【点、ポイント】







人里を遥かに離れ、閉鎖され外との交わりを殆ど持たない忍びの一派がある。
しかしながらその深い英知と高い技能は永々と受け継がれ、時の権力者を利用しまた利用されながらも、その命運を左右する力がある。

深い笹藪を掻き分け、その隠れた郷に向かう一つの影がある。
影の主は相模源作、先日まで忍術学園で講師をしていた男である。
相模は郷の中で取り分け大きな館に入って行き、その郷の支配者たる人物、相模を手足として使っている男と会った。
相模の品のある穏やかな口調と違い、男の声は人を威圧する重厚さがある。





「よく戻ってきた相模。三郎の様子は如何であったか。」
「はい、忍術も学問も他の追従を許さぬ抜きん出た才覚を放っておられます。巧みに人に紛れ、一学生としての生活も恙無く過ごされており、忍びとして申し分ない力量を身に着けておいでです。」

「それは重畳、我が子ながら出来が良い。先が楽しみだ。」
「しかしながら三郎様には執着が。」

「執着?三郎がか。」
「三郎様の級友に不破雷蔵と言う武家の倅が居ります。これは取り立てて言うほどの成績ではございませんし、忍びには不向きな部類の、私から見ますれば『役に立たない』人間。三郎様はこの雷蔵に執着してございます。」

「フム・・・・・執着は弱点となり向上の妨げとなる故、我らには禁忌とされておる。その雷蔵は消せ。」
「では早速・・・・・。」

「いや、待て。三郎が執着したと言う人間を見てみたい。活かして連れてこい。」
「御意。」


相模は深く頭を下げると、再び闇の中に溶けていった。










「三郎、そっちの本取って。」
「ほれ。」
「それとその緑の表装のやつも。」
「ほれ。あ、雷蔵、これ表紙が取れかかってる。」
「じゃぁ、除けておいて。後で修繕しなくちゃ。」


天気の良い昼下がり。
二人だけの静かな図書室で、雷蔵は三郎と書庫整理と本の修繕に勤しんでいた。
三郎が雷蔵にくっついてまわるのは以前から見られた光景であるが、この一週間ほどは尚更であると、同級生のみならず教師達までが噂をしていた。


しかし当の本人達、特に三郎にはそんな噂話は何処吹く風やら、すれ違いざまに冷やかしの口笛を吹く上級生にまで「どうだ、羨ましいだろう」と言わんばかりにその熱愛ぶりを見せびらかす。
雷蔵は最近では口笛を吹く挨拶が流行っているのだと妙な勘違いをしていた。


破れた本の修繕をしている雷蔵の横顔を、三郎はその傍らで見つめている。なんて事はない幸せなひとときを過ごしていると、そこに事務の小松田秀作がやってきた。


「鉢屋三郎君、木下先生がお呼びです。職員室に来てください。」
「三郎、また何かやったのかい。」
「俺は最近イイコだよ。思い当たるフシはない。」


面倒な用事はさっさと済ませ、また雷蔵の顔を眺めていたい。
三郎は立ち上がり足早に職員室に向かった。


その場に残った秀作は事務室へ戻るではなく、静かに雷蔵の元へ歩み寄る。


「不破雷蔵、お前を見たいと仰る方が居られる。」


その場にいるのは秀作だとばかり思っていた雷蔵が聞き覚えのない声と殺気を感じ、顔を上げると見知らぬ男が立っていた。
即座に間合いを取り苦無を構えた雷蔵だったが、いつの間にか後ろに現れた人間に不意を突かれ手刀を叩き込まれ気を失った。






三郎が職員室に繋がる廊下を歩いていると、六年生の善法寺伊作と秀作が立ち話をしているところに出会した。いつ秀作に追い越されたのだろうかと三郎が不思議に思っていると、自分を見つけた伊作が話しかけて来た。


「珍しい。今日は一人なのか。」
「ホント、いっつも雷蔵君とべったんこなのにねー。」
「何を小松田さん、さっき一緒に・・・・・。」


三郎は秀作の顔を見てはっとした。
どこで怪我をしたのか鼻の頭に傷が付いている。しかも真新しいものではなく治りかけの傷。先ほど自分を呼びに来た秀作に傷はなかった。
全ての違和感が不安を呼び起こし、三郎はすぐさま図書室に取って返した。図書室の扉は閉じているが鍵はかかっていない。
勢いよく扉を開け中に飛び込むと、そこにはびっくりした表情の雷蔵が座り本の修繕をしていた。


