- 561 名前:テュランの筏1/11:2006/11/21(火) 17:02:37 ID:DtqZIHK30
- 七日目 午前
「今日は、二時間耐えてもらおう」
トランクから新しい黒い革のひもを取りだすテュラン、いや藤吾。
彼がいかだの君主としていられるのも、今日限りだ。
僕は、楊玲と共にゆっくり進みでた。
藤吾の唇が「二人か」と言葉にせず、ゆっくり動いた。
右手がトランクをさぐり、二人分のひもを取りだした。
いったい、どれだけ用意してあるのだろう。僕は苦々しく歯を噛んだ。
「マストのところへ。おたがいに背を向けて、立て」
片手でトランクのふたをおさえ、藤吾は命令した。
一応は楊玲にも説明はしてあった。
けど、どこまで理解しているか。
藤吾がトランクから離れる今回の「責め」。
たぶん他にチャンスはない、とクリフは言っていた。
昨夜、僕たちはタープにくるまって、声をひそめて密談し、計画を立てた。
- 562 名前:テュランの筏2/11:2006/11/21(火) 17:03:18 ID:DtqZIHK30
- 「二人縛るにはかなり時間がかかる。
あいつも用心しているだろうけど、うまく気を引けば、隙はうまれる。
トランクをこっちのものにしてしまえば、テュランはアイデンティティーを失う。
もう、俺たちに何も強制する事は出来ない」
「うん、分かった。僕も、それしかないと思う。
で、僕はどうすればいい?」
「智士は、百メートルどのくらいで駆ける?」
「う、ん………八秒くらいかなぁ」
「そりゃ、すごい。じゃ、俺がおとりで決まりだな」
「………ゴメン、五十メートルで、だった」
おやくそくのボケをかまし、丸くしていたクリフの目は、ためいきと一緒に細められた。
「おとりは智士にまかせる。
お前の喉を考えると、疾走も、かけひきも、頼むのは不安だからな」
どこか遠くを見るようだったクリフの視線は、ふとまじめな思考に入った。
「つらいと、思う。がまん出来るか………?」
「がまんするよ」
心配そうなクリフに、僕は元気にうなづく。
そこへ楊玲の寝言めいた声が割ってはいった。
「何が、あったんだろうな」
規則正しく上下する、楊玲のタープを見ながら問うクリフに、僕は分からないとだけ答えた。
密談はおひらきとなり、結局僕は楊玲に何が起こったのか、聞く機会をもたなかった。
- 563 名前:テュランの筏3/11:2006/11/21(火) 17:03:59 ID:DtqZIHK30
- 楊玲の呻き声で、僕は回想からひきもどされた。
藤吾はなれた手つきで、ギリギリと楊玲を縛りあげている。
黒い革ひもが、楊玲の白い肌に、幾何学的なもようを作る。
革の表面がこすれあって立てる嫌な音は、僕の舌の裏に苦いものを作った。
音と、苦しげな声。僕の足は自然に震えてきた。
背を向けているので、何をしているかは具体的には分からない。
でも短くあげる楊玲の声、「じっとしてろ」「力を抜け」など指示する藤吾の指示は、僕を脅かすのには十分だった。
ガクガクと震えが全身に来て、立っていられなくなる。
それでも、クリフを見ると、勇気がわいた。
いつもの端じゃなく、マストの方へじりじりと歩幅をつめている。
真剣な目は、つねに藤吾の行動を見守っている。隙を、探して。
彼は成功させようとしている。テュランの専制政治を終わらせようとしている。
僕は彼に協力する。がまんすると宣言もした。
まだ手が自由なうちに、と頬をパシンとはたいた。
「これを」
と藤吾は差しだしかけた革製の首輪を、すぐにひっこめた。
「………喉への刺激はやめておくか」
僕はほっとしたが、それでも彼の手の上には、まだ色々な革のひもが乗っている。
- 564 名前:テュランの筏4/11:2006/11/21(火) 17:05:02 ID:DtqZIHK30
- 「かわりに、ほかの部分の刺激を増してやろう」
薄く唇をゆがめて笑う藤吾に、僕は思わず「結構です」と叫びそうになった。
藤吾は指先でひもを絡め、結び、にやにやと笑みを作っている。
僕はただひたすら、視線をそらしてがまんした。
嫌だとか、拒否を口にしたら、彼は別の道具を出そうと、トランクの存在を思い出してしまうかもしれない。
それだけは、だめだ。僕はおとりだ。藤吾の気を引きつづけなければならない。
黙って、したがった。
ベストの輪郭、そんな感じの革ひもを、両腕をとおして上半身に着せられた。
肩と脇の下と二の腕と胸の上下と、胸の先端にかかるひもと………基本は格子型だった。
臍のやや上で、ひもを結ばれると、ギュッと上半身が締められた。
声は殺したものの、苦悶にゆがむ顔はどうにもならなかった。
そのまま後ろ手にしばられ、マストに結ばれる。
次は………これまたブリーフの輪郭というべき革のひもを、僕ははいた。
片足ずつ革のあいだに差しいれる。
