穏やかで清々しい一日の始まりであった。
忍術学園の生徒は各々の部屋にて授業へ向かう仕度をしている時間である。
その中で凄まじい怒気をまき散らしながら廊下を歩く者が居る。
歩き方は忍であるにも関わらずだすだすとあからさまに大げさで、己の存在を周囲に知らしめるようであった。
その足音が自分の元に来るのを知っている者が居る。
腹の底に響いてくるような振動が自分に対する怒りと知って部屋の隅で小さくなっている。
原因を作ったのはやって来る人物だが行動したのは自分。しかし咎められる理由は何もないといい聞かせながら、迫り来る災難に体の震えを押さえ込み今開く戸をきっと睨み付けた。
足音は不破雷蔵の部屋の前で止まると同時に長屋全体を揺るがす程の力でスパンと戸が開かれた。
戸を開いた人物は無音の威圧感で其処に立っている。
それを迎えた雷蔵は確か羅漢がこんな顔をしていたと頭の片隅で思った。
真の恐怖と向き合った人間は無心になるという。
「雷蔵。」
声を真似ることさえ忘れた三郎はその名を低く口にすると、クイと顎を振り着いて来いという仕草を見せた。
「僕は今・・・・・手が放せない。」
震える声を押しとどめながら言い逃れようとしたが、もう一度名を呼ばれると雷蔵は催眠術にでもかけられたようにふらりと立ち上がり静かにその後についた。
二人が着いた先は武器庫。
堅固な石で分厚く壁が造られているので中の声が外へ漏れることはない。同時に外からの侵入者もない。
密談をするなら打ってつけの場所である。
三郎は入り口の際に立ち雷蔵を奥の方へ押し入れる。戸はごろりと重い音と共に閉じられつっかい棒が咬まされると雷蔵に逃げ道は無い。
三郎は素の声で静かに、だがとてつもなく重苦しく言葉を吐く。その声だけで室温が下がりそうだ。
雷蔵は三郎のじりじりとした威圧感で壁際へ追い込まれ背を壁にトンと付いた。
「さっき相模が俺に話し掛けてきた。」
「非常勤でも先生だよ、ちゃんと相模先生って・・・・・・。」
「その先生がお前に何をした!」
「何って・・・・・ご・・合意の・・・上・・・だ、君に・・・・君にとやかく言われる筋合いは・・・・。」
ダンッ!と雷蔵の顔のすぐ横に三郎の拳が打ち付けられる。さすがに壁を壊しはしないがぎりぎりと音を立てる拳は壁にめり込む勢いである。
雷蔵は膝が震えているのにも気が行かないほどの恐怖に立たされていた。
殺されると思う恐怖では無い何か別の恐怖。
「相模は俺を挑発するように言った。お前を抱いた、お前を落とすのなんざ簡単だったと。不破の名が聞いて呆れる、俺の名を出したらしっぽを振って喜んで着いて来たと。あいつはお前になんと言ったんだ!!」
雷蔵は胸が痛くなった。
尊大で自信家な三郎。それは決して自惚れではなく自身の資質と努力と経験に基づいたものである。そんな三郎が我を忘れてまで怒るような事態に追い込んだのは自分のせい。
「奴はなんと言った。言え、雷蔵。」
「三郎は・・・・薬学の出席日数が足りなくて落第するって・・・・。一昨日の相模先生の授業に三郎出なかっただろう。上級者の落第は退学を意味する、三郎ほどの忍たまの将来をたった一時間の授業欠席でダメにするのは勿体ない、だけど僕が、相模先生の言うことを聞いたら、出席したことにしてあげるって・・・・・。」
「それで。」
「だから・・・・・・相模先生に・・・・。」
「抱かれたのか、お前は!!」
熱い憤怒の息がかかるほど顔を近づけ同じ顔をした男はまたも壁を殴りつける。今にも崩れ落ちんばかりの膝を奮い立たせて雷蔵も言い返すが後ろめたさがあるのか、目線は宙を泳いだまま三郎と合わせることが出来ない。
「君には・・・・・関係のないことだろう、僕が勝手にやった事に・・・・なんでそんなに君が怒るのさ。それに君と僕はただの友人・・・・っ!」
その言葉が終わらぬ内に雷蔵は頬を押さえられ噛み付く勢いで唇を吸われ舌を絡め取られる。
