- 111 名前:風と木の名無しさん:2006/12/10(日) 05:20:20 ID:uT23t7WMO
- >>107
>98じゃないが、
専用スレとはどこなんだ>2にもないようだが
- 112 名前:風と木の名無しさん:2006/12/10(日) 08:23:53 ID:7h9XSkXM0
- >>111
ヒント つ「重複スレ19th」
- 113 名前:風と木の名無しさん:2006/12/10(日) 13:57:34 ID:DIUea2fQ0
- 不良少年タソと代理タソ
待ち(´Д`)
- 114 名前:柿手:2006/12/10(日) 19:04:44 ID:bClso21M0
- 窮した者の賽銭泥棒は罪にならない――そう教えてくれたのは誰だったか。
月明かりだけを頼りに平太は手探りで墓石の前を一つ一つ確認していく。
この寺の墓地で、今晩は三箇所目だ。だが収穫はほとんどない。
わずかばかりの砂利銭と、黴が生えた餅のかけらが幾つか、
鴉が啄ばんだ後の芋の残骸と、虫が湧いた干し柿の切れ端。それで全てだ。
平太は唇を噛んだ。
これでは戦時中のほうがまだマシだった。
現人神が人になり、新嘗祭が勤労感謝の日と呼ばれるようになって一年。
手入れのされない墓は増える一方で、
それに比例して墓前の供物も明らかに減っている。
この国の信仰の形が揺らぎつつあるのだ。
人々の心の中から神や仏が消えてゆく、それはとても悲しいことだ。
そう、平太は思う。
もっとも供え物を狙って深夜の墓地を徘徊するような今の自分が、
他人事のようにそんなことを嘆くのは、おこがましいことだろうけれど。
だが、正直なところ平太には、もう他に手がなかった。
今、平太に必要なのは食料だ。
清一郎の病を治す栄養のある食べ物。
それさえ手に入れば、他には何もいらないのに――。
昼間、清一郎は血を吐いた。
これまでになく大量の血を。
口を覆った清一郎の青白い両の手の平から、
幾筋もの紅い血が零れ落ち、畳に大きな染みをつくった。
このまま放っておいたら清一郎は冬を越せない。
医者に診せるまでもなく、それは明らかだった。
生まれて間もなく両親を失い、孤児として神社に引き取られて十七年。
ずっと一緒に肩を寄せ合って生きてきた。
戦火により、生まれ育った社と、恩人である神主夫妻を失ってからは、
清一郎は平太の、平太は清一郎の唯一の心の支えだった。
(清一郎を死なせはしない。俺がなんとかしてみせる)
平太は拳を握り締めた。
- 115 名前:柿手:2006/12/10(日) 19:05:16 ID:bClso21M0
- ひと目を避けるように墓地を抜け、平太は石畳を足早に下りた。
(急げば、今夜中にもう一つ何処かの寺をまわれるかもしれない)
そう考えて、境内を抜けるや駆け出そうとした平太だったが、
視界に見慣れぬものを捉え、足を止めた。
――自動車だった。
進駐軍が乗り回しているような粗野なジープではない。
戦争に負ける前に、軍のお偉方が乗っていたような、
こんな鄙びた町には似つかわしくない洗練された車が、
墓地の裏の路地にひっそりと止まっていた。
(いったいどんなお大尽が乗っているんだ)
興味を惹かれ、平太の足は自然と車へと向かった。
数歩近付いたところで、後部座席のドアが音も無く開いた。
平太はびくりと足を止めた。
異国人だった。
このご時勢、都会ならばいざ知らず、
田舎町でこんな車に乗っているような、
羽振りのいい日本人がいるわけがなかった。
慌てて目を合わせないように踵を返した平太の背に、
低い忍び笑いが被さった。
「墓泥棒か。浅ましいことだ」
慌てて平太は振り向いた。
歳の頃は二十代半ばくらいだろうか。
闇に溶け込むような艶やかな漆黒の髪に、凍えるような冷たい美貌。
仕立ての良い黒いコートを羽織り、優雅に佇む姿は、
見慣れた進駐軍の輩とは、同じ白人でもまるで雰囲気が異なる。
「日本人も堕ちたものだな」
形のよい唇が、嘲りの言葉を流暢な日本語で紡ぐ。
魅入られたように男を見つめていた平太は、
その言葉で我に返った。
(このひと、日本語が通じる……)
