犯人というわけではないのだから、彼――いや、彼女か――を取り逃がしたことに、何を悔やむことがあるだろうか。だというのに、識子の心は重く、晴れなかった。  
やっとの思いで戻ってきた蝶ヶ島にはもう彼女の姿はなく。  
一度はつながった通信も、二度とその周波数に繋がることはなかった。振り払えないやるせなさと、胸の中にわだかまるもやもやとした感情を持て余したまま、識子は激しい雷雨となった嵐を居住棟の窓から眺めていた。  
本来なら夕方くらいのはずなのだが、売店以外には灯りひとつないこの島で、強い雨の叩きつける窓からはまるで外が見えない。この分では、もう一晩この島に泊り込むことになりそうだ。  
科研に戻ってから、待ち受けているのだろう芦茂の追求をどうかわそうか。考えるだけでも憂鬱になる。  
遺品整理、とでも言うべきなのだろうか。彼女が【冬月】として過ごしていた部屋には様々な生活用品がそのまま残されていた。  
その中に残された資料がないか、忘れられたデータがないか。念のためにと検分している植木のガラスに映る背中を指でなぞりながら、空に光る青白い筋を見つける度に識子はこの荒れ模様の下をモーターボートで進んでいるのだろう彼女のことを思う。  
こんなにも手の込んだことを仕組んで、そこまでしても会いたかったのか。  
会うだけで、よかったのか。  
ピシャッ。  
一際強い落雷が何もかもを青白く照らし出す。  
識子は体の底から揺さぶられるような衝撃を覚悟し、思わず身構え目を閉じた。  
「ねえ、江波さ――」  
 ドドン、ガラガラガラン。  
 
 
 
「ううん……今のは、凄かった……」  
「大丈夫、江波さん?」  
「ええ、私は大丈夫です。でも、電気が……」  
「うん、真っ暗だね。外の発電施設にでも落ちたかな」  
「困りましたね……」  
「非常用電源があるから大丈夫。研究棟を優先してるはずだから、こっちまで電気が来るのは後回しだけど。江波さん、いつもの鑑識セット持ってたよね?」  
「ええ、まあ、その中だったら小型ライトは入ってますけど……でも、今ので取り落としちゃったみたいで」  
「えー!それは大変。探さなきゃ」  
 ごそごそごそ。  
「ん、これかな……って、柔らかい……?」  
「ちょ、植木さん、どこ触って……ひゃ!?」  
 閑話休題。  
 
 
 
ようやく見つかったペンライトを頼りに、識子は壁際の椅子に腰掛けた。植木は躊躇なくベッドの縁に腰を下ろし、その行動は識子の中に、ある想像を呼び起こさせた。  
やはり、会うだけではなくて。  
不安が胸を締め付ける痛みに、思わず鋭い呼気を洩らす。それを聞いていたのか、植木が気遣わしげな声を出した。  
「本当に大丈夫?どこか怪我でもした?」  
「あ……大丈夫です。なんでもないですよ」  
「それなら、いいんだけど。ほら、僕も足挫いちゃってるしさ。」  
 そう言って笑う声に、識子は自分の下世話な想像を恥じた。この人が誰とそういう関係になっていようと、自分が気にすることではないはずだ。  
 そうだ。たとえそれが、自分よりもずっと色っぽい女性だったとしても――  
「あの、植木さん」  
 関係ない、はずなのに。  
「冬月さんのこと、なんですけど」  
 どうして、こんなにも気にかかるのだろう。  
「な〜に?どうかした?」  
 自分の顔に、顎の下から灯り当てて、変な顔をしてこっちを見る。その子供っぽい行動に少しだけいらつきを覚えるのは、八つ当たりだとわかっているけれど。  
「もしかして植木さん。あなた、彼女が【榎田】さんだったこと、知ってたんじゃ……?」  
 植木は、弄んでいたライトを消した。  
 突然の暗闇に、視界が完全に奪われる。  
「どうして?」  
 闇に響いたその声が。全てを物語っていた。  
 
植木さんは。  
 
A:全てわかっていたんだ、この人。 
B:何もわかってなかったんだ……。 
 
 

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