突然のことに驚き三郎の肩を叩き服を掴んで引き離そうとするが、その手のさえも取られて押さえ込まれた。
震える膝がとうとう折れずるずると沈み込むと、今度は床に倒され押しつけられた。
「言ったはずだ雷蔵、俺はお前を好きだ愛していると何度も何度も、なのになぜだ!!」
「僕は君を好きだなんて・・・・一度も・・・・・言ってない・・・・・・。」
「・・・・・そう・・か・・・そうだったな。」
押し殺した声で一言呟くと三郎は雷蔵の上着を無理に剥ぎ取る。露わになった肌に噛み付き歯形を付け強く吸い紅い痕を着けた。その間にも雷蔵は抵抗するが力で三郎には適わない。
「やめろ三郎、やめてよ、放せっ!」
「何故?彼奴にはやらせたんだろう。誰でもいいんだろう、だったら俺にもやらせろ!」
脱がせた上着で両腕を縛り上げると体重で体を押さえ込み胸の突起を口に含む。強く吸い上げ舌先で転がし歯で噛むと雷蔵の口から吐息がこぼれる。三郎はそれを見て雷蔵を罵る。
「好きじゃない奴に吸われても感じるのか。雷蔵、気持ちいいと言ってみろよ。」
目尻に涙を溜め俯く雷蔵を見て三郎の眉間がぴくりと動く。
三郎は尚も雷蔵の体をまさぐり、舌で味わい、胸に紅い印を付け、その度に雷蔵に問いかける。
彼奴はこんな事したのか こうされたのか その時どう思った 気持ちよかったか
「雷蔵、言って見ろ。声を出したのか。」
「出して・・・・な・・・・・三郎放して、おねが・・・・だよ。」
小さく呻く雷蔵の体を引き起こして冷たい石壁に背を押しつける。
薄っすらと汗ばんだ首筋に歯をたて喰らいつき歯型をつけるその間にも、左腕は腰に回して身動きを止めておく。
そして空いた右手は雷蔵の口中へねじ込まれ歯列から舌の根までくまなく掻き回わす。
激情に駆られながらも無駄の無い三郎の行動に雷蔵は改めてその男の恐ろしさを思い知る。
腰に回っていた左腕が外れたと思うとすぐに帯が解かれその中へと進入してきた。ハッとした雷蔵が身を捩り逃れようとしたが三郎に隙は無い。胸で胸を押さえ込まれ口を指で占拠されたままで思うように抵抗できずに居る間に、左の手は雷蔵の敏感な先端を弄っていた。
「どうだ・・・・雷蔵、気持ちいいか。良いんだろう、もうコンナだもんな。」
耳元でそんな台詞を吐かれて顔を俯かせると露にされた胸からその下、三郎の手の中で誇張し快感を訴える自分の姿が目に飛び込む。開かれた足は三郎の体を挟み込んで閉じることも出来ない。
口の中で遊んでいた三郎の指が外されるとそれは雷蔵の唾液をたっぷりとたたえ糸を引きながら離れていく。息苦しさから開放された雷蔵がほっと息をつく間もなく、指は雷蔵の双の肉の間を分けその最奥へと分け入る。
優しく思いやってくれたならば身体も拒否しなかっただろうが荒々しい行動で雷蔵の身体に恐怖が蘇る。一昨日の放課後の出来事。合意の上と言っても愛情の入っていない行為は雷蔵にとっては苦痛と恐怖でしかなく、身体を突き上げられる度苦痛から逃れるため心の中で想い描いたのは他でもない、いま自分を犯そうとしているこの男であったのに、その男は自分を罵り怒りと欲望を自分へぶつけようとしている。
抵抗をする雷蔵など構いもせず、三郎は中指を雷蔵の奥へと一気に捩じ込んだ。痛みと衝撃で一瞬動きを止めた雷蔵を片手でしっかりと抱え込み耳元でなおも卑猥な中傷の言葉を吐き続ける。
ふん、一度男を知るとこうも感じるのか?もう欲しがって締め付けてんじゃないか。
違う
女より助平な身体だ、俺の指を咥え込んで離そうとしない。入る物なら何でもいいんだな。
違う
もう一本入れてやる・・・・・・うるさい、あまり悦ぶな。厭らしい音だなぁ雷蔵。お前の音だ。
いやだ、もう・・・
雷蔵に差し込まれた指がそれぞれ別の動きをし、身体を撹乱して意識が遠退きそうになると三郎は指を引き抜き雷蔵へ見せ付けた。温かい体内から冷たい室内へ出されたためほんのりと湯気が立ち昇っている指を見て、恥ずかしさから雷蔵が顔を背けると三郎は雷蔵の顎を掴み口の中へ指を捩じ込んだ。
