告白されるのはまだいいんだ。 それをお断りするのも、それを受け取るのも、しっかりと考える。 だが、公衆の面前でそれをやられるとは思いもしなかった。 やっぱり俺の側にいる、ないし、来る人たちはどこかネジが緩んでいるのか、外れているのか、おかしい人たちばかりなのかもしれない。 それも1年の中で一番、かわいいと広まったクラスメートの結城ほのかからの告白だったから、1年の間で特急列車のごとく広まった。それに俺も有名人だったからだ。 困ったことに俺はあの仲間の中心メンバー、リーダーになっている、と噂まで広がっている。噂じゃなく、事実なんだけど『あの奈津美が慕う人』ということで困っているのだが。 それは置いておいてどうしてこんなことになってしまったのか、今日を振り返ってみることにした。 いつものように奈津美と一緒に腕を組みながら登校するのはいつものこと。別に変わったことじゃない。 ただ、 「あの二人、姉弟らしいよ」 「知ってる、知ってる。1年の彰人君でしょ」 名前まで知れ渡っているとは。いったい誰が噂しているのか、そっちを見てみたら、知らない人だった。女子生徒のリボンの色で3年生とわかっただけだった。ちなみにこの高校はリボンの色で学年がわかるようになっている。1年は赤、2年は黄、3年は青である。つまり信号と覚えるのが一番わかりやすい。 にしても、この高校に通うようになってまだ2週間程度しか経ってないのに、こんなにも有名になってしまっているとは、いろんな意味でショックだった。 「しかし、あの奈津美の恋する人が弟とはねぇ」 「でも彰人君。童貞らしいよ」 「え! うそ!」 何が嘘って言いたいんだろう。健二と深雪のせいで、そんな誤解をされているのなら釈明したい。 俺はあいつらとは違う、と。 健二と深雪の詳しい話は置いておいて、奈津美は真っ赤になっていた。 こういう話には免疫があるのか、ないのか、さっぱりだった。 健二たちと話していても態度は変わらないのに、こうしてこそこそと話されると恥ずかしがる。 「なら、私。食べちゃおうかな」 「やめておいた方がいいよ。敵は多いから」 「う〜ん、なら拉致しちゃおうか。一度でいいから、童貞君を食べてみたいから」 何か、物騒な話になりつつあるんですが。 「それもやめた方がいいと思うよ。多分、裸にされて外を引きずり回されるから」 「そんなの有坂深雪だっけ? その人が好みそうじゃない」 深雪まで有名らしい。いや、それは違うかもしれない。 俺たちのメンバー全員が有名ということだった。 しかし深雪は一般の人たちからも露出狂で通っているようだ。俺の考えは間違ってなかった。 「そんなことしないよ!」 奈津美が反撃した。いつも無視してるくせにどうしてだろう。 「奈津美、聞いてたの?」 「聞こえるように言ってたんでしょ。わざわざ私の後ろで話して」 「知り合いか?」 「ただのクラスメート」 「ただとは酷いわね」 「俺、先に行くから」 俺は逃げるように歩いた。 「さっきのことを本当にやったら、縛り上げて、バイブ突っ込んで、3日間いかせつづけるから」 「怖い怖い」 聞かなかったことにしておこう。奈津美なら本気でやるに違いない。 こんなんだから、俺たちが変な意味で有名なんだろうと自覚した。 だが、バイブなんて持っているのだろうか。深雪なら持っているに違いないが、奈津美が持っているとは思えない。それが一番の疑問だった。 廊下を歩いていた。教室に続く道だ。 ふとトイレを横目で見た。嫌なものを見た。 深雪だけが俺に気づいたが、健二は全く気づいてない。そりゃ、そうだろう。健二は俺に背を向けている。 深雪は俺なんて気にしないのか、そのまま行為を続行した。 「男子トイレでキスなんてするな!」 健二が驚き、びくっと体が飛び跳ねた。 健二は小心者の癖にこういうところで行為をすることが多い。いや、正確には深雪に迫られているんだろう。