「それは驚きだ、ラファエル」

「…………」

 

目の前の金髪の男はそう、わざとらしく驚いたように言った。

長い前髪が顔の右半分を覆い、唯一見えている瞳は漆黒の闇色だ。

話しかけられている鳶色の髪の男は面倒くさそうにシャツを羽織る。

長めの髪が首を這うようにたれる。

 

「お前が、軽蔑する娼婦を買って、尚且つ寝たねぇ……?どんな天使のような女だったんだ?」

「………普通の女だ。対して美しくもない」

「なんで寝たんだ?」

「気紛れだ」

「幼馴染のオレを騙せるとおもうなよ?」

「本当に何もない、女が話しかけてきたんだ、一目で売春婦だと分かった……なんで寝たかだと?私が聞きたい方だ!」

 

イラツキをそのまま金髪の男にぶつけるように鳶色の髪の男―ラファエルは言う。

そんなラファエルのイラツキをそのまま受けたにもかかわらず金髪の男は笑顔のままラファエルを見る。

 

「いいな、お前がつまみ食いした売春婦か……なぁ、オレにも紹介しろよ」

「その下卑た口をどうにかしたらな、ミカエル」

 

ラファエルの言葉に男―ミカエルは両手をあげて、降参ポーズをする。

 

「この口が良いって言ってくれる貴婦人もいるんだけどな」

「アズリー夫人とはまだ続いているのか?」

「リリー?まさか、アバンチュールっていうものはな、短いからこそ燃え上がるんだ」

「………少しは自嘲したらどうだ?」

「女嫌いのラファエルに言われたくないな。……本当にお前はその名を告ぐに相応しいんだな」

「…………・」

 

ラファエルの様子が大人しくなるのを見て、ミカエルは言葉を続けた。

 

「『ミカエル』のオレは放蕩者でローズライン伯爵家の問題児、『ウリエル』はアズワルド公爵家で日夜妙な魔術にはまっているって言うし……『ガブリエル』は……オレの親戚で、尚且つ黒のローブに覆われた醜女だって聞いたぜ?」

「ウリエル卿はともかく、ガブリエル嬢には逢った事がないだろう」

「それが今度、オレん家にくるんだな……オレが思うにメロスコット男爵夫人は娘の行き先が相当心配なんだ、だから田舎から都会に連れてくるんだ」

「……バカバカしい、天使など大昔の産物だ……陛下の御戯れでしかない」

「でも、お前のような翡翠の瞳はドコにもいない、ラファエル。それこそが、お前の・・・印なんだよ」

「……私は、お前のは知らないぞ」

「オレとベッドを共にしたらわかるかもな」

「………お断りだ」

「冗談だよ、オレには男色の毛はないんでね」

 

下品な事をいうが、このラファエルの幼馴染の口から出るとそれが軽く感じてしまうから不思議だ。

この男は不思議な魅力を持っている。

ミカエルは、あ、と声を出すとラファエルに笑いかけた。

微笑む、というより明らかに何か企んでいるような笑みに近い。

厭な予感がしつつも、なんだ、という。

 

「お前のおばあ様が呼んでたんだ」

「………今か?」

「オレが帰った後で良いってさ」

「……」

「ノザウェルの当主であるあなたがいつまでも一人身でいらっしゃるなんて!早く身をかためてしまいなさい!……なかんじか?」

「……おばあ様は心配しているんだ、私が……母親の事で女性を嫌悪しているのではないかと思われている」

「事実だろう?ラファエル」

「…………」

 

何もいわず、ラファエルは無言で通す。

その沈黙を肯定ととったのかミカエルは座っていた椅子から飛び降りると、じゃあな、と一言いって去っていった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

かちん、と陶器が小さくぶつかる音がする。

カップを置いた老婦人が、目の前の青年を見やる。

二人とも鳶色の髪の色をしている、老婦人が先に口を開いた。

 

わたくしはあなたにノザウェル当主として自覚をしてもらいたいだけです」

「おばあ様の言いたい事はわかっています。だがこの歳で身を固めろという方が横暴だ」

「あら?結婚は早い方がいいわ。跡継ぎも出来るし。リンツ家のお嬢様なんてどう?16だと言うし、お前と合いましょう」

「リンツ家でも、ハーブロイ家でも私には皆同じに見えますがね」

「ねぇ……ラファエル……」

 

宥めるような声に、ラファエルは己の祖母を見上げる。

ラファエルも祖母がただたんに心配をしているだけなのだとわかっている、爵位を継いだ後も祖母にとってはまだラファエルは可愛い孫なのだ。

 

「……噂通りじゃないでしょうね?」

「噂?」

「あなたが……ローズライン卿と恋仲っていう噂」

「ミカエルと!?……冗談が過ぎますよ、おばあ様」

「だって、お前浮いた噂が一つもないでしょう?相手にされない女性方だって鬱憤が溜まるわ」

「………私の知った事じゃないですがね」

「……心に決めた人が居て?」

「……まさか」

「もし、そうであれば、わたくしは何も言いませんよ。そのお嬢さんを迎えてくれるのならね」

「……めずらしいですね、どこぞの馬の骨の女を連れてきたらどうするおつもりですか?」

 

呆れながらラファエルが言うと、祖母ははぁ、とため息をついた。

 

「お前の気持ちがあるならいいの。あの子のようにはしたくないから……いいですわよ、家庭教師でも、売春婦でも、お連れになって」

 

いくらなんでも、売春婦、と言うのは冗談だ。

こんなに心配されているのかと思いため息をつきたくなったが、ふと思いつく。

ソレならば、冗談であっても、言ったという事実があればいい。

 

「……………おばあ様」

「なんです?」

「そのお言葉―覚えておいてくださいよ」

 

そう言うとラファエルは椅子から立ち上がり部屋を出た。

別にあてつけなつもりはない、気持ちもない、だが祖母を安心させるには本当に結婚をしなければいけなさそうだ。

ならば、都合の良い相手がいい。

 

(……天使の名を受け継ぐ者―だと?何も変わらない)

 

ミカエルは己がその名に相応しいといったが、そうは思わない。

天使―伝説上このアマリア大陸に居たといわれる神の僕、の名を受け継ぐ者がこうして他人の気持ちを利用するなどと考えるわけがない。

自嘲するような笑みを浮かべると、ラファエルは屋敷を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

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10th/Jul/06

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