menu

奇譚小函―きたんこばこ―

R-18 二次創作テキストサイト

スパルタクス×ぐだ子

私が愛した叛逆者

錠の外れる重々しい音と共に、怪物が鉄の檻から柵で覆われた闘技場へと放たれた。
山羊と獅子の双頭を持つ異形の獣が吼え猛る。その前には一人の少女。対戦相手どころか、生贄あるいは獲物と言う方が相応しいだろう。
手足に枷をはめられ武器も持たない彼女の運命は風前の灯火だった。しかし、その表情に緊張はあっても恐怖や絶望は欠片もない。
巻き起こる風が少女の赤い髪を揺らす。怪物が鋭い爪と二つの口で獲物を引き裂き、喰らいつこうと躍りかかった。
砂塵混じりの風に、鮮血が飛沫いた。
怪物は目を剥いた。柔らかい肉を咬み裂く感触とは違う。鉛色の丸太のようなものが獅子の口に突き込まれていた。
それは人の腕というにはあまりに太く、無骨で、強靱だった。
腕の持ち主もまた異様だった。怪物と並んでも見劣りしない巨躯に、屍人のような鉛色の肌。顔を含めた全身を拘束具で締め付けられ、暴力的なまでに発達した筋肉がはちきれんばかりだ。
食いちぎろうとするも、腕に食い込んだ牙は筋肉で止まって動かず、顎を閉じる事も腕を離す事もできない。
主たる少女をその背に庇いながら、鉛色の肌の巨漢がにたり、と笑った。

「いいぞぉ! この痛みこそ生の証、返礼に我が誇りを受けよ!」

グラディウスが一閃し、獅子の頸を斬り落とした。先程とは比較にならない大量の血潮が迸り闘技場の砂を濡らす。
肉を切らせて骨を断つカウンターであった。男は片腕に食らいついたままの獅子頭を振り捨て、柵の外の観衆がどっと沸き立つ。

「マスター、巻き添えにならぬよう離れていなさい」
「わかった、スパルタクスも気をつけて!」

先輩!と駆け寄る淡紫の髪の少女にマスターを託し、彼女の大盾の後ろに匿われたのを見届けたスパルタクスは、襲い来る対戦相手に再び向き直った。
山羊頭が二本の角で突きかかるのを防ぎもせず、腹筋を抉られ血反吐を吐きながらもその顔は狂気の笑みを浮かべている。

「はははは! 思う様突いて来るがいいッ! 心臓を貫かれた程度で私は止められん!!」

片方の頭を失っても戦いをやめない獣は紛れもなく怪物だったが、負傷を顧みずそれどころか喜んで攻撃を受けるこの狂戦士もやはり怪物だった。
怪物同士の死闘を制したのは、スパルタクスの方だった。血に濡れた剣を翳し、高らかに勝利を宣言する。

「当然である。我が叛逆は永遠不滅!」

傷だらけの勇姿を見上げ、赤い髪の少女――人類最後のマスターは拍手を贈った。
……如何なる因果か、ローマ軍の野営地に囚われた彼女らは、見世物として数々の怪物と闘技を演じさせられる事になったが、叛逆の剣闘士スパルタクスの奮戦によって窮地を潜り抜けた。

「まだ世界に圧制者は無数にいる。それら全てに打ち勝つまで、私の戦いは終わらない。そう、決して――
それまでは、君にも地獄の底まで付き合って貰おう。我がマスターよ!」

だが、ここは今や聖杯の影響を失い、修正されつつある時代。
そのためか一時的にレイシフトが不安定になり、マスターとスパルタクスの二人はカルデアに帰還できずローマ郊外の貴族の館で一夜を明かす事になった。
連合ローマ軍侵攻のため住人が避難した館はもぬけの殻のままだったので、二人は夕闇に紛れてこっそり入り込み、携帯食料で食事を済ませた。

「ふう……カルデアの皆も夕飯食べた頃かな、マシュとフォウくんだけでも帰れて良かったけど……」
「やはりひどく消耗しているようだな、マスター。顔色が良くない」

派手な絨毯の上にじかに座り込んだまま、マスターはこくりと頷く。空腹は満たされたが、ほっと一息つくどころか浮かない顔でいた。多くの英霊を惹き付けるいつもの精彩はそこにはない。
全身の倦怠感はひどくなる一方で、貧血のような、病み上がりのような心もとなさ。
この時代に取り残されて半日ほど経った頃、歩いていられなくなるほどフラついて、今の状態で夜営は危険だとスパルタクスに抱えられこの館に避難したのだった。
これでも体力には自身はある、一日位歩き通しでも倒れてしまうほどヤワではないはずだった。

(やっぱり、あれのせいかな……)

普段はカルデアからサーヴァントへ供給されている魔力が一時的に断たれたせいで、スパルタクスへの魔力はマスターである彼女から絞り出されている。
さらに悪い事に、マスターの少女は魔術の素養など何もない一般人であり、数あるクラスの中でもバーサーカーは魔力を多く消費する性質である。
つまりこうして一緒にいるだけでもただでさえ少ない魔力を消耗しているのだ。サーヴァントの中でも古参で、何かと頼りにしている相手ではあるが、今回に限っては相性が悪かったかもしれない。

