「兄貴、婚約解消したらしいよ」

 

ときからそう聞かされた時、あまり驚かずそうなんだ、と応えた。

少し軽過ぎるかと思ったが、自分でも驚くほど衝撃はない。

むしろあの綺麗な人がまきの本性に気づいてくれて嬉しい、自分がそうであったように。

 

愛莉あいり……?」

 

大丈夫か、と探るような鴇の声に、愛莉は元気よく応える。

最近はお世話になりっぱなしな幼馴染は、すごく心配性だ。

毎週電話してくる親よりも、心配性なのではないかと思ってしまう。

 

「大丈夫だって、別にショックじゃないよ」

「好きだったんだろ、兄貴の事」

「どーだろ……わかんなぃや」

 

あの頃は、見るだけで嬉しくて、でも本当はそんな自分が好きだったのかもしれない。

私は恋している、それが自分を象る一つであると思うと、自分が誇らしく思えた頃があった。

だから、相手は誰でもよかったのだ、優しくて、他の人に良い人だね、と言われればそれでよかった。

恋愛小説で見るような恋愛はドコにも落ちていない、それでも少し期待するのは愛莉の愚かさだ。

 

「鴇こそさ、恋人居ないの?」

「……いねぇよ……」

「だよね、いたら私とセックスしなかったよね」

「今までお前、兄貴の方が真面目っつってたじゃねーか」

「真面目って言うか、鴇って誠実だよね。それって難しい事なのに」

「なーに悟ったみたいな事言ってんだよ、ばーか」

「いーじゃーん」

「大学はどうなんだよ?」

「勉強してるよ。あ!今日合コンだった!」

「……お前、よくやるなぁ……」

「まだあんま皆知らないしさ、どこに誰がいるかわかんないじゃん」

「……あんま、焦る必要はないぞ?」

 

鴇の言葉が図星で、一瞬愛莉は言葉を失う。

確かに、『彼氏』というよりいまだに『恋』を探している。

お眼鏡にかなえば誰でもいいのかもしれない。

それでも、それ以外は知らない。

止まったら何も始まらない、偽物がずっとそうだとは限らない。

待っていても、何も訪れない事を愛莉は知っている。

 

「わかんないよ、カッコいい彼氏作ってくるね」

「…………ぁあ……」

 

可愛い服を見繕いに部屋に入る。

見送るとき、鴇が少し悲しそうな顔をしたような気がしたが、すぐに消えていた。

目の錯覚だと思いながら、部屋に入った。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

(鴇の忠告、聞いてればよかったカモ……)

 

新入生だけでの合コンとの事だったが、見渡す限り愛莉の合格点は居ない。

顔じゃない、性格だ、と皆言うかもしれないが初対面で性格が分かるわけがない、だから顔に頼るしかないのだ。

それに、本当に性格が悪い人というのは、結構顔に出ているものである。

 

「ふぁ……」

「ヒマ?」

 

愛莉に話しかけてくる男は何人かはいたが、愛莉がピンと来ない限り笑顔で拒絶していた。

だから、今度も顔だけ見たらそうしよう、と思って、いた。

 

「……ヒマ、かも」

「そ」

 

にっこりと、目の前で飲み物を差し出してきたのは優しい笑顔の青年だった。

同い年であろう青年は少し照れたように笑う、その笑みに愛莉はかなり好感を抱く。

 

「僕、永瀬幸祐ながせこうすけっていうんだ」

「こーすけ、君?」

「ぅん、ヨロシクね」

「あ、私、二宮にのみや愛莉」

「愛莉?」

「うん」

「可愛い名前だね」

 

優しい、儚い笑顔だった。

彼自身この合コンにあきあきしているらしく、愛莉の隣に座りながら何も話しかけてこない。

人見知りなのだろうか?