そうに違いない。 「どうして邪魔するの」 「あのな。やるんなら、もっと人気のないトイレでやれ」 「人目がありそうな方が興奮するじゃない」 「この露出狂が」 「シスコン」 二人の間で火花が散った。 口周りについた唾液を制服で拭い、男子トイレから出てくる。 「制服で……まあいい」 制服で拭くのはやめたら、と言おうとしただけだ。 「なに? 言いかけてやめるのはやめてよ」 別に言うことではないと思い直したのだが、それを深雪は許してくれそうになかった。 「制服で拭くなよ」 「今度は彰人ので拭こうかな」 深雪は舌を出して、口周りを舐める。 ……冗談にしてはきつすぎる。 でも言った本人はまるで気にしていない。健二もあまり気にしていないようだから、いいのかもしれないが。 「深雪、せめて男子トイレから出てから、言い合ってくれないか」 抗議した健二だが、内容は今まで話していたものとは全く違った。 「私は構わないから」 こういうとき、健二は何も出来ない。ただ見守るだけだ。 「一度、有坂とは決着をつけないといけないと思っていたんだ」 「そう。私も思っていたところ」 『負けたら、今日の昼食を奢る』 一斉に走り出した。いや、健二だけ走ってない。 俺は有坂より一歩前にいた為、俄然有利だった。 気が向いたらやっている賭け。今日はどっちが速く教室に入れるか、だ。 深雪の足は速い。足だけは、言ってもいい。 教室が見えてきた。 俺はそのままのスピードで走り続ける。もちろん深雪もスピードなんて落とさない。 だんだん近づいていく。 くそったれ。 ドアが閉まってる。 俺は教室のドアの前で急停車する。 体を低くし、右足に力を入れて踏ん張る。一気にスピードを殺した。 考えてなかった。俺の後ろには有坂がいた。そのままのスピードで体当たりしてきた有坂は俺と共に倒れた。 「い、いって〜」 まずい。痛がってる場合じゃない。 俺は慌てて起き上がった。 「有坂、パンツ見えてるぞ」 深雪のスカートは捲れ上がり、丸見え状態だった。もちろん男子生徒の視線を釘付けしている。中身は珍しく白かった。 俺はそういい残し、さっさと教室に入った。 ゴール。 数分後。 「酷いと思わない」 深雪は健二を味方につけようとするが、健二は『俺は知らん』とそ知らぬ振りをする。 「勝負に情けは無用だ」 「むかつく〜」 「これに懲りて、スカートは長めにするんだな」 「いいの。私、これが気に入ってるんだから。それより勝負に負けたのが悔しい」 おい、見えてもいいのかよ。 「さっきキスしてて、濡らしていたのに?」 さっきの仕返しのつもりだった。 「え?」 深雪の顔が一瞬にして紅くなった。 恥ずかしがってるらしい。 面白い。こんなに恥ずかしがってる姿、見たことがない。 「見えたの?」 「確かめてみれば?」 こうなったらホラを突き通した。 深雪は慌てて、教室を出て行った。 後で殴られるな、と思ったのだが、戻ってきた深雪は耳まで紅くして戻ってきた。 どうやらマジだったらしい。 「あ〜あ。俺は知らんぞ」 健二は意味深な言葉を残して深雪のところへ行ってしまった。 これが今日の失敗の1つ目。 昼放課になるまで深雪とは一言も喋れなかった。どうやら俺を避けているようだ。 やっぱりさっきのことが本気で恥ずかしかったらしい。 「埼君。……ちょっといいかな」 いつもなら真っ先に来る健二と深雪だが、未だに席についていた。 そっちを見ながら、相手なんて見ないで答えていた。 「ごめん。今から健二たちと」 これが今日の失敗の2つ目。 「ううん。いいの」 相手の顔を見ようとしたら、すでに後ろ姿だった。誰だろうと俺のデータベースから探したが、該当しなかった。 「ほら。買いにいくよ」 深雪がすでに俺の席の前に立っていた。 「濡れていたのか?」 こんなことを言ってしまったのが、今日の失敗の3つ目。1つ目の原因を結果にしてしまった。 