「私は卑しい女です」

 

懺悔をします、と部屋に訪れたノザウェル侯爵夫人はそう言い放った。

その言葉の真意がわからずにガブリエルが返事に困っていると、まだ少女と形容した方がいいような幼い顔立ちがす、と真剣な目つきになる。

その真剣さに圧倒され、後ずさりするとそこにあったベッドについ座り込んでしまう。

 

「私は、娼婦でした。そんな、私が男爵家のご令嬢とテーブルを一緒にさせて頂く事を、どうかお許しいただけますか……?」

 

一瞬、意味がなにも汲み取れなかったが、真剣なその瞳につい無意識にうなずいてしまう。

その行動を肯定の意と取ったのか、アンジェと名乗った少女はほっと安堵の息を漏らしていた。

 

(娼婦……?たしかフェザード男爵家の養女と聞いたのだけれど)

 

いくらか冷静になった頭で考えてみるが何も目の前の少女と、つい今彼女が口にした言葉が結びつかない。

ガブリエルの困惑を感じ取ったのか、幾分か話しにくそうにアンジェは口を開く。

 

「ラファエル様に嫁ぐ際に、フェザード男爵家の養女になったんです……醜聞を避ける為に」

「まあ、じゃあ貴女は、もしかして……貧困外育ちなのかしら」

 

自分でもぶしつけな質問だとは思ったが、アンジェは神妙な面持ちでうなずいた。

 

「そう……貴女はすごいわ」

「え?」

「さぞかし、苦労されたのでしょう。……なんて、わたくしみたいなものが言ってもただの同情にしか聞こえないでしょうね。特に、わたくしは外の世界を知らなすぎるもの」

「いいえ!……私は、この場にくるまで自分の環境なんて、わからなかったん、です」

「え……」

「耳にする貴族の話はまるで夢のようで、世界が違ってましたから……だからあの暮らしは私の普通だったんです」

 

そこまで言うと少女はガブリエルの前で床に膝をつき、座っているガブリエルの前で祈るように両手を合わせた。

慌てて立たせようとその腕を取るが、強い意志に腕はびくともしない。

 

「あの方を煩わせたくないんです。せめて……私を妻にした所為であの人が嫌な思いをするのは、嫌なんです」

「貴女の事が嫌なら傍に置かないわ。わたくしは侯爵様にお会いした事はないけれど、浮いた噂なんて聞いたことなかったわ。貴女は特別なのよ」

「いいえ、いいえ……私は、違うんです。あの方が興味を持ってくれたのは……私が、あの人を神さまと呼んだから」

 

今にも泣き出しそうな顔に慰めてあげたい欲求がこみ上げ、ガブリエルは己も膝を床につき、アンジェの体を強く抱きしめた。

抱きしめた瞬間驚いたように一瞬びくりとしたが、アンジェはだんだんと力を抜く。

 

「素敵ね。貴女が侯爵様を愛しているという事よ」

「私、が……?」

「気づかれていなかったの?……貴女の秘密を知ってしまったわね」

 

初めての恋に瞳を煌かせる少女以外の何者でもない。戸惑いながらガブリエルの言った言葉は彼女の中で落ち着いたのか、小さく恥じ入るように返事をした。

 

「なら、わたくしも貴女に秘密を見せなくてはいけないわね」

「え」

 

そう言ってガブリエルはローブに手をかける。不思議と不安はなかった。というより罪悪感があったのだ、あんな必死にまるでガブリエルを尊い人物として扱うアンジェに対して己の秘密を見せなくては公平でない気がした。

さらりとストレートの髪が流れると、アンジェの瞳が驚きに丸くなる。

 

「気味が悪いでしょう?食事の間は隠しますから」

「いいえ、いいえ……!素敵です。水の色ですね」

「………ありがとう。遠い昔貴女のようにおっしゃってくださった方がいたわ……二人目よ」

「二人、目……?」

「ええ」

「……その方を、愛してらっしゃいますの?」

「え?」

「懐かしむような、愛しむ眼をしてらっしゃいます」

 

初めて髪の色を肯定されたとき、涙が出るほど嬉しかった。

世界に受け入れられた気がした。

ある意味の愛情を持っているかもしれないが、それは目の前の女性が夫を想う気持ちを同じではない。

愛、というより淡い、甘いだけの恋に似ている。

愛ではない、決して。

 

「ある意味その方はわたくしの絶対ですわ。誰しも心の中にそんな方を持っている。そうでしょう?」

「そう、なのですかね」

「私、こんな風な話をするのは始めて……嬉しいわ、お友達になってくださいます?」

「こ、光栄、ですっ!」

 

頬を高潮させてアンジェが答える。まるで妹ができたような気分になりガブリエルはひさしぶりに心から微笑む。

ほかの人間と触れ合うことが極端に少なく、特に同い年の女の子と話すのはまるではじめての経験だ。

先ほどまで感じていた緊張は解けきって、すっかり目の前の少女を信頼し始めている。

そして彼女の瞳もガブリエルへの信頼が透けて見える。

その時響いたノックの音に、ガブリエルは急に現実に引き戻される。

急いでローブを引き上げると扉の向こうから男の声が響いた。

 

「レディ?」

「ミカエル様っ」

 

突然響いた家主の声にアンジェが驚いて扉の方を振り向いて声をあげた。

 

「おや、ラファエルの姫君もご一緒なんですね………二人をエスコートしたらラファエルににらまれますね。お待ちしてますよ」

 

そう言い遠ざかる足音。声だけ聞けばあの日の面影などどこにもないように響くのに。

アンジェがドアから視線をはずし、またガブリエルに視線を向ける。

いたずらがバレたようなその表情にほほえましい気持ちになる。

ずれないようにローブを調えるとベッドから立ち上がった。

 

「さあ、行きましょうか」

 

 

 

12th/May/08

 

 

 

 

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