「なに?どうしたの・・・・三郎?」


まん丸の眼を更に丸くして雷蔵は固まっていた。
ほっとした表情で三郎は雷蔵の背中を抱きしめる。ふわふわの髪に顔を埋め、前に回した指先は唇をなぞり頬を撫でる。そしてツツッ・・・と額へ滑ると、いきなりがしっと前髪を掴み首を仰け反らせ、喉元に苦無を突きつけた。突然のことで身動きもできない雷蔵に、三郎は低く冷たい声で問いかける。


「お前は誰だ。雷蔵をどうした。」
「何を言って・・・・僕が・・・・・らい・・・ぞう・・・。」


雷蔵の額から冷や汗がポタリと落ち床を濡らす。
三郎はその首を僅かに切り、もう一度問う。


「お前は・・・誰だ。」
「雷蔵だよ、三郎やめ・・・・。」


ザスリと三郎は雷蔵の首を裂く。
しかし致命傷は与えずに静脈と喉を裂いただけで、首から溢れる血液が気道に入り、雷蔵は息を詰まらせて苦しそうに噎せる。
その雷蔵を足蹴にし髪を掴み引き起こすと、三郎はもう一度問いかけた。


「最後だ。雷蔵は何処だ。」


雷蔵、の姿をした人間は苦しい息の下でも自分の正体を言おうとしない。
ギラリと眼を光らせ怒りに充ちた表情へ変わった三郎が苦無の歯を立て止めを刺そうとした時、先ほどの三郎の様子を変に思った伊作と秀作が駆け込んできた。


「待て!殺すな!」


伊作が止めると三郎はチッと舌を鳴らし苦無を退いた。
多量に流れる血を見て秀作はがたがたと震えその場にへたり込む。伊作は自分の頭巾を取り傷口に当て出血を止めようとした。この場に秀作を置いては不味いと判断した伊作は新野先生に知らせに行くように頼んだ。腰の抜けた秀作は呆然としていたが、伊作の恫喝で立ち上がり保健室に駆けていった。
秀作が居なくなったのを見計らい、伊作は三郎に説明を求める。


「どういうことだ。こいつは雷蔵か?」
「いいえ、違います・・・・。」


三郎が目の前の人間の耳の後ろからベロリと皮を剥ぐと、その下から雷蔵とは似ても似つかない見知らぬ顔が現れた。
血塗れになり苦しさにのたうつ人間を前にして二人は冷静に言葉を交わす。
三郎から詳しい事情を聞き出そうと思ったがこの様子では話すはずも無しと、伊作は学園長の所へ行けとだけ伝えた。
三郎も返事をすると、そいつは首を掻きむしらないように手を縛っておくと良いでしょうと言い残し、その場を去った。



「学園長、鉢屋三郎です。入ります。」
「入れ。図書室の方が騒がしいようだが。」
「申し訳有りません。実は。」


三郎は事の顛末を話した。
学園長表情を変えず三郎の話を聞き、茶を一口啜ると静かに言った。


「不破雷蔵を連れ出した者の正体は判って居るのか。」
「恐らく私の郷の息が掛かっております。郷特有の妖物の術を使っていましたので。しかし雷蔵を連れて行った理由が判りません。それに捕らえた男は私の知っている者ではない、外から雇われた者のようです。」

「鉢屋殿にも困ったものじゃ。お前を学園に受け入れるにあたり、一切の口出し無用と言ってあるのにのぉ。」
「申し訳有りません。」


三郎は郷の不始末を詫び深く頭を下げるが、その言葉に気持ちは込められていない。
学園長は顎に手をやりしばし考えを巡らす。


「三郎、お前が雷蔵の捜索に行ってくれんか。教師を出すのが一番なのだが、さすがにお前の郷が相手となるとこちらにも幾らかの損害が出るやも知れん。音便に事を済ますにはお前が行くのが一番良いだろう。」
「御意。」

「三郎。鉢屋殿のご真意が如何なる処にあるかは計り知れんが、忍術学園在学者にもしもの事が有れば、この大川が直々に推参すると、そうお伝えしておいてくれ。」
「承知いたしました、きつく申し伝えます。学園長、一つお願いがございます。先週まで此処におりました講師の相模源作、あの者の身元をもう一度調べて頂きたい。この件と関係あるか不明ですが、どうも妙です。」