来ると冷たくするくせに、何も興味をもたれないとついつい興味を持ってしまう。

天性のハンター体質らしい。

 

「ね、抜け出しちゃおうか?」

「え?」

「ヒマっしょ、どっか遊びに行こうよ」

「……いーけど」

「早く早く、ばれないうちに、さ!」

 

そう言って愛莉は幸祐の腕をひっぱる。

細いソレは筋肉が程よく付いただけで、愛莉がこれ以上力を入れたら折れてしまいそうだった。

外に出るとすでに暗くなっている、他の仲間は皆これから二次会やら続けていく気だ。

 

「えーと、どこいこっかぁ?」

「どこでも……」

 

どこでも、と言う答えは実は一番困るのだ。

愛莉は決めるのが、苦手だ。

自分がこうしたい、と思っていてもつい相手を考えて、優先してしまう。

それに対して苛立ちは感じない、わずらわしさも感じないからだ。

それに鴇はその時したい!と思ったことを言ってくれるから一番一緒にいて楽なのだ。

 

「食事でも?軽くしか食べてないっしょ?」

「あ!うんっ」

「じゃあ、どこにしよっか」

「えーっと……」

 

少なからず好意を抱いている相手にリクエストする店はどこがいいだろうか。

美味しい店がいい、ついでに可愛らしい所ならなおいい。

愛莉が悩んでいる事に気が付いたのか、幸祐は少し笑い、イタ飯は好き?と聞いてきた。

 

「好き」

「じゃ、ここから結構近いところに美味しい店があるんだ」

「やった!………あ!」

「え?」

 

喜びもつかの間、愛莉は妙に軽い鞄の中身を思い出した。

 

「ちょっと、財布取りに帰っても、いい?」

「え?」

「今日はどこも行かないと思って、ポケットにちょっとだけしか入れてないの」

 

あはは、と笑うと、幸祐も一緒に笑ってくれた。

優しい人だな、と確かに好意は持っている。

だけど少しだけ、物足りなさも感じている。

 

一旦愛莉の部屋に戻る事になり二人は並んで歩く、とりとめもない会話は優しく進んでいく。

祐輔の言葉一つ、愛莉を傷つけるものはない。

 

でも、

 

(ちょっと位傷つけてくれてもいいのに……私って頑丈なんだから)

 

優しいだけじゃ、物足りないんだから。

 

 

 

 

マンションの前まで帰ってくると、すでに『支度』を済ませた鴇が立っていた。

鴇〜、と声をかけると、何時も通りの笑顔で、なんだよ、と返事をする。

 

「今からちょっと、食べにいくの〜〜。財布忘れたから取りにいこうかとおもって〜〜」

「だったら、今オレが貸す。後で、返せよ」

「ぁりがとー。今からもう仕事??」

「……ちょっとな……」

 

黒皮の財布から札を抜くと、それを愛莉に渡す。

ありがと、というと鴇は笑い、そして一瞬愛莉の後ろにいる幸祐を見る。

 

「あ、彼ね、幸祐君って言って」

「いい。愛莉をヨロシクな」

「ぁ、鴇」

 

愛莉が呼び止めたにも関わらず、鴇は立ち去ってしまう。

なんとなく気まずくなりながらも、愛莉は幸祐に向きかえる。

少し、呆然としたような面持ちの幸祐、きっと鴇の態度に驚いているのだろう。

 

「ゴメン、ちょっと急いでたのカモ」

「あ、いーよいーよ。……彼氏?」

「違うよ!だったら、合コンなんて行ってなぃよお」

「……へー」

 

幸祐の言い方は、愛莉の身辺が気になる、といったものではない。

あ、と急に愛莉は理解した。

幸祐は優しい、話していて傷つかない、多分浮気などしないし、槇みたいじゃない(と思う)。

でも、幸祐自身が愛莉を見ていない、興味の一欠けらさえも持っていないのだろう。

それが分かるからこちらも幸祐に対して好感以上の感情をもちにくい。

 

(まぁ、持ちにくいだけで、持てないわけじゃないけど……)

 

「じゃ、行こうか?」

「ぅん、だね」

 

優しい笑顔は、男の笑顔と呼ぶには儚い事に、愛莉は今更ながら気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

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28th/Aug/05

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