そう思った瞬間、体が勝手に動いていた。
平太は男の傍に走り寄って膝をついた。
- 116 名前:風と木の名無しさん:2006/12/10(日) 19:05:28 ID:rb9tmnq3O
- テュランさんと初仕事さん…
いつまでも待ってる…
- 117 名前:柿手:2006/12/10(日) 19:05:57 ID:bClso21M0
- 「恵んでください。何か、何か、食べ物を、お願いします」
磨き上げられた革靴に額をこすりつけるようにして何度も頭を下げる。
「ほう、これが土下座というものか。初めてみるな」
頭上から侮蔑の言葉が投げかけられた。
「墓泥棒の次は、物乞いか。おまえには矜持というものがないのか」
「食べるものさえ手に入るなら、そんなもの俺には必要ないです」
「浅ましいことだ。そんなに餌が欲しければ、盗んだらどうだ。
人を襲い奪い取ってみろ。ナイフぐらいなら貸してやってもいいぞ」
滴るような悪意を込めて男は平太に告げる。
「それは……」
これまでその選択肢が一度も頭に浮かばなかったわけではない。
だが、それは平太にはどうしても選べない道だった。
「……他人から奪った物じゃ駄目なんです。それじゃ駄目なんだ」
罪に汚れたものを清一郎の口に入れることはできない。
そんなことをしたら清一郎まで穢れてしまう。
「お願いします。俺なら何でもします。だから――」
ふいに男のステッキが平太の額に当てられた。
軽く小突かれただけなのに、刺し貫かれたような鋭い痛みが、
平太の全身を駆け抜ける。
未知の衝撃に、思わず平太は顔をあげ男を見上げた。
月明かりに照らされた男の横顔は、禍々しいほどに青白く、
嘲りの形に歪んだ唇だけが、濡れたように紅く目を惹く。
「なるほど、病気の友の為というわけか、健気なことだ」
何故男がそのことを知っているのか。
今の衝撃は何だったのか。
平太が胸に浮かんだ疑問を言葉にする前に、男が徐に口を開いた。
「よかろう。おまえの望みを叶えてやろう」
「えっ?」
足元の平太に目もくれず、男は車を振り返って合図を送った。
先ほどと同様に、音も無く後部座席のドアが開く。
「乗れ。そして案内しろ。セイイチロウとやらが待つ場所までな」
- 118 名前:柿手:2006/12/10(日) 19:06:40 ID:bClso21M0
- どうやって家まで戻ったのか記憶は定かではない。
気がつけば、平太は男とともに自宅の前に立っていた。
頭が重い。
何かを考えようとしても、ぼんやりとして上手くまとまらない。
どうしたというのだろう。
(駄目だ、俺がしっかりしなければいけないのに)
平太は靄を払うように頭を振ると、
平太たちの住むあばら家を、物珍しげに眺めている男に向き直った。
「あの……それで食べ物はいつくださるのですか」
男は低く笑った。
「わざわざ家まで送ってやったというのに。餌をもらって
さっさと軒先で追い返そうというわけか。随分と無礼なことだな」
「あの、俺は別にそういうつもりで言ったわけじゃ……」
慌てて言い訳を口にしようとする平太を遮り、
男は毒々しいまでに紅い唇をゆっくりと開いた。
「ならば我を家に招き入れよ。"招く"と一言でいい。口にせよ」
清一郎が腰につけてくれた厄除けの守りの鈴が、
風も無いのに揺れて微かな音を立てた。
この男を家に招き入れてはいけない。
まるで、神がそう自分に警告してくれているかのように。
だが、抗いがたい何かに操られるように、
平太は男の言葉に頷いていた。
「"お招きします"。どうぞ中へ」
虚ろな声での平太の呟きに、男は満足そうな笑みを浮かべた。
その表情を見るや、平太は自分が取り返しのつかない失敗を
しでかしてしまったのではとの不安に襲われた。
(違う、気のせいだ。この人は清一郎を助けてくれる人だ)
迷いを打ち消すように、平太は首を振った。
そんな平太の横を男は悠然と横切り、家に足を踏み入れた。
慌てて平太も男に続いた。
- 119 名前:柿手:2006/12/10(日) 19:07:13 ID:bClso21M0
- 室内には隠しようも無い血の臭いが充満していた。