「どうだ、お前の味だ。それともまだ相模の味が残っているか。」
その言葉に雷蔵がかっとなり指をギリっと噛むと三郎は平手でその頬を打ち、雷蔵の左足を抱え上げく張詰めた怒りと欲望の塊を雷蔵の怯える蕾の一気に押し込んだ。
解されていても女のそれとは違う入り口はぎっちりと隙間無く三郎を咥え込み締め上げる。容赦なく腰を押し進めまた引き戻す運動のたびに雷蔵の身体はギチギチと悲鳴をあげる。腹の奥底から身体を貫く威圧感で息が詰まり呼吸さえもままならず声も出なかった。
恐ろしさと悲しさより痛みによる涙が雷蔵から零れると三郎は鼻の先で小さく笑う。
「泣くな、初めてじゃあるまいし。好いんだろうこれが。」
 |
苦しい息の下で涙を流しながら首を振る雷蔵を無表情で見つめながら尚も犯し続ける。自分が望んでいたのはこんな物ではなかった筈だと頭の底で微かに思い出す。しかし苦痛に顔を歪めながらあられもない姿を晒している憎く愛しい人間を目の当たりにしては留まる事は難しい。
大切な者をボロボロに壊し汚すのはこんなにも気持ちの高揚することであったのか。
雷蔵の両足を肩に掛け腰を高く上げさせ自分の両手を雷蔵の肩に押し付けると、身体は曲げられ雷蔵らも繋がった部分とその間から首を擡げる己がよく見える。三郎の腰が打ちつけられる度に弾みで揺れ動く自分の物が腹に当たりペチペチと音を立て雫を飛ばす。それを面白がった三郎が更に激しく腰を打ちつけた。
「いいざまだ雷蔵、そんなに好いか。よし、それじゃぁ・・・・。」
三郎はそのままの体制で動きを止め雷蔵の物を握り扱き始めた。真っ赤になった顔を間近で覗き込まれ局部を扱かれる屈辱的な場であっても身体は快楽を求める。三郎を咥え込み扱かれる度に繋がった部分は切なく収縮を繰り返し締め付ける。雷蔵の敏感な反応を身体の一部で感じ取りながら三郎はうっとりとただし表情には出さずにその様を見つめていた。
これほどまでに煽情的で美しく、突付けばすぐに反応を返してくるこの身体をあの男は自分より先に好きにしたのか。
そう考えるとますます怒りが増し三郎は乱暴な手つきで雷蔵を扱き上げると、程無く哀しげな声と共に雷蔵は吐精し自分の腹を汚した。
三郎は吐き出された精を雷蔵の腹に満遍なく塗りつけ手に付いた物は嘗め取り、泣きじゃくる雷蔵にまた悪態をつきながらゆっくりと腰を動かし始める。その動きにあわせて泣き声とも喘ぎ声とも付かぬ微かな声を上げる雷蔵をからかう。
「よく泣くなぁ、そうやって男を誑かすのか。もっと鳴いてみろ。」
やや力を増して挿入を繰り返す三郎に突き動かされながら雷蔵が途切れ途切れに呟いた。小さな声だったが三郎にははっきり聞き取れた。
「泣いているのは君だよ・・・・三郎・・・・。」
「馬鹿言うな俺の何処が泣いている。お前自分の声が聞こえないのか。ほら・・・・・今もいい声をあげて・・・・。」
「僕には君の声が・・・・聞こえるよ。さぶろっ・・・・あぅっ!」
それを聞くや否や三郎が激しく雷蔵を揺さぶった。力強く打ち付けられる腰を雷蔵は一身に受け止めながら三郎の首に腕を回ししがみついた。怒りと悲しみ、欲望と快楽が混ざり合い頭の中はお互い真っ白になりながら本能のままに抱きしめ合う。三郎の白熱した塊が雷蔵の体内に吐き出され脈打つ刺激を感じると、それに触発された雷蔵ももう一度吐精を迎えた。
体中の力が抜け落ちぐったりと弛緩した雷蔵の胸に三郎は顔をうずめ荒く息をついていた。汗をかいてほんのり桃色にそまった雷蔵の肌の匂いを肺一杯に吸い込み深く吐き出すと、その吐息にさえ雷蔵の肌は敏感にぴくぴくと反応している。
呼吸で上下する雷蔵の胸に頭を乗せたまま何の感情も無く呆としていた三郎の頭を雷蔵の手が優しく抱き、子をあやす様に撫でていた。