「そうか、調べておこう。では頼んだぞ。」


三郎は直ぐに学園を後にした。










相模は馬子に身を変え、馬に大きな荷を乗せ街道を行く。
その荷の中身は雷蔵である。

雷蔵は目隠しをされ袋に入れられ運ばれている。手足を縛られたがそんなことはされなくても使われた薬のせいで意識も身体も朦朧として全く自由が利かない。
雷蔵に出来ることはうつろな瞳を動かすことと呼吸をすることだけで、耳に入ってくる音すら何の音であるか、正しい判断ができなくなっていた。
雷蔵の鼻に笹の葉の匂いが漂ってきた。ザクザクと笹を掻き分け歩く音も耳の奥で響くように聞こえている。笹の匂いに雷蔵が酔っていると、人が会話をしている声が聞こえた。直ぐ近くで声がしているのにまるで遠くの声のようで、何を言っているのか解らない。

そのうちに雷蔵は人の手で運ばれドサリと下へ降ろされた。
雷蔵を包んでいた袋が開かれ目隠しも取られたが、その場所は薄暗く雷蔵の眼にはなにも映らない。ただ、人が居ることだけが何となく判った。


「御屋形様、ご所望の品です。薬を飲ませて有りますので。」
「これが雷蔵か。わからん、どこが良い。」
「好みは人それぞれにございますれば。」


御屋形と呼ばれた男は三郎の父。
自慢の息子でいずれは一族の指導者となる三郎が、取り分けて美童ではなし、相模の話では目立って優秀な忍でもない、十人並の平凡な雷蔵の何に惹かれたのか不思議でならない。
三郎の父がじっと雷蔵を見ていると、相模は面白そうに笑った。


「お試しになっては如何です。この雷蔵、結構具合が良うございます。三郎様も其処がお気に入りではないでしょうか。」
「なんだ相模、お前も手癖が悪いの。」
「先に手を付けたのは私でございましたよ。それを知ったときの三郎様のお怒りはただ事ではございませんでした。ですから、此処に雷蔵が居ると言うだけで御屋形様も三郎様に恨まれ兼ねません。用が済み次第、証拠を残さず始末してしまわなければ。」
「儂はいい、女だけで手一杯だ。」
「それでは始末しておきましょう。」
「頼んだ。」


雷蔵の存在を軽く受け流すと三郎の父は部屋から出て行った。薄暗い部屋の中には雷蔵と相模の二人だけが残された。
相模は部屋に置いて有る燭台に灯をともすと雷蔵の顔近くを照らす。
眩しさに眼をしかめる雷蔵に、目の前の人物の輪郭がうっすらと浮かび上がって来た。そしてその人物が相模であると頭が理解出来ると、雷蔵の顔色は瞬く間に青く変わった。雷蔵は自ら進んでとは言え、相模に犯されたのである。


   

こんばんは、雷蔵君。私のこと忘れて居ませんよね、相模です。彼方の初めての男ですよ。
震えていますね。私のことが怖い?大丈夫、優しくして差し上げます。
私は彼方のことが好きなのですよ。


先程までこの部屋にいらした方。三郎様のお父上です。とても恐ろしい方ですけど親心ですかねぇ、三郎様の将来をとても心配なさって居られる。
もっとも、その心配の仕方に多少問題がありますけど。


身体、動かないけど頭は冴えているでしょう。
私特製の薬で面白い性質が有るのです。体の自由を奪えるのですけど、眼が光を感知すると頭と感覚だけが先に覚醒するんです。
ああ、相変わらず綺麗な肌をしていますね。
おや、こんな所に痕を残して。・・・クックック、三郎様もいたずらが過ぎる。


私は三郎様にとても期待しているのです。あの方はこの国の忍全てを統べる力がある。望みさえすれば天下一にも成れるお方だ。しかし彼方が居ると三郎様は他の事に目もくれない。あまり良い傾向とは言えませんね。
私は流れ者ですがその点で御屋形様と意見が合致したので御協力申し上げているのです。


今のうちに彼方を充分に味わっておこうと思っています。勿体ないのですが、終わったら彼方を始末しなければならないのでね。
三郎様が来るまであと半日は掛かるでしょうから、それまでは・・・。
愉しみましょう、ゆっくりと。




クスクスと、相模は楽しそうな笑みを浮かべ雷蔵の胸を撫でさする。優しく穏やかな口調で語りかけながら、慣れた手つきで服を少しずつ脱がせ、今や雷蔵の身体には手足の戒めたる縄だけしか残っていない。

