自己満足の殿堂 the小 説


【零れ落つ季節】

2002/08/08






甲賀の郷は周囲を深い森で囲まれている。
だが特に険しい道でなし、閉鎖された郷でもない。
限られてはいるが商人も入ってくるし取引相手の使いもやってくる。
但しそれらは予め教えられた道だけを通ってこなければならない。そうでなければたちまち張り巡らされた罠に掛かり命を落としてしまう。


もう一刻程で夜が明けるという頃、雅之助は当番の見張りを終えて家へ戻る途中だった。
丸二日間、睡眠を摂らずに働いていたので早々に帰って眠るつもりだったが、郷を見下ろす崖から下を窺うとなにやら郷のはずれで煙が上がり人々が騒いでいる様子。夜明け前に敵に攻め込まれるのは忍びの世界ではよくあること、すわ戦かと思いきやどうも様子が違う。
崖を駆け下り即座に郷へ着くと、半助が村の若い下忍たち五人を相手に大立ち回りをしていた。


「またか・・・・。あいつらもようやる。」


寝不足の身体を引きずりながら雅之助は懐を探りもっぱんを二つ三つ取り出し火をつけると、躊躇せず騒ぎの中へ放り込んだ。
早くから雅之助の気配を感じ取っていた半助は逸早くその場から逃れ煙を被ることは無かったが、半助の応戦に梃子摺っていた下忍達はもろに煙を吸い込み涙を流しながら咽ていた。

騒ぎが収まったところで雅之助は若い忍びたちを怒鳴りつけた。


「お前たちは朝っぱらから何やっとる!騒動がお頭の耳に入ってみろ、懲罰もんだろうが!年寄りは朝が早えぇんだ、バレねぇ内にさっさと・・・。」

「誰が年寄りじゃ、戯け。」


雅之助の後ろには既に頭が立っていた。





「今年に入って何度目じゃ。」
「六・・・いや四回目かのぉ。」
「誤魔化すな雅之助。八度目ですお頭。しかし仕掛けたのは半助からではないと。」

「原因は、雅之助。」
「さぁのぉ。なんせ血気盛んな若いやつばかりだしなぁ。現に雄三だって山鹿や玖狸に・・・・。」
「私は関係ないだろう。四月だ雅之助。この春からやたらと半助が若い奴らに絡まれている。お前なんぞ心当りが無いのか。」
「ん?んん?・・・・・・・・さぁ、知らん。春にゃ盛りが付くのじゃないか。」


頭と雄三は明らかに怪しいと言った表情で雅之助を見たが、雅之助がそうそう尻尾を出すわけも無く、半助と下忍たちは謹慎を言い渡されてそれぞれの住処へ帰った。
雅之助は素知らぬ顔でやり過ごして疲れたので帰って寝るとだけ言い、自分も住処へと戻って行った。


飄々とした表情の裏、雅之助の背中は冷や汗に濡れていた。



「やっぱ原因はアレか?アレだろうな。参ったな・・・・・。」



雅之助は頭を抱え込み、この春のある夜を回想した。







半助は郷の中では浮いた存在だった。外来者だからというだけではない。
生まれ付いて見目良く、厳しい躾が立ち振舞いを無駄なく嫋に見せた。穏やかな物腰で大きく黒目がちの瞳は実際の年齢よりも幼く、健康的な桃色の頬は半助を更に愛くるしく見せた。鍛えられた身体は少年らしく健康的に艶やかで、物珍しさも手伝い男女構わず人目を惹く。
その精練され生まれ持った品が半助を里の人間から浮き立たせた。


そして騒ぎが起きた。


半助に懸想した山鹿が保護者である雅之助の目を盗んで半助を自分の住処に呼び出し無体を働こうとしたのである。
術に覚えのある半助は抵抗をするが技が未熟であるがため手加減が出来なかった。必死の反撃のうちに山鹿の腕を刺してしまったのである。
刺されはしたものの山鹿は一人前の忍び、大事に至らないように急所を外すように心がけ、未熟な半助の腕ではたいした傷にはならなかった。
浅く腕に刺さった小柄を難なく抜くと、そこから一筋の血が流れ出た。