「バカ」 健二は小さい声で言っていた。 「忘れようとしていたのに。その責任、取ってよね」 「は?」 「深雪。ここではやるなよ」 健二は本気だった。俺だけ通じてなかった。 「わかってる。必死に押えてるんだから。健二、来てくれる。……彰人も来る?」 「あ、ああ」 三人一緒に教室を出て行った。 俺は気づいてなかった。さっき話し掛けてきた子が俺のことをじっと見つめていたことに。 俺たちがいる場所は誰も使っていない教室だった。 4階(最上階)の隅の教室。いつもは鍵がかかっているのに、なぜか鍵を持っていた深雪は教室を開けた。 埃っぽく少しだけむせる。 小さな部屋だった。本棚があるが本は数冊並べられているぐらいだった。あと、どの教室でもありそうな、机と椅子が並んでいる。 俺は知らなかったのだが、ここは机、椅子など予備のものが置かれている教室。簡単に言えば、物置みたいなものだった。 「こんなところで何を?」 「してもいい?」 深雪は健二を求めた。 「彰人ならいいよ」 「ありがとう。健二」 俺のことなんて無視して、いきなり二人してキスを始めた。 「おい。何してるんだ?」 「見てわからないの? キスしてるの?」 目が潤んでいる。俺の目からでもわかるぐらい発情していた。 健二はその口を塞いだ。強引な責め。 舌と舌が絡み合う音が響き渡る。 「んっ……ちゅぅぅぅ……はあ……ああっ」 深雪は声を上げた。 いつの間にか健二は深雪のスカートを捲り上げ、ショーツを下ろした。 「ねえ、見て。見て欲しいの」 声をかけようとした瞬間にそんな声が深雪の口から漏れる。 「お前のせいだからな」 健二は『呆れて』いた。 「お前には言っておくべきだった」 そして行為を続けた。 向き合っていた健二と深雪だが、深雪はそれが嫌なのか、くるりと回転した。 「お願い、見て」 深雪は後ろから抱かれるような格好になり、その前にいる俺からはっきりと見えるように、スカートを上げた。 実物を見るのは初めてじゃない。 たまに一緒に風呂に入っている奈津美のを何度も見ている。 奈津美より薄い陰毛だったが、きらきらと光っていた。 それが何なのかわからない俺じゃない。 まずい。いくら俺でも興奮しきっている。 だが、やめろとは言えなかった。このまま見ていたかった。 「……ああっ……いいの……」 健二は深雪の制服のファスナーを開ける。そしてそこから手を入れ、胸を触り始めた。 もう片方の手で陰部辺りを触りはじめる。まだ直接触っていない。 「……あああっ……だめっ……ちゃん……っと……触って……」 「どこを触って欲しいんだ? 広げてみてよ」 深雪は躊躇もせず、両手を使って思いっきり広げた。 愛液が流れる。 「ここか?」 「……ひゃん……いいの……そこ……もっと……もっと触って……ぐちゃぐちゃにかき回して」 くちゅくちゅと卑猥な音が絶え間なく続く。 それと共に嬌声はやまない。 襞を広げることをやめない深雪から流れる愛液は深雪の手も、健二の手もべたべたに濡らしていた。 「いつもより……いいの……ああっ……だ、だめ……い、いく……」 健二の手の動きが速くなる。 そして、 「ああああああああああああっ!!」 どうやら達したらしい。 健二はぐったりする深雪を支えながら、ゆっくりと座らせる。 「……こういうこと」 「…………」 俺は何を言っていいのか、わからなかった。 深雪はさらに言葉を続けた。 「嫌いになる?」 「そんなことはないけど」 それは事実だ。 「私ね、見られてるのが、一番の快感なの。さっき、濡れてるって言われて、それを見られたと思ったら、急に体が熱くなってきて。もう我慢できなくなって。なのに、我慢してたのに」 深雪は妖艶な笑みで俺を見る。 「濡れてるなんていうんだから」 そして何も言えない俺に深雪はさらに続ける。 「それにスカートだってわざわざ短いのを着て、誰かが中を覗いてくれないかと期待してる。