数日前の恐怖が心と身体に蘇り雷蔵はガタガタと身を震わす。
あの時は相模をある意味合いの上で信頼していた。身体を交えることでお互い共通の秘密を持ち、三郎を救うことができると思っていた。相模は三郎を口実に自分の身体を望んでいるのだとも思った。
だが相模にとって自分の存在など紙切れに等しいと判ると、更に深い恐怖に襲われた。

力の入らない身体は相模の思うままに扱われ中心部に熱が集まる。
肩の幅よりも更に大きく足を開かれ、付け根の最奥に指を立てられ優しく動かされると不覚にも声が漏れた。
脱力した身体は進入してくる指を拒むことも出来ずすんなりと受け入れる。


「おや、あの時はそんなに好い声は聞かせて貰えなかったのに。三郎様ったら、彼方をこんなにしてしまって。全く、色んな意味で恐ろしい人だ。クックック・・・・。」


その反応を愉しむように相模は指で雷蔵の身体を掻き乱す。
僅かな期間で三郎に慣らされた身体は素直に快感に身を震わせ、雷蔵の思いも寄らぬ処で勝手な反応をする。
不意に漏れる声に自らを恥じた雷蔵の瞳から涙がこぼれ落ち、頬を紅く染める。
相模は雷蔵の体内に埋めた指の数を増やし激しく雷蔵を追いつめた。快感に押し流され限界を迎えそうな身体が、相模の指をキュウッと締め付け更に声に色が染まった時、閉じられた障子の向こう側から冷ややかな声が聞こえた。




「変な癖を付けられちゃ困る。雷蔵を其処まで仕込んだのは俺なんだから。」


地獄の判官のような抑揚のない腹の底に響く低い声。だが雷蔵にとっては天の救いの声だった。その声の主を同時に判断した二人は互いに違う表情を示した。
相模にとっては一番会いたくない人間。


「お早いお着きで、三郎様。」
「さ・・・ろぉ。」
「人ン家で人の恋人に手を付けるとはいい度胸だ、相模。」


雷蔵と、覆い被さっていた相模との間を苦無が飛んだ。それを除ける相模は雷蔵から離れ飛ぶ。続けざまに投げられた手裏剣は空を切って壁に刺さり、相模は除けながら素早く外へと逃げた。三郎もそれを追い外へ飛び出し、部屋の中には雷蔵だけが取り残された。
遠くで金物のぶつかり合う音と、宝禄火矢の爆音が続いていた。

薬で未だ身体は動かせず、人形の様にごろりと横になったままの雷蔵は、三郎の還ってくるのをじっと待った。
一刻ほど続いた轟音と金属音は何時の間にか止み、静かになっていた。まさか三郎がやられはしないだろうが、やはり気になる。相模は三郎を敬っていたが傷つけないとは限らない。
忍術学園の教師として迎えられた程ならば腕も立つはず。何しろさっきの苦無、あれは確実に相模の首を狙って撃たれた物だったのに、いとも簡単に除けられていた。
腕前が互角でも年の功と強かさでは相模の方が上に思え、心配で生きた心地もしない。



落ちた陽に替わり月が昇ってきた。
月光に照らされ部屋の入り口に立った影は三郎だった。


「スマンな雷蔵。待ったか。」
「さ・・・ろぅ。」
「怖かったか。寒くなかったか。」
「・・・ぅ・・・ん。」
「すまなかった。」


三郎は跪いて雷蔵を抱きしめる。
両腕で絞め殺さんばかりに抱きしめて胸の中に抱え込み、雷蔵の髪の匂いを胸一杯に吸い込むと、にわかにその指先が雷蔵の尻をツツっと滑った。


「さぶ・・・ろぅ?ぁっ・・・・ふぅっ・・・ン。」
「もうその気になってただろう?続き、してやる。気にすんな、俺ンちだ。」


さっきまで泣きそうな顔で雷蔵を抱きしめていたのに、今はもう悪戯に充ちた顔で嬉々として身体をまさぐっている。
時と場合を考えろと一言言って張り飛ばしたいのは山々だが、まだ薬の効いている身体では思うように口もまめらず、力も入らない。第一、身体のほうはせっぱ詰まった状態で放り出されていたのだから、熱の放出を求めて仕方がない。
雷蔵は全てを三郎に任せて身体の力を抜いた。
脱力し余計な力が入らない分鋭い快感が身体を駆け抜け、雷蔵は三郎の手練によって程なく意識を手放した。