二本の革が重なった感触、それが尻の間を割って、ペニスのところで二つに分かれ、そのままウエストの部分にのびている。
藤吾は細かく指を動かし、ふくざつな結び方をほどこした。
最後に結び目がひっぱられると、革は割れめに痛いほど食いこんだ。
「ぅ、っく………くっ」
すでに額には脂汗がにじみでていた。
強いひざしで流れる汗に、緊張からでる汗も、もしかしたら日焼け止めクリームすらも、水分として革に認識され、すでに縮みはじめているのかもしれない。
- 565 名前:テュランの筏5/11:2006/11/21(火) 17:06:09 ID:DtqZIHK30
- それでも、目はしっかりとクリフの動きを追っていた。
いかだの上にはさえぎるものは何もない。
藤吾の意識がそれた瞬間、すこしずつ、すこしずつ歩を進めていくしかないのだ。
その努力は、今のところ報われていた。
もう一息。ラストスパートをかければ、トランクに手が届く。
今まで僕たちを苦しみつづけた、テュランのパートナー。アイデンティティー。
「正座しろ」
僕は祈るような気持ちで、したがった。
藤吾は僕の片足を床からもちあげ、左の脛と腿をまとめて結んだ。
まだ何メートルも残っている方の端を、僕のペニスへと近づけてくる。
………あれで、根元を結ぶのだ。まきつけるんだ………
昨日の楊玲を思い出し、僕の身体は震えた。
でも、クリスは作戦を進めている………
藤吾の意識は、こちらに完全に集中している………
がまん、する。気を、そらさせる。
「お願い、です。あまり、キツクしないで、下さい」
その時の僕は、「懇願」部門があれば、アカデミー賞も受賞出来ただろう。
それくらいの名演技だった。完全に藤吾の興味をひきつけた。
サディストらしい光を目にらんらんとした宿し、僕の大事な部分に、革のひもをまきはじめた。
ふれる、さわる、持ちあげる、異物感が根元から包みこむ………
おぞましい一連を、僕は目を固く閉じ、ただひたすら祈って、待った。
救いの声を。
- 566 名前:テュランの筏6/11:2006/11/21(火) 17:11:37 ID:DtqZIHK30
- 「そこまでだ、日本人のおっさん」
雨上がりの灰色空に、光が差しこむかのようだった。
クリフの堂々とした声は、きっぱりと専制政治の終焉を宣言する。
「二人の拘束を解け。トランクは奪った。もう、俺たちはあんたの言いなりにはならない」
目を開きながら、僕の顔は歓喜を作り出していっただろう。
クリフは黒いトランクを両足でふみつけ、用心深い目を藤吾に向けていた。
藤吾が、くっ、と小さな声をもらした。
僕はそれが後悔の叫びだと信じて疑わなかったので、まったく身構えが出来ていなかった。
「っ、あッ!?」
僕のペニスに激痛が走った。
声は殺せなかったし、苦痛の顔も隠せなかったし、身をよじるのを回避できなかった。
全身が包まれた革の中で、ギシギシと歪んだ。
藤吾は、まったくクリフの声が聞こえないかのように、僕の拘束をつづけていた。
「やめろ、と言っている藤吾。俺の声が聞こえないか? これ以上二人に手を出すな。
これからは俺が責任もって、平等な配給をするが………あんたの態度しだいでは、平等にならない。分かるよな?」
クリフはたんたんとした声で、説明と、それからかけひきを行う。
藤吾は残った革端を、僕の右腿と脛に結びつけてから、手をはたき、立ちあがった。
彼はまだ、自信と余裕を残した顔で、薄い笑いを浮かべていた。
「藤吾、あんたが二人を解くんだ。これは、俺の命令だ」
辛抱強く、クリフは言いつづける。しかしいっこうに藤吾はしたがう様子を見せない。
「………今日、あんたに配る水が、なくなるぞ?」
- 567 名前:テュランの筏7/11:2006/11/21(火) 17:12:12 ID:DtqZIHK30
- その脅しに、藤吾は背広をはだけて見せた。僕の位置からでも、それは見えた。
内側のポケットに収まっている、ペットボトル、食品、サプリメント類。
藤吾は、用意周到だった。
いや、きっとこうした念の入れようがあったからこそ、トランクから離れた場所での「責め」を思いついたのだろう。
予想外の状態に、クリフは息をのんだ、が、それでもかけひきは諦めない。
「それだけじゃ、あと一週間はとてももたないだろう。
俺の命令をきけ。二人を解けば、それ以上は何もさせない。水も食料も配給する」
クリフの言う事はもっともだった。
たぶん、頭の回転がにぶい僕じゃ、こうは言い負かせなかったかもしれない。
やっぱりクリフがかけひき役で正解だったんだ。
だが、藤吾の態度はそれでもゆるがなかった。
ポケットに手を入れ、光る小さな何かを取り出した。
彼は手の平でそれをもてあそぶ。空中に放られる金属の………鍵。
僕の目は驚愕にみひらかれ、表情はこわばったまま、凍った。
「何を、持っている? ………無駄なまねはよせ、藤吾。
………智士、そいつは何を手にしているんだ?」
