少女は自宅の裏庭に居た。
今日はお客様が来ているという事で、少女の居場所は自分の部屋でしかないが、不憫に思った乳母が裏庭へと出してくれたのだ。
赤い花を摘もうと手をのばすと、ストレートの髪が肩をすべり少女の視界に入る。
その、青い髪を。
「……………」
少女は居ない人間だった。
産まれてすぐ、死産という事にされて屋敷の奥深くで育てられた。
産まれ立ての少女を抱いてくれたのはその時の産婆、そして現の乳母しか居ない。
母親は少女を視界に入れることさえ疎ましいと思っている。
(化け物みたいな……色)
青がこの世で一番、嫌いな色だった。
人間の髪の色ではありえない、青。
疎ましいと思っているのは母親だけではない、この幼い少女自身そう思っている。
と、その時。
草同士が擦れる音と共に何者かが姿を現す。
始めてみるほかの人間に、少女は声にならない悲鳴をあげると、逃げ出そうとするが足がもつれて転んでしまう。
恐怖に竦む足を叱咤しながら、手で屋敷へと張っていこうとするが、侵入者はずかずかと少女の方へと進んでくる。
「大丈夫?」
「あっ……」
少し困ったような笑顔を浮かべて、傍までやってきたのは―同い年くらいの少年。
手を差し伸べられ、少女は戸惑いながらその手をとる。
金の髪が光って、まるで太陽のようだ。
右半分は隠されており見えないがでている瞳は漆黒の闇だ。
「使用人の子かなにか?」
「わ、私……っ」
正体を明かすことはできない、そこまで思って少女は目の前の少年が己の姿を見ているのだと気づく。
恥ずかしさに、己の髪隠すように手で覆うと、少年を驚いたような表情をする。
「見ないで……」
涙じみた声をだすと、少年が笑う気配がした。
「透き通った水のような―綺麗な髪だね……僕は好きだよ」
「っ!」
そんな風に言われたのは初めてだった。
嬉しさに涙が溢れ、ますます顔を見せにくくなる。
少年は勘違いしたのか、ますます焦ったように少女を励まそうとする。
大丈夫だ、といおうとした所で少年がいった。
「わかった、じゃあ、僕の秘密も見せるから―」
***
懐かしい夢だ、とガブリエルは一人ごちた。
あれは、そう、まだガブリエルがこの世にいなかった時の事だ。
あの後少年は元居た場所へと戻り、ガブリエルもまた日陰の生活へと戻っていった。
急変したのはその後だ、偶然、女王陛下が家に押しかけたのだ。
ガブリエルの家はたしかに裕福だが、親戚のローズライン伯爵家でもないかぎり、女王陛下が訪れるような場所ではない。
そして、本当に偶然にも、ガブリエルは女王陛下に見つけられたのだ。
思えば、そこで初めて、この『ガブリエル』という名をつけられた。
それまで、ガブリエルには何もなかったのだ―名、さえも。
「ガブリエル!」
「!」
起きたばかりの頭に甲高い声が響く。
耳を塞ぎたい衝動を抑え、ガブリエルはゆっくりと上半身を起こし、突然入ってきた侵入者に顔を向ける。
「……お母様……」
「まぁ、まだベッドの中にいたの?はやく身支度をすませなさい」
「……はい………今日は……如何なさったんですか?」
「感謝なさいな。女王陛下直々に夜会へのお誘いがありましてよ……そろそろ貴女も社交界に顔を出しなさいと……まさか断るわけにもいかないでしょう?わたくしも一緒に行きますわ……明日にはでるわ」
母親は美しい翡翠の瞳にかげりを浮かべながら、まるで吐き出すかのように言った。
急な事にガブリエルは驚いてとベッドから降りる。
「わたくし、わたくしは……いやです!……皆の前に出たくなど、ない……です。……お願いですお母様、わたくしは此処に居たいのです」
「ああ、わかってちょうだい。わたくしには女王陛下の命令を断るわけにはいかないわ……それに、女王陛下のご招待は名誉なことよ。貴女だって素敵な方が見つかるかもしれないわ」
「……わたくしに……?わたくしに……!?そんな事は無理だとあなたが一番しっていらっしゃるのに!!」
「怒鳴らないで、明日よ、ローズラインのお屋敷にいくわ、支度をしておいて」
「お母様!」
引きつるような叫び声が部屋に響くが、母親は逃げるように扉の向こうに消えてしまう。
絶望が胸をかすり、ガブリエルはシーツに顔を押し付けた。
7th/Aug/07