「ちょっと早い夕飯だけど、良いよね」
「うん♪余裕〜♪」
どっちみち今日は出勤日ではないし、帰ってから小腹がすけば冷蔵庫をあさればいい。
運ばれてきた貝のパスタに愛莉は歓声を上げる。
「パスタ好きなの?」
「ん、ってゆーか、麺類大好きv」
「僕も好き。美味しいよね」
「幸祐くんってさぁ、彼女居ないの??」
「あー……、居たけど振られちゃった……」
「なんで?」
「彼女がね、海外に行っちゃって………遠距離は辛いからって……」
「そ、っかー……」
彼女の話題の途端に、幸祐はしゅん、と落ち込んだ表情を見せる。
ありきたりな、と思いつつもわざと明るく振舞う。
「でももったいないよねー。幸祐くん、優しいし〜、振っちゃうなんて」
「彼女、強い人が好きだったから『もっとはっきり言って!男らしくなって!』っていつも怒られっぱだったけどね」
「まぁ、人それぞれだしね〜」
「愛莉、ちゃんは?」
「いない、全滅〜。募集中!」
「前には?」
「付き合った事ないの、私」
「可愛いのに」
「お世辞でもうれしーですv」
「本気本気」
そう言って、ふわりと幸祐が笑う。
柔らかい、男の人とは思えない笑顔。
一緒に居て、鴇とは違う安らぎを覚える。
この人、いい人だわ。
そう認識したら、愛莉の行動は早い。
「じゃあ、私と付き合う?」
「―へ?」
言葉の掛け合いは、愛莉のその言葉でとまった。
幸祐は呆然とした顔で愛莉を見ている、開いた口が塞がらないとはこのことだ。
「あなたは振られん坊。私は彼氏なし。ほら、お試しみたいなやつ?薬局についてくるちっさいやつ」
「………使いきりのシャンプーみたいな?」
「うん、そ。それとも、使ってみたくないくらい、イヤ?」
「いや、別にいやとか……。愛莉ちゃん可愛いし、一緒にいて楽しいし………でも」
「じゃあ、私の事好きになったら、延長して、ね?」
「え、で、あ、僕、ええ?」
「付き合うって言っても、こーやってあって話して、お食事だけとか?ね?」
「まぁ……そんな感じだったら」
呆然と言う幸祐は、自分の言っている意味さえ分からないらしい。
でも、幸祐にかなり有利なこの条件に戸惑ってくれた事が純粋に嬉しい。
女の子をそんな風に扱うという事に抵抗があるのだろう。
「よろしく、こーすけv」
「はぁ、愛莉ちゃん」
「あいり!」
「愛莉……」
なんだかかなり無理やりな気がするが、とりあえず意のままにいったので、愛莉的には嬉しい。
今だと惑っている幸祐に違う話題をふり、後の食事を楽しんだ。
***
「ばっかじゃねーの」
「いーの!私が決めたんだからぁ!」
遅くにマンションのドアを開いた鴇を待ち伏せて、今日あった事を話すと、鴇の反応はこれだった。
疲れでよけいに気がアラぶっているのかもしれない、鴇は盛大に眉をよせている。
「お前、自分をそんな安売りすンな」
「してないよ、欲しいものが欲しいだけ」
「じゃあ、相手の気持ちを軽く扱うなよ」
「扱ってないよ、だから、もし好きになれなかったら、別れ」
「あっちは別れたばっかなんだぞ。もしかしたらまだ彼女に未練があるかもだろ?」
「そーだけど……」
「お前は早すぎなんだよ。もう少し様子をみてもよかったのに。………本気であんなもやしが好きなのか?」
「もや、違うもん!好きだって!」
「オレにはそーみえねぇよ」
「どーゆー意味よ!」
いつも通り、鴇なら笑って話を流してくれると思っていたが、今日の鴇は少し変だ。
不機嫌そうにため息をつくと、冷たい視線を愛莉にやる。
その視線があまりに冷たくて、愛莉は酷く泣きたい気持ちになった。
「彼氏とかそーゆー『好き』なのか?」
「……そーなるかもしんない。私、そーゆー好きがどーゆーのかわかんないもん」
「じゃあなんでつきあったンだよ?」
「わかんない。……良い人だよ?好きになるかもだもん」
「お前ァ、単純なんだよ。『良い人』って槇の時もそーだったじゃねーか」
呆れたような鴇の声色に、愛莉はカッとする。
たしかに槇の事は飽きられても仕方のない事だが、今更言われても困る。
一瞬しか幸祐と会っていないのに、今の鴇を見ると幸祐に良い印象を持っているとは思えない。
「槇くんとは違うもん!」
「お前に何がわかんだよ?槇の時も最後までわかんなかったじゃねェか!」
「知り合わなきゃ分かるわけないじゃない!!鴇にだって幸祐くんの何がわかるわけよ!?」
「わーったよ。………勝手にしろ!」
「鴇っっ!?」
はずしたネクタイをソファに投げ飛ばすと、そのまま鴇は愛莉に背を向ける。
怒られた事だって呆れられた事もあるけど、こんな風に見捨てられた事は初めてだ。
恐々もう一度名前を呼んでも、鴇は振り向かずにドアを乱暴にしめて出て行ってしまう。
そんな鴇が信じられず愛莉は呆然と鴇がしめた扉を見つめる。
今更ながら鴇を怒らせた事に後悔する。
(でも、私だって怒ってるンだからぁ……っ)
それなのに、愛莉の方が弱くなっている。
違う、あの頃は鴇を失くす心配なんてした事がなかった。
今は、ただ怖い。
鴇が離れている事に。
24th/Dec/05