それなのに彰人ったら遮っちゃうんだから」 「すまない」 反射で謝っていた。 「ううん。でも感謝はしてる。彰人がいてくれたおかげで、変な虫たちも寄ってこなかったから」 「俺は虫除けスプレーか」 「……中学2年の時、私ね、本気で襲われそうになったんだよ」 深雪は意味深な笑みを浮かべていた。 「深雪、言うなよ」 「いいじゃない。私と健二の馴れ初めじゃない」 初めて聞く話だった。 俺は健二とも深雪とも友達だったのだが、健二と深雪が友達だったのはかなり後になってからだった。正確には俺がいたから、という理由だけだったが、その内、二人だけで話しようになっていった。その理由を今まで聞いたことがなかった。 「まさか、襲われそうになったところを助けたのか?」 「ううん。健二が襲ったの」 「は?」 思考回路がショートしそうだ。 「あれは失敗だった。本気で誘っているとは思わなかったからな」 「勉強とかでイライラしてて、そのせいなのか、自分の肌を見られることが凄くドキドキして病み付きになっていたから。そんな時、ミニスカートを着て電車に乗ったんだよ」 深雪は妖しい瞳で俺を見ていた。 「その姿、見てみたい?」 「機会があればな。ん? ちょっと待て。お前、襲ったってクラスメートを襲ったのか?」 「あはははは」 健二は笑っていた。 深雪と知り合ったのが中学の2年だから、確か一緒のクラスのはずだ。もちろん健二もだ。 「だって、あの有坂深雪があんな格好をしてるんだぞ」 当時、深雪は普通の女の子だった。スカートの丈だって、膝ぐらいあった。いつの間にか、ミニになっていったけど。 「電車に乗った時、人が多くてぎゅうぎゅう詰めだった。もちろんその時間帯を狙って、乗ったんだけどね。そうしたら目の前に健二が座っていて、私のココを凝視してるんだよ」 その時のことを思い出したのか、笑い出した。 「そりゃ、俺だって健全な男子だからな。目の前に普通じゃ見えないものが見えていれば、見たくもなる」 「言っておくけど、ノーパンじゃないよ。ちゃんと履いていたからね」 「もしかしてこれより短いスカートか?」 と着ているスカートを指差す。 「当たり前じゃない」 「見えるな」 「ああ。見えたよ」 「おまけに後ろにいる人がお尻とか触ってくるから、気持ちよくなってきちゃって。でも、それに怒ったのが健二だったわけ」 「ほお」 「で、気づいたら健二とラブホにいました」 「……なぜ?」 どうしてそのような展開になるんだ。それに中学生でラブホはまずいだろ。というか、入れるものなのか、普通。 「あの時は勢いだけだったね。それに誘われたら、断れないじゃない」 馴れ初めは聞かなかった方がよかったかもしれない。なりゆきでやった関係だったとは思わなかった。 深雪は少し笑った。 何を笑っているのか、俺はわからなかったが、健二はばつが悪そうにしている。 どうやらその時、何かがあったらしい。 「何かあったのか?」 「言うと健二が怒るから言わない」 「そう」 深雪は俺の肩を持った。 「彰人は奈津美さんのこと、好きなんでしょう。いつヤルのよ。どうせキスする程度しかしてないんでしょう」 いきなりで俺は驚いた。 「気にしないでくれ。本性はこんなもんだから」 「あ、そう」 やっかいな人の秘密を知ってしまったものだ。 その秘密を知ってしまったせいで隠す必要もなくなったのか、本性を曝け出していた。 どうなるんだろう。 不安だった。 何とか無事に昼食も食べ終えた。 時間がなくなるんじゃないかと不安だったが、ギリギリセーフだった。 「今度は負けないから」 深雪は俺に奢ったパンの袋を捨てに行った。 チャイムが鳴る。 これから5時限目が始まる。 いつもチャイムと同時に入ってくる教師が来た。 「起立、礼……着席」 もう疲れた。 だが終わらない。今日の一番の波乱はこれからだった。 「ねえ、彰人。今日はどうするの?」 「どうするって?」 