- 461 名前:テュランの筏3/8:2006/11/17(金) 12:06:06 ID:FeKqKjGS0
- 「悪ぃ………」口を開いたのはクリフだった。
「見てない、というか、見えてないから。
海に落ちたときコンタクトなくして、それからずっとやぶ睨み状態なんだ」
なるほど、彼の視線が強いのは、焦点を合わせようと努力した結果なのか。
僕は納得し、前を隠すのも忘れた。
「それに、薄ぼんやりとだけど、お前のは標準だと思うぜ、年頃の平均値って奴。別に隠す必要ないだろ。この暑さじゃ、蒸れるぜ」
「ち、違う」僕はすぐに訂正した。
「そんな、コンプレックスのように決めつけないでよ。
そんな理由で隠してた訳じゃないんだから!」
思わず大声になった僕を、珍しいものを見るように、目を丸くするクリフ。
「日本の少年の、思春期の悩み定番かと思ってた。
じゃ、お前何で隠してるんだよ。堂々としてろよ」
「それは………」
言いよどむ。欲に負けた自分が悔しいから。
それを知られたくなかったから。
結局自分の自信のなさを隠す、という点では同じではあるまいか。
「お前の意思で決めたんだろ? なら堂々としてろよ。
誰もお前を笑う奴なんか―――少なくとも、俺はしないから」
クリフは破顔した。首筋で切りそろえられた金髪が、背に太陽をうけてキラキラ輝く。
白く並んだ歯の、ちょっと長い八重歯がチャーミングで、僕は胸がコトンと鳴った音を聞いた。
- 462 名前:テュランの筏4/8:2006/11/17(金) 12:07:17 ID:FeKqKjGS0
- 僕の名前を覚えてもらうまでの紆余曲折は省く。
午前中たっぷり発声訓練して、納得できる「智士」を教えこんだつもりだ。
そして、たっぷりの遠回りの末、当初の質問に戻った。
「えーと、ペットボトルは捨てちゃったけど」
とたんに、ゴツンと拳固がやって来た。
「お前、じゃない、智士。何考えてるんだよ。普通に考えて、海汚すなよ。
ガムていどなら分解するけど、石油製品は海底につもるだけだぞ。
それに、サバイバル的に考えて、手紙を流すのに使うとか、雨が降った時に溜めるとか、ちっとは頭を働かせろよ!」
クリフはすっかり憤慨していた。そして彼の言う事はもっともだったので、僕は後頭部を抱えて涙目になりながらも、うなづいた。
頬を膨らませていたクリフは苦い顔をし、それからしぶしぶといった様子で、手を伸ばした。
僕の前髪からつむじにかけて、白くて優しい手の平が何度か往復した。
えへへ、とゲンキンに微笑む僕に、クリフは呟いた。
「まぁ、この辺の気候じゃスコールはありえない。
飲料用の天の恵みは望めないな」
どこか暗い調子に、僕の笑顔もみるみる萎んでいく。
その瞬間、飛び込んで来たのは喘ぎ声だった。
僕は肩をビクリとさせ、振り返った。クリフも眉をひそめて視線をやる。
音のみなもとは、藤吾のところだった。
黒いトランクの横で、立ちひざ状態になっているのは楊玲。
胸をみだらに突きだして、背中を欲情的に反らしている。
胸の先端には、銀色の鈍い光が輝いている。
- 463 名前:テュランの筏5/8:2006/11/17(金) 12:08:32 ID:FeKqKjGS0
- 右と左をつなぐ紐が、揺れて止まらないのは、上半身を反らす楊玲の動きの為か、それともリモコンを楽しげに操る、藤吾が与える刺激によるものか。
東洋の言葉で、歓声とも苦悶ともつかない声がとびだし、海上に響き渡る。
あまりに激しく肩が上下し、せわしく息を吐きだすので、さすがのいかだのギシギシと歪んでいる。
クリップを外そうと身をよじるのか、それとも彼の恍惚とした顔が示すとおりに、背筋を走る感情の奴隷となっている為か………いつまでも声と軋みは止まなかった。
「テュランが………」
憎憎しげにクリフ呟く単語を僕がたずねても、彼はただ唇を噛みしめるだけだった。
やけに長い十分間だった。僕の感覚ではそれ以上がすぎていた。
クリフとの会話はそのまま途切れ、盛り返す事はなかった。
僕はさりげなく、取っておいた水と食料を出して、すすめた。
「智士が手に入れたものだ。自分で食べろ」
初日のつっぱね方からすれば、大した進歩であるが、拒否は拒否だ。
僕はクリフが癇癪を起こすまで、すすめ続けた。が、彼の意思は変わらない。
