手を振り払うことはできず、導かれるがままに階段へと足を運ぶ。
母親は違う使用人によって部屋まで案内されているらしい。
「あの……伯爵」
「……遠縁だというのに、素っ気の無い呼び方ですね」
その言い方がまるでガブリエルを責めているようで、一瞬戸惑いものの目の前の人物の名を呼ぶ。
「……ミカエル様」
「ミカエルで構いませんよ。レディ・ガブリエル」
「ガブリエル、とおよびください」
隻眼の目はそらすことを許さない、というようにまっすぐにガブリエルを見やる。
そのまっすぐな瞳を直視することができず、ガブリエルは焦る。
ミカエルはそれ以上何も追求せずそのまま階段を上っていく。
その背中を追いながら、ガブリエルは顔を隠すフードをぎゅ、と握った。
「ああ、そうだ」
部屋の前まで来たところでミカエルは思い出したかのように立ち止まる。
そしてガブリエルの方に向きかえると、面白そうに笑う。
「あなたの歓迎会をかねて……ノザウェル侯爵夫妻をおよびしたんですよ……今夜」
「え……」
「あとは、『ウリエル』でも揃えばよかったんですがね」
「わたくしっ」
「女王にもその装いで謁見する勇気があるなら、なにも考えなくても大丈夫ですよ」
ノザウェル侯爵と、ローズライン伯爵家は懇意だと聞いたことがある。
特に、お互いの嫡子であるミカエルとラファエルは無二の親友だと。
断る口実を考えようにも、己の為と言われれば断るのは失礼に値する。
「八時ごろに部屋までお迎えにまいります」
「いいえ。エスコートは不要です」
「まさか。客のエスコートは館主の勤めですよ」
ガブリエルの言い分を一言で切って捨てるとミカエルは踵を返す。
呼び止めようにも止まる気配はなくその背中はどんどん小さくなる。
諦めるとガブリエルは案内された部屋に入る。
客人用の部屋なのだろう、全体的に上品にまとめられている。
一人になったところでようやくフードに手をかけると、ゆっくりを外す。
柔らかい青の髪がさらりと肩から落ちる。
今夜の事を考えるとため息しか出てこない。
ローブを手放すわけにはいかない、特にミカエルの前でこの青の髪を見られればあの日の少女だとバレてしまう。
バレてなにかが悪いというわけではないが、ローブを手放す気にはなれない。
否、怖いのかもしれない。
もしかしたら覚えていないかもしれない、その際ミカエルになんと言われるのかが怖い。
思いにふけていると、時計の針はすばやく移動をすませていた。
時間を見るとガブリエルは慌ててドレスを手に取ると袖を通す。
もちろんローブにも袖をとおすので、ドレスは下に隠れてしまう。
(……そういえば、ノザウェル侯爵は、どのような方なのかしら)
ノザウェル侯爵が最近結婚したとは人づてに聞いていた。
実際に会った事はなく、噂に聞いた容貌は金糸の髪に見事な翡翠の瞳をしているという。
そのような人物に初めて会うと云うにはずいぶん失礼な格好だと母親が激昂するのは目に見えている。
かといってローブを外せば、おぞましいやら、恥を知りなさいやら罵られる。
(こんな髪)
女王陛下は美しいといったが、ガブリエルにはただの不幸を招く色にしか見えなかった。
空か海か、どちらにしろとても遠く、地上を眺めているしかないのだ。
ノックの軽やかな音が聞こえると、ガブリエルはのろのろと顔をあげた。
ミカエルが今のガブリエルの姿を見て、面白そうに口元に笑みを浮かべるのがすぐに想像できた。
軽蔑と嘲りを交えたその笑みは、ガブリエルを中から徐々に揺さぶる。
約束の時間にはまだ早いが、来てしまったのならしょうがない。
ガブリエルはゆっくりと扉を開けた。
が、
「はじめまして、ガブリエル様」
そこに立っていたのは、金髪の青年ではなく、柔らかな茶色の髪をした―少女。
「私は……アンジェと申します」
「……アンジェ、さん……?」
「ええと……アンジェ・ノザウェル……で、合っているんでしょうか」
不安げにガブリエルを見上げる少女が口にした名前が今から会う『ノザウェル』だと理解するのに数秒かかる。
のちガブリエルは驚きに思わず息を呑む。
「出迎えもせずもうしわけございません。もうお着きになったんですね……わたくしは、ガブリエル」
「いいえ。……私はガブリエル様に懺悔をしにきたんです」
「え……?」
少し年下であろう少女は真剣な目でガブリエルを見つめた、ふいに抗いきれないような気になり部屋へと招き入れる。
不思議な少女だと思う。
普通の、そこら辺にいる少女のように見えて、ふいにどこか大人っぽい表情をする。
夫人がここにいるならミカエルも迎えにはこないだろうと思い、ガブリエルは安堵した。
そして、一抹の寂しさも。
(ああ、わたくしは愚かだわ)
ガブリエルは自分自身を叱咤すると、少女の方へ振り向いた。
22nd/Dec/07