平太は清一郎の床に走り寄った。
「大丈夫か清一郎。おまえまた血を吐いたのか」
問うまでもなかった。
清一郎の顔や両手そして寝具までもが、鮮血に染まっている。
「すまない平太、また汚してしまった」
痩せ細った腕で支えるようにして上半身をおこした清一郎が、
濡れた唇を拭いながら、平太に向かって頭を下げた。
「そんなこと気にするな。それより清一郎、おまえ体の方は」
「平気だよ。今日はとても気分がいいんだ」
平太に心配をかけぬようにと無理をしているのが、
ひと目でわかる清一郎の痛々しい微笑みに、胸が締め付けられる。
「そっか……よかった」
清一郎の虚勢に気づかぬふりをして、平太もまた無理矢理に笑った。
「ちょっと待ってろ。今、うがいの塩水を持ってくるから」
勝手口へと向かいかけた平太の背後から、ふいに忍び笑いが漏れた。
「やせ我慢も大概にしておけ。自分の体だ。もって数日だと自身でわかっているだろうに」
平太は弾かれたように振り返った。
嘲けりを隠そうともしない男の顔がそこにあった。
「平太、この人は? 外国の方のようだけど」
男の存在に、たった今気づいたらしい清一郎が、訝しげに平太に問う。
「あの、この人は、ええと――」
平太が答えるよりも前に、男は大股で清一郎へ歩み寄った。
「肺病による喀血か。病んだ血のわりになかなかに芳しい」
香煙草を味わうかのように、男は心地良さげに息を吸い込んだ。
「ここまでの清逸な芳香は、獣肉を食さぬ東洋人の血だからこそ放てるもの」
舌なめずりをするように、男の唇から紅い舌が覗く。
「さて味はどれほどか」
男は無造作に清一郎の肩を抱き寄せる。
平太が止める間もなかった。
抗う清一郎の腕をねじ伏せ、男は当然の行動とばかりに、
清一郎の口の周りに残る血の痕へと舌を這わせた。
- 120 名前:柿手:2006/12/10(日) 19:09:22 ID:bClso21M0
- 室内に乾いた音が響いた。
清一郎が男の頬を叩いたのだとわかるまでに、平太は数秒の時間を要した。
「ほう、我を殴るとは。恐れを知らぬとみえる」
清一郎の行動に怒るふうでもなく、男は愉快げに肩を揺らした。
「今の行いに対し、おまえが贖う代償の大きさを考えたことがあるか」
冴え冴えとした男の容貌も、口の端に浮かべた微笑も、
白人を見慣れていない平太の目からみても、とても美しいものだとわかる。
だが、他を圧倒するかのようなこの禍々しい威容はどうしたことか。
(清一郎を助けなければ)
そう思うのに、平太の体は得体の知れない恐怖にすくんでしまい指一本動かせない。
だが、そんな平太とは対照的に、清一郎は毅然と男を見返した。
「……確かに我が国は、あなた方の国との戦争に負けました。
ですがこのような辱めを受けて黙って耐える謂われはない」
冷静さを失わない押し殺した声での清一郎の返答に、男はくすりと笑った。
「外見に似合わず随分と気が強いようだな。気に入った」
男は清一郎の手をとった。
振り払おうと清一郎はもがくが、男の腕はぴくりともしない。
「しかし勘違いをしてもらっては困る。我はただ挨拶をしただけだが」
「挨拶?」
訝しげに眉を顰めた清一郎に、男は囁く。
「我らの国では口付けは挨拶に過ぎぬ。それぐらい聞いたことがあるだろう」
記憶を手繰るように清一郎は視線を彷徨わせた後、あっと目を見開いた。
「病人を助けて欲しいと懇願されて、時間を割いて足を運んでみれば
訪問の挨拶をしただけで、その病人から手を挙げて罵られるとはな」
揶揄を含んだ男の言葉に、己の過ちを恥じ入るように清一郎の頬が朱に染まった。
「ご無礼をいたしました。異国の作法に思いが至りませんでした」
清一郎は男に向かって静かに頭を下げた。
そんな清一郎の態度を眺めやって、男の笑みは更に濃くなった。
「己の過ちと認めれば即座に謝罪をするか。心根も清く美しい。ますます気に入った」
男は己の顔を、清一郎へと近づけた。
「だが言葉での謝罪などいらぬ。本気で謝罪をする気があるなら態度で示せ」
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