めてンなら、大学でもいいだろ?そんな簡単な所じゃないンだぞ。どっちとも」

「今、しなきゃいけない気がするンだもん」

「別に、お前が出てくまでオレはお前を追い出さないし、大学卒業するまででも、それからでも、お前を養えるぞ」

「鴇ってそんな風に、女の子、口説くの?」

「バカか!!他の女に言うわけねェだろ!」

「うっそうっそ、ありがと鴇、相変わらず優しいネ。でも私が自分でしたいと思ったの、でチャンスは今だから」

「…………ったく、言い出したら頑固なんだからな」

「よくわかってるぅ〜」

「条件がある」

「??」

「アフターなし、帰る時はタクシー、男にほいほい付いていくな、男に巧い話もちかけられても、疑え!」

「………鴇ってけっこう古臭いよね」

「心配してんだ、バカ」

 

そう言った鴇の表情のどこにも嘘はなく、純粋に愛莉を心配してくれているのだと分かる。

その後も鴇の『条件』は続き、愛莉は少し楽しみながら聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「マナです、始めまして」

 

名前はマナ、愛莉とはかけ離れた名前を使いたかったので、つけた。

だから、今ここで、サラリーマン相手に笑っている自分は別人なのだ、と思う。

肌を見せることに抵抗感はない、可愛い格好は大好きだ。

普段から喋る事が好きだし、気配りだって実はできる。

擬似恋愛を楽しむとはよく言ったもので、気楽なソレは愛莉も楽しめた。

 

別に、この場所に鴇に言ったような相手を求めているわけではない。

それでも働きたくなったのは、なぜだろう。

 

人と話すのが好き、聞くのも好き、接客には向いていると自分でも思っていたが、意外な所で天職なのかもしれない。

それを言うと、鴇もそうなのかもしれない。

 

顔はいいし、性格だってばっちし、乱暴な言葉遣いの裏には優しさがある。

傍に居て安心するし、鴇といて一度だって傷ついた事はない。

どんな女友達よりも信頼できる、親友である。

だから、鴇がホストをしていると言っても、やましいイメージは浮かんでこない。

 

(あー、鴇と話したいな)

 

大学に通って、家に帰ってきて、二人同時に家を出て、鴇は帰ってくるのが愛莉より遅い。

だから先に寝てしまって、朝、深い眠りにいる鴇に行ってきますを言う。

一緒に住んでいるとはいえ、確実に話す時間は減ってしまったのだ。

 

 

 

最近はもう仕事になれて、時々だが本指名をもらったりもする。

不思議とイヤな客はあまり付かず、マナを指名する客はどこかさみしそうな顔をする。

マナといても、大口を開けて笑うような事はせず、小さく微笑む。

多分、それが彼らにとっての最大の感情表現なのかもしれない。

 

「マナちゃん、5番テーブルのヘルプお願いしまーす」

「はぁい」

 

気のない返事とともにテーブルに行く、と、思っても見なかった人間が居た。

 

「……………槇君……?」

 

相手は愛莉に気づいた様子はなく、その場の女の子にセクハラまがいな事をしている。

やらしい笑顔でも、アルコールで真っ赤になっても分かる、彼は鴇の兄、槇だ。

婚約者が居るんだったら、こんな店こなくてもいいじゃないかと思うが、他にも男が居るところをみると付き合いだろう。

と言うか、そう思いたい。

 

「マナでーす」

 

なるべく槇に聞こえないようにいったつもりだが、彼は振り向いてしまい愛莉の顔をまじまじと見る。

驚いたような顔になるが、知り合いとばれてはいやなのか、それ以上何もいわなかった。

 

(あ〜、何か知り合いがくると恥ずかしぃなぁー……)

 

それでも仕事なので何時も通りの笑顔を貼り付けて話し相手をする。

槇たちが帰る時間には、愛莉は少しほっとして見送りをした。

そのさいに槇に手を握られてメモを渡された。

 

(………終わったら、○×ホテルに……?……お説教でもされるのかなぁ〜……)

 

見つかったらしょうがない、昔から槇はまじめなのだ。

終わったらすぐに帰るとの鴇との約束を破る事になるが、知り合いだから大丈夫だろう。

しょーがないと思うと、愛莉は店に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

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16th/Sep/05

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