「……というわけで、多分魔力不足のせいだから今夜はもう何もしないで休んだ方がいいと思う……心配かけてごめんね、スパルタクス」

一応状況の説明はしたが、相手は意思疎通が極めて困難というか不可能とまで言われる狂戦士。圧制者と見なす者が目の前に現れたらマスターの事など忘れてすっ飛んでいくかもしれない。
例え召喚主が力尽きれば、自分自身の霊基も消滅するとしても。
だが、今の彼は『圧制者を滅ぼす』よりも『目の前の弱者を守る』方を優先してくれたようだった。

「私に何か力になれる事はあるかね」
「大丈夫、ベッドまで歩く事ぐらいできるよ。おやすみ……」

人の寝室を勝手に使うのは気が引けるが、眠って少しでも回復しなくてはならない。これ以上仲間に心配をかけまいとマスターは気丈に立ち上がったが、疲労が脚にきているのかバランスを崩して倒れそうになる。
しかし、横から素早く伸びた逞しい腕が細い体を支えた。
歩けると言った端から転びかけた様をからかう事もなく、スパルタクスは片手で軽々と少女を抱え上げ、寝室の扉へ向かった。

「あ、ありがとう……あの……」
「ははは、礼など不要、愛すべき同士である君を支えるのは当然の事。弱っているならば尚更だ」

感謝の言葉を述べる代わりに、マスターの少女はスパルタクスの太い首にぎゅっとしがみついた。そうでもしないと照れ臭くてたまらなかった。



寝室は広く、家具や調度も貴族の館らしく豪華なものだった。大きな窓から差し込む月の光が、室内を青白く照らしているおかげで暗闇に迷う事はなく、スパルタクスはマスターを寝台に連れて行った。
絹の夜具の上に腰を下ろし、靴を脱いだマスターはもう横になるだけのはずだったが、スパルタクスから離れずにいた。

「マスター……?」
「もうちょっとだけここにいて、こうしていると少し楽なの」

そう言って引き止めるマスターの指先は冷たかった。夜の肌寒さのせいではなく、体温を保てないほど消耗しているのだろう。
しかし、スパルタクスの大きな肩にもたれて目を閉じている顔は安らかに見えた。

「私から触れてもいいかね、マスター」
「え? ……うん、いいよ」

何を思いついたのか、スパルタクスの提案にマスターは生返事で答えた。疲れ果て、半分眠りに落ちそうだった。
脇の下に手を回され、膝の上に抱え上げられる。今や目を開けるのも億劫で、されるがままになっていた。
唇に何やら温かいものが触れ、そこから伝わる仄かな熱が全身に染み渡っていく。
注ぎ込まれる形のない温もりを、マスターは親鳥に餌をもらう雛のようにただ受け入れる。次第に身体のだるさが緩和され、今にも消えそうだった意識がはっきりしてきた。

(あったかい……気持ちいい……)

スパルタクスは、自分の中の魔力を与えようとしているのだった。
以前にも覚えがあるが、受けたダメージを魔力に変換する彼の宝具は、膨大な魔力をその身に蓄える事も可能だ。
ただ存在するだけでもサーヴァントに魔力を吸い取られてしまうマスターに、多少なりとも効率良く分け与えようと口移しという手段を選んだのだろう。
さっきまで彼に抱きついている間は少しだけ身体が楽だったのを思い出す。接触でも効果はあるようだが、今と比べれば微々たるものだ。衣服で隔てられているせいかもしれない、直に触れ合えばもっと――

「ふぅ……これで幾らかでも楽になっただろうか」

唇を離し、スパルタクスが声をかけてきてはっと我に返った。一体何を考えていたのだろうと勝手に気まずくなる。
相手の好意に甘えるようで悪いと思ったが、かろうじて聞き取れるほど小さな声で、もう一度、と囁くのが精一杯だった。
互いの顔が近付き、緊張に強張る唇と、笑みの形のままの唇が再び重ね合わされた。
彼の顔の拘束具が頬に触れて冷たいと感じたが、それも一瞬の事で後は夢中になって貪っていた。
砂漠で渇いた遭難者が水を求めるように、無意識に魔力を求めて自分から舌を差し入れると相手もそれに応えるように絡ませてきた。

「んぅ……んふっ……」

文化の違いや親愛の情から、他のサーヴァントが挨拶代わりにキスしてくる事はあったが、これほど濃厚な仕方は経験がなく、何にも例えられない心地よさにいつまでもこうしていたいとさえ思う。
思う様貪られたにも関わらず、何事もなかったような顔で「まだ足りないかね?」と尋ねてくるスパルタクスに、おずおずと頷く。確かに魔力も足りないが、口付けよりもっと先の行為が欲しかった。
魔力回復の手段とは関係なくスパルタクスを求めている自分に気付き、さっきまで青ざめていた頬が恥じらいに熱くなる。
マスターという立場でこんな我儘を押し付けるのは彼の言う圧制ではないのか、愛するというならもっと別の方法もあるのではないかと戸惑いながらも、頬を染めた少女は恐る恐る望みを口にした。
誘惑の淫靡さからはかけ離れた、初々しくつたなく、なんとも微笑ましいほど率直な望み。
スパルタクスはそれに怒る事も拒む事もなく、怪物を相手に闘技に臨む時や、少女を気遣う時と変わりない笑みを浮かべていた。

