- 551 名前:テュランの筏11/15:2007/01/18(木) 12:19:23 ID:qg4wNRbU0
- 十メートルわずかの対角線をひた走るその間、気合の雄叫びが、勝手に口からもれていた。
藤吾は慢心と余裕で、動作が鈍かった。
いや、僕の体内に分泌される、アドレナリンの作用でそう見えるだけかもしれないが。
それは回避可能だった。けど僕はギリギリ避けた振りをする。藤吾の油断をさそう為だ。
一撃目が外れた藤吾は、忌々しそうに舌打ちをしたが、すぐに体勢を立て直す。
右手を伸ばして距離をおき、僕をけん制する。だが、それこそが望んでいた隙だった。
圧倒的な身長差は、クリティカルなダメージを与える頭部への攻撃を防ぐ。
他の部分は、僕の力で打ちかかっても、たいした打撃を与えられない。
何せ、水のつまったガラス瓶。それが唯一の武器なのだから。僕は狙いを絞っていた。
……藤吾のウィークポイントは何だ?
……何度も見せた。触れられると怒りとうろたえを露にした。
……左腕の時計だっ!
……あわてて体勢を崩せっ! そこを打ち砕いてやるっ!
右手のけん制を大回りして、僕は瓶をふりかざし、左手首に突進する。
藤吾は反応が遅れた。まさか、そんなところに攻撃をしかけるとは、予想だにしなかったのだろう。
このテュランの国で初めて、藤吾の表情がこわばった。
黒い瞳がめいいっぱい見開かれ、ギュッと閉じられた後、彼は意外な行動に出た。
ただガラスと共に砕けるはずだった腕時計を……彼はかばったのだ。
- 552 名前:テュランの筏12/15:2007/01/18(木) 12:20:24 ID:qg4wNRbU0
- 左腕を背に隠すため、身体をひねり、
その結果、僕の振りかざしたガラス瓶を、頭部で受け止める事になってしまった。
正確には右こめかみのななめ上。
そこで叩きつけたガラスは千にも万にも、破壊音を立てて砕けた。
キラキラと光る粉が空中を舞ったのは一瞬、まもなく吹き出す鮮血が混じり、
ドウと倒れる音と共に、いかだが大きく震えた。
僕の手には、瓶の首部分しか残っていなかった。
誰も動くものはない。いかだ上はただただ静寂に満ちていた。
どのくらい、すぎただろうか。
関節がこわばってしまった指をほぐすと、残った瓶の口が落ちて、音を立てて割れた。
それで動き出したのは楊玲だった。彼は動作の開始に、僕をなじる事を選んだ。
訳の分からない言葉で僕を指さし、顔を真っ赤にし、涙をこぼして訴えつづけた。
「……戮! ……挂……」
「何を言ってるか、分からないよ、楊玲」
僕は感情のこもらない口調で、そう答えた。
楊玲は半狂乱に首を振り、泣き顔で倒れた藤吾のところへ駆けていく。
僕はただただ冷ややかにそれを見送った。心に浮かんだのは、軽蔑の感情だったと思う。
だが、それに構っている暇はない。
僕は倒れふすクリフのもとに屈み、彼の身体を包む忌まわしいものを剥ぎとっていった。
- 553 名前:テュランの筏13/15:2007/01/18(木) 12:21:30 ID:qg4wNRbU0
- 革の拘束着は彼の白い肌にいくつも赤い痣を作っていた。
口枷は外したが、彼の顎は閉じ方を忘れてしまったみたいに、あいたままだった。
胸の責め具をそっと外す。彼の胸の先端はピンク色をすぎて、無残な赤となっていた。
最後に、ゆっくりとペニスを苛むリングを、抜いた。
「……んぅ……っ」
かすかにクリフは身じろぎした。目はまだ閉じられているが、唇がかすかにうごめいた。
かさついた表面がなにを欲しがっているかは、すぐ分かった。
「水だね、クリフ」
僕は、番人のいなくなった黒いトランクを一気に開放した。
……思えば、それが絶望のはじまりだったのではないか。
……開けてはいけないパンドラの箱。
トランクには、何もなかった。少なくとも僕らが必要とするものは。
忌まわしい性具は見覚えあるものから、そうでないものまで、まだ箱の半分を占めていた。
そして残り半分は、空っぽだった。
今まで僕らが飲み食いしてきた品物をつめれば、ちょうど収まるくらいの間。
呆然としていた時間はそれほど長くないと思う。クリフの呻く声が、聞こえてきたからだ。
