4話 波乱の日常はすでに茶飯事


 奈津美の機嫌は朝になってもよかった。
 登校する時、いつもはこんなに大胆にならない。
 俺の腕を抱きしめるように、そしてそれを自分の胸に押し付けるように、歩いていく。
 また俺の名がみんなに知れ渡ってしまう。
「ねえ、アレ誰なの?」
 周りにいる生徒たちの声が聞こえてくる。
「知らないの? 1年の埼彰人君。1年のプリンスだよ。ううん。学園のプリンスだね」
 ……ていうか、プリンスもあるのですか。
 初耳だった。
「で、隣にいるのはあの人ね」
「もちろん姉の奈津美でしょ。他の人が近づいてきたら、問答無用で殺されるよ。特に女なんて恥辱にまみれた挙句に殺されるんだから」
(安心しろ。ほのかは死ななかったし、制服を脱がされる程度で終わった)
 心の中で言ってあげたが、聞こえはしない。
「殺さないよ!」
 どうやらまた知り合いだったらしい。リボンを見ると青だったから3年生だ。
「思いも何もかも弟にぶつけている姉が何を言いますか」
「これ以上言ったら、怒るよ」
「じゃあ、やめる」
 怒らせるととんでもないことになることを知っているのか、すぐに引いた。
「俺、先に行くから」
 俺は逃げるように、3年の先輩たちから逃げ出した。

 教室に入るとほのかは抱きついてきた。
 昨日の出来事を知らない人は驚くばかりだろう。
 昨日、俺とほのかは彼氏彼女になったのだから。
「埼君。おやようのキッス」
 やっぱり俺の側にいる人たちはネジがかなり緩んでいるのか、外れているのか、わからないが、おかしい人ばかりだった。
 ほのかは目を瞑り、背伸びする。
 みんなの前でやりたくはなかったが、やらないわけにもいかなかった。
 そっと触れるだけのキス。
 柔らかい感触が伝わる。
「埼君。大好き」
 朝っぱらから飛ばしすぎているほのかだった。
「彰人。ついに露出に目覚めた?」
 こういう突っ込みは深雪しかいない。
「有坂、勘弁してくれ。俺は普通に高校生活を送りたいのに」
「普通? どこが?」
 もう普通の高校生活なんて送れそうになかった。
 逆に毎日がエキセントリックだ。

 チャイムと同時に俺にダイビングしてきたほのかを受け止め、俺は歩き出す。
「どうしてこっちに来るの?」
 深雪は面白そうに笑っていた。
 俺から離れないように、必死にしがみついているほのかがいる。
「何とかしてくれ」
「付き合ってあげる、って言ったんだから、それぐらいいいじゃない」
 今は2時間目が終わった放課。
 今日はずっとこの調子で放課になる度にべたべたと引っ付かれるのだろうか。それはとても嫌だ。
「ほのか。少し離れてくれないか」
「今まで無視したお返しです」
 危うく仕返しだろ、と突っ込むところだった。
 もう好きにさせることにした。その内、引っ付くこともなくなるだろう。