「学園を出て行かれたら僕には君を追いかける術が無いんだ。如才なく何でもこなす君にどうしたって僕は着いて行けない。学園の中でなきゃ僕は・・・・・・。怖かったんだ、君に置いていかれるのが。三郎がこんなに怒るなんて思っていなかった、ごめんよ。」
「二度と・・・・俺なんかのために自分を捨て駒に使うな。それが出来ないなら置いて行く・・・。」
口付けを交わしながらも無表情の三郎を抱きしめた雷蔵は、口付けよりも謝るのが先なんじゃないかと思ったが甘く熱のある口付けに思考は蕩け始めていた。自分の中で再び熱を持ち出した三郎を感じると痛みながらも悦んでいる自分の身体がなんとなく可笑しくて小さく笑ってしまった。
夕刻、三郎は職員室に向かい相模を探したが姿が無い。その場に居た小松田に尋ねてみると先程提出された退職願が受理されもう学園を出て行ったという。
「あの野郎逃げやがった。」
「もういいよ、僕は気にしない。」
そうは行くかと愚痴ってみてもとどのつまり、雷蔵を手に入れる事が出来たのは相模のおかげも多少なりとある。きっかけを作ったのはあの男だった。
九分九厘腹立たしく思うが残り一厘だけは感謝してみた。
何事にも物怖じしない自分が雷蔵だけには今一歩踏み出せずに居たのは確かで、相模の一件がなければ自分はいつまでも雷蔵に手を出しかねていたろう。
身体が痛いと恨み言を言う雷蔵に苦笑いして謝るということも出来なかった筈だ。
「しかし腹が立つ。俺より先に・・・・ああ、腹が立つ。」
「いいじゃないか、君は僕の横に居るし。終わりよければ全てよしって言うだろう。」
「ばか、今始まったばかりだろう?俺たちはまだ終わってない。」
そうだったねとクスクス笑っている雷蔵に軽く口付けを落とし、そっと手を下の方へ滑らせると今日はもうダメだと叩かれた。じゃぁ明日、明後日は?と雷蔵を抱く約束を取り付けるのに一生懸命になっている三郎の表情が雷蔵は可笑しく、そして不思議だった。気配だけで怯えさせるほどの怒気を吐き出しながら雷蔵を抱いた三郎は表情一つ表に出さなかったくせに、どうして今はこうも表情豊かなのか。
あの時の自分は泣きじゃくって涙で顔はぐしゃぐしゃに歪んでさぞかし酷かったであろうに、三郎は小さく笑いはした物の最後まで無表情だった。心の底では泣いていたくせに表情を出さないのはずるいと拗ねて見せると、三郎は困った顔で視線を落とした。
「お前が憎くて可愛くて相模の野郎が妬ましくて。きっとしんべヱよりすごい顔で泣いてたぞ。」
「だからァ、その顔を見たいなって・・・。」
「だめー。」
「けちー。」
大きな声で笑う雷蔵がイテテと響く腰を抑え、三郎は慌てて腰をさすってやった。
二人の恋は今始まったばかりである。
・・・fin・・・
2002/03
●余談●
【扉の前で】
下級生A 「どうしよう、先生に武器庫から手裏剣とって来いって言われたのに。」
下級生B 「どうした?なに、この『使用中』って張り紙。」
下級生A 「ココの隅っこみて。ほら、ココ。」
下級生B 「はち・・・・や・・・・。ダメだ、戻るぞ!」
下級生A 「でも手裏剣どうすんの?」
下級生B 「貸出票を偽造して残って無かったって言やぁいいんだよ。」
下級生A 「ばれちゃうよ〜。」
下級生B 「ばか、後で先生から拳骨喰らうのと鉢屋先輩に今ココで殺されるのとどっちが良いってんだ。」
下級生A 「そりゃぁ・・・拳骨のほうがマシかなぁ?」
下級生B 「間違いない、きっと雷蔵先輩がらみだ。早く逃げよう。」
下級生A 「何で僕達がこんな事で悩まなくちゃ行けないの?」
下級生B 「いいから行くぞ。忍びは自分の命を優先させるもんだ。」
下級生A 「なんか割り切れないなぁ。」
下級生B 「それから生徒間だけでこのことを伝達するんだ、死人を出さないためにも。」
下級生A 「先生たちには?」
下級生B 「先生なら気配で直ぐ気づくだろう。不用意に近づいたりしないさ。ほら行け!」
下級生A 「ふにゃ〜い・・・・。」
そして静けさが辺りを包む。
扉の中の焦燥と愛憎を知りもせずに。
|