『ねこねこも~じょ』  
 
 
扉をかりかり引っかく音がした。  
ベッドの上に寝転がり、昼前の柔らかい日差しにうとうとしていたヒースの意識が引き戻される。  
寝ぼけ眼のまま扉の方へ目をやる。  
「……なんだぁ?」  
かりかりがりごり音はづつく。  
次第に激しくなり扉を削りかねない(いや、もう爪あとがくっきりしてるかも)音に、ヒースは仕方なしに体を起こした。  
どうせ悪友たちの誰かが使い魔を使って自分を呼んでいるのだろうと、考える。  
「ちっっ、研究手伝えってか……」  
しぶしぶと扉へ手をかけるとソレが分かったのか、爪音は止む。  
「ぅにゃ~~にゃ!」  
代わりに聞こえてきたのは猫の鳴き声。  
ヒースの脳裏に猫を使い魔としている友人の姿が複数浮かび上がる。  
そっとドアを開けると、わずかな隙間からするりとしなやかな体が滑り込んできた。  
ヒースの足にすりすりとまとわりつくと、ちょんと座って見上げてくる。  
「あれ?」  
真っ白な地に、耳から後頭部にかけて栗色の毛を持つ小柄な猫が、そこにいた。  
首には赤いリボンをつけて、毛色と同じ栗色の瞳がまっすぐに顔を見つめてくる。  
長い尻尾がぱたぱたと床を打ち、みみがぴこぺこ動いていた。  
 
「お前さん、迷い込んできたのか? でもな~」  
ヒースの知り合いに、こんな模様の使い魔を持っているヤツはいない。  
だからそう思うのは当然なのだが、何か腑に落ちなかった。  
両前足と体の間に手をいれ、抱き上げる。  
「扉を削っちゃダメだぞ~」  
「みゃ~」  
猫の前足が伸び、ぷにぷにとした肉球で、てちてちとほっぺたを叩かれる。  
爪を出してはいないので痛くは無いが、思ったより叩く力は強い。  
その仕草は切羽詰った様子を感じさせた。  
「ん、俺様に何か用なのか?」  
「っみゃっ!」  
勢いのある鳴き声とともに、頭がくりっと後ろを向く。  
その動きを追うと、その先にはリボンにくくりつけられた何かが見えた。  
左手で抱き上げたまま、リボンを解く。  
ソレは小さい羊皮紙を筒状に丸めたもので、表面には見覚えのある文字で『ヒースへ』と書いてあった。  
片手で器用に広げ、目を通す。  
『ヒースへ  
  この猫はイリーナです。  
  解呪をしてあげて頂戴。  
  詳しい説明はイリーナから受けてね。  
 マウナより』  
と書いてあった。  
 
いきなりのことに頭が真っ白になり、そっと手元の猫に視線を送る。  
そこには目をいっぱいに開け、きらきらとした瞳で見つめる猫。  
その強い輝きや、首のリボンの色は見覚えのあるもので、鈍った頭でもそれなりの事情が理解できた。  
「あ~、いりーなさん。俺様昼寝中だったわけで」  
「んにゃぁ」  
「眠いから、このまんまで昼寝に付き合え」  
「ふぅぅぅ~!」  
猫イリーナの指先からしゅぴっと爪が出て、威嚇モードに入る。  
「恐らく…だが、【変身】系の魔法薬か何かに引っかかったんだろ?」  
ヒースは意に介さず、小さい頭をなでくり、あご下を優しくさする。  
「寝て、起きたら解呪するから。解呪代だと思ってくれ。  
それに慣れない体でココまで来て、疲れてるだろ」  
思わずごろごろのどを鳴らしてしまっていたイリーナの体から、力が抜ける。  
「にゃ~」  
返事の鳴き声は小さめで、おずおずとヒースの胸板に額を擦り付けた。  
「わかればよろし」  
うむうむとうなずいて、ヒースは手近にあった布を手にすると、イリーナの足をぐりぐりぬぐう。  
その際に、肉球の感触を楽しむことを忘れない。  
ほどいてしまった真っ赤なリボンをもう一度首へ巻きつけ、丁寧に丁寧に蝶結びをした。  
「よし、そんじゃ昼寝再開」  
小さい毛玉を抱えたままごろりとベッドに横になると、腕の力を抜いて目を瞑る。  
日の光りは相変わらず優しくて、手元の温みとあいまって、すぐに睡魔が襲ってくる。  
イリーナはもぞもぞ動く。  
ちょっとだけ土の匂いがする足裏が、耳や頬に肩に胸板へとさまよう。  
やがて快適な位置を見つけたのか、ぴたりと寄り添い、ヒース顎に足を乗せて唇をひとなめ。  
やすりのようなその感触を痛みを覚え、小さな頭が二の腕に乗った重みを最後に、  
ヒースの意識は夢へと落ちた。  
 