視線をこらしても、小さいそれは見えないのだろう。
コンタクトを失ったクリフには。訊ねてくるのは当然だった。
それに返事するのは、どれほど恐ろしい事だっただろうか。
渇いた口の中が、ねばついたものにおおわれて、うまく言葉が紡げない。
喉からしぼりだすそれは、自覚はしなかったが、悲鳴めいたものだっただろう。
「か、鍵………鍵だよっ………」
クリフの動きが止まった。
- 568 名前:テュランの筏8/11:2006/11/21(火) 17:12:49 ID:DtqZIHK30
- トランクの上でみじろぎ一つせず、青色の瞳が、すうっと音を立てて色を失った。
くっ、と藤吾の口から音がもれた。今度は、分かった。笑い声だと。
「………っ、くそっ!」
クリフはあまり長い時間をおかずに、トランクから飛びおりた。
トランクは藤吾のものだった。ずっと、さっきも、今でも、これからも。
このまま永久に自分のものにはならないトランクに、一秒も長くいつづけ、持ち主の機嫌を損ねるのは、明らかに危険だった。
ここは、テュランのいかだなのだから。
クリフの頭は、すばやく未来の予想まで立て、そして結論を出したのだろう。
このままトランクを人質としても………持久戦になるだけだと。
僕らは食料のつまったトランクを開けるすべがない。
そして、ずっと飢え、渇いたままだった。
それに対して、藤吾は自由になる水と食料を保持している。
少しずつならば、一週間は無理でも、二、三日もつだろう。
僕たちは、負ける。開かないトランクを前に、すきっ腹を抱えつづけ、何日か後には藤吾に頭を下げ、鍵を外してくださいと頼む他ないのだ。
暴君の政治は、ゆるがなかった。
クーデターは失敗したのだ。この十メートル四方の小さな国の。
そして、逃げ場はない。
- 569 名前:テュランの筏9/11:2006/11/21(火) 17:13:53 ID:DtqZIHK30
- 「君には、ペナルティを与える」
あっさりとクリフの腕をとらえ、藤吾は冷酷に宣言した。
クリフは暴れたが、後ろに両腕をひねられ、痛みに顔をゆがめて呻いただけだった。
金属の音がひびき、クリフは後ろ手に手錠をかけられる。
そして引きずられて、いかだの端へとつれて行かれた。
「クリフ!」
僕はわめいた。マストも折れよといわんばかりに身をよじった。
しかし革のひもは、しっかりと僕の身体を拘束しつづけた。
ふと藤吾が振り向いた。僕の声に反応してなのは、間違いない。
忘れてた、と言った顔で彼は足元に落ちていた空ボトルを拾い、海の水をくんだ。
何だろう、といぶかしく思うのもつかの間、満ちた海水はマストに向かってぶちまけられた。
僕と楊玲は、頭上からふりかかる水に、小さく悲鳴をあげた。
海水は髪からぽたぽたと垂れて、背筋をつたい、胸をぬらし、腕を流れていった。
ああ………僕は縛られたペニスがしなびるほどの、恐怖で心がしめつけられた。
革ひもが、海水を吸いこんでいく………
頭上では、太陽がますます燃えさかって、頂天へと向かっている。
どれだけ暑くなるか。それ以上に、どれだけ乾燥するか。
僕の身体は、ガタガタ震えて、止まらなかった。
「やめろっ!」
クリフの叫び声。彼はうつぶせの状態で押さえつけられている。
背中には藤吾が馬乗りになっていた。
そして………クリフの上半身はいかだの外、海の上へと乗りだしている。
何が起こるのか………僕はもう、すべての思考を放棄してしまいたかった。
- 570 名前:テュランの筏10/11:2006/11/21(火) 17:14:50 ID:DtqZIHK30
- 「二時間だ」藤吾は腕時計を見ながら宣告した。
「クリフ君、君の共犯者が、一度も声をあげずに耐える事を祈るんだな」
冷たい視線で、藤吾はマストに縛られた僕たちを見た。
「君たちが声をあげたら、その分だけ彼の頭を海にしずめる」
僕は見開き絶句し………そして頭の中が真っ白になった。
「俺の独断だっ、智士たちは関係ない!」
クリフがもがいてわめくが、藤吾は無視した。
僕はもう、いまさら何も変わらないと諦めていた。
ただ、クリフのために、声だけは殺そうと誓う。
だけど………本当に残酷なのは、責めなどでは、なかった。
「ああ、そうだ」
思い出したように、藤吾はポケットを探り、手の平にのせた。さっきの、鍵だ。
僕たち全員に見えるように回してから、唐突に、藤吾はそれを海に放る。
チャポンと水音がひびいた。
「!?」
クリフは眉をひそめ、僕は誓いも忘れて、さっそく叫びそうになった。
見間違えるわけがない。それは、藤吾のトランクの鍵………。
僕の視線はゆっくりと、たたずむ黒いトランクに向かった。
表面をたどっていく。あるべきものを探して、鍵とついになる存在を求めて。
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