「そのまま帰るの? たまにはゲーセンに行こうよ」 放課後、他のクラスの人たちはすでに解散しているのに、俺のクラスには半分以上の人がまだ残っていた。 帰らない理由はわかっている。 俺の側にはいつもイベントが発生する。俺がどこかでフラグを立ててしまっているので、いつもイベント発生だ。 クラスメートたちはそれが楽しいのか、大抵、俺たちが教室を出るまで見ている。 どうしてこんなことになっているのか、わからない。 「そういえば、最近ゲーセン行ってないな」 「でしょ」 期待した答えが来たのか、深雪は俺の腕を取る。 やめろ。クラスメートの視線が痛い。 「だめ?」 上目遣いで弱々しく俺を見る。 「そんな目で俺を見るな。行けばいいんだろ、行けば」 ああ。これで俺たちのメンバーのゲーセン行きが確定した。 何せ、俺が本屋に行くと言えば、みんな本屋に行くし、ゲーセンで遊ぼうとすれば、みんな着いてくる。 着いてこなくてもいい、とは言うのだが、みんな聞いてくれない。 「そんなに照れなくてもいいのに」 「有坂はもう少し、照れろ」 「きゃ、恥ずかしい」 棒読みの科白に俺は息を吐いた。溜息というやつだ。 「あの」 俺、健二、深雪の三人の側に来たのは、クラスの女子生徒だった。 名前は知らない。というか、忘れた。 健二から聞いたことがあるのだが、1年の中で飛びっきりの美少女らしい。というか、顔だけの勝負なら深雪も負けないのだが、あんな性格だから一歩引かれる感じがある。 しかし目の前にいる子は違う。 次期、学園のプリンセスといわれているぐらい人気を誇っているらしい。今期のプリンセスは俺の姉、埼奈津美である。秋に行われる文化祭で選ばれるのだが、奈津美が一番の投票数を取った。 「結城さん、何か用事?」 健二が相手をする。 「埼君に話が……」 「そう」 健二が視線で『おい、お前だぞ』と言っていた。 「何かな?」 「その前に私の名前、覚えてる?」 知らない、と言う訳にはいかないようだ。 雰囲気でそれがひしひしと伝わる。 健二と深雪は呆れていたのだが、俺は理解不能だった。 「中学のとき、一緒だっただろ」 健二は教えてくれたが、それでも名前は出てこない。 「いつ?」 「中学3年の時、一緒のクラスだったじゃない」 深雪も教えてくれたが、覚えてない。 「どうして3年の時は違うクラスだった2人が俺のクラスのことを知っているんだよ」 「本気で言ってるのか?」 「本気」 ふと大人しい結城を見る。下の名前を知らないのだから、しばらく結城でいいだろう。 「……うっ……ひっく……」 「なぜ、泣く」 男子生徒の視線が痛い。女子生徒の視線が特に痛い。俺が悪者みたいだった。 「女泣かせ」 深雪は面白がっている。 「お前、何かしたんじゃないか?」 みんなで俺を責め立てる。クラスメートの視線も痛い。 こそこそと話し合っているので、俺のところまで聞こえてこない。 「記憶にございません」 「お前は政治家か」 突っ込んでくれたのは健二だけだった。 最後の失敗がこれだった。 相手のことを気にせず、ふざけていたのがいけなかった。相手を怒らせてしまったのだ。 「酷いです。あの時、私に言ってくれたじゃないですか!」 いきなり大声で言った。 「え? え? あ、ああああああ!!」 思い出した。そして一気に冷や汗が出る。 「いや、待て。あれは」 中学3年の時のことだった。 俺は必死になって勉強していた。今までのやっていなかったので相当苦労していたが、クラスの上位になるのはあっという間だった。この調子なら本気で狙えるかもしれない、と担任のお墨付きだった。 そんな時、1人のクラスメートから勉強を教えて欲しいと頼まれた記憶がある。 それが結城ほのか。 可愛らしく、誰からも人気があった。それはこの高校に来てからも変わらない。 「この高校に入れたら、私と付き合ってくれるって言ってくれたじゃないですか」 そんな大声で言わないでくれ。 