次に雷蔵が目を覚ました時は月が頂点に掛かっていた。
未だ身体に怠さが残るが腕はゆっくりと動き、身体は多少の痛みを残しているだけだった。遠くで怒鳴り声が聞こえる。それは学園内では聞くことのない、おそらくは雷蔵だけが知りうる三郎の地声だった。
三郎の怒りを治めたくてその場に行こうとしたが、其処までは身体が動かなかった。
雷蔵がゴロゴロ、モゾモゾと身を動かしているとその気配を感じ取ったのか、すぐさま三郎が飛んできた。


「雷蔵、起きたか。大丈夫か?動くな、まだ薬が抜けていないだろう。」
「う・・・ん、大分動く・・・。三郎、何を怒っているの?」


先程の怒鳴り声とは打って変わって、子供をあやすような猫なで声で三郎が擦り寄ってきた。起きあがろうとする雷蔵の身体を気遣い、やれ水だ、やれ薬を呑めだ、下にも置かない構い方はいつにも増しての過保護ぶりである。
三郎にしてみれば今回雷蔵の身に降りかかった全ての諸悪の根元が自分の父親であると判って雷蔵に申し訳ないやら、また、自分の存在までも呪わしく思われ、目を合わすこともせず雷蔵を抱き寄せて口付けた。
これが三郎なりの精一杯の謝罪の方法と、雷蔵もゆっくりと三郎の背に手を廻し抱きしめた。









月の出ている明るい夜道を、実家から失敬した馬に二人は跨り学園への道をゆっくり進んでいた。夜の空気は冷たく頬を刺すが、くっついていればさほど気にならぬ程であった。
怠さの残る身体を支えられない雷蔵は、しっかりと三郎に抱き留められていた。
未だ雷蔵の身体から薬は抜けきっていないが、忌々しい場所で休むわけにもいかず早々に実家を後にした。


「三郎、お父様は・・・・何か・・・・。」
「何もクソもねぇ、あの野郎、相模とつるんでやがったくせにそんな奴ぁ知らんとぬかしやがった・・・・!」
「ハハ・・・さすがは君のお父様(神経の図太さは父親譲りだ)・・・・。でも、それも君を心配してのことなんだろう?詳しくは知らないけどそんなに怒らなくても・・・。」
「怒るなだと?俺の親父はお前を殺せと相模に命令していたんだぞ!俺の将来に邪魔だからって。お前が相模に、その・・・・なんだ・・・・・・噛みつかれたのだって・・、俺の出方を見るとかなんとか・・・たったそれだけの理由でだ。なのにあの野郎、証拠がないのを良いことに相模など知らん、そいつが勝手にお前を連れてきたのだろうなどと、我が親とは言いながら見下げ果てた奴だ!」
「ね・・・ぇ、相模先生は?どうしたの。」
「なんだよ・・・気になるのか・・・。」


三郎はたった今まで興奮して自分の親の悪口を言っていたが、雷蔵が相模の行方を尋ねた途端一気に冷めた声に変わった。
特に気になったのでは無い、ただ激しい戦闘の顛末を知りたいだけであったのだが、三郎にとって相模の行方を知りたがる雷蔵は面白くない。お互い相模に対して痼りがあるから尚更である。

相模に惚れているのか、未練でもあるのかと三郎は雷蔵を問いつめ、雷蔵がどんなに否定してもそれでもなおしつこく取りすがる。
普段の雷蔵であれば突き放してげんこつの一つもくれて戒めの言葉を突きつけるのだが、今の身体は三郎にしっかりしがみついていなければ落馬してしまう。
雷蔵はいい加減面倒になってきて、この如何ともしがたい状況をどう打破すべきか考えを巡らせ、仕方なく最終手段を用いることにした。


「さぶろぅ、口付け・・・して。」
「なっ・・・・・お前・・・誤魔化そうたって・・・っ。」
「さぶろぅ・・・・・。」


あっけなく三郎は陥落し、辺りは再び月明かりのみの静かな夜になった。












「柘植の刀禰の話では、学園に派遣した相模源作の容貌は、背は低く骨太でがっしりした三十代後半の色黒の男である、と。」
「先週末まで学園にいた相模源作は長身で色白、三十代前半の優男でしたから・・・・。」
「む・・・・・。まぁ、良い。生徒は無事に戻ったことだ。鉢屋殿にも信書を送って居るから暫くはおとなしいじゃろう。」
『信書って・・・・。』
『脅迫状のことだよ。』






使いに出した六年生の報告を聞いた学園長は暫く腕組みをし眉間に皺を寄せていたが、何でもなかったように茶を啜っていた。
学園長にとって生徒が無事に戻りさえすれば学園に損失はなく、あとは柘植と鉢屋の郷で諍いが起ころうとどうでも良いことである。
六年生が部屋を退出した後、土井半助が音もなく天井から舞い降りた。