「君は私と、契りを交わしたいと?」

『契り』。サーヴァントとマスターの契約とは違う意味のそれ。
この場合は男女の関係になる事を言うのだろうが、彼の口から出ると不思議と生々しくない響きに思えた。
マスターの少女はその言葉に再び頷き、はっきりと意思表示をした。

「……はい。マスターとして、じゃなくて私はあなたと……地獄の底まで付き合うと誓った相手と、対等に契りを交わしたい」

自分がマスターで彼がサーヴァントである以上、スパルタクスの望む真に平等な関係は有り得ない。もしあるなら、それは人理修復を終えてマスターという立場から解放される時だ。
しかし、それは同時にスパルタクスが役目を終えて英霊の座に還る時でもある。

「スパルタクスが言ってたように、私がマスターである限り無駄かもしれないけど、でも、どんな形でも少しでもあなたに近付きたいの」

この男を知り、理解するという事は、即ち狂気にじかに触れる事である。彼女もまた、既に狂気に囚われているのかもしれなかった。
スパルタクスは普段と変わらぬ穏やかな目で見下ろしていたが、いきなり大きな両手をマスターの少女の肩に置き、全力で抱き寄せた。骨がきしみ息も苦しくなるほどの力強い抱擁に、目を白黒させる。

「君から贈られる愛の深さに見合うか分からないが、私からも万感の思いを込めてこの抱擁を返そう」
「スパルタクス……」
「我がマスターよ、いずれ君が圧制者となる日が来ようとも、今の言葉を決して忘れはしない! 感謝! ただ感謝!!」
「あっ、はい……」

精一杯絞り出した言葉は無駄ではなく、確かに彼に届いたらしいが、叛逆の英霊の琴線は常人とはいささか異なるようだった。
酸欠と羞恥に顔を真っ赤にして「潰れちゃうよ」と訴え、万力のような腕の力がようやく緩められる。少女は改めて自分からスパルタクスに抱きついた。とても背中に腕が回りきらないが、一時でも心が通い合ったのが嬉しくて満足げに微笑む。

「――さて、さっそくで悪いが君さえ良ければ契りを始めるとしようか」

スパルタクスは眩しいほどの笑顔でのたまい、そんな彼女をまた赤面させた。



それ自体が重装甲のような筋肉に幾筋も刻まれた古傷を、小さな手が撫でる。石像のような肌の色で目立たないが体中に大小無数の傷痕があり、特に背中には鞭打ちで負った凄惨な傷が幾重にも走っていた。
手袋と脛当てを外した太い手足首にも擦れた痕が残っており、四肢に枷を付けられていた年月の長さを伺わせた。
全身を締め付ける拘束具から解放され、生まれたままの姿でスパルタクスはマスターと肌を合わせていた。寝台のそばの床には、マスターの魔術礼装と下着が脱ぎ捨てられている。
それなりに長い付き合いだが拘束具を外した素顔を初めて見る。彼の顔の一部のように馴染んでいただけに、何も着けていない様は新鮮に映ったが、マスクの下の一際大きな傷に目を見張った。
額を割られたような大きな裂傷と、鼻筋を横切る一文字の傷。どちらも普段はマスクで隠れているが、あらわになるとずいぶん印象が変わる。

「私にとっては何にも勝る誉れだが、傷が恐ろしくはないかね」
「はじめは痛々しかったけど、今はスパルタクスの一部だから愛しく思えるようになったかな……ここも」

マスターはそっと顔の傷痕に口付けた。この傷の一つ一つが弱者を守り、強者を打倒した彼の戦歴であり、生き様そのものだと分かる。それを全て見せてくれたのが嬉しかった。
瞼や鼻先に小鳥がついばむようなキスを受け、スパルタクスの笑みがくすぐったそうに歪む。
お返しのようにマスターの華奢な体を抱き寄せ、月明かりの中でも日なたの匂いがする肌に唇を寄せた。

「うわっ、スパルタクス……」

一日歩いてそれなりに汗もかいているし、砂塵にまみれた身体で抱き合うのに抵抗がなかったと言えば嘘になる。相手が風呂好きな性分だけに余計気になった。
しかし、入浴で身を清めていても同じ事だったかもしれない。魔力の循環による副作用なのか、男の手に触れられたマスターの全身は早くも火照りだし、日中の比ではない程の玉の汗を滴らせていた。
顎から首筋に沿い、形の良い乳房の間へと流れる雫を肉厚の舌が舐め取る。

「くすぐったいよぉ……」

満更でもない様子でそう訴えるマスターに、唇と舌での愛撫に忙しいスパルタクスは、至近距離で吐息だけで笑い返した。
いつもの豪快な高笑いとはまるで違うそれにどぎまぎし、ますます鼓動が高鳴る。
スパルタクスの頭を抱え込む細い指がくすんだ金髪を乱し、編み込みが解けてしまう。汗でほつれた前髪が額に張り付いているのを見下ろしながら、今夜だけで彼の新しい顔をいくつ知る事になるのだろう、とマスターは思った。

