面倒くさいと思いつつも、槇に指定されたホテルに入る。

部屋番号も書いてあったのですばやくロビーを過ぎると、エレベーターに飛び乗る。

ゴゥン、と音を立てて上るエレベーターの速度が速く感じられて、もっとゆっくり、と心で願う。

部屋の番号を比べて、深呼吸をするとインターホンを鳴らす。

少しすると内からドアを開けら、愛莉はするりと中に入る。

エリートな槇が止まるホテルはやはりそれなりで、綺麗な夜景が大きな窓から見える。

 

「愛莉、あんな所で働いてたのか」

 

やはり開口一番説教らしく、槇が呆れたように言った。

愛莉はいつもの槇にほっとすると、へへ、と苦笑いを浮かべた。

 

「ぁー……ぅん」

「しかも、鴇と一緒に住んでるって?おばさんから聞いたよ」

「そぅ、楽しーよ」

「本当に?変な事されてない?」

 

柔らかな口調で聞かれたソレに愛莉はざわり、と嫌悪感を抱く。

自分の鴇の間柄を他人から喋られたくない。

座りなさい、といわれてベッドの端に座ると、となりに槇が座る。

急に、今まで知ってた槇と、今目の前にいる槇がまるで別人に見えた。

 

張り付いたような笑顔に逃げ出したくなる気持ちを抑えて、また今度、と立ち去ろうとすると腕をとらわれる。

 

「愛莉って、僕の事好きだったでしょ?……ごめんね、だからあんな所で働いてるんだよね」

 

優しく、だが有無を言わさぬ力でベッドに押し倒される。

瞬間目の前の彼は今までしっていた槇ではなくなり―ただの他人になった。

嫌悪感に竦む愛莉に対して、緊張しているの?と槇が無遠慮に聞いてくる。

 

「やめって!……別に槇君が結婚するからキャバやってるんじゃなぃのっっ」

 

理由に少しは槇が入っているが、プライドがそう言うのを赦さない。

働いている時は槇の事なんて忘れていたのだから。

 

「離してよっ!」

「……っっ」

 

懇親の力で槇の中心を蹴り上げると、突然の反抗にぼけっとしていた槇の顔が盛大に歪む。

その隙を見て、いつの間にかかけられた鍵を開けて、ドアを開ける。

いまだに苦しがっている槇の後姿はかなり滑稽で、好きなんて感情一欠けらもない。

 

「さよなら、槇君」

 

どんな音がしようと関係もなく、ドアを力いっぱいしめる。

一人になって、触られた所が気持ち悪くなる。

鴇とは違う、汗ばんだ手に撫でられた足やら、腹やら、感触がいまだに残っている気がする。

好きだったのに、今はただ嫌悪の対象にしかならない。

逆に別に恋愛として好きじゃない鴇に触られるのはいいのに。

 

(鴇……)

 

いざとなった時のために書きとめていた鴇の働いているクラブの名前を鞄から取り出すと、エレベーターに飛び乗る。

来たときとは違い、早く早く、と心の中で念じる、ロビーを早足ですぎると、タクシーに飛び乗る。

店の前まではいけないので、近くの通りの名前を言う。

 

(気持ち悪い……)

 

 

だから、助けてよ。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

店の前まではやる気持ちを抑えて歩いてきたのに、いざとなるとどうしていいか分からない。

客として入ってもいいが、後で鴇に起こられそうな気がする。

それに、鴇を見たら泣いてしまいそうな気がする、それだけは大衆の前ではいやだった。

どうしようと足踏みしていると、後ろから肩を押さえられて、そのまま店の方に引きずられる。

 

「!?」

「しー……、黙って」

 

ビックリして肩を抱いている人物を見上げると、明らかにホストな容貌な男がウインクをする。

もしかして、客と勘違いされたのだろうか、とどうしようと思っていると男は愛莉をテーブルとは違う方に案内する。

ロッカーがあるその部屋は店の華やかさとはまったく違い、普通の部屋に見える。

愛莉の働いている店の更衣室と似ている。

 

「おい、トキ呼んでこい」

 

と、男がボーイに伝えると、はい、とボーイがテーブルの方へと言ってしまう。

ナニがなにやら分からず男を見上げると、にこっと営業用の笑顔で微笑まれる。

 

「ちょっと待っててねー……っと、オレはたかっての。水上鷹」

「鷹、さん?」

「そ、トキの先輩」

「…はぁ……えと、愛莉、です」

「よろしく、愛莉ちゃん」

 

笑うと少し幼く見える、でもその外見も笑顔もすべてホストになるためのものに見える。

何回も染めたであろう上品な茶色の髪はさほど痛んでおらず、さらさらと流れている。

 

「ホスト、長いんですか?」

「あー……まぁね」

「やっぱ、女の人、騙したり?」

 

こんな事聞いたらかなり失礼だと分かっていたが、つい口が滑ってしまった。

鷹はそれに気分を悪くした様子はなく、はは、と軽快に笑う。

 

「まぁ、そんなイメージだろうね。いや、騙したりはオレはしないよ、彼女との約束ですカラ」

「ぁー、やっぱり、そんな風じゃないですもんね。………って彼女!?」

 

さらりと言った言葉につい過剰反応してしまう。

こんな商売がてら彼女が居ていいものなのだろうか。

そんな愛莉の疑問が顔に出たのか、鷹がおほん、とわざとらしく咳払いをすると喋りだす。

 

「そ、中学から付き合ってる彼女」

「いいんですか!?ホストやってても」

「うん、了承済み、ってか『それ以外で鷹、なにできるの?』とも言われたよー」

「え、え、えー!?………面白いですね」

「そ、オレが死ぬほど愛してる女だもん」

 

笑いながら、だがけして軽くはない言葉を鷹は言う。

そしてそれは真実なのだろう。

世の中には面白いカップルがいるもんだなと、思う。

 

「愛莉ちゃんは?」

「え?」

「トキがホストでもいーの?」

「……あー、でも別に彼氏じゃないし………絶対に鴇は卑怯な事はしないから、大丈夫だと思う」

「ぁーじゃー、片想いか」

「え?」

「なんでもない、独り言だよ」

「??」

「あ、足音が聞こえる」

「足音?」

「まぁ、今度からはちゃんとトキと連絡とってから、来なよ?皆が皆トキを好きなわけじゃないんだからさ」

「はぁ……分かりました」

 

そう言った瞬間、バタバタと慌しい足音と共に、ドアが乱暴に開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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18th/Sep/05

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