意識を切りかえ、倒れている藤吾に近づく。
脇で泣きじゃくっている楊玲を邪険にどかすと、背広の内側からボトルを取り出した。
飲み口を気が済むまで手でこすってから、クリフの唇に当てる。
舌が水を求め、喉が小さくうごめきはじめた。
- 554 名前:テュランの筏14/15:2007/01/18(木) 12:22:14 ID:qg4wNRbU0
- 眉をひそめたクリフは、まもなくその冴えた青い瞳を開いた。
水平線に太陽が沈む。長い長い一日が終わろうとしていた。
暗くなって出来る事は限られていた。とりあえず、服を着込む。
藤吾は脈も呼吸も確認して……死んでいると分かった。
背広からめぼしい物だけ取り、死体は海に捨てた。
僕は殺人の罪悪感に苛まれるより、むしろ泣き止まない楊玲に苛立っていた。
思い出したように僕を睨みつけては、分からない言葉で僕をののしる。
「いったい、何が言いたいんだよっ!」
僕は耐え切れず叫び、楊玲を激しく揺さぶった。
クリフが止めようと間に割ってはいるが、僕は楊玲につめよった。
「解放されたんだっ、僕たちは。
テュランから自由になって、これから正真正銘、ほんとうに救われるんだっ!」
怒鳴った言葉が伝わっていないと思い、僕は楊玲の手の平を強引につかまえ、
指で「助」「救」と文字を書いた。
漢字の意味は理解したのだろう。
手の平をじっと見つめていた楊玲は、ふと僕に視線を向けた。
宝石のような見事な茶色。僕は彼の顔を正面から見るなんて初めてだった。
「アハ……」
- 555 名前:テュランの筏15/15:2007/01/18(木) 12:23:14 ID:qg4wNRbU0
- そして、見とれていたためか、楊玲の発した意味が分からなかった。
きょとんとした表情をする僕の目の前で、楊玲は笑い顔のまま、床に座りこみ、
両手両足が弛緩した体勢で、ただ腹と喉を震わせた。
「アハハハハハハハハ……」
笑い声は万国共通だった。
どこか幼児めいた甲高さをふくめて、楊玲はただただ海上を、己の笑い声で支配する。
僕とクリフは、ただ顔を見合わせるだけだった。
闇の中、笑い声は止まず、それが耳にさわって、クリフと話し合えたのはこれだけだった。
「食料と水は、見当たらなかった」
「十四日目は、藤吾に『確実』な何かがあったんだろう。
食料と水を使い果たしても構わないような。
それが何だかは分からないが……明るくなったらトランクを探ってみよう。
位置を知らせる発信機か無線があるのかもしれない。海上自衛隊に連絡出来るだろうし」
「うん」
ほんとうはもっと話したい事があった。
けれども楊玲は一晩中笑いつづけた。
涙が途切れても、声が枯れても、ただただ横隔膜から発した音を空気に震わせ……
そして、いつの間にか発狂していた。
- 556 名前:風と木の名無しさん:2007/01/18(木) 13:57:30 ID:t9xbvcrxO
- クリフ…(*´Д`)ハァハァ
タュランタンGJ!!
- 557 名前:風と木の名無しさん:2007/01/18(木) 15:11:18 ID:uC+YEhcm0
- 息を詰めて読んだよ……すげー盛り上がりだった。
しかしこれからどーなるの…。
- 558 名前:風と木の名無しさん:2007/01/18(木) 18:28:30 ID:NRduy+9JO
- マジで藤吾死んだん?(゜Д゜;
テュランが居なくなったにも関わらず、ちっとも希望が見えてこないぞ。
早く…早く続きをぉぉぉぉノ(´Д`)ノ
- 559 名前:風と木の名無しさん:2007/01/18(木) 22:03:39 ID:dmp2/7pdO
- テュランタソGJ!!
死亡…発狂……
どーなんのーー!!??
無事に生還出来ればいいけど…
- 560 名前:風と木の名無しさん:2007/01/18(木) 22:23:30 ID:/cYVGwko0
- 絶望の始まり……?
あの、こ こ から絶望が始まるんですか!?
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