その流れ出た山鹿の血を見て半助が狂った。


人の声とは思えぬような叫び声を挙げながら頭を抱え転げ廻る半助、それを見た山鹿は流石に驚いて助け起こそうとした。すると半助の目の色は変わり人とは思えぬ力で山鹿に掴みかかり噛み付き殴り付け、手の付けられぬほど暴れ出した。
騒ぎを聞きつけた雄三と雅之助が駆けつけ取り押さえようとしたが、半助の小さな身体の何処からこんな力がと思うほど振り回され、二人掛りでは押さえ切れなかった。
集まってきた若者五人でようやく半助の四肢をそれぞれ押さえ込み動きを止め、雅之助の調合による薬でやっと意識を失わせた。


   

  ****すけ***半・・・・・け・・・・ん・・・・・半・・・・・助、半助。


「ちが・・・・、私の名は伴輔だ、土肥・・・・伴輔。」


夢現から呼ばれる声に半助が答えようとしたとき、口の中に苦い液体が流れ込んできた。
無理やり現実に引き戻された半助の意識は覚醒し、そのとてつもない苦さに咳き込み飛び起きた。
雅之助が気付けの薬を口移しに半助に飲ませたのだった。



「雅之助・・・・此処は・・・・家か。私は一体どうした?」
「ああ、お前さんは山鹿に喰らい付いて、尚且つそれを止めようとした甲賀の手練五人を引きずりまわしおったわ。俺も雄三も体中痣だらけだ。」


ほれ、と雅之助は自分の小袖を捲ると左腕にくっきりと歯型、脇腹には青痣が出来ていた。
半助には山鹿が自分の手で小柄を抜き取っているところまでは覚えていたが、それ以降の記憶は無かった。


「解ら・・・ん、山鹿殿が小柄を抜いたところまでは・・・・そのあと目の前が真っ赤になって・・・・ああ、まるであの日の焼けた空のようだった。私は赤が・・・・血の色が・・・・・・たまらなく恐ろしくなって。」


自分の蒔いた種で恩人たちを死に追いやり、人の道を外れた日の夕暮れの真っ赤な空を思い起こしている半助を見て雅之助は眉を顰めた。
確かに落城は半助に責任がある。しかしそれを見抜けなかった自分にも非があるのだとその件は雅之助も悔いていた。

両の手で顔を覆った半助は泣いているのだろう、僅かに肩が震え小さく嗚咽も聞こえていた。
雅之助はその肩に手を掛けて抱きしめてやる。
時々夢にうなされるらしい半助は雅之助が体に触れてやると、すぅっと静かに寝息を立てることが今まで何度かあり、今も抱きしめてやると落ち着いた風で半助の呼吸も整った。
人に触れられることで気持ちが落ち着いたのは半助にも驚きであった。
人の温もりは自分の記憶の中には無いものだった。土肥の国にいた時でさえ知り得なかったものである。


「知らなかった。人の肌とは温かいものだな。これだけで大変落ち着く。」
「ん、そうか?・・・・・ってお前今まで抱きしめて貰ったりした事・・・・・ねぇのか。」
「有るわけないだろう。私は誰にも愛されたことも必要だと欲された事もない。」
「じゃが、山鹿の奴は・・・・。」
「山鹿殿は雄三殿の替わりが欲しかっただけだろう。雅之助が美しければお前でも良かったはずだ。誰でも良かったのさ。」