「こんなにも小さく、柔らかく、脆そうな躰の奥で、確固たる叛逆の意志が内から君を輝かせているのだな」

二人の熱を帯びた吐息の間に睦言が綴られる。同胞を鼓舞する言葉とも、圧制者を弾劾する言葉とも違う響きの声で。
何度も重ねて熟れた唇の甘さ、汗に濡れ光る素肌の手触り、海に沈む夕陽に似た色の潤んだ瞳、そのひとつひとつをスパルタクスは語彙の限りを尽くして称賛した。
狂気に囚われながらもどこまでも真摯な男だと知っているマスターだったが、今ばかりはその真摯さも流暢な言葉も面映ゆくて仕方がなく、時折彼の唇を求めては睦言を遮った。
マスターの手がスパルタクスの上腕の筋肉に沿い、肩から胸へと滑る途中で指先に刀傷が引っかかった。今は塞がって古傷となっているが、その大きさから生前に負った時は相当な深手だったと思われた。
彼の最期はローマ軍に取り囲まれて顔も分からぬほど切り刻まれたというが、もしやこの傷が致命傷となったのだろうか。

「ここの傷……ずいぶん大きいけど、痛くなかった?」
「気にせずとも良い、これこそ今もなお私に力を与える根源の刻印である」

恐る恐る傷跡を撫でる指先をスパルタクスに捕まえられ、味見でもするように口に含まれる。
指が口腔から解放されて間もなく、剣奴として、叛逆者として戦い続けた男とは対照的な、傷一つ無いなめらかな肌へと再び唇が落とされた。
荒い呼吸に揺れる瑞々しい双丘にむしゃぶりつくように顔を埋めて愛撫する様は、男女の戯れというよりは大きな獣が獲物を捕食する様に似ていたかもしれない。
それでも華奢な体を体格差で圧し潰さないように気を付けているのが分かり、マスターは安心して身を委ねる事ができた。

「もう私を受け入れられるだろうか、マスター?」

スパルタクスに声をかけられ、二人の体の間で存在を主張しているものに気付く。
マスターの少女の姿と声と匂いに煽られ、血管を脈打たせた雄の器官がはちきれんばかりに怒張していた。
これを見るのは初めてではないが、受け入れるとなると遊び慣れた女でも持て余しそうな代物だ。無意識にマスターはスパルタクスの腕の中で身体を引き、凶器じみた肉で身を引き裂かれる恐怖から逃げようとしていた。
そんなマスターの怯えを見て取ったスパルタクスは、当てが外れて失望した様子もなく、彼女の背を支えて絹の寝具に横たえた。
いきなり事に及ばれるのではないかと、不安そうな顔のマスターを安心させようと笑いかける。

「こうして焦らされるのも、愛の形であるな」
「――ひ、あぁっ!?」

むしろ彼女の反応が好ましかったような台詞と共に、下肢の間に笑顔のまま顔を埋めてきた。秘められた器官に熱い息がかかり、それ以上に熱い口付けが落とされる。マスターは思わずはしたないほどの嬌声を上げた。
目的への困難が多く、障害が大きいほどスパルタクスは悦ぶ。心身は萎えるどころか一層燃え立ち、無垢な乙女を何も考えられなくなる位の法悦へ導こうと力を尽くす。

「だ、だめっ、それ……そんなところ、らめぇっ」

羞恥で真っ赤になった顔を左右に振りながら、涙目で訴えるマスターだったが、狂化が規格外のバーサーカーは相手を気遣いはしても話を聞く事はない。
それを承知でなお連呼するのは、絶えず襲ってくる甘美な刺激に必死に抗うためだった。健康的に張った腿で相手の顔を挟み込んだまま、蕩けそうな快感の奔流にしなやかな肢体がもがくたびに絹の夜具が乱れる。
二人の立場だけで言えば、年若い女主人が下僕の男に奉仕を受けているのだが、実際は抑えの効かぬ獣に蹂躙されている倒錯した情景だった。

「スパルタクス……もう……ゆるしてっ……」
「むう、私が何を赦すと言うのだね、マスター? いずれ圧制者となる者とはいえ、君に咎はない。安心するといい」
「そ、そうじゃなくて……あ、はぅっ……! そこに口付けたまま喋らないでぇ……」

熱っぽい肉厚の舌で襞を上下になぞられ、溢れる蜜を音を立てて啜られ、この上なく淫靡な口戯にマスターの理性は焼き切れそうになる。
下肢の間に埋められたスパルタクスの頭を退かそうとする彼女の両手は、いつしか逆に相手を押さえつけ、奉仕を強要するような動作をとっていた。
サーヴァントの力なら引き剥がすのは簡単だろうが、スパルタクスはむしろ一層興が乗ったように激しい愛撫を与えてきた。
最も敏感で繊細な蕾を探り出され、そこに吸い付かれて、びくん、と腰が跳ね上がる。今までの愛撫とは比べ物にならない鋭い刺激に、呆気ないほど容易く上り詰めてしまう。