 甘かった、というか、今日は引っ付くのをやめる気はないらしい。
「埼君。お弁当を作ってきたから……その……一緒にどうかな」
「彰人。やったじゃない。憧れの手作り弁当」
 深雪は余計な突っ込みが多すぎる。
「なら、有坂だって健二に作ってやれよ」
「私? それは面白そうだね」
「余計なことを言うなよ」
「健二、食べたい?」
「お、俺はいいよ。深雪、大変だろう。だから作らなくてもいいよ」
 とても嫌そうだった。
 それはそうだろう。
 深雪の作った料理はとても食べられるものじゃない。殺人料理と言ってもよかった。
 健二曰く『道頓堀の味がする』らしい。
 実際に食べたことがないので、何とも言えないが、見た目は最悪だった。もちろん俺は遠慮し、彼氏である健二が食べたわけだが、数日の間、腹痛になるほど酷いものだった。
 それより『道頓堀』の水を飲んだことがあるのか、それが一番知りたかった。
「ほのか」
「はい」
「一緒に食べようか」
「はい!」
 とても嬉しそうなほのかだった。
 俺の机に二つの弁当箱が開く。
 ほのかは自分の椅子を俺の隣に並べて、座った。
 色とりどりで見た目からしておいしそうだった。
「埼君。どれがいいですか?」
「じゃあ、卵焼き……って」
「あ〜ん、してください」
 俺の口元に差し出される卵焼きを俺は拒んだ。
「一人で食べるから」
「だめです。というより、箸はこれ一つしかありませんから、諦めてください」
 わざと一つしか持ってこなかったに違いない。
「今すぐに口を開かないと、ひどいことになりますよ」
「彰人。言うことは聞いた方がいいと思うよ。何するかわからないから」
 そうだな、と心の中で返事をした。
 男子生徒たちの視線がとても怖いが、俺に攻撃を仕掛けてくる人もさほどいないだろう。俺のことは同じ中学の人たちから知れ渡っているに違いない。
『あいつとだけは喧嘩をするな。例え勝っても、後が怖い』
 別に俺は喧嘩が強いとは思わない。でもその辺の人よりは強いだろうが。
 俺が本気になってさやかと戦ったところで勝てないだろう。さやかの強さは本気で格闘をやっている人の強さだからだ。
 そんなさやかがいても、俺たちで一番恐れられているのは姉の奈津美である。攻撃的であるのは言うまでもない。特に普通の女の子なら簡単に捻り潰せるぐらいの実力を持っている。どうやらさやかが奈津美に教えたらしい。それを使ってしまうのだから、奈津美が恐れられているのは言うまでもなかった。
 言っておくが、さやかより弱いが、奈津美はその辺の男子生徒たちより強い。何せ奈津美は男子生徒には、つまり男には手加減しないのだから。
「埼君!」
 考え事に集中してしまったらしい。
 とにかく今、目の前に差し出されている卵焼きを食べることにした。
「あ〜ん」
 仕方なく口を開く。
「どうですか?」
「おいしい」
 本当においしかった。
 奈津美が作る料理とどっちがおいしいだろう。考えたけど答えは出なかった。
 でも、好みで言えば、絶対に奈津美が作る料理だった。
「よかった」
 ほのかは今、俺に食べさした箸で自分の弁当箱から卵焼きを食べる。……食べるのはいいのだが、箸を舐めるようにして食べるのはやめてほしい。
 男子生徒だけじゃなく、女子生徒もこちらを見ている。
 何かする度に『うわぁ』『凄い』『大胆』などの言葉が聞こえる。
「間接キスしてる」
 深雪も余計なことを言った。
「健二。私たちも負けられないね」
「負けてくれ」
 健二はうんざりしていた。
「いいじゃない。ほら、あ〜ん」
 深雪はさっきまで齧り付いていたパンをちぎって、健二に食べさせる。健二は俺みたいに抵抗はしなく、そのまま食べた。
 深雪、健二がやっているのも間接キスだった。
「どう?」
「どうって言われても、普通にパンだし」
「おいしいって言ってよ。今度は私にも、あ〜ん」
 口を大きく開く深雪の中にパンを入れる。いや、投げた。しかし見事に外れたパンは床に落ちた。
「な、投げないでよ。ちゃんとやって」
「はいはい」
 健二も今食べているパンを引きちぎって、深雪の口の中に入れる。だけど、深雪はその手ごと口に入れた。
 引き抜こうとした健二の手を持った。口の中に入ったままの指を舐めていく。
「ちゅっぅ……」
「ばか!」
 健二はすぐに引き抜いた。力を入れればすぐだった。
「つまんない」
 深雪はふてくされたが、健二は相手にしない。
「ほのか。頼むから対抗しようとしないでくれ」
 すでにほのかの手が俺の太ももに置かれているのが怖かった。