「確かに言った。うん。それは認める」 「なら、約束です。私を埼君のものにしてください」 これって修羅場? 俺の思考が纏まる間にあの時のことを説明しよう。 中学3年の時、俺はほのかに勉強を教えていたのだが、どう考えても今からあの高校へ入学するだけの学力をつけることは不可能だった。俺が学年で真ん中より下から上の方まで順位を上げたというなら、ほのかは下の方から上まで上げることになる。しかも、教えて欲しいと言われた時、まだほのかは下の方だったんだ。ちなみに俺はすでに上の方まで上げていたのに。 不可能のはずだった。 内申だって足りないはずだったし、どうして入学できたのか俺は不思議でならない。 そういえば、最後のテスト辺りで全教科最高得点に近い点を取っていたような気が……。 怖くなった。 数回しかやらなかった勉強会の最後に約束した。 『私があの高校に入れたら、付き合ってくれますか?』 俺はなかなか答えなかった。 いくら無理だとわかっていても『いいよ』とは言えない。 『だめですか?』 真剣な瞳に俺は断ることなんてできなかった。 『わかった。頑張れよ』 …………。 その結果がこれか。 参った。 強い想いは現実を引き寄せるらしい。 「あの、さ」 言葉を選びながら、何か言おうとした。 断られるのを感じ取ったのか、ほのかは涙を流しながら強引に捲くし立てる。 「約束してくれたじゃないですか。だから私、頑張ったんですよ。絶対に無理だと言われ続けて、それなのにずっと、ずっと頑張ったんですから」 何を言っていいのか、わからなくなる。 本当に努力したんだろう。じゃなければ、こんな難関の高校に入れるわけがない。 「それなのに、何も言ってきてくれない。同じクラスなのに、何一つ声をかけてくれない。私のこと、嫌いですか?」 「嫌いじゃないけど」 「なら、いいじゃないですか。約束してくれたのに。私、埼君の為ならなんだってできます」 「だから……その……」 「優柔不断男」 深雪がぼそっと突っ込む。 「静かにしてろ」 「付き合ってあげたら」 「だまっとれ」 それにしてもクラスメートの視線が痛い。あと廊下にも他のクラスメートたちが集まってきていた。 「結城」 「ほのかって呼んでください」 呼ばなければならないらしい。 真剣な眼差しに俺は俺として答えることにした。 「ほのか」 「はい」 名前を呼ばれたことに本当に喜んでいる。こんな目をされたら、断れないじゃないか。でも、付き合うわけにはいかない。 そんなことをしたら、暴動が起こるに決まっている。 「付き合うことはできないから」 「いや、そんなのいや」 ほのかは俺に抱きつく。 「付き合ってくれるって言ってくれたじゃないですか。私、その為だけにずっと頑張ってきたんです。本当に埼君の為なら何だってできます。してあげられます。だから……」 ほのかは泣いてしまい、俺はどうしていいのか困ってしまった。 「あの埼が女を泣かしてるぞ」 まずい。まずい。 いつの間にか廊下には人だかりができていた。 「わかった」 「付き合ってくれるの?」 「……ああ」 約束してしまったことは覚えている。あの時、結局OKしたのは無理だと思ったからだった。でも、現実こうしてほのかはいる。 その答えを出しただけだ。 何か崩れていく始まりだったのだけど、それに気づくのはまだ先のことだった。 「知らないぞ、俺は」 健二の声が聞こえたが、そのことについて考えるのは後にした。 「大好き、埼君」 ほのかは俺の首に手を回し、抱きついてきた。 奈津美より大きいとは言えないが、ってそもそも姉と比べるのもどうかしてるかもしれない。 自分の胸を押し付け、そして俺の唇を奪う。 「んん」 触れるぐらいのキス。 「私のファーストキスだからね」 わざわざみんなに聞こえる声で言った。 『彰人(君)』 二人の声がだぶる。 奈津美と千夏とさやかが来てしまった。 |