「あ、っあぁ―――……!!」

長く尾を引いて震える嬌声は、彼女に与えられた愉悦の程を正直に示しており、スパルタクスの笑みを一層深くさせた。
切なげに息を弾ませるマスターは、少し気まずい顔をしながら愛しい叛逆者の頭を引き寄せ、汁気の多い果実を貪った後のような口元を手ずから拭った。
まだ快楽の名残をとどめた眼で縋り付いてくるマスターを愛しげに抱擁し、スパルタクスは彼女を寝台に優しく転がした。



ぬぷっ、くちゅっ、と濡れた粘膜が絡み合う秘めやかな音に、熱っぽい息遣いと嬌声が交じる。
寝台に横たわったマスターの肢体を後ろからスパルタクスが抱きすくめ、深々と貫いている――と傍からは見えたかもしれない。
しかし実際は、少女はもどかしい疼きに苛まれ、疵獣は痛いほどの昂りを解放できずに悶え続けていた。
密着した腰をゆっくりと引かれ、太い腕の中でマスターが身を捩らせる。花芯を擦り上げられて腰が蕩けそうになるが、彼女の中は未だ拓かれても満たされてもいない。
しとどに濡れた花びらと両腿の間に挟み込まれた男根は、金髪を括っていた紐で自ら根本をきつく縛っており、痛々しいほどに張り詰めている。
何も知らない体を無慈悲に暴く圧制をスパルタクスは良しとせず、より濃厚な愛戯で主の少女と自らを交接に至るまで昂めていった。

「ふぅうっ……また果てそうかな? 恥じらわずとも良い、如何に乱れようとも見ている者は私だけだ」

一見すると繊細な作業などできそうもない無骨な手が、マスターの程良い胸の膨らみを覆う。
桜桃の実のような先端を指の腹でごく軽く押しつぶすと、「きゃぁんっ」と何度めかも分からない嬌声を上げた。
スパルタクスの胸に体を預けながら、マスターは甘く濡れた声で絶頂が近いのを訴える。

「だめぇ、うごかないで……あっ、また……! また、いっちゃうぅっ……!」

まるで焦らすように男根が割れ目を往復するたび、色付いた花びらが捩れ、どこもかしこも上気した肢体が刺激に震える。
マスターのあどけない顔は情欲の熱に染まり、潤んだ琥珀の瞳はなんとも物欲しそうな色を帯びていた。
自分からも腰を揺すり強請っているのに気付かないまま、灼けつくほどの快感を求め続ける。それでも肉体の奥底で疼き続ける切ない感覚はおさまるどころか増す一方だった。
制御不能の狂戦士が主の命令に従うはずもなく、彼の被虐的な性癖が極まって、むしろ嗜虐的な行いとなる場合もあると身をもって知った。

「もぉ……欲しい……スパルタクスの、ほしぃ……」

生々しい肉色の亀頭は、精を漏らしてこそいなかったがぬめった先走りを溢れさせていた。
それを指先で捉え、自分からも夢中で愛撫する。小動物でも撫で回すような仕草だったが、小さな掌と熱い猛りとの間に粘液が糸を引き、濡れた音が例えようもなく淫猥だった。
雁首にマスターの指が絡み付き、裏筋をなぞられ弄ばれる。加減を知らないだけに容赦の無い、思わぬ攻勢にスパルタクスも堪らず放ちそうになり、呻き声を上げてしまう。

「んおぉっ! マスター……っ!」

拘束が緩んだ腕の中で体を反転させた少女は、熱っぽく蕩けた眼差しで相手を見上げ、この狂戦士の前では危険過ぎる戯れを口にした。

「欲しいってお願いしてもダメなら……この手の令呪で命令すれば、私に叛逆してくれる?」
「はは、君がそのような策を練るまでも無い、私ももう、止まれぬのだ」

それでも狂戦士は召喚主に叛逆の刃を向ける事はなく、ただ優しく彼女の悪戯な手を取るだけで。
体の下のマスターを見下ろすスパルタクスの表情は、これまでで一番穏やかな笑みだった。

「さあ、愛し合おう」

愛し合う。普段、圧制者と見なす相手へ一方的な愛を向けているスパルタクスの口から、それは初めて聞く言葉だった。
マスターはそれに言葉で答える事はせず、ただ頷く動作で了承の意を示した。
口付けのような密やかな音を立てて互いの熱源が接触し、圧倒的な力が柔らかな肉の奥へと捩じ込まれた。

「う、あぁ……! 痛ぅ……!!」
「おおっ、ぐ、ううぅ―――っ」

戦いの時と同様の、狂熱に浮かされたような響きの声が耳元で響く。
裂けるというより臓腑にめり込むような苦痛に、スパルタクスがいつも戦いで負う傷の痛みはこんなものじゃないとマスターは必死に堪えるが、食いしばった歯の間から悲痛な呻き声が漏れた。
ようやくスパルタクスが腰を進めるのを止め、何とか息をつく事ができたが、それさえも一仕事だった。

「…ぁ……はぁ、ふぅっ、はぁっ……あぁ……」

息も絶え絶えになりながら、かろうじてスパルタクスにしがみつくマスターの睫毛からは涙が溢れ、結合部からは鮮血が滴っていた。
もしこれが剣の一刺しだったなら絶命しただろう深さまで達していたが、まだ余っている根本まで全て収めれば薄い腹を突き破られていたかもしれなかった。
スパルタクスもいきなり腰を使う真似はせず、マスターが落ち着くのを待っていたが、それはより困難な選択肢を選ぶ彼の思考回路が「このまま自分だけ快感を得る事はできるが、受け止めてくれる相手にも平等に快感を与える」と弾き出した結果だった。