 交互に食べていたので、チャイムが鳴る少し前にやっと食べ終える。
 最後の肉団子をほのかは食べた。
 これでやっと終わった。
 だが、ほのかはこれでもかってぐらい咀嚼している。
「ほのちゃん、まさか……」
「まさかって何だ」
 俺の頭をほのかは抱え込んだ。そして自分にキスさせるように力を込める。
 やろうとしていることがわかった俺は逃げようと立ち上がる。その隙を狙ってほのかは勢いよく押し倒した。いや、間違った。突き飛ばした。
 バランスを崩した俺は倒れる。その勢いのまま、ほのかは俺の上に覆い被さった。
「私でもそこまでやらないのに」
 やけに感心している深雪の声が聞こえた。
「人が見てる前でやるな」
「彰人。そういう問題なの?」
 深雪だけが楽しそうに俺たちのことを見ていた。
「やめさせろ」
「ほのちゃんを止めるなんて、奈津美さんを止めるぐらいに無理。多分」
 死の宣告だった。
 ほのかは俺にキスをし、口の中にある肉団子だったものを流し込む。
 吐き出すわけにもいかず、俺はそれを飲み込もうとするがそれができない。ほのかの舌が入り込み、それをかき回す。
 くちゃ、っと音がした。
 ちなみに味は……とてもまずかった。
 幸運だったのは俺が倒れたおかげで、深雪と健二の陰になってこの様子が見られていないことだろう。
 しかし、初めから俺たちのことを見ている人もいるわけで、見られない場所になったとはいえ、この状況は瞬く間に広まった。
「はいはい。皆さん、見世物じゃないから」
 深雪が見物している生徒たちを散らばらせようとする。
 だけどそんなに簡単に見ないわけがない。
 男子生徒の狂気な視線が痛い。
 そんな視線を浴びながら、ほのかにくちゃくちゃと口の中をかき回される。
 しかしよく見てみれば、男子生徒はほのかばかり見ている。
 ほのかの格好を見て、理由がわかった。
 押し倒した……いや、突き飛ばした俺の上に覆い被さっているのだから、自然にほのかは俺の上にいることになる。そんな俺にキスをしているわけだから、自然に四つん這いの格好になる。
 ようは尻がみんなに突き出すように向けられているわけだ。
 そんな格好をしているのにほのかは気にしてもいない。
 逆に俺の右足を跨ぐ。少し腰を下ろしたほのかは……。
「ん〜〜〜!!!」
 やろうとしていることがわかったから、俺は慌てた。
「ほのちゃん。私、負けたよ。いくらなんでもそこまでやるユウキはないから」
 結城と勇気をかけている面白い洒落だな、と言ってやりたかった。
 ほのかの股が俺の足に擦りつけようとした時、チャイムが鳴った。
「残念です」
 ほのかは口周りについた汚れをハンカチで拭いた。
「はい」
「自分のがあるから」
 ほのかはハンカチを差し出したが、それは使わずに自分のハンカチを使った。
 なぜか残念そうにしているほのかだった。

「今日こそゲーセンに行こうよ」
 放課後になって、みんなが思い思いに過ごしている。
 俺もそれに習うかのように、思い思いに過ごそうと『深雪』の言ったことは聞こえなかったことにした。
「聞いてる?」
 やっぱりしつこそうだったので、返事だけはした。
「ああ」
「だから、今日こそゲーセンに行こう」
「面倒」
 俺は昼放課のことでとても疲れてしまった。
 肉体的には平気なんだけど、精神的にやられてしまった感じだった。
「彰人〜」
 非難するが、俺は行く気なんて全くない。
 そのことがわかっているのに、やめようとしない。
「奢ってあげるから」
 上目遣いで俺を見る。
 これで健二を落としたのか、と今更ながら思った。
「結構。お金には困ってないから」
「そうだよね。みんな、彰人がお金がないなんて言い出したら、出すに決まっている」
 そういう意味で言ったわけじゃなかったが、訂正しなかった。
「なら、他の人では体験できないことをさせてあげるから。多分、ほのちゃん以上に凄いこと」
「俺は露出には興味ない」
「……」
 いきなり黙り込んでしまった深雪は睨みつけるように俺を見ていた。
 どうやら正解だったみたいだ。
「深雪。彰人が困っているだろ。今日は諦めろよ」
「彰人のば〜か!!」
 深雪は捨て台詞を吐いた。そのまま教室を出て行く。
「じゃあな」
 健二は出て行った深雪の後を追った。
 残されたのは俺とほのかだった。

