「愛莉!?」
「あー、鴇」
始めてみるスーツ姿の鴇は、かなり焦った表情をしている。
完全に髪の毛のセットは崩れてしまっている。
完全に取り乱している鴇の姿に、愛莉は少し緊張を解く。
「鷹さんっ」
「じゃ、オレはいくからな」
「ありがとうございますっ」
ひらひらと手を振って、男が部屋を出て行く。
はぁ、と息を整えるためについたため息の後、鴇が愛莉を見る。
「お前なぁー、来るなら来るって」
着ているものがなんでも、鴇は相変わらず冷たい口調で、でも優しくて、変わらない笑顔。
鴇は、変わらない。
「鴇ィ……」
安心した途端、ぽろぽろと涙が頬を伝う。
我慢していたわけでもないのに、本当に鴇を見ただけで緊張の糸が切れてしまった。
自分でもビックリしていると、鴇はそれ以上驚いたらしく、珍しく慌てている。
「愛莉?何かヤな事でもあったのか?」
涙を覆い隠すように、長身の鴇に抱きしめられる。
愛莉が安心して泣ける場所は、何時だって鴇の胸の中なのだから。
鼻水付いちゃうよ、と言うと別にいい、と返された。
「……ま、槇君がァ、お店に来てェ」
「兄貴が!?」
「………ホテルの部屋に呼ばれて、なんか、槇君が別人みたいで……」
「………まさかっ」
「槇君の事蹴って逃げてきたし、少ししか触られてないから、平気……」
今にも槇を殺しにいかんばかりの鴇の表情に、愛莉はそう言ってフォローを入れる。
それでも、鴇のオーラがピリピリしているのは感じられる。
肌でそのオーラを感じると、怒っているのが愛莉に対してでなくとも、少し怖くなる。
少し見を縮ませた愛莉に気づいたのか、落ち着くために鴇が深呼吸する。
もちろん、愛莉を抱いたままで、だが。
「……悪い」
「鴇が悪いんじゃないよ」
「………一応、兄貴だしな。でも、絶対にもうお前をそんな目に合わせない……もう近づくなよ」
「ん……そーする」
「あぁ、気にするなっつても、慰めにならないか」
「大丈夫!気にしてないの。ちょっときもかっただけ……。あーあ、見る目ないのかなぁ?」
「その内見つかるんじゃねーの?」
「だといいけど………、まぁ、働きながら磨くし、大丈夫」
「働くって、まだするのか?槇の事はもうなんとも思ってないのに」
「べ、別に槇君の事でキャバで働いてるんじゃないの!……明日からは目を磨く事が目標だから!」
「……………もーいーよ………ってか、お前、携帯は?もし店の後どこかにいくjなら今度からオレに一言行ってからいけよ」
「あー、携帯ねぇ、捨てちゃったァ」
「はァ!?」
「東京来る前に、槇君との思いでも捨てちゃおうと思って」
「アホか!!!!!!!」
背中をきつく抱かれて、鴇を見上げながらそんな会話をしていると、いつもの調子が戻ってくる。
鴇の自分の間はいつもこうでなくては。
「わーったよ、明日買っといてやる」
「やたー!」
「自分で払えよ!」
「あ!鴇と一緒のがいい、アレ、色はピンク」
「新しい機種の方がいいと思うけど?」
「いいの!鴇と一緒!鴇が普段使ってる方のね!」
鴇はお客専用と、プライベート用の携帯を使い分けているのだ。
愛莉も何回か携帯電話の番号を聞かれたのだが、今度からちゃんと教えられる。
「ありがと、鴇」
「信じらンねェ……キャバでも居るだろォが」
「パソコンのアド教えてたから、さ。しかも無料のヤツ」
「はいはい、じゃあ、ちょっとここで待ってろよ?」
「どこ行くの!?」
「早めに帰らせてもらうから、ちょっと話してくる」
「大丈夫、一人で帰れるよ!」
今も客を待たせているのだろう、愛莉は腕から抜けようとするが、鴇の腕がそれを赦さない。
それが少し嬉しい。
「オレが心配なンだよ、いいから待ってろ」
「はぁい……」
皆は槇の方がまじめとか言うけど、きっと鴇の方が根はしっかりしている。
少し融通の利かない所だって、持っている。
今ならどうして、槇より鴇がモテていたのかがよく分かる。
(槇君が好きなんじゃなくて……、槇君を取り巻く何かが好きだったのかもしれない)
一番信頼する人のそばで、自分を大事にしてくれる人がいる、多分そんな風に思っていた。
鴇が傍にいたから、槇の事が好きだったのかもしれない。
「ぁれ……?」
と言う事は、鴇が槇の傍にいなければ、槇を好きになってはいなかったのだろうか?
イエスともノーとも言えず、考える事を放棄する。
鴇が傍にいる、それだけで、ドコにでも行ける気がする。
当分はあの心配性な幼馴染を安心させるために普通の男の人を好きになろう、そう思う。
「愛莉、大丈夫だって、帰ろう」
「はぁい」
すでにシャツの第二ボタンまではずしながら、鴇がまた部屋に入る。
高いと思われるスーツをさっさと脱いでしまうと、いつものようなラフな格好に戻る。
「いいの?お客さんに見られない?」
夢を売るのがお仕事なのに、と続けようと思ったが、ラフな方が鴇らしいのでやめておいた。
「裏口から出るし、いーよ。堅苦しい……それに」
「それに?」
「お前の前であの格好は、したくない」
「?なんでェ……?スーツカッコよかったよ」
「でもなァ、この仕事楽しいけど、金を貰う分ソレに見合った「優しさ」をあげなきゃいけないし……やっぱりフェイクなんだと思う」
「フェイク……て?」
「偽者って事。貰ったお金に見合った「優しさ」をあげるだろ?それが総て本心からは難しいんだよ」
「………なんとなく分かる、接客業ってそうだもンね。鴇と私の仕事とかって」
「まぁな。だからせめてお前の前では素で居たいしな」
「……ぅん」
少しにやけた口元を見られたくなくて、二人歩き始めた道で、鴇の腕に抱きつく。
鴇は特に驚いた風もなく、愛莉がやりたいようにやらせている。
「明日も気持ちよく働こうねv」
「へーへー、っとに元気だなァ……少しは大人しくなれよ」
「いーじゃぁーん」
本当は、鴇にあうまで、不安で、気持ち悪くて、怖くて。
でも鴇にあったら、体のソコからパワーがあふれ出てきたのだ、だからこんな元気なのは鴇の所為だ。
「早く家に帰ろっ〜」
「はいはい」
22th/Sep/05