「マスター……辛いだろう、私に掴まって深く呼吸をするといい」
「ふぅ、うぅっ……スパルタクスこそ……苦しく、ない? 中でびくびくいって、震えてて……」
「私が君に与えた疵に比べれば微々たるものだ」

自分が受ける苦痛ならどれほど凄絶なものでも笑顔で耐え抜くスパルタクスであったが、自らが与えた破瓜の痛みに耐える相手を間近で見るのは堪えるようだった。
食いちぎられそうに締め付けられる側と、最奥を貫かれ押し拡げられる側と、互いが懸命に息を整える。
マスターは脂汗を流しながらも、繋がっている相手から魔力を受け取る事に意識を集中し、抉られるような苦痛ごと全身で受け入れようとした。

(どうしよう、最後までできるかな……お腹、こんなに苦しいのに…… あ、れ……?)

スパルタクスが動かずにいてくれてしばらく経ち、マスターの内側で奇妙な変化が起きていた。
魔力が行き来している副作用なのか、より多く供給しやすいよう快感が強まる仕組みなのか、裂けんばかりの痛みは徐々に和らぎ、温かく切ない感覚がさざ波のように広がっていく。
慎ましく閉じられていたそこは、凶悪なほどの肉柱の太さに早くも馴染みつつあるようだった。
自分でも分からない順応に戸惑いながら、強張った身体を恐る恐る動かした拍子に下腹に力が入り、さらに狭まった胎内でスパルタクス自身が身震いしたのが分かった。

「お……うぅっ」
「んんっ……! ご、ごめん……窮屈だよね……」
「私の事なら気遣いは無用だが、君の負担にならなければ……ほんの少しだけ動いても構わないだろうか」

マスターが上げた声から苦痛ではなく、甘い響きを感じ取ってか、スパルタクスは控えめに情欲を訴える。そのささやかな要求に、赤毛の少女は期待と不安に昂められながら「ゆっくり、ね……?」と返した。
戦場では退く事を知らない狂戦士が、目を疑うほどの慎重さで腰を引き、まるで遠慮するように浅く緩慢な動きを繰り返す。
これ以上傷口を拡げまいと、マスターの脆い身体を気遣っているのがよく分かったが、彼女にとってはその優しさも却ってもどかしく、両脚で彼の腰をそっと引き寄せて促した。

「もう大丈夫だから、さっきみたいに、もっと奥まで……」

欲しい、という語尾はさすがに恥ずかしく消え入りそうに小さかったが、スパルタクスはその声を聞き届け、再び腰を深く突き入れた。一気に貫く動きではなく、緩やかに慣らすような仕方だった。
スパルタクスが入ってくるのを感じ、マスターは声にならない声を上げて喉を反らした。自分の内部を相手の形にされる拡張感に、寝台に預けた背中にぞくぞくするような甘い感覚が走る。
青白い月の光で満たされ、深い海の底のような静かな寝室に、肉を打つ音と濡れた音が入り交じり、一突きごとにその間隔が短くなっていく。

「マスター、掴まっていたまえ」
「んんっ」

繋がったまま抱き起こされ、寝台に座ったスパルタクスの膝を跨ぐ格好にされた。体格差のせいで彼の重厚な胸に圧されながらの交合だったが、興が乗り過ぎて押し潰さないようにしてくれたのだろう。
自重でさっきよりも深く嵌まり込み、お腹の奥が押し上げられて少し苦しかったが、その圧迫感さえも今は心地よい。
互いの顔が見える体勢になり、欲情に蕩けた表情を間近で見つめられ恥じらうマスターに、スパルタクスは目を細めて微笑んだ。

「ちょっと、まってて……」

ふうっ、と一息ついたマスターは結合部に手をやり、手探りで男根を括る紐を解き始めた。
彼女の中に子種を零さないよう気遣ったのか、あるいは自身がより苦痛を感じたいためか、スパルタクスが自ら施した緊縛は細い指によって除かれた。
根本に痛々しい痕を残しながらも、脈打つ肉柱は縛めから解放されて悦ぶように大きく身震いする。それがじかに伝わり、マスターはくっと息を詰めた。

「あのままじゃ、辛そうだったから」
「君は良いのかね」

少女は頷く。受肉でもしない限り、サーヴァントと普通の人間が交わっても子を成す事はないという知識はあったし、体液に含まれる魔力をじかに供給する事も理屈としては知っていた。
受け入れてもいい、いや受け入れたいと思ったのは、それ以上のたった一つの単純な理由だった。

「スパルタクスにも、同じくらい気持ちよくなってほしいし……」

そう言っている間もずっと穿たれたままでいるマスターは相手と目を合わせられず、俯き加減になってしまう。どうしても胎内で脈打つものを意識してしまい、自然と上擦る声を抑えるので精一杯だった。