 どこでどう間違ったのだろう。
 俺の右腕をがっちりと抱き寄せているのは奈津美。
 俺の左腕を自分のところへ引き寄せるようにしているのはほのか。
 空気が混濁としていた。
 居心地がとても悪い。
 いつも一緒にいるはずの深雪と健二はいなかった。
 ゲーセンにいかないと言った途端、こんな扱いだった。
 友達より恋人か?
 どうせ野外露出でもやるのだろう。そうに違いない。俺は悪態をつきながら、この状況をいかに打破するか、ずっと考えていた。
 ちなみに千夏とさやかは二人揃って帰ってしまった。
 みんな薄情だ。
 教室からこんな状態だったので、もう何も言う気すらなくなってしまった。離れさせられるものならとっくにしている。
「埼君。私の家に来ませんか?」
 なぜか知らないけど、私の家『でヤリ』ませんか、と聞こえる。
 奈津美もそのように聞こえたに違いない。
「彰人。帰ろう」
「だめです。いくら埼君のお姉さんでもそれだけは譲れません」
 お互いが引っ張るように腕を持っている。
「痛い」
「ごめん」
 すぐに離したのは奈津美だった。
 ほのかは逆に俺を引っ張り、自分の側に引き寄せる。
「結城!!」
 ああ。本気で怒り出した。
「怒って、何をするんですか? 裸に引ん剥く? それとも殴る?」
 ほのかはいきなり制服を脱ぎだした。
「おい!」
 奈津美が俺に近寄ってきた女子生徒を裸にすることがあっても、自分から脱ぎだしたのは初めてだった。
「脱がしたいんだったら、脱いであげますよ」
 本当に脱ぎだし、俺は止めることは出来なかった。
 奈津美も冗談だろうと思って何も言わずに見ていたが、制服の下に着ていた体操服まで脱ぎだし、下着になったところでやっと言葉を吐いた。
「どうせそこまでしか出来ないんでしょ」
 奈津美はわかっている。それを言えば、絶対に最後まで脱ぐ、と。だが、躊躇もなく脱いでいるほのかに嫌な予感がしてならない。奈津美にしていれば、もし脱がなかったとしても、それはそれでいいのだから。
「私はみゆちゃんとは違うんですけど」
 そう言って、本当に脱ぎだした。下着姿のほのかはなぜか下から脱いでいく。
 わかった。ほのかは周りなんて気にしない人だ。
 露出とは違う。そこに誰がいようと、ほのかには関係ない。それだけのことだ。
 本気で脱ぎ捨てたショーツをぽいっと奈津美に向けて投げる。
 奈津美は避けようとせず、そのまま制服に当たって落ちた。
「ほのか。もういい。姉さんも何意地になって……」
「彰人。私なんかよりそっちを味方するんだ」
「だからそういう意味じゃなくて」
「埼君。初めてが野外なんて、緊張するね」
 緊張する、と言っておきながら緊張感の欠片もない言葉だった。
 その言葉で、奈津美が先に切れた。
「彰人なんて、もう帰ってこなくていいから!」
 奈津美は走ってどこかに行ってしまった。
 追いかけようとしたのだが、さっきより強く抱きしめるほのかのせいで追うことができなかった。
「行かないで。埼君の為なら本当に何だってしてあげるから」
 必死になっているほのかを見たら、追いかけられなくなった。
 ほのかは俺の手を自分のモノへ導いていく。
「触って……ああっ……」
 こんな誰が通るかわからない道路でやっている場合じゃない。
「ほのか。頼むから服を着てくれ」
「……うん。いいよ。やっぱり初めては家がいいから」
 俺はいろんな意味で覚悟を決めた。


次回予告!
さやか「何これ?」
千 夏「今までやらなかったけど、折角だからやろうだって」
さやか「検索サイトに登録したからってこと?」
千 夏「一人でこっそりやるって言っていたくせに、ね」
さやか「まあ、いいんじゃない。で、実際に何をすればいいの?」
千 夏「次回予告って書いてある」
さやか「これが?」
千 夏「……次回予告に見えないですけど」
さやか「しょっぱなからネタ切れならやめればいいのに」
千 夏「でも私たち、出番が少なすぎだからって」
さやか「多分、胸なしコンビだから、用無しでしょ」
千 夏「……」
さやか「……」
千 夏「許せませんね」
さやか「ええ」
千 夏「暴動を起こしましょう」
さやか「下克上!!」
千 夏「胸なしだからって舐めんなよ」
さやか「舐めんなよ〜!」
千 夏「……作者から伝言だって。ナニナニ。キャラを壊すな」
さやか「別に壊してない。元々私はそういう人なのです」
千 夏「私も以下同文」
さやか「ああ。すっきりした」
千 夏「え? もう次回予告しろって?」
さやか「そうみたい」

さやか「ついに結城ほのかは彰人と一つになるときが来た」
千 夏「ここでもほのかは思いも寄らぬ行動に出る」
さやか「彰人は驚きのあまりそのまま流されてしまう」
千 夏「そしてその時、姉である奈津美は……」
さやか「次回、5話『対決の時は想い人と一緒』」
千 夏「『彰人、彰人ならすべてを……』」
さやか「こうご期待」

さやか「で、さ」
千 夏「何?」
さやか「会話式の次回予告ってまずくない?」
千 夏「どうして?」
さやか「だってこれ(ごにょごにょ)」
千 夏「パクリ?」
さやか「あ! 言っちゃだめでしょ」
千 夏「お後がよろしいようで」
さやか「こんな終わり方でいいのかな」




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