「相模源作なる男、鉢屋の郷に現れる以前、並びにその後の行方一切知れません。引き続き大木先生が調査を進めておりますが見通しは暗いようです。」
「そうか、ご苦労。捕らえた方は何か喋ったか。」
「奴は途中で相模に雇われた甲賀の抜け忍でそれ以上は何も知りません。甲賀には遣いを出しましたので引き取りに来るでしょう。」
「今ここでとどめを刺した方が親切ではないか?」
「決まりですから。」


事務的に言うと半助は去っていった。
学園長は再び茶を口にして深く一息吐いた。







天気の良い昼下がり。
二人だけの静かな図書室で、雷蔵は三郎と書庫整理に勤しんでいた。
雷蔵は仕掛かりだった破れた本の修繕をしている。そして背中にはべったり雷蔵にくっついている、と言うより取り憑いている三郎の姿がある。
三郎は雷蔵の仕事を邪魔しているつもりはないのだが、雷蔵にしてみれば邪魔で仕方がない。しかも、後ろから恨みがましい声でずっと話しかけてくるのである。


「雷蔵〜、ホントに指だけか?ホントにホントにそれだけだったのか?他に変なコトされてないか。」
「ホントだって・・・・。もう、いいじゃない。」
「良いわけ無いだろう、あの野郎がお前に変な癖付けていたら大変じゃないか。」
「それは、もう・・・・(十二分に確かめた癖に)。」
「指以外で変なコトされなかったか?」
「他に・・・・あ、そうだ。『こんな所に痕を残して』って言ってけど、一体何処に何が残っていたんだろう?」


その時の台詞を思い出しながら雷蔵は考える。自分は身体が動かなかったので、こんな所が何処なのか確認できなかった。すると三郎が「あっ」と言ってにっこり微笑み、雷蔵の右足を押し広げた。袴の脇から手を差し入れもぞもぞと内股の奥まで進み入り、足の付け根部分をまさぐりぷにぷにと摘んだ。


「ココに印を着けといたんだ。」


いつの間に・・・と言いかけて雷蔵は口ごもる。まさかそんな処に印を付けられていたとは思ってもみなかった。顔を赤らめながら俯かせ、無言のままに手だけ忙しく動かしていた。

思い立ったように三郎が耳元に口を寄せそっと囁くと、俯いた顔は机に着くほど垂れ下がり、更に雷蔵の顔は赤く染まり耳まで真っ赤に変わる。
雷蔵の反応を見て嬉しそうに笑った三郎は立ち上がり、軽く手を振り図書室を出ていった。

三郎が何を囁いたのかは雷蔵のみが知るところであるが、動く手とはうらはらに、本の修繕は一向に進んでいなかった。




*〜fin〜*






2003/02







*〜*言い訳*〜*

『すごく怖い(+α)三郎を!!相手がプロであろうとも・・・火の中水の中雷蔵のためならエンヤコーラエンヤコーラっ!最後は相手が酷い事にっ!ヒィィーっ(長っ)みたいな三郎。』

当家の17000カウントをお踏みあそばしたsukai様より賜りましたリクエストは上記の通りでございました。
そして出来上がったのが↑これでございますが。最初に申し上げます。ゴメンナサイ。
sukai様のお題をみて「ヒッヒッヒ。こりゃ楽しそうじゃワイ。」と思い直ぐ書けるであろうと思っていたのがこの有様。
だって、三郎が勝手に動いて行くんです。私の思惑とはうらはらに。
仕方なかったんです。全て三郎が悪いんです。そう、三郎が・・・・。

そんでもってこの小説は、以前に
他のサイト様へ捧げた小説の続きと言う形をとりました。
相模なるオリキャラは、私の中でお気に入りキャラとなっており、いつかまたこいつを使った小説を書きたいなと思っていたところへsukai様のリクエストがございましたので、そのご相伴に預かったというか・・・。
相模は三郎と同じくらい「いい性格といい腕」をした正体不明の忍びですが、今現在では三郎よりちょっと強い、てな感じで、そんでもって雷ちんを三郎より先に喰っていたりして・・・。

ちなみに相模の名前ですが、最初は無かったんです。「相模」だけだったのですが、小説を書いている途中にラジオから「ゴムじゃないコンドーム、サガミオリジナル」というCMが。
(サガミ=相模+オリジナル=原作=源作)(相模源作)
と、命名された次第です。




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