結婚式はひっそりと行われた。
ラファエルの限られた親族が集められ、女王陛下の前で愛を誓い合う。
そうして女王からおくられた指輪を左手の薬指に―心臓に繋がる血管があると信じられている指―にはめる。
そうしてお互いを縛りあうのだ。
否―縛られているのはアンジェ一人だ。
随分と質素な結婚式だとファヌエルは少し不満げだったが、アンジェには丁度よかった。
むしろ盛大にやられた方が落ち着かない気にさせられる。
帰りの車に乗る直前、なんともないように『家に帰ろう』といわれた。
その一言が―家族に迎えられたかのようで、泣くほど嬉しい。
ラファエルの友人のミカエルも来ていたが、遠慮してか傍には寄らなかった。
本当にアレが彼にとってはただの戯れであったのだと痛感した。
左頬が少し赤く腫れていたので聞いてみたが、笑ってかわされた。
館に踏み入れるとメイドの一人に『奥様』と呼ばれた。
(結婚、したんだわ……)
左指に光る指輪は、昔からなにもかわらない、愛の証。
シャティエルが進みよってくると、おめでとうございます、と囁く。
そういわれると、シャティエルに手を引かれて、湯浴みをさせられる。
花の浮いた良い匂いのするお湯で汚れを洗い出して、白のシンプルな、だが良い素材をつかったネグリジェを着る。
それでは、といってシャティエルが下がる頃には今日が『新婚初夜』たるものだと急に思い立った。
あまりに現実味のない言葉に、アンジェはつい狼狽する。
それにしたってすでに体を重ねた事のある仲なわけで、いまさらこのように準備されても―ラファエルも困るんじゃないか、とさえ思う。
ベッドの横にあるベランダに繋がる窓の傍にいく。
暗闇の中でその存在感を示すように満月が光っている。
胸の真ん中で手を重ねると、祈るように目を瞑る。
祈る、といっても頭の中では何も考えていない。
結婚式の時に外そうとしたが、ラファエルが良い、といってつけたままだった十字架が揺れる。
さすがに服の下に隠したが、アンジェにはラファエルの意図がわからない。
目を瞑ったままでいると、背後から首元を撫でられてアンジェは驚愕に後ろを振り向く。
「ラファエル、様……」
その姿を認めると、アンジェは安堵の息を吐く。
ラファエルは無言のまま、アンジェの首元に顔を埋める。
「……あ」
ひんやりとした唇が首元にふれて、おもわず背中があわ立つ。
脱がされやすいように作られた服がゆっくりと、ラファエルの手によって肩からずらされていく。
緊張と、そしてある種の期待。
もどかしくて、はしたないとわかっていながら、つい自分から手を伸ばした。
抱きかかえるように首に手をまわすと、唇が振ってくる。
最初から荒々しいそれは、口腔をわってすぐに進入してくる。
苦しいばかりのキスの合間にアンジェは喘ぐように酸素を吸った。
「ラファ、エル様っ……」
熱さに浮かされ彼の名前を囁いた瞬間、強い力で肩を押される。
そのままベッドに押し倒されると、ふと他人の体温が消える。
ラファエルが立ち上がってベッドに倒されたままおきないアンジェを見ている。
その瞳は感情はナニひとつない、痛みも、苦しみも、怒りも、悲しみも、喜びも、何も。
ただひたすらアンジェの顔を見つめている。
その視線の強さにアンジェは泣き出したくなった。
「ラファエル、様」
「私は、お前には触れない」
薄い、形の良い唇がそう言葉をつむぎだすと、くるりとアンジェに背を向けた。
いそいで体を起こすが、ラファエルの背中が追いかけてくるな、といっている。
声を出そうにもどうやって言葉を紡ぐのか忘れてしまったみたいに、ただしまり行くドアを呆然と見つめていた。
「触ら、ない……?」
ようするに抱かない、ということだ。
(私が、娼婦、だから?……汚い……から?)
それとも。
(従順な妻は手にはいったから、もう飽きられたのかも)
浮かんでくる答えはそんなものだった。
だが触れられない娼婦になんの意味があるのだろうか?
アイデンティティーを完全否定されたような気がして、アンジェは乱れた服装を直そうともせずにベッドにつっぷした。
「ラファエル、さま」
どうせなら。
殴ってくれたっていい。
感情が欲しい。
それが怒りであろうが、蔑みであろうが、なんでもいい。
関わりが欲しいのだ、その為ならば、殴ってくださいと懇願したっていい。
「ラファエル、さま」
もう一度呼ぶ。
だがその声に答えるものは誰もいなかった。
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いったん第一部完で。
すいません、微妙な終わり方で。
まぁ、主人公たちですから、そう簡単に幸せにはしませんよ……!(笑顔