それは正論である。
山鹿が半助を誘ったのは肉欲を満たすためだけであったろう。


「所詮私は利用されるだけの人間なのだろうな。」
「そんなことあるか、現にワシはちゃんとお前の面倒を・・・・・。」
「土肥に頼まれただけじゃないか。」
「それはそうだが・・・・今では立派な家族だ。」
「家族?人質の間違いではないのか。良い忍びは家族を持つのが条件であろうが。」
「そんならわざわざお前みたいな手の掛かるじゃじゃ馬を家族なんぞにするか。」
「それじゃぁ放っておけば良かっただろう。」
「ああ〜、もう、何を拗ねとるんだ。何が気に食わん。」
「拗ねてなど居ない、真実を言っただけだ。結局私は誰からも愛されていないし、必要ともされていない、ただそれだけだ。」


人から特別な愛情を掛けられたことのない半助には愛情は自分の世界観に無い物で理解し得ない物だ。故に飢えている。
山鹿のせいでそのことを如実に身に知らされて自分自身の身の上に腹が立ち、またとても悲しくなった。そしてその八つ当たりの的に雅之助はさらされ困り果てている。
確かに半助は仲間であるが家族では無し、友人でも無し、知り合いと言うほど軽い存在でもなければ、弟と呼ぶにもどうも収まりが悪い。
しつこく食い下がってくる子供と女、特に拗ねて繰り言をいつまでも言う女は雅之助の苦手とするところであり、ほとほとウンザリさせられる。
馴染みの遊女辺りなら「五月蝿い」の一言で済まそうものを半助が相手ではそうも行かない。
こんな場面で突き放すようなことを口にでもすれば、半助は一生心を開かなくなるかも知れない。



そうした八方塞がりの中、雅之助は苦し紛れの一言を言ってしまった。




「ワシが・・・・ワシがお前を愛しとると・・・そう言ったらなんとする。」



「・・・・・・そんな・・・・嘘を言ってもすぐ解る。」


「こんな時に嘘なんぞ言えるか。」



元より人を信じることのない半助であったのに、生まれて初めての言葉にすっかり魅了され、相手が自分より数段上の腕前の忍びであることも忘れて、疑うことなくその言葉に聞き入ってしまった。

一方の雅之助は心の奥底ではしまった、早まったと自分自身に舌打ちしたが、今更こぼれた言葉は還らないし、半助の顔を見ていると今更言い訳だったとも言えずただ俯いた。

その様子が半助には真実の言葉と思えて頭がぼうっとして頬が熱くなる。こんな感覚は未だかつて味わった事の無い不思議な気持ちに、免疫の無い半助の心は無防備になった。
言葉の上では疑って見ても、心の中は雅之助の言葉に対する期待に熱く高鳴っている。

愛されるということに飢えている半助には自分の欲っするのが何であるか、心なのか言葉なのか、今となってはそれすらも不覚になっていた。

「雅之助は私を愛しているというのか?それは・・・・どんな・・・・その・・証拠とかあるのか?」
「証拠・・・・と言われてもだなぁ・・・。」
「何だ、やっぱり口から出任せか。」
「そうじゃない、そうじゃないが・・・・。」
「そうじゃないと言うなら何かあるだろう。」


行き遅れの女が千載一遇の好機を逃すまいと喰って下がるように半助はしつこい。望む答えは一つだけであるのに。

いつまでも煮え切らない状態に置かれ半助を無下にも出来ず、せっつかれ、騒動で疲れた身体と頭は正しい答えを見つけだせず、雅之助はとうとう・・・・・。


「半助、お前が欲しい。・・・・・・・ワシはお前に惚れとる。」



と、呟いた。








その時の半助の表情は、温かい命に直接手を触れたような、何とも言えぬ穏やかな笑みだったと雅之助は今でも忘れることは出来ない。




しかしその言葉が後々二人の関係を絡ませてしまうことなど、雅之助は終ぞ思いもしなかった。






〜つづく〜




2002/08/08                   


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『主な登場人物』


大木雅之助(二十二歳)
土井半助(十四歳)
野村雄三(二十三歳)
頭・・・・・・まだ秘密(年齢不詳)


ネット小説の恥は書き捨て


とは行かない。





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