「君の愛とは与えるばかりではなく、分かち合うものなのだな」

スパルタクスは一人得心した様子で輝かんばかりの笑顔を見せ、膝の上のマスターを抱き寄せた。大きな肩に掴まらせてやり、緩やかに揺すぶる。
深く沈めたものが蜜を掻き回す淫猥な音を聞かされながら、奥を小刻みに突かれるのが堪らなく、少女は加速度的に昂められていった。

「あ、はぅ、これ、きもち、いぃ……」
「マスターが感じたその痛みを、私に返してほしい」

初々しい締め付けだけでは物足りないのか、荒い息をつきながらせがまれ、マスターも無我夢中で望みに応えようとする。
武器の一つも持たない姿だったが、筋肉で覆われた背中に爪を食い込ませ、巌のような肩に精一杯の力で歯を立てる。
そもそも、ただの人間がサーヴァントを傷つけられるはずもなく、しかもスパルタクス相手では巨大な鉄球の表面を針で引っ掻くようなもので、負傷のうちにも入らないはずだが、彼は巨体を震わせ満足げに溜息を吐いた。

「おぉぅっ……! 良いぞっ! マスター、もっとだ……!」
「ん……ッ!!」

深く収まったものが一層硬く膨れ上がり、柔らかな胎を内側から押し上げられた弾みに、マスターの喉から苦悶だけではない声が押し出される。
魔獣と死闘を演じていた時よりも激しい興奮と昂揚の中、スパルタクスは未だ圧制者にならざる愛しいマスターに、彼だけが出来うる形で叛逆しようとする。

「この……快感を、倍返しに……」
「ふ、ぅうっ!? あぁぁっ!」

先程までとは違う角度でずんっ、と力強く貫かれ、比べ物にならないほど鋭く鮮烈な快感に襲われる。
鏃に似た形の先端が、子宮の奥にまで押し入ってきたのではないかと思うほどで、彼の胸にしがみつくので精一杯だった。

「だ、だめぇ、壊れちゃうっ!」

獰猛なほどの愛で最奥を穿たれ抉られる。絶え間なく襲う衝撃に近い快感にマスターは悲鳴を上げたが、最早スパルタクスは止まれなかった。
マスターの爪が傷口にさらに深く食い込み血を滲ませた。あらゆる傷で埋め尽くされた彼の肉体に、新しく自分の存在を上書きするように。
褥で愛を交わしているのに、互いを貪り合い命がけで戦っているようでもあった。
スパルタクスの低い呻き声が徐々に獣の咆哮に変わり、絶頂が近いのを知らせた。

「~~~~~~~~ッ」
「……ぐ、ぬぉおうッ!!」

どこにも逃れようがない堅固な抱擁の中、マスターの少女は汗に光る背中を仰け反らせ、声も出せないほどの肉悦に全身を震わせた。
甘美にぬめる内襞に搾り上げられた剛直が、耐えかねて爆発するように精を放った。最奥で熱の塊が弾け、灼けつくような生命の濁流がどくどくと迸る。
いくら注ぎ込んでも孕む事こそないが、細い腰を掴み寄せて男根が脈打つままに長い射精は続いた。
瀕死の獣のように痙攣しながら暴れるのを胎内でじかに受け止めながら、スパルタクスの熱を最も深い所に浴びせられ、上り詰めた直後のマスターは息を整える間も与えられない。
濃厚な魔力を帯びた多量の白濁が狭い器官に収まりきらず溢れ返り、捲れた花びらを伝って上気した素肌にこぼれ落ちた。

「……っはぁ……はあぁっ……お腹の中……熱い……」

暗い中でも隠せないほど紅潮し、焦点の合わない潤んだ眼で、マスターは尾を引く快楽に揺蕩っていた。
主人たる少女をそんな風にした張本人のスパルタクスは、先程の雄叫びを上げながらの激しい絶頂が嘘のようにケロリとした穏やかな笑みで、彼女が落ち着くよう頭を撫でていた。

「はぁ~……」
「マスター、大丈夫かね? 無理をさせたのでなければ良いのだが……」
「うん、もう平気。それにしても、すごかっ……」

言葉の途中で、くしゅん、と小さなくしゃみが出た。汗に濡れた身体が外気に触れて寒気を催したのだ。
そこで毛布に手を伸ばすのではなく、目の前の逞しい胸に暖を求めたのは、未だスパルタクスと繋がったままだったからだ。

「おっと、これは済まない……塞いだままであった」

少し申し訳なさそうな顔で身体を離そうとしたスパルタクスの肩を反射的に掴む。魔力も体調ももう十全だというのに、なおも肌を重ねる必要はない。そのはずだった。
それなのに、疼くような熱はいっこうに引かず、彼もあれほど多量に放ったというのに、埋められたままの肉柱はいまだ猛っている。
まだ契りを続けたいというマスターの望みに、スパルタクスは少しの間考え込み、笑顔で頷いた。

「もし君への愛が不足していたと言うのなら、行動で以って償わねばなるまい」
「えっ、スパ……あッ、ひゃあぁっ!?」
「何度も、何度でも! 満たされるまで愛を注ぎ込み、悦びを分かち合おうではないか」