- 464 名前:テュランの筏6/8:2006/11/17(金) 12:12:04 ID:FeKqKjGS0
- クリフをこんなに頑迷にしたのも、日差しの強さと、
それから藤吾の訳の分からない思惑があったからかもしれない。
昼間はほんとうに辛かった。
楊玲の喘ぎ声、つられてギシギシ鳴るいかだ。
どこにも逃げ場はなかった。
防水性完璧のタープで日よけをする気にもなれず、
薄い胸をさらし、太陽を見あげて溜息ついた時だ。
「使え」
声がし、何かが手元に落ちた。トランクの閉まる音がする。
声で分かったし、いかだ上で物流のすべてをになっているのは、彼だけだ。
拾いあげると、それは日よけ止めクリームだった。
こんなものより、もっと切実に欲しいものがあるのに………。
僕は愚痴つぶやきながらも、それをぬった。ここでは何より物は貴重だ。
それに僕は日焼けすると、肌が真っ赤になり、ピリピリ痛みをともなうタイプだったから。
クリフに渡そうとしたが、彼は短く悪態をつき、受け取りもしなかった。
- 465 名前:テュランの筏7/8:2006/11/17(金) 12:13:12 ID:FeKqKjGS0
- 日が沈んだ。僕はタープを頭からすっぽりかぶって、その中でボトルを傾けた。
昼間の熱気と、それから弾んだおしゃべりで、喉はからからだった。
けれど、一口にとどめた。
口内に含んだ水を、細胞に行き渡らせ、分泌された唾液で生暖かくなるまで我慢して我慢して、それからやっと飲み込んだ。
残った量を見て胸をはり、僕は日々日々意思が鍛えられているのを誇らしく思った。
しかし、こんな場所で………と疑問をいだくと、それもすぐ萎んだ。
それより今はクリフだ。昼間も気になったけど、彼の唇は乾いてひび割れていた。
昨日の朝飲んで、それきりのはずだ。
聞こえている寝息は断続的で、辛そうに思えた。
僕はクリフの脇にかがみこむ。
左頬をいかだの床に接し、枕にした左腕は、白い手の平がしどけなく開いている。
人の気配がおおいかぶさっても、クリフは起きる様子もない。
- 466 名前:テュランの筏8/8:2006/11/17(金) 12:14:26 ID:FeKqKjGS0
- 安心してボトルの飲み口を、彼の唇にあてた………がうまくいかない。
横向きで気管に入る心配はないと分かっていたが、
米より、金より貴重な水を、一滴でも失ってたまるか、
そんな気持ちが僕に働いたのかもしれない。
こぼさず、うるおす。それはこの容器では無理だ。
そう悟った僕は、指先を水にひたし、クリフの唇をなぞった。
指をすべらせた部分が、新鮮なさくらんぼのような色につやめく。
僕はうれしくなって、したたる水を何度も何度も彼の唇に運んだ。
落ちた水滴が、クリフの舌に届き、ピンク色したそれがうごめくように飲み込むのを確認して、僕は立ち去った。
ボトルの底にはもう、小指の爪ていどの量しか残っていなかった。
僕は気にしなかった。
「おやすみ、クリフ」
- 467 名前:風と木の名無しさん:2006/11/17(金) 12:26:08 ID:c7IjGSB+0
- キタキタキタキタ━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━!!!!
これから何されるのか楽しみ!乙!
- 468 名前:風と木の名無しさん:2006/11/17(金) 15:47:24 ID:b4ef1atz0
- テュランでぐぐってみた。wktkだ!
- 469 名前:風と木の名無しさん:2006/11/17(金) 17:01:14 ID:AEpxHt3aO
- テュランってティラノサウルスとかの
ティラン(暴君)のラテン語読み??
クレフが暴君になって、日本人のオッサンを掘ってくれないかな!
- 470 名前:風と木の名無しさん:2006/11/17(金) 17:31:15 ID:o7ymhjPzO
- つーか、こうリアルで面白い作品読むと「鬼畜萌え!」よりも
「そんな変態、三人で力合わせてボコッてやれ!トランクを奪い取れ!」という気になってしまうww
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