 
 
ふわりとした感触に、ヒースの意識が現実へと引き上げられてゆく。  
すうっと息を吸い込むと、暖かい日向の匂いが鼻腔に広がった。  
顔を動かすと感じる柔らかな毛の張り。  
くーくーと聞こえる小さな寝息。  
瞼をあけると、目の前に白く小さな塊がいた。  
「……あ~」  
小声で埋めくと、ソレが合図のように、背中を向けていた小さな塊が反転する。  
鼻から頬にかけてが、もふっと短い毛並みの中へうずもれた。  
(……ふかふか)  
優しくくすぐるふわふわは、心地よい。  
確かにすばらしく心地よい。  
心地よい、が。  
(……良いもんだが、苦しいナ)  
コレはあまりにも名残惜しくて蠱惑的だが、無理やりに毛並みから顔を引き剥がす。  
気持ちよさそうな猫イリーナの表情に、思わず口元に笑みを浮かべた。  
手を組み合わせ、ぐーっと大きく背伸びして、大きなあくびをひとつ。  
目を2・3回しばたたかせ、健やかに目覚めてスッキリした所で、この後のことを考る。  
イリーナは魔法薬の【ビーストメーカー】もしくはその亜種に引っかかったと見て間違いないはずだ。  
(解呪は簡単だがしかし…。……うむ、ちょいと出かけナければ)  
「おーい~、起きろ~」  
今、猫イリーナはベッドの上で無防備にあお向けに腹を出し、すぷすぴと安らかな寝息を立てている  
 
ぴたん、と狭い額に手を当てると、猫イリーナは目をつぶったままくりくりと頭をすりつけてくる。  
「……起きやがれ」  
手を額からのどへ伝わすと、うにゅうみゅと唸り声を出し始めた。  
「だーかーらー」  
さらに下へと動かし、おなかの毛をかしゅかしゅかき回す。  
唸り声は、気持ちよさそうな鳴き声へ。  
ぐリンと体が反転し、両前足でヒースの手を挟み込む。  
手に伝わる、肉球と柔らかい足毛のマフマフとしてふにふにとしてむにむにとした感覚。  
「おぉぅ、よいのう、よいのう」  
思わずもれた親父くさい言葉とともに目を細め、毛並みの心地よい感触に恍惚となる。  
「―――は、いかんいかん。ならば、」  
右手の中指を親指に引っ掛け、狭いイリーナの額前にセット。  
「うりゃ」  
中指に少し力を入れれば、支えていた親指がばねになり、いい勢いで爪先が額にヒット。  
「ふぎゃ!」  
「ったたた!!」  
……考えるまでもなく、額のすぐ下は表皮を挟んですぐ頭蓋骨。  
確かにイリーナの瞳は開いたが、ヒースの指先にも多大なるダメージが来たようだ。  
たれ目の端に、少しだけ涙がにじんでしまう。  
「お、起きたか?」  
けれども折角開いたイリーナの瞳は、不機嫌そうにヒースをひとにらみ。  
起き上がって離れると、背を向ける方向にころんと寝転んだ。  
そしてすぐに聞こえる健やかな呼吸。  
「……このやろぅ……」  
ぐぐぅ、っとヒースは喉の奥で唸るが、もう一度同じことをしたらその鋭い爪で顔をヤラレかねない。  
ソレはちょいと嫌なので、唸りをため息に変えて吐き出した。  
 
 
 
        1*『とりあえず解呪するか…』 
 
*ルート分岐*  
 
        2*『とりあえず出かけるか…』 
 

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