おもむろに寝台から立ち上がると、繋がったままの格好で軽々と抱え上げられ、目を白黒させるマスターに堂々と宣う。
例え淫靡な響きに聞こえても、やましさの欠片もない眩しい笑顔で言われては、頷くしかなかった。
優しく激しく上下に揺すられながら、無我夢中で相手を食い締める。不安定な体勢のはずが、身体を支える強靭な両腕は何よりも安心する。
互いの粘膜どころか神経まで灼けてしまいそうな濃密な交合に、冷えかけた身体は再び狂おしい熱で満たされる。壊されてしまうのではという不安はもうなかった。



どこまでも温かく沈み込むような夢からゆっくり浮上し、まだ眠い目を擦る。
ここがカルデアの自室でない上に寝巻きさえ着ていない事に少し戸惑ったが、頭がはっきりするに従い昨夜の記憶が蘇ってきた。
そうでなければ、いきなり視界に入ってきたスパルタクスに驚いて寝台からひっくり返っていたかも知れない。

「叛逆(おはよう)!」
「ふわゎ……おはよう、スパルタクス……」
「目が覚めたかねマスター? 起きられるだろうか」

寝台から上体を起こそうとして、横に寝ていたスパルタクスの太い腕を今まで抱き枕のように抱えていたのだと初めて気付いた。しかも互いの指まで絡ませている。
否応なく昨夜の事を思い出して照れ臭い反面、少しだけ離れ難い気持ちだった。
隙間から金色の光が差し込む緞帳を捲ると、窓の外に夜明けが広がっていた。暖かな寝床との気温差に身震いするが、それも一瞬の事だった。
澄みきった空気の中、昇りゆく朝日が空を燃えるような紅に染め、マスターが「わぁ……」と思わず感嘆の声を漏らす。

「すごい色の夜明け、まるで……」

暁の光に照らされながら、神々しいばかりの景色に見入っているマスターの裸の肩に、大きな手が毛布を羽織らせた。
少女がスパルタクスの顔を見上げると、彼もまた、どこか遠い目で夜明けの空を見つめていた。

「こうして、愛する者と朝を迎えるのは初めてであるな」
「そうなの?」

スパルタクスが語る所によると、名の知れた剣奴だった頃、よく貴族の屋敷に連れて来られ、金に飽かせた貴人の相手をさせられていたという。
欲望を満たすためだけの行為に快楽はあっても愛などなく、幾度体を重ねても心は空虚になるばかりだった。
卑しい奴隷の身ゆえ房事が済めば退室させられるのが常だったから、同衾して朝を迎えるような事はついぞなかった――と聞き、マスターはその時の彼の心境を慮ってか眉を曇らせた。
無意識に、枷の痕が残る手首に労るように自分の手を添える。

「……私も初めてだから、あなたと一緒にこの景色を見られて良かっ……」
「見よ、マスター! 圧制の象徴たる闇を切り裂く太陽の輝きを! あたかも我々の前途を照らすようではないか」

スパルタクスを気遣ってかけようとした言葉は、夜明けの美しさに感動してテンションの高まった彼自身に遮られた。
まばたきする間も惜しいように血走った目を見開いている彼だが、いくらサーヴァントとはいえ太陽を凝視するのは目に良くないと思う。
最早ムードもへったくれもないが、これはこれで彼らしいのかも……と思ったところで、はっと気付いた。人の屋敷で勝手に休むばかりか、それどころではない行為にまで及んでしまったのだった。
今更どうにもならないが、せめて乱れた寝台の後始末ぐらいはしようと敷布を慌てて片付けるマスターだった。



体を丁寧に拭き、衣服や装備を身に着けて、日がまだ高くならないうちに二人は屋敷を後にした。マスターの足取りは昨夜に比べ断然軽快だった。
スパルタクスのおかげで魔力が十分に補充されているだけでなく、あれほど激しい交合にも関わらず消耗するどころか、むしろ全身に気力が漲っているのが自分でも不思議だった。
「向こうに戻ったら一番にお風呂に入りたいな」などと会話しながら、カルデアへのゲートを目指す。

『 まだ世界に圧制者は無数にいる。それら全てに打ち勝つまで、私の戦いは終わらない。そう、決して――
 それまでは、君にも地獄の底まで付き合って貰おう。我がマスターよ! 』

ふと、彼の言っていた事を思い出す。
この世の圧制者を全て倒した後、最後の最後にマスターである自分が手にかけられるとしても、やはり自分はスパルタクスと共に歩む道を選ぶだろうと思う。だから――

「スパルタクス、私達が人理修復を終えるまで、地獄の底まで一緒に付き合ってくれる?」
「勿論だとも、同胞よ! 時の彼方、星々の果てまでも我らの凱歌を響かせよう!」

命令ではない、ただの願いを込めて差し出した令呪のない左手を、大きな鉛色の手が力強く包み込む。
いずれ圧制者となるはずの未熟なマスターと、意思疎通不可能なバーサーカーは、手を取り合ったまま荒野を歩いていった。

(END)

top

yVoC[UNLIMITȂ1~] ECirŃ|C Yahoo yV LINEf[^[Ōz500~`I


z[y[W ̃NWbgJ[h COiq